重度身体障害者用
赤外光線方式ヘッド・ポインティング・デバイスの開発

畠山卓朗 小泉義樹 * 梅田裕一 * 内尾正俊 * 春日正男 **
横浜市総合リハビリテーションセンター
* アルプス電気株式会社
** 宇都宮大学 工学部 情報工学科


1.まえがき

 近年の電子技術やマルチメディアによるインターネットの急速な発展により,パーソナル・コンピュータ(以下,パソコンと略す)に代表される個人用の情報処理機器を誰もが利用することが可能な環境となり,身体に障害を持つ人々の間でも機器利用にたいする関心はたいへん高い.
 著者らは,頭部の首振り動作と呼気および吸気を用いた新しい赤外光線方式ヘッド・ポインティング・デバイスを開発し,一定の成果をおさめることができたので報告する.

2.障害者用パソコン入力装置の現状と課題

 昨今のパソコンにおける操作インタフェースは,アイコンを画面上で選択するGUI(Graphical User Interface)が隆盛となり,マウス操作が必須となっている.マウスはもともと手で把持することを前提とした装置であることから,重度身体障害者には操作が困難であり,パソコン操作上の大きな問題となる.このため,マウスに代わる障害者用入力装置が必要とされ,北米やわが国を中心に,様々な障害者用パソコン入力装置の開発が行われてきた[1]〜[6]. また,筆者らはこれまでに,赤外光線の発光部を操作者の頭部に装着し,パソコンのディスプレイの上部に設置した受光部で発光部からの赤外光線を検知しマウスカーソルの操作を行う装置を試作している[7].それらの中には様々な方式があるが,大きく分けて2つの方式と考えられる.すなわち,身体やスティックなどで直接装置に触れて操作する方式(直接操作方式とする)と,離れた位置から間接的に操作する方式(間接操作方式とする)である.
 直接操作方式の一例として,マウススティックによるキーボード操作がある.これは,直接歯でスティックそのものやスティックの端に取り付けたマウスピースをくわえることとなり,歯に負担を与え,長期間使用すると歯並びが悪くなるなどの弊害をもたらす.
 間接操作方式の多くは,付加装置を操作者側に装着する必要があり,電源供給や信号ケーブルが有線式になることがある.このような状況は,装置をつけたまま電動車いすなどで室内を移動するような障害者の行動に制約を与えることがある.
 さらに,両操作方式の共通の課題として,介助者によるデバイスの微妙な位置調整が必要となる.このことは,介助者の負担増しにつながったり,障害者自身の自立性を高める上での阻害要因となる.従って,介助者による位置合わせ作業を容易にし,姿勢変化や操作場所の移動,頭部固定具のズレが生じた場合などでも,障害者自らが簡単に位置補正することができる機能が必要である.
 本文では,筆者らが試作した装置[7]の基礎的技術を基に,大幅な改良を加え,より優れた操作特性を有し,実用化が可能な新しい方式のシステムの開発を考えた.

3.新しいポインティングデバイスの提案

3.1 システムの設計方針

 以下の8点をシステム構築の方針とする.
(1) 障害者の残存機能を十分に活用する
(2) 操作負担が少ない
(3) 直接操作感があり,操作性が高い
(4) 日常生活に制約を与えない
(5) 外来光などの影響を受け難い
(6) 周囲にたいして安全
(7) 位置調整は操作者自らが行える
(8) 安価に提供できる

3.2 システム構成

 システム構成をFig.1に示す.システムは,ポインタ,コントローラ,そしてパソコンから構成する.操作者はパソコンのディスプレイから視覚情報を得る.ポインタは操作者の頭部に装着する固定具に取り付けてある.また,これには呼吸気操作用のチューブが1本取り付けられており,ポインタ内部で二股コネクタを介して2個の空気圧スイッチに接続している.空気圧スイッチの一方は正圧で動作し,他方は負圧で動作するようにセットしてある.ポインタの重量は約90グラムである(固定具の重量を含まず).ポインタの電源は6Vとし,ポインタには内蔵せず,小型の電池ボックスを細いケーブルで接続したものを,利用者の周辺に置くようにする.次に,コントローラはパソコンのディスプレイの上に設置する.ポインタとコントローラの距離は,最小30cmから最大2m程度までとする.ポインタとコントローラの間では,赤外光線を用いた座標指示計測とそのデータ通信が行われる.

システム構成図

Fig.1 Block diagram of system

3.3 赤外光線座標指示方式

(1)機能
a.コントローラは赤外光線を操作者側に向かって発光する.
b.ポインタは,コントローラからの赤外光線の光量を計測し,それをもとにポインタの傾き角度(水平方向および垂直方向)を演算し,その値は赤外光線を利用したデータ送信により,コントローラに送られる.
c.その際,空気圧スイッチのオン・オフ状態のデータも合わせて送信する.
d.コントローラに送信されたデータの値からパソコン画面上の座標値を求める.
e.その値は,シリアル・インタフェースを介してパソコンに送られ,最終的にマウス・カーソルの座標値として表示,更新される.

(2)傾き検出

 ポインタの傾き検出技術の概略は以下に述べるとおりである.コントローラからの赤外線を受ける受光ユニットは,一列に並ぶ3個のPINフォトダイオードにたいして以下に述べるようなハウジングをもった構造となっている.左右の2個についてはチップ面にたいして並行にチップ面積の2分の1の面積を持つ開口部の遮蔽物(シャッター部)がある.それぞれの長方形の形は互いに直行させており,それぞれが縦と横方向の角度を検出するデータベースとなる赤外線強度を取り込む役割を担っている.(Fig.2,3) 左右のそれぞれの受光ユニットで計測された光の強度を中央部の受光ユニットの値で割ることで,ポインタの振り角度を求めることができる.なお,頭部の細かい揺動を想定し,マウス・カーソルのちらつきを防止するヒステリシス型抑制アルゴリズムをコントローラに内蔵させている.

2次元角度センサ

Fig.2 Illustration of two dimensional angle sensor shutter

 ピンフォト・ダイオードとシャッタの側面図

 Fig.3 Side view of a PIN photo-diode and a shutter

3.4 自己位置補正機能

(1)機能
a.センサは広範囲のエリアを検出できる
b.センサの検出範囲にはディスプレイ表示に相当する部分と,それ以外の部分がある
c.それ以外の部分は位置補正に使われる
d.もし,ポインタがズレた場合でも,センサ検知範囲以内であれば,ソフトウェア的にセンター位置を補正する.

(2)位置補正アルゴリズム

 実現するシステムの操作概念には,Fig.4に示すように2つのエリアが存在する.その一つはセンサー検知エリアであり,もう一つは画面表示エリアである.ここで,画面表示エリアはセンサー検知エリアに含まれている.画面表示エリアとは,コンピュータのディスプレイの表示エリアに相当し,本文では800×600の分解能を持つように設定した.また,それにたいして,センサー検知エリアは,縦・横それぞれ3倍程度あり,本文では2048×2048の分解能を持たせてある.次に,マウス・カーソルは操作者の頭部の動きに従い,通常状態では画面表示エリア内で移動させる.この時,位置補正の必要性が生じた場合,すなわち,操作者の操作中心が画面表示の範囲を越えた時,画面表示エリアそのものをセンサ検知エリア内で移動させることで中心位置を合わせるための作業を行わせる.

位置補正の概念図

Fig.4 Concept of adjusting cursor position

4. システム運用

 Fig.5にシステム操作の概観図を示す.操作者は,頭部にポインタ付き固定具を装着し,口元付近にセットしたチューブに息を吹き込むことでマウス・カーソルを動作状態にでき,呼気または吸気でクリック,ダブル・クリック,キャンセルそしてドラッグ・ロックができる.マウスカーソルの移動は頭部を左右上下へ首振り動作することで行う.キーボード操作は,CRTディスプレイ上にソフト・キーボードを開き,ポインティング操作でキーをクリックして行う.次に,位置補正の手順を述べる.操作者が画面の中心を見つめたとき,マウス・カーソルが中心から左に一定角度ズレた状態にあるとする.操作者はズレが生じている方向に頭部を首振り動作させる.操作者はカーソルが画面の左端に到達しても,さらに,ズレに相当した角度だけ左に首振り動作を行う.この間,カーソルはパソコン画面の左端に貼り付いたままである.ここで,これまでとは反対方向に頭部を首振り動作すると,カーソルはすぐさま頭部の動きに追従し右方向へ移動する.頭部が操作中心に戻った時には,マウス・カーソルがパソコン画面のほぼ中心部に位置することになる.以上により,自己位置補正が実現できたことになる.

システム操作の概要図

Fig.5 Schematic view of system

5.システムの性能評価と考察

 ポインティング機能および自己位置補正機能の有効性を確認するための評価実験を実施する.

5.1 評価条件

(1)ポインティング機能

 ディスプレイのあらかじめ定めた座標(10箇所)にターゲットを順番に表示し,それを操作者にポインティングさせる.そして,作業に要する時間を計測する.
・ターゲット・サイズ:大(9×9mm),中(6×6mm),小(3×3mm)
・繰り返し回数:大→中→小の順に各サイズ10回
・被験者とディスプレイの距離:60cm
・被験者:A(健常者),B(健常者),C(高位頚髄損傷者),D(重度脳性まひ者),計4名
 被験者Aは本デバイスの操作経験は今回が初めてである.それにたいして被験者Bは開発段階からの試用経験がある.被験者Cは普段からマウススティックでキーボード操作を行っている.被験者Dは重度脳性まひ者にしばしば見かけられるような過度の筋緊張や不随意運動は有していない.また,種類の異なる複数の市販ポインティングデバイスとの比較検討も行う.

(2)自己位置補正機能

 被験者にたいして,次に述べる課題を与える.
・パソコン画面の中心に頭部をまっすぐ向けたときマウスカーソルが画面の中心にくるように位置合わせを行う.
・さらに,画面の四隅をまんべんなくポインティングできることも確認する.
・計測は各被験者にたいして10回行い,その作業に要した時間を計測する.
 高位頚髄損傷による四肢まひ者の場合,頚から上の身体部位の動作は健常者とまったく同じであることから,今回の実験の被験者はすべて健常者で行う.被験者の数は合計5名である.被験者Aはこのポインティングデバイスの試用経験が何度もあるが,その他の被験者まったく経験が無い.ただし,被験者A,B,Cは日頃から,マウスを仕事の中で頻繁に使用している.これにたいして被験者D,Eはたまに使用する程度である.

5.2 評価結果

(1)ポインティング機能 Fig.6に各被験者のターゲットサイズ毎の操作に要した平均時間を示す.各被験者ともターゲット・サイズが小さくなるに従い操作に要する時間が等比的に増している.各被験者の平均時間水準の差異は障害の有無には関係がなく,むしろ慣れの差が大きいと考えられる.
 次に,種類が異なる複数のポインティングデバイスとの操作による違いを比較検討する実験を行う.Fig.6の結果から操作時間には障害者と健常者との差異はほとんどみられないことから,今回は被験者Aのみに実施した.結果をFig.6,7に示す.Fig.7の縦軸は,マウスを1とした時の平均時間比である.また,Fig.8には各ポインティングデバイス毎の変動係数の比較を示す.なお,変動係数は,異なったバラツキを比較するための手段として用い,標準偏差を平均値で除した値を%表示したものを意味する. Fig.7から,開発したポインティングデバイスは他のポインティングデバイスと比較して操作に要する時間は若干大きくなっている.しかし,ある一定期間使用し,取り扱い方に慣れてくるに従い,この差は縮まってるものと期待はされる.また,Fig.8から,開発したポインティングデバイスのターゲットのサイズの違いによる変動係数は,ターゲットが小さくなるに従い大きくなるものの,他の装置と比較してもさほど大きくはない.むしろマウスより若干小さめになっており,実現した装置は比較的安定した特性を有していることがわかる.

平均時間

Fig.6 Relation between target size and mean pointing time

平均時間比(被験者A)

Fig.7 Relation between target size and ratio of pointing time
of pointing devices (subject A)

他のポインティング・デバイスとの変動係数による比較

Fig.8 Relation between some pointing devices
and coefficient of variance (subject A)

(2)自己位置補正機能

 Table.1に各被験者毎の位置補正に要した作業時間の平均と標準偏差さらに変動係数を示す.Table.1 から,本ポインティングデバイスの試用経験の有無による作業時間への影響はほとんどみられないことが分かる.ただし,マウス操作を日頃行っている被験者は,行っていない被験者に比較すると作業時間が若干短めになっている.また,変動係数も小さな値を示している.このことは,本デバイスに慣れるに従い,時間はさらに短くなることが予想される.参考までに,位置補正機能を有しない従来装置[7]の場合の初期位置合わせの作業時間は,最大3分間程度必要としている.また,位置合わせを結果的に断念するケースもある.このことから,位置補正機能の利用によりシステム運用に飛躍的な改善ができたと言える.

位置補正時間テストの結果
Table.1 Result of center position adjustment test

6.考察

 本装置は,健常者が一般的に使用するマウスと比較しても,ポインティング時間は約2倍程度であることから,十分に実用的レベルと評価できると考える.一方,人間の頭部の動きは決して遅くなく安定して自由な動きが出来るが,非常に小さな首振り角度が困難なために,とくに小さなターゲットでは位置決めを難しくしていると考える.ただし,習熟度が増せば操作時間はある程度短くなることが予想される.次に,変動係数については,本装置による結果は,他の装置と比べて比較的小さい.このことは,開発した装置のハードとソフトの融合による座標指示性能の高さの効果と考える.最後に,自己位置補正作業にはある程度の時間を必要とするが,補正機能がない場合に比べると位置合わせに要する作業時間が飛躍的に改善できている.加えて,それ以上に意義が大きいのは,これまで介助者にいちいち依頼せねばならないことからくる障害者の精神面における負担を大幅に軽減できることである.また,それはパソコン使用開始時だけではなく,使用中に本人が移動したりなどいつでもその機能を利用できるところに大きなメリットがある.
  なお,今後の課題としては,衛生面の改善事項として,呼気・吸気によるスイッチ以外の入力方法,たとえばソフトウェア処理により頭部の動きによる身振り入力が考えられる.また,ポインタの電力消費量の低減,より使い易い装置の工夫があげられる.
 本研究開発は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)福祉用具実用化開発費の助成を受けて進めている.


参考文献

[1] 畠山卓朗,川上博久,相良二朗,奥英久,中川利光,松田暁洋:重度肢体障害者用キーボード・マウス・エミュレータの開発,第2回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,pp.159-164(1986)
[2] Gunderson,J.:LONG RANGE SCREEN BASED HEADPOINTING,Proceedings of the 5th Annual Conference on Rehabilitation Engineering,pp.134-136(1982)
[3] 畠山卓朗,鈴木祥生,土屋和夫,梶浦友行:遠隔ライトペン(LRLP)を用いた重度肢体障害者用キーボード・エミュレータの開発,第1回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,pp.389-394(1985)
[4] 数藤康雄,佐々木忠之:レーザ光源を利用した光入力方式キーボードの開発,第4回リハ工学カンファレンス講演論文集,pp.291-292(1989)
[5] Per Krogh Hansen,David Dobson,James Wanner:FREE WHEEL -The cordless new head pointing device,ICAART 88 Proceedings,pp.372-373(1988)
[6] Richard Reilly:A NON-CONTACT HUMAN-COMPUTER INTERFACE,TIDE-LAMP Consortium Publicity,pp.1-4(1995)
[7]小泉義樹,畠山卓朗,春日正男:高位頸髄損傷者用パソコン入力装置の開発,第12回リハ工学カンファレンス講演論文集(1997.8)


開発したポインティング・デバイスの写真

New Pointing Device for people with severe physical disability


※ 第13回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム(1997年)で発表