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フォーラム障害者とICT 2008
基調提案
 
                                
  日本障害者協議会(JD)情報通信委員会


◆コミュニケーションは喜び

 彼が脳梗塞で倒れて1年数か月。6つの病院を経て自宅に帰ったのは昨年の「今こそ変えよう!障害者自立支援法10.30大フォーラム」の翌日でした。彼は「戦後」と同い年です。
 両足まひ、右耳聴力なし、全体として右半身にマヒが集中。口は自由には開閉できず、困難の極みは嚥下障害。その彼を支えるのは2度目の結婚後1年も経ない間に、介護生活にとりくむ「連れ合い」さんです。
 自宅に帰った彼は、インターネット上で辛口コラムの連載を始めました。
 「厄介なのは、この闘病がいつまで続くか分からないこと。”終わりのない旅”に出かけたようだ」
 「”障害”の受容は、簡単だ。そして、難しい」
 「”応益負担”についての考え方が甘い。”益”でなくて、”生きること”そのものに関わる事柄、例えば、寝るときの”見守り”を”私益”と捉えるのか。”生きること”を”私益”であるかのように考えるから、矛盾がでてくる」
  (井上吉郎、WEBマガジン福祉広場「編集長の毒吐録」より)

       * * *

 だれかに伝えたいことがある。書きとめて、発表したいことがある。そして、それを受けとめ、共感してくれる仲間たちがいる。
 こうした人と人とのコミュニケーションが、一人ひとりの自己実現を現実のものとしていきます。それは、一つのささやかな、しかし、たしかな幸せではないでしょうか。
 私たちは、Information and Communication Technology=ICTを「情報コミュニケーション技術」と呼び、人と人とをつなぐ人間のコミュニケーションの不可欠な道具として、より積極的に位置づけたいと願っています。


◆光と影が激しく交錯する情勢のなかで

【障害者自立支援法】

 この3年間はまさに影の時代でした。多くの障害者、関係者の反対やさまざまな疑問の声を振り切ってスタートした「自立支援法」は、「私たち抜きに私たちのことを決めないで!」の、かつてない大きな障害者運動と世論によって、2度の大幅修正をよぎなくされ、抜本見直しにむけて検討が始まりました。障害があるために必要とする支援を「益」とする「応益」負担は、障害が重ければ重いほど負担が増すもので、認めることはできません。
 日常生活用具をめぐっても大きな変化が生まれています。「パーソナルコンピューター」は価格の低下・保有率の上昇などの理由から自立支援法以前に給付は廃止されました。パソコン周辺機器は、日常生活用具の「情報・意思疎通支援用具」に位置づけられたものの、自治体(市区町村)に委ねられているため、給付にかなり地域差が出ています。また、入出力機器の本人へのきめこまかい適合を提供するためのしくみができていないため、自立支援法で「補装具」となった「重度障害者用意思伝達装置」の給付も含め、「判定」の前の機能評価や用具選択など専門的な支援の養成が急務となっています。
 日本障害者協議会が行った調査(注1)では、「困ったことがある」の問いには、パソコン=72.1%、インターネット=68.6%、携帯電話=55.5%の回答があり、人的、制度的なサポートがひきつづき強く求められています。また、費用軽減の要望も出されており、教育や就労をめぐっても活動がとりくまれる一方で、その利活用における格差も広がっています。

【障害者権利条約】
 こうした中で、2006年12月、第61回国連総会は障害者権利条約を採択しました。07年9月には日本政府も署名し、今年5月3日に国際条約として発効しました。
 権利条約は、差別をなくし、真の平等をめざすための方策を広範囲にわたって規定しています。そして、すべての人のために不可欠な権利としてアクセシビリティの保障とその利活用を位置づけています。
 この「情報アクセス」を保障しようとする考え方は、1993年の障害者基本法や国連「障害者の機会均等に関する基準規則」で確認され、「情報アクセス、情報発信は現代の基本的人権」(1995年)とされました。2001年のIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)では、「すべての国民が情報通信技術の恵沢を享受できる社会の実現」「利用の機会等の格差の是正」が強調されたのです。
 しかし、権利条約の意味することは、障害のある人だけの権利保障にとどまりません。高齢者はじめすべての人のために不可欠な権利としてICT利活用も位置づけられるのです。


◆大切にしてきたこと、これからも大切にしたいこと

 日本障害者協議会は、この間、パソコンボランティアなど人と人との支援のネットワーク化をはかってきました。今回のフォ−ラムは「パソコンボランティア・カンファレンス」から実質3年ぶりのつどいの場となります。
 今日の状況のもとで、障害のある人の実態をさまざまな視点から明らかにしながら、内外の激動する情勢を的確に学び、とりくみをつなげていきたいと思います。

(1)情報リテラシーの課題をクローズアップしよう
 「情報入手が簡単になった」「コミュニケーションが広がった」「楽しみが増えた」「便利になった」など多くの人が感じている一方で、「つぎつぎと変わる技術にますますついていけない」「プライバシー侵害がおきやすくなった」などの意見は少なくありません。コンピューターウイルスや迷惑メールの解消を求める声も目立っています。
 いま、障害のある人たちにとっても「情報リテラシー(情報を自己の目的に適合するように使用できる能力)」の課題がクローズアップされています。自分にとって必要な情報は何か、必要な情報を入手するためにはどのようなメディアから取得するのが良いのか、その情報は信頼できるか、個人情報をどのように守るかなどなど、これは社会全体に関わる大きな問題で、粘り強い、かつ教育はじめ総合的なとりくみが必要です。

(2)障害者権利条約の視点からQOLの向上を
 権利条約は、第2条で「コミュニケーション」と「ユニバーサルデザイン」を、第9条で「アクセシビリティ」を、第21条で「情報へのアクセス」を規定しています。
 障害のある人を社会から排除しないとするインクルージョンを全体の基調としながら、平等な権利を実現するための規定である「reasonable accommodation(「合理的配慮」や「理にかなった条件整備」などと訳される)の考え方が、「合理性」の解釈如何によっては、経済性とのバランスが強調されて効力を発揮しないのではとの指摘もあり、いかに実質的な平等を確保するかが問われます(注2)。
 政府仮訳(注3)は公表されましたが、現在、わが国のNGOである日本障害フォーラム(JDF、日本障害者協議会も加入)が、外務省を中心にした関係省庁と意見交換会を重ねています(注4)。こうしたとりくみに私たちの声を反映させ、よりハイレベルでの条約の批准と国内法の改正に努力しましょう。そして、権利条約の視点からQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の向上をめざしましょう。

(3)私たち自身がわかりやすい情報発信を
 情報化社会といわれ情報量は圧倒的に多くなっているものの、本当に「必要な情報」は多くなく、そのうえ障害があれば、情報入手方法にはたいへんな困難が伴います。とりわけ災害時など緊急時の情報保障に大きな不安をかかえています。
 しかしながら、この間の自立支援法をめぐる大運動では、インターネットを活用しての情報発信が大きな推進力となったのもまた事実です。アクセシビリティに配慮しながら、わかりやすく、価値ある情報発信に、私たち自身が積極的にとりくみましょう。

(4)障害のある人びとのライフ(生活・人生)の充実を基本に
 ICT(情報コミュニケーション技術)は、障害のある人にとって無が有になる希望の道具です。ICTの活用によって、障害があっても人生は素晴らしい、いいもんだと実感できるような、学ぶこと、働くことの社会参加が実現される可能性が拡がっています。
 しかし、障害のある人の所得保障は、「同年齢の市民と同水準」をめざすヨーロッパなどに比べるまでもなく、劣悪な状態にあります。また、就労支援は緒に就いたばかりで、余暇活動の充実なども大切な課題です。

        * * *

 あるお母さんからのメッセージです。
 「うちの子どもは文字や音声でのコミュニケーションが難しいのですが、パソコンの画面にうつる絵やシンボルをタッチして意思を伝えています。子どもにあった道具を使うことで、知的に重度の人でもパソコンが充分役立つことを、そして言語のコミュニケーションのかわりになることを、多くの人に知ってほしいと思っています」
 こうした声にこころを寄せたいと思います。

 すべての人びとに! 
 人と人とがつながり、だれもが幸せに生きることのできるICT(情報コミュニケーション技術)を!
 明日もきっといい日だと感じられるために


注1)障害者のIT活用における福祉用具の実態に関する調査研究 2007年3月
   http://www.normanet.ne.jp/~ictjd/datait/IT2007123.html

注2)資料 国連広報用「障害者のある人の権利に関する条約と選択議定書」
   http://www.nginet.or.jp/box/UN/data/UNconventionppt.pdf

注3)障害者の権利に関する条約(外務省)
   http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/shomei_32.html

注4)JDFが提起した国内課題項目
   ・障害と障害者の定義の見直し、・差別禁止法の必要性、・現行法令の改悪、
   ・障害者団体の参画、・条約の周知、・実施機関と監視機関

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