その後のADA
 障害をもつアメリカ国民法制定以降の米国における障害者関連法制の動き
 
           社会福祉法人 東京コロニー 事務局次長 久保 耕造
 
・はじめに
 ご存じのように、米国では一九九〇年七月二六日に障害者をもつアメリカ国民法(Americans with Disabilities Act、ADA)が制定された。米国における障害者関係の雑誌や機関紙の紙面などからうかがうと、ADA制定に対する障害者および関係者の興奮は少なくとも年末いっぱいまでは続いたようである。
 いうまでもなく、ADAの制定だけで一朝一夕にしてバリアー・フリーな(障壁のない)社会が登場するというわけではないが、同時にそれに向けての確実な歩みが開始されたということも間違いないであろう。本稿では、ADAの制定以降の米国における障害者関連法制の動きについて報告する。
1 ADAの連邦規則    について
a ADAと連邦規則
 ADAの各章では、それぞれの章の内容に関連した連邦規則(regulation)制定の所管を定めている。つまり、第T章の雇用は雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission、EEOC)、第U章の公的サービスおよび第V章の民間事業体により運営される公共的施設およびサービスは労働大臣および法務長官、第W省のTDDは連邦コミュニケーション委員会(Federal Communication Commission)がADA制定一年後にあたる一九九一年七月二六日までにそれぞれ連邦規則を定めることになっているのである。さらに、ADAの第五〇四条により、第U章および第V章の連邦規則策定のために、建築物および交通機関の障壁に関する改善命令委員会(Architectural and Tansportation Barriers Compliance Board、ATBCB)が同委員会の策定した現行の「アクセシブルなデザインの最低基準に関する指針および要件(Minimum Guidelines and Requirements for Accessible Design、MGRAD)」を一九九一年四月二六日までに修正することが定められている。そして、運輸大臣や法務長官が制定する連邦規則はこのMGRADに一致もしくはそれを含むものでなくてはならないとされているのである。
 この連邦規則に関しては、ADA制定後直後の八月一日にEEOCから、八月三一日にはATBCBから連邦規則制定に関する事前公告(ANPRMs)が出されていた。これは連邦規則の制定の方法について広く意見を求めるものであり、これによって定められた方法に基づき連邦規則案が定められる。さらに、この連邦規則案に対して広く意見が求められた後に最終的な連邦規則が制定されるのである。そして、それぞれの段階で寄せられた主要な意見に対しては、次の段階において必要な回答がなされるのである(日本でも、一昨年、リハビリテーション法五〇八条に触発されて通産省が策定した情報処理機器対応アクセシビリティ指針の確定に際しては同様の手法がとられた)。
 米国の連邦規則は日本でいえば通知や条令にあたるものであり、その制定なしでは法律の運用がありえないものである。かつて、一九七三年リハビリテーション法がその連邦規則制定について明確に定めていなかったために、ADA制定以前には障害者にとって公民権法的な役割を果たしていた同法五〇四条が一九七八年まで効力を発揮しなかったという歴史がある。そして、その制定のためには全米中の障害者の長期にわたる座込みとデモンストレーションを必要としたのであった。その教訓をふまえた米国の障害者運動は、今回のADAの連邦規則制定には注意深い監視の目をむけ続けている。
b ATBCBの指針案
 こうした手続の中の初めての具体的な動きとして一月二二日にATBCBから「建物および施設のアクセシビリティ指針案(Accessibility Guidelines for Buildings and Facilities)」が発表された。これは前述したように、MGRADを修正したものであり、ADAの連邦規則制定にあたり運輸大臣や法務長官が基本とする内容を含んだものである。
 そもそも最初にMGRADが策定されたのは一九八二年のことであり(一九八九年改訂)、一九六八年建築物の障壁に関する法律(Architectural Barriers Act)の対象とされている建築物のために「建造物のアクセスに関する連邦統一基準(Uniform Federal Accessibility Standards、UFAS)」を策定するために作られたものであった。その際に、下敷きとして利用されたのが民間の全米基準協会(American National Standards Institute、ANSI)が発行していた「身体障害者の利用を配慮した建築物や施設のための建築指針(American National Standards Specification for Buildings and Facilities Accessible to and Usable by Physically Handicapped People)」(ANSI A117.1ー1980)であった。今回の指針案は基本的にはこのA117.1を利用しつつ、それにADAの内容に即して必要な改訂を加えたものである(A117.1は五年おきに改訂されており、現在のものは一九八六年版であり、名称も若干変わっている)。
 今回の指針案に対する意見提出期限は三月二五日であり交通機関に関する指針案は後日に示されることになっている。
c 指針案の主な内容
 今回発表された指針案は、概要だけでも「官報(Federal Register)」約二五頁にわたり、指針本文は七三ページにもわたる膨大なものである。
 主な点をかいつまんでご紹介すると次のような内容である。なお、ADAによりこれらが適用されるのは新設もしくは改築されるものからであり、現在あるものをこのように改造することは求められていない。
・食料品店および小売店は、すべての出口通路を車いす使用者を含む障害者が利用できるようにしなくてはならない。これは、二つのレジの出口通路をひとつにすることで可能であるとされている。
・レストランおよび図書館のテーブルの最低五%はアクセシブルでなくてはならず、かつ食事をする場所全体の三分の二はアクセシブルでなくてはならない。レストランでこれが適用されるのは動かすことができない机や個室である。さらに、病院の待合室の一〇%、ナーシング・ホームの居室の五〇%、オフィス・ビルでは各階の約半数の水飲み場がアクセシブルでなくてはならない。
・車いすやクラッチ使用者が通過するのに必要な、エレベーターのドアが閉じるまでの時間を計算するのに新たな算式を用いる。
・車いすの使用者を配慮してカーペットの高さは〇・五インチ以下でなくてはならない。・トイレをアクセシブルにすることが難しい時は、男女共用のものでも構わない。
・銀行にある二つ以上の電話のうち少なくともひとつは聴覚障害者が利用できるように音量調節ができるものでなくてはならない。
・六台以上の公衆電話をもつ建物では、少なくとも一台はTDDにつなげるものでなくてはならない。
 
2 ADAに関連する    法制の動きについて 
a 企業に対する新たな税額控除策
 詳述は避けるが、ADAは基本的には企業が費用負担を行なうという仕組みになっている。そのため、ADAの審議過程ではとりわけ中小企業を中心とする反対が強かった。また、その審議過程では企業負担を軽減するためのいくつかの抱き合わせ法案も上程されたがいずれも廃案となった。しかし、ADAの制定後になって、一九九〇年一一月五日に内国税法(Internal Revenue Code)の第四四条が改正されることになり、中小企業のADAにともなう出費に対しては税額控除がなされることになった。
 この内容は、売上一万ドルもしくはフルタイムの従業員三〇人以下の中小企業は、ADAの定めるところに従った「必要な配慮(reasonable accommodation)」にともなう費用があった場合には一定の税額が控除されるというものである。その金額は、単年度あたり二百五十ドルをこえ、かつ一万二百五十ドル以下の税額の半分である。たとえば、視覚障害者の雇い入れにともない朗読者を配置するために七千五百ドルかかったとすると、七千五百ドルから二百五十ドルをひいた数字を二で割った額、つまり三千六百二十五ドルが、その企業が支払うべき税額から控除されることになる。ただし、これは新しく建設されるものやADAの要件に従わないものには適用されない。
 これにともなう税収減への配慮から、障害者対応の費用にともなう利益控除(費用認定)について従来から定めていた内国税法の一九〇条については、逆に上限額が三万五千ドルから五千ドルに引き下げられることになったが、ここでは紙数の関係で詳しい説明は省略する。
b 一九九〇年公民権法の不成立
 一九九〇年公民権法は議会を通過しながらも、一〇月二二日にブッシュ大統領の拒否権発動により成立を阻まれてしまった。これをくつがえすための再度の議会による審議結果でも、わずか一票の賛成票の不足により拒否権を押し戻すことができなかった。そもそもこの法案は、「一九六四年公民権法は黒人や女性に対して優遇するあまり逆差別的である」とした法廷への訴えを認める最高裁の判例がここ数年来出されていることに対して歯止めをかけようとしたものであった。ブッシュ大統領の拒否権発動は、改正法案が企業主に対して割当雇用を強いることになるからだという理由によるものであるとされているが、同法案の内容は決してそのようなものとはなっていない。
 このことが何故ADAに関連するかというと、ADAでは差別行為に対する救済策については基本的には公民権法と同じ取扱をすることとなっているからである。そして、一九九〇年公民権法では、障害者をも対象者に含めた救済策として金銭による賠償がなされることになっていたのである。つまりこの法案が廃案となったことで、自動的にADAのもとでの救済策は、雇用に関していえば現職復帰、賃金の後払い、法廷費用程度の範囲にとどめられることになってしまったのである。3 その他の法制上の    動き
a TVデコーダー法の成立
 一九九〇年一〇月一五日にTVデコーダー法(Television Decorder Circuitry Act of 1990、公法一〇一ー四三一)が制定された。この法律は一九九三年七月一日以降に米国で製造もしくは販売される、一三インチ以上のテレビにデコーダー(字幕解像装置)の内蔵を義務付けるものである。
 これにより、将来はどのテレビでもスウィッチひとつで(事前にもしくは同時に字幕が挿入されている限り)字幕を引き出すことができることになる。これは、二百ドルもするデコーダーを購入しなくてはならなかった二千四百万人といわれる米国の聴覚障害者のみならず(実際のデコーダーの推定販売数は九十万台ほどだが)、児童や英語を母国語としない市民あるいは留学生などにも大きな利益をもたらすことになる。多民族国家であり、正しい英語が失われつつあるといわれる米国にとってこのことがもつ意味には大きいものがある。また、米国のテレビのほとんどが日本製であることを考えると、この法律がわが国に与える影響にも少なかざるものがあるといえる。
b その他の法律の動き
 @障害者教育法の改正法の制定
 一九九〇年一〇月三〇日に同法の改正法が通過した。様々な重要なポイントがあるものの紙数の関係で詳述は避けるが、一六歳もしくは必要と認められれば一四歳で個別移行プログラム(Individualized Transition Plan)を定めることが義務付けられことになり、障害をもつ者の教育に関する法(Individuals with Disabilities Education Act)へと名称が変更された。
 A運輸省がリハビリテーション法五〇四条  に基づく連邦規則を策定
 リハビリテーション法の五〇四条に基づく連邦規則の策定が最後まで遅れていた運輸省から、一九九〇年一〇月四日に連邦規則の最終版が発表された。
c 障害者関連法制についての今後の日程
 米国の障害者に関連する法制度で今年中もしくは近い将来に動きが予定されている主なものは次のものである。
 @公正住宅法の改正法(Fair Hou  sing Amendments Ac  t of 1988)の発効
 住宅における障害者差別の禁止について定めた同法が三月一三日に発効する。
 A公正住宅法の改正法に基づくガイドライ  ンの制定
 一九九〇年六月一六日にガイドライン(案)が示されていながら最終的なガイドラインがまとめられていないため、障害者団体から早期確定が要望されている。
 B援助付き雇用(Supported E  mployment)に関する連邦規則  の改訂
 これも一九九〇年二月一三日に案が示されていながら最終的な連邦規則がまとめられていないものである。
 C障害者自立生活センターに対する最低基  準の策定
 リハビリテーション法第七章パートBの資金交付を受ける自立生活センターの要件を定めた最低基準について審議が行なわれていたが、四月をめどに案がまとめられる予定である。
 Dリハビリテーション法の改正
 リハビリテーション法については一九八六年の改正により一九九〇年の予算内容についてまで定められていたが、その後の改正については一九九〇年二月一五日に公告されており、年内に改正される予定である。
d ポストADAの課題
 ADAが制定されたことにより米国の障害者関連の法制度の整備が完全に終了したわけではない。ADA制定後に残された最大の課題とされているのは介助に関する連邦政府レベルでの制度である。介助の保障に関しては州レベルで異なる対応がなされており、連邦政府レベルでの法律は現在はまったく無い。そのため、多くの障害者が介助を家族に頼らざるを得ない状況がある。ADAの制定に貢献した団体のひとつである障害者の利用できる公共交通を要求する障害者会議(American Disabled for Accessible Public Transportation)などは略称をそのままにして早々と介助制度の即時制定を要求する障害者会議(American Disabled for Attendant Programs Today)へと名称変更を行なったほどである。
・おわりに
 ADAは本年の七月二六日までに連邦規則を策定することを義務付けている。前述したように、リハビリテーション法連邦規則制定の過程で苦い経験を味わった米国の障害者運動はADAの連邦規則制定には目を光らせている。
 ADAの制定経過に学び、米国にみられるような障害者自身の決定過程参加がわが国の法制度形成過程にも制度的に保障され、同時に障害者運動の側にも政策立案能力が大きく備わることを期待したい。
                            (一九九一年二月二五日)


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