障害者に対する機会均等を保障する米国障害者差別禁止法 ( ADA)制定の動き       社会福祉法人 東京コロニー
        事務局次長 久保 耕造
・はじめに
 現在、米国の障害者及び関係者の最大の関心事は米国障害者差別禁止法(Americans with Disabilities Act、略称ADA。直訳すれば障害をもつアメリカ国民法。)の制定の動きである。公民権法やリハビリテーション法504 項で知られる米国において、障害者に対する差別を禁止した法律が今までになかったのかと訝る方もおられるかもしれない。たしかに、これまでにも障害者に対する差別を部分的に禁じたものはあったのであるが、それを包括的に禁じた法律というのは米国にもなかったのである。
 昨年の第100 回議会では本法案の通過は実現しなかったが、本年はすでに8月2日に、本法案に関する公聴会を開催していた上院の労働および人的資源委員会(Senate Labor and HumanResource Committee)が圧倒的多数で承認しており、若干の修正はあっても今年の第101 回議会での通過は間違いないといわれている。
 本稿では、ADAが策定された背景と現状についてふれるとともに、その法案の概要についてご紹介したい。
・なぜこの法案が必要か
 米国の一般的な差別禁止法としては1964年に制定された公民権法(1964 Civil Rights Act )がある。この法律のもとでは様々な差別を禁じられているが、公共施設(第2章)、雇用(第7章)、住宅(第8章)における差別を禁じている項目では、差別禁止の対象範囲から障害者が抜け落ちてしまっている。たしかに、人種、皮膚の色、宗教、出身によっての差別は禁じられているが、障害者はそこにはいっていないのである。
 それでは、そうした点における障害者に対する差別を禁じた法律が他にあるかというと、リハビリテーション法による差別禁止条項がすぐに思い浮かべられる。しかし、リハビリテーション法によって公共施設や住宅などにおける障害者に対する差別が禁じられるのは、それが政府もしくは政府の補助金の交付を受けた機関による事業の場合だけである(注1)。雇用における障害者差別の場合も、あくまでも連邦政府との間で年間2,500 ドル以上の契約高をもつ企業の場合だけが禁じられているのである。
 そこで、障害者に対する差別を包括的に禁じてしまう法律を作れば、たとえ個別の法律では障害者に対する差別の禁止をうたいこまれることがなくても障害者に対する機会均等が保障されるとして考えだされたのがADAである。(注2)
・全米障害者評議会の   提起
 ADAが最も直接的に提起されたのは、1986年2月に全米障害者評議会(National Councilon the Handicapped)(注3)によって刊行された「自立にむかって(Toward Independence )」(注4)の中でであった。全米障害者評議会はリハビリテーション法に基づいて設けられている、ホワイト・ハウスに直属した独立した政府機関である。同評議会は、大統領により任命された15名の委員によって構成されており、その任務は、米国の障害者にかかわる法律、事業、制度を調査し、必要に応じて大統領や議会等に提言を行なうことである。
 「自立にむかって」は、雇用、予防、交通、住宅、自立生活、教育等々の多岐にわたる分野で提言を行なっているが、その中でも最も強調されたのが機会均等のための法律の制定ということであった。同書の機会均等法に関する勧告の1番目には次のように書かれている。
 勧告1.議会は、適用範囲が広く、障害を理 由にした差別を禁止する明瞭で、一貫した、 執行可能な基準をもつ、障害者の機会の均等 を求める総合的な法律を制定すべきである。  そのような法律は、たとえば「1986年の障 害をもつアメリカ国民法」といった題の単独 の総合的な法律としてまとめられるべきであ る。(国際障害者年日本推進協議会発行「自 立にむかって」より)
 さらに同書では、この勧告に続く5つの勧告によって「1986年の障害をもつアメリカ国民法」の内容のポイントを提起している。これが、今回のADAの最初のきっかけとなったものである。
 全米障害者評議会は、「自立にむかって」を刊行した2年後の1988年1月には「自立の始まり(On the Threshhold of Independence )」を刊行したが、その内容は「自立にむかって」の中で提起されて勧告がどの程度実施されたかを点検するというものであった。この中で、ADAのタタキ台として具体的に法案の体裁をもった形で10章にわたる法文案が提起された(注5)。
・議会による審議の経   過
 この法案は昨年の第100 回議会に上程されたが、9月にワシントンD.C.で、10月にボストンで公聴会が開かれたものの時間切れで制定にはいたらなかった。しかし、同じ年の1988年にADAは力強い支持を大統領候補から得ることに成功した。ブッシュ大統領候補が選挙キャンペーンの中でADAに対する支持を繰り返し表明したのがそれである。さらに、大統領となることが決まり、就任式を2日後にひかえた1989年の1月18日に、ワシントンD.C.で全米の障害者代表約1,500 人を集めて開催された「機会への到達(Access to Opportunity )」の席上でブッシュ大統領はADA支持を明言したのである(注6)。
 その後、ADAは5月9日に、上院ではトム・ハーキン(Tom Harkin)民主党議員にって24人の民主党議員、9人の共和党議員から成る賛同人とともに上程され、下院ではトニー・クエロ(Tony Coelho )民主党議員およびハミルトン・フィシュ・ジュニア(Hamilton Fish Jr. )共和党議員によって85人の賛同のもとに上程された。超党派で上程されている点はADAの強みであるとともに、その必然性を表しているものである。法律番号は上院ではS.933 、下院ではH.R.2273である。ハーキン議員はろう者の兄弟がおり、クエロ議員は自らてんかんをもつ者である(注7)。
 上院においては5月9日から上院労働および人的資源委員会(前出)において、下院においては6月18日から下院教育および労働委員会(House Committee on Education and Labor)のもとにある教育選択小委員会(Subcommittee on Select Education )及び雇用機会小委員会(Subcommittee on Employment Opportunity)で合同で審議が開始され、前述のように上院では8月2日に審議を終えたところである。現在では、上院では44人、下院では188 人の賛同人を得ているという。
・業界の反対
 詳しくは後述するが、大雑把にいうとADAでは公共的な場所や交通機関をすべて障害者の利用が可能となるようにしろと命じている。このことから容易に想像できるのは業界の反対である。
 ADAは前述のように超党派で上程されているにもかかわらず、業界や行政の一部からの反対意見にもあっている。公聴会で証言にたた商務省の代表ザシャリー・ファスマン(Zachary Fasman)氏は「ADAが課そうとしていることは政府の他の施策に反する」と述べている。つまり、ADAが企業に対して障害者受け入れの費用負担をせまることから中小企業育成の施策に反するというわけである。同様の証言は、全国自営業者連盟(National Federation of  Independence Business )や議員の一部からも出されている。
 たとえば、米国最大の電信電話会社AT&T社は、ADAによって聴覚障害者のために行なわれるサービスのための費用は業界全体で年間2億ドルから3億ドルにのぼるであろうと見積もっている。また、長距離運行で有名なグレイハウンド・ライン社は、新しく導入するバスに車いす用のリフトをつけるための費用は年間4千万ドルから8千万ドルにのぼると予測している。こうした費用負担は米国経済の競争力を全体として落とすことにつながると商務省のファスマン代表は述べている。
・ADA支持者の反論
 これに対してADAを支持する側では次のような反論をしている。ハーキン議員は、リハビリテーション法のもとでは、職場で障害者ひとりを受け入れるのに35ドルから50ドルほどしかかかっていないし、ADAによって障害者に対する差別がなくなることをつうじて福祉にかかっていた費用が減額されたり、障害者が納税者に転化することは無視できないとしている。障害者雇用大統領委員会のハロルド・ラッセル前議長は、1982年の調査によれば、連邦政府と契約のある企業のうち51% の企業は障害者を受け入れることによって費用が余分にかかったことはなかったしているし、費用がかかったとしている30% の企業も500 ドル以下であったとしているという数字をあげている。
 さらに、ADAの支持者は、費用の額の大きさそのものは問題にならないという。ルトガース大学の経済調査部(Rutgers University  Bureau of Economic Research )の調査によれば、1986年に米国中で稼働年齢層の障害者対策として使われた費用は1,694 億ドル(1ドル140 円として約23兆7 千億円)であり、そのうち政府支出は752 億円であるという。しかし、稼働年齢層の3分の2は仕事につていないのである。つまり、この額をみれば企業が負担する費用の大きさそのものは驚くにあたいしないのであり、問題はお金が何のために使われているかということだというのである。同じ大きさの費用がどこかから出るというなら、障害者の年金や在宅生活に費やすよりは、雇用や自立生活に結びつくことに使おうというわけである。
・ADAの概要
 ADAは冒頭の3項(Section )とそれに続く6章(Title )から成っている。
・第1項 ショート・タイトル( Section 1. The Short Title )
 この項は、この法律の名称が1989 Americanswith Disabilities Act であるとしている。 ・第2項 調査結果と目的(Section 2.   Findings and Purpose)
 この項は、議会による調査結果およびこの法律の目的を述べている。
 議会による調査結果によれば、障害者に対する差別は雇用をはじめとする生活の重要な部分で依然として続いている。
 また、この法律の目的は、明確かつ包括的に障害者差別を禁じ、他の少数者や他の人々と同様に障害者を差別から守り、障害者差別についての強制力を伴った基準を定めることにある。・第3項 定義(Section 3. Difinitions)
 この項は、次の3つの用語の定義付けをしている。
 1.障害(Disability)
  この障害の定義はリハビリテーション法の 定義とほぼ等しい定義である。
  a.主たる生活活動のひとつ以上を著しく制   限する身体的、精神的障害。
  b.a.に該当する障害の経歴がある。
  c.a.に該当するとみなされるもの。
 2.合理的適応(Reasonable Accommodation)  ここでは仮に合理的適応と訳したが、この reasonable accommodationという言葉の概念 自体が日本語にないため定訳はない。しかし 、この言葉は米国の障害者問題を理解するた めのひとつのキーワードである。内容的には 、障害者を受け入れるためのハード、ソフト 両面での改変策をさしている。たとえば、車 いす障害者のためにスロープを設けたり、ト イレを改造することもそうであるし、聴覚障 害者のために手話通訳を配置したり、勤務時 間をフレキシブルにすることなどもこの概念 に含まれる。(accommodation といっても設 備や宿泊施設のことではない)
  a.現存する施設や設備を障害者の利用が可   能にする。
  b.仕事の再編成、パートタイムや変形労働   時間制、職務の変更、設備や器具の改造   や購入、試験や訓練教材の適正な変更、   手続きや協定書の変更の採用、有資格の   朗読者や通訳の配置など。
 3.補助のための機器やサービス(Auxiliary   Aids and Services )
   聴覚障害者のためには、有資格の通訳も  しくは音で伝えられたものを聴覚障害者に  伝わるようにするもの、視覚障害者には有  資格の朗読者もしくは目で見える形で伝え  られたものを視覚障害者に伝わるようにす  るもの、もしくはこれと同様の行為あるい  はサービス。
・第1章 差別に対する一般的禁止(General Prohibition Against Discrimination)
 第1章では、障害者が障害のゆえに下記の事項にさらされることを差別としている。
 1.参加の機会を奪う、もしくは機会を得る恩 恵に浴すことができないこと。
 2.障害のない人に対して提供されるのと異な る機会を提供すること。
 3.障害のない人に対して提供されるものより 効果的でない機会を提供すること。
 4.隔離された条件のもとで機会を提供するこ と。
 5.差別を行なうものに対して援助を与えるこ とにより差別を助長し継続させること。
 6.企画や諮問のための委員会の構成員となる 機会を奪うこと。
 7.その他、障害のない人には提供されている 権利、特権、利益、機会を制限すること。
 このような定義とともに、障害者が本人の障害とは関係のない理由によって排除されることがあっても、それは差別にはあたらないとしている。さらに、それが必要であり、障害者自身がもっている能力に実質的に関連しており、合理的適応を行なったとしても解決できないということが示されれば、障害者の資格要件に関する基準(qualification standards )を設けても差別とはみなされないとしている。
 この資格要件に関する基準には、アルコールや薬物の使用が職場や事業における他の人々の安全や財産に危害を及ぼさないことや、他の人々の健康や安全を脅かす伝染性の病気をもたないことなどという内容を含むことができる。
・第2章 雇用(Employment)
 第2章では、有資格の障害者(qualified  individual with a disability)に対する雇用のうえでの差別を禁じており、これは1964年公民権法第7章の判例法やリハビリテーション法第504 項、あるいは現行の他の法令と軌を一にしている。これは従業員15人以上の事業所に適用されるが、肯定的行動(affirmative action)は義務付けられていない。
 有資格障害者とは、合理的適応の有無にかかわらず、仕事上で必要とされる職務を遂行できる能力を有している障害者のことを意味している。雇用主は、障害者を受け入れることが事業運営上で重大な支障(undue hardship)をきたすということを示すことができない限り合理的適応を行なわなくてはならない。
 前章同様に、資格要件に関する基準を設けることは、それが必要であり、障害者本人の職務遂行能力に実質的に関連していることを示すことができれば許される。
 雇用機会均等委員会(Equal Employment  Opportunity Commission)が本章を施行するための省則(regulation)を策定する。
・第3章 公的サービス(Public Services ) 第3章とリハビリテーション法第504 項により、政府および州政府のすべての事業が障害者差別禁止の基準に拘束されることになる。特に注目されているのは、公的機関によって行なわれている公的な輸送サービス(ただし航空機によるものは含まれない)における本章の適用である。
 本章によれば、法制定後30日を経過した後に購入されるすべての新しいバスおよび列車はアクセシブルでなくてはならない。現在あるものをアクセシブルにすることは求められていない。中古のバスを定期的に購入もしくはリースする機関においては、できるだけアクセシブルな中古バスを入手する努力をすることだけが求められている。
 障害者にも障害のない人に対しても随時運行バス(demand responsive bus system)を行なっている地域は、全体として障害者にも障害のない人に対するのと同様のサービスが提供されているということを示さない限り、新しくバスを購入する際は、アクセシブルなものを購入しなくてはならない。路線バスを運行している地域では、路線バスを利用することができない障害者のために、障害者の外出のためには特別の車両を提供するパラ・トランジット・サービス(paratransit services)が要求される。
 すべての交通関係施設もアクセシブルにすることが求められる。現在、改造中の施設も、トイレ、電話、水飲み場などをアクセシブルに設計変更する必要がある。交通関係施設や運行表をアクセシブルにするための予定表も作成される。
・第4章 民間の事業体によって運営される公共的施設およびサービス(Public Accommoda- tions and Services Operated by Private  Entities)
 第4章では、商品、サービス、施設、特権、利益、公共的施設における障害ゆえの差別を禁じている。
 公共的施設というのは、民間の事業体によって運営されているが、不特定多数が顧客やクライエント、訪問者などの形で利用するもの、雇用の可能性のある場所、その運営が商売に影響のあるものとされている。具体的には、ショッピング・センター、レストラン、ホテル、オフィス・ビル、リクレーション施設、劇場などである。
 これらの民間の事業体によって運営されている施設では下記のことが要求される。
 1.障害者の種類を限定したりする資格要件を 設けてはならない。
 2.その変更が事業の本質を損ねるということ を示し得ない限り、障害者に機会を保障する ために必要な規則や方針の変更を行なう。
 3.そのサービスが事業に重大な支障をもたら すということを示すことができない限り、補 助のための機器やサービスを提供する。
 4.可能であるならば、現存する建物や交通機 関のうえでの障壁を除去する。そのような作 業ができない時は、障壁除去に変る手段を提 供する。
 5.法制定後1年を経てから修復もしくは改築 される施設は、どの部分も障害者の利用が可 能となるようにする。そこに至る通路もアク セシブルにする。
 6.法制定後30ケ月以降に建設される施設は、 建築的に不可能でない限り障害者の利用可能 なものにする。
 さらに、本章では輸送業を主とする民間の事業体によって提供される交通機関における障害ゆえの差別を禁じている。このような事業体の乗用車を除く車両は、法制定後30日を経過した後はアクセシブルにする必要がある。
 本章の内容に関しては、その執行を求めて個人が法定に訴えることができるし、司法長官が強制権をもっている。
・第5章 コミュニケーション(Communica- tion)
 電話会社は、法制定後1年を経過した後は、聴覚障害者と障害をもたない人との間の電話リレー・サービスを行なう必要がある。連邦コミュニケーション委員会(Federal Communica- tion Commition)がこのサービスに関する最低基準を策定し、1934年コミュニケーション法(Communication Act of 1934 )の施行にあたっての強制権をもつ。この件についての、個人の法廷への訴訟権、司法長官の強制権が前章と同様に定められている。
・第6章 雑則(Miscellaneous Provisions) 第6章では、ADAとリハビリテーション法504 項をはじめとする障害者の権利保護のための他の法制度との関係が述べられている。また、建築物と交通機関に関する改善命令委員会(Architectural and Transportation Barriers Compliance Board)がアクセシビリティについてのガイドラインを策定することが定められている。
 ADAによる適用を受ける個人に対しては、それに対する対抗措置から守る措置がなされている。与党は、ADAのもとで始められるすべての行政行為および手続きのために弁護士代および費用をかけることが許される。
(本稿の内容は主に下記の文献によっている)
1.Moses, H. "The Americans with Disabili- ties Act 1989" Work life Summer 1989, vol.2, no. 2, 3-5.
2.Rovner, J. "...That All Men Are Created Equal Under ADA, People Will Be Judged on Abilities, Not Disabilities" 1989 Congres-sional Quarterly 
3.Rasky, S. "Job Rights for Disabled: Tab Too High ?" Herald Tribune, August 15,  1989
4."Progress on the Americans with Disabi- lities Act" Tips and Treds, June-July 1989, vol. 1, no. 6
5.National Council on the Handicapped To- ward Independence 1986
6.National Council on the Handicapped To- ward Independence Appendix 1986
7.National council on the Handicapped On the Threshold of Independence 1988
8."Americans with Disabilities Act: A St- atus Report" ilru insights December 1988, vol. 6, no. 6
9."Update on ADA" ilru insights March-  April 1989, vol. 7, no. 2
10."Americans with Disabilities Act" Hori-zons July 1989, vol. 3, no. 7
         (1989年9月28日)
 

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