障害者に対する差別禁止と機会均等を保障する「障害をもつアメリカ国民法」について
 
      社会福祉法人 東京コロニー
       事務局次長 久保 耕造
 
 
 
・はじめに
 一九九〇年七月二六日、アメリカのブッシュ大統領が署名を行なったことで、「障害をもつアメリカ国民法(Americans with Disabilities Act、略称ADA)」が正式に成立した。署名にあたり、ブッシュ大統領は、「ADAは、障害をもつ男女、児童にとって自由、独立、平等の明るい新時代への幕開けである」と述べた。
 ADAは、アメリカにおける障害者に対する差別禁止と、機会均等をもたらす法律であるとして制定が待ち望まれていた法律ある。わが国でも、ADAのアメリカ議会の下院通過が広くマスコミ報道されたこともあり、それ以来、関係者の高い関心を呼んでいる。本稿では、ADA制定の経緯、内容、意義などについてまとめてみたい。
・ADA制定の背景
 ADA制定の背景としては、大きくは二点をあげることができる。
 第一は、一九六四年公民権法を補完するということである。同法では、性、宗教、人種、皮膚の色、出身国などによる差別を禁じているが、障害による差別は禁じられていない。そこで、同法と同じ水準の権利保障を障害者にもたらすものとして生み出されたのがADAである。そのため、ADAの雇用に関する規程なども、その対象となる企業の範囲などは同法と同じ内容となっている。
 第二は、リハビリテーション法を補完するということである。公民権法の適用のないもとで、障害者にとっての公民権法としての役割をこれまで果たしていたのが一九七三年リハビリテーション法であった。しかし、同法の適用される対象は、連邦政府機関、連邦政府から資金を交付されて行なわれている事業、連邦政府との間に年間二千五百ドル以上の契約高をもつ企業の三者に限定されていた。同法の適用範囲を、民間の企業などにまで広めたものがADAである。
・ADA制定の経緯
 ADAが制定されるまでの経緯を時間をおってみてみたい。
・一九八六年二月 
 全米障害者評議会が「自立へ向かって」を刊行。本書において、障害者に対する機会均等を保障する総合的な法律の必要性が勧告され、その法律の名称として「一九八六年の障害をもつアメリカ国民法」を提案。
・一九八八年一月
 全米障害者評議会が「自立のはじまり」を刊行。本書において、十章から成る「一九八八年の障害をもつアメリカ国民法」を提示。・一九八八年五月二日 
 「一九八八年の障害をもつアメリカ国民法」上程。
 ADA審議のための調査活動を障害をもつアメリカ人の権利と権限付与のための作業委員会に付託。
・一九八九年一月一八日
 大統領就任式を二日後に控えたブッシュ大統領が、「機会への到達」においてADAへの支持を発表。
・一九八九年五月九日
 上院および下院に「一九八九年の障害をもつアメリカ国民法」上程。
・一九八九年九月七日
 上院を賛成七六、反対八で通過。
・一九九〇年五月二二日
 下院を賛成四〇三、反対二〇で通過。
・一九九〇年七月一三日
 両院協議委員会の審議を経た法案を、再度、上院で、賛成九一、反対六で通過。
・一九九〇年七月二六日
 ブッシュ大統領が署名。
・ADAの概要
 ADAは全体で五章から成っているが、その内容は大きくは次の四点にわたっている。 @雇用における障害者差別の禁止
 ADAは、従業員一五人以上の企業においてが「有資格障害者」の雇い入れを障害ゆえに拒否することを禁じ、「有資格障害者」に対する「必要な配慮」を義務づけている。ただし、経過措置として、ADAの雇用に関する内容はADA制定後二年経過後に発効となり、さらに、その後二年間は従業員二五人以上の企業にのみ適用するとされている。そのため、最終的に従業員一五人以上の企業に適用されるまでには、ADA制定から四年を待たなくてはならない。
 「有資格障害者」とは、仕事のうえでの必須職務をこなすことができる障害者という意味である。また、「必要な配慮」とは、企業が障害者を受け入れる際に行なわなければならない対応策のことである。ここには、障害者に対する試験方法の変更から、建物の改造、勤務時間の変更、手話通訳者や朗読者の配置などということまで含まれる。
 たとえば、企業はこれまでは、求人に対して応募してきた車いすを用いる障害者に対して、「仕事はできるが、使用できるトイレがないから」ということで雇用を拒否することができた。しかし、ADAのもとでは、その障害者に仕事をこなす能力が備わっている限りは、企業はトイレを作らなければならないのである。
 また、この必要な配慮を行なうことが、企業にとって「重大な支障」となることが証明されれば、必要な配慮を行なう義務を免除されることとなっている。しかし、その基準については、規模や業種などによるという以上には明確にされていない。
 A公的サービスにおける障害者差別の禁止 イ.州や地方政府が行なう事業における障   害者差別の禁止
 従来、州や地方政府の行なう活動や事業は、連邦政府から資金援助を受けているものを除けば、障害者差別を禁じたリハビリテーション法五〇四条の適用を受けることはなかった。しかし、ADAの制定により、政府からの資金援助を受けているか否かにかかわらず、州や地方政府機関の活動や事業における障害者差別が禁じられることとなった。これは、ADA制定後一八ケ月経過以降に発効となる。
 ロ.公共交通機関における障害者差別の禁   止
 ここでは、電車、バス、地下鉄などといった公共輸送機関における障害者差別が禁じられている。つまり、このような交通機関を障害者が利用可能となるようにすることがADAでは命じられているのである。ただし、主要駅が三年以内(必要に応じて二〇年まで延長可能)に障害者の利用が可能となるように改造することを求められていることを除けば、既存のものを改造することは求められていない。
 ADA制定後三〇日経過以降に購入もしくはリースされるバスや電車は障害者の利用できるものでなくてはならない。都市鉄道の車両は、遅くともADA制定後五年以内に、一列車あたり一車両は障害者の利用可能なものとしなくてはならない。交通機関の得られない場所の障害者などに対するパラトランジット・サービス(呼び出しによるリフト付きバスの運行など)はADA制定後一八ケ月経過以降は義務づけられる。ADA制定後一八ケ月経過以降に設置される駅舎も障害者の利用が可能でなくてはならない。
 全国鉄道旅客公社や州間鉄道(つまり長距離列車)においては、ADA制定後十年以内に、一列車あたり列車数と同数(全国鉄道旅客公社の場合はその二倍)。また、その半数を五年以内に実現すの座席を障害者の利用可能な座席としなくてはならない。また、その半数を五年以内に実現する必要がある。全国鉄道旅客公社のすべての駅は二〇年以内に障害者の利用可能としなくてはならない。主要駅は三年以内に(ただし二〇年まで延長可能)、障害者の利用を可能とするような改築がなさされる必要がある。
 B民間の事業体によって運営される公共的  施設における障害者差別の禁止
 ADAは、不特定多数が集まる公共的な施設における建築物やサービスのうえでの障害者差別を禁じ、これらの場所が障害者の利用が可能となるようにと命じている。このような場所としてADAで例示されているのは次のとおりである。
 ホテル・モーテルなどの宿泊施設、レストラン・バーなどの飲食物提供のための施設、映画館・コンサートホール・劇場・スタジアムなどの娯楽施設、公会堂・講堂・会議センター、パン屋・食品雑貨店・衣料品店・ショッピングセンターなどの小売り販売施設、銀行・コインランドリー・理髪店・美容院・旅行サービス・ガソリンスタンド・法律事務所・会計事務所・斎場・薬局・保険会社・病院などのサービス施設、博物館・図書館・美術館などの公共展示施設、公園・動物園、私立の保育園・小学校・中学校・高校・大学・大学院、体育館・コルフ場などの運動・リクレーション施設、等々。
 これらの公共的な場所におけるアクセシビリティの保障も、公共交通機関に対する適用と同様に、数段の階段の代わりにスロープをつけるなどという、改造の手間も費用もあまりかからずにできるものを除けば、新築(ADA制定後三0ケ月経過以降)もしくは改築(ADA制定後一八ケ月経過以降)のものからの適用となる。
 ここでも、雇用の場合と同様に、アクセシブルな場所とすることが、その企業にとって「重大な支障」となることが証されれば適用が免除されることとなっている。
 なお、障害者が利用できるようにするという意味には、建築物に関することのみではなく、必要な資料を視覚障害者のために拡大文字やテープを用意するなどという、補助のための機器やサービスの提供なども含まれる。しかし、同時に、盲人のためにウェイターがメニューを読むなどのサービスを行なえば点字によるメニューを用意する必要はないなどという柔軟性も認められている。
 また、ここでいう公共的な施設という中には民間企業によって運行されている交通機関も含まれている。そのため、ADA制定後三〇日経過以降に購入される車両、バスは公共交通機関と同様に障害者の利用可能なものでなくてはならない。しかし、障害者の利用が可能な仕様についての具体案に欠けているため、その調査に三年を要するとされている。その結果、民間企業によって提供されている交通機関における適用はADA制定後7年(大企業は6年)経過後になって発効する。
 Cテレコミュニケーションにおける障害者 差別の禁止
 アメリカには二千四百万人の聴覚障害者と二百八十万人の言語障害者がいるといわれている。この聴覚言語障害者のコミニュケーション手段として普及しているのが、略称でTDDと呼ばれるものであるが、ADAは電話局に対してTDDのリレー(中継)サービスを行なうことを命じている。
 TDDというのは、電話とディスプレー付きタイプライターを結びつけた機器であるが(写真参照)、TDDをもたない者との通信は不可能である。そこで、電話局がTDDをもつ者ともたない者との間に入って、通常の料金で二四時間、「通訳」サービスをすることを命じたのがADAの内容である。これは、ADA制定後三年経過以降に発効する。
・対象となる障害者
 ADAの対象となる障害者は、わが国でいう身体障害者、精神薄弱者、精神障害者等をすべて含んでいる。その定義は、@個人の主たる生活活動のひとつ以上を著しく制限する身体的・精神的障害をもつ者、Aこのような障害の経歴をもつ者、Bこのような障害をもつとみなされる者(たとえば重い火傷による後遺症など)、となっている。これらは、リハビリテーション法おける障害者の定義そのものである。
 また、ADAではエイズ患者もしくはエイズウィルス感染者は対象者とされたが、不法薬物の使用者は除外されることとなった。
・企業の反応
 ホワイトハウスでは、ADAにより企業が強いられる支出増は年間百万ドルから二百万ドルと考えている。このことに対する企業の反応はどうであろうか。
 昨年、サンフランシスコにオープンしたマリオット・ホテルでは四〇室を車いすで使用可能な部屋とし、エレベーター内には点字案内を設置したが、その費用はとるに足らない額であったという。また、ベデスタにある同ホテルの本部に車いす使用の障害者を雇い入れた際の改造費用は五〇ドル以下であったという。
 デンバーでは、既に市内のバスに、新規購入のものだけでなく一部は既存のものも含めてリフトをつけ始めているが、研究開発の結果、逆に一台のバスあたりの年間維持費は五千ドルから九百八〇ドルまでに削減されたという。
 このような肯定的な企業の反応ばかりでなく、ADAの中には、企業の強硬な反対で妥協が生まれた部分もある。長距離バスの運行で有名なグレイハウンド社は、ADAを遵守すれば年間七千八百万ドルの経費がかり、バス一台にリフトを導入するためには三万五千ドルかかるとしている。このため、この価格の三分の一でリフト付きバスが実現できる見込みがたつまで(前述のように最長七年間)ADAの適用は見送られることになった。
 ADAの制定に対しては企業からの反対があり、ADAと抱き合わせに企業救済を目的とした対策がいくつか出されたが、いずれも廃案となった。企業の反対に対する有力な反駁の根拠となっているのは、シラクサ大学などから出されている、当初から障害者の利用を想定していれば、そのことが総費用に与える影響は一%以下であるという研究結果などである。
・おわりに
 ADAは、権利保障や差別禁止を法律によって保障することの重要性を教えてくれている。とりわけ、ADAにはわが国におけるアクセス問題での後進性を感じさせられるところである。
 わが国におけるADAへの関心の高さを生かして、障害の種別にとらわれない、権利保障のための総合的な法制がわが国においても検討されることを期待したい。

  ADAについて書かかれたものの目次のページへ戻る