昨年、アメリカでADAと呼ばれる法律が制定されました。そのことについては、既に、新聞やテレビでも何回か報道されましたし、多くの論文が発表され、講演会なども開かれているので多くの方々がご存じのことと思います。詳しい内容等につきましては、そうした資料などを参考にしていただくこととして、今回は、Q&A形式でADAの基本的なことがらについてまとめてみました。
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Q 昨年、アメリカで制定されたADAという法律は正確にはいつ制定された、どんな名称の法律ですか?
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A この法律は1990年7月26日午前10時26分にブッシュ大統領が署名したことによりアメリカで成立した法律であり、正式な名称は「障害に基づく差別の明確かつ包括的な禁止について定める法律」です。この名称は長いため、この法律の中でこの法律自身を引用するための略称としてAmericans with Disabilities Act という表現が用いられています。そのため、この頭文字をとってADAとも呼ばれます。この法律には公法101-336 という法律番号がついていますが、これはアメリカの第101 議会で制定された336 番目の法律という意味です。日本語では「障害をもつアメリカ人法」、「障害をもつアメリカ国民法」あるいは内容を意訳して「米国障害者差別禁止法」などと紹介されています。
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Q アメリカはヨーロッパとならんで、福祉対策ではすすんだ国と思っていましたが、まだこのような新しい法律が必要だったのですか?
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A たしかに、アメリカにはこれまでにも障害者に対するすすんだ制度はいくつもあり、州によってはADAの内容よりもすすんだ制度をもっているところもあります。しかし、連邦政府のレベルの制度でみると不十分な点も多く、今回のADAはそれを補うものとして制定されました。つまり、ADAは、これまでになかった制度について定めている法律であって、既に法律が整備されていることについてまでは重複しては定めていません。ですから、ADAにはたとえば障害者の教育、医療、住宅、所得保障などについては何も述べられていません。しかし、そのことは、ADAが障害者に対する差別を法律で禁じたということに対する評価をいささかも減じるものではありません。
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Q ADAは、突然制定されたものではないと思いますが、どのような経緯で制定されたのですか?
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A ADAが制定されるきっかけとなったのは、米国障害者評議会と呼ばれる機関が発表した「自立へむかって」と題された一冊の答申書でした。この機関は、アメリカの障害者に関する制度や法律が障害者本位のものになっているかどうかをチェックするオンブズマン的な機能を備えた独立した連邦政府機関ですが、この機関が同答申書で差別禁止のための包括的な法律の必要性を指摘したのが1986年のことでした。その後、この指摘に基づいた法律が1988年に議会に上程されながらも成立せず、1990年になって成立しました。この間には、障害の種別や支持政党の違いをこえた障害者団体の団結や、ブッシュ大統領自身を含めた、超党派の数多くの議員の支持があり成立に至りました。
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Q ADAがアメリカで成立した背景には制度や考え方のうえでどのようなものがあったのですか?
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A 従来、差別禁止の基本的な法律としては公民権法とリハビリテーション法という法律がありました。しかし、公民権法は黒人を中心とした民族的マイノリティを中心的な対象者とするため障害者に対する配慮に欠けていました。また、リハビリテーション法は差別禁止範囲を連邦政府や連邦政府から補助を受けている事業などに限定しており、これらのことが問題でした。考え方の背景としては、多民族国家としてのアメリカで重要視される機会均等という考え方があげられます。このような、アメリカ人であれば誰でもが認める考え方を障害者に保障しようとする法律であったからこそADAは成立したのです。双子の赤字に悩むアメリカとしては、連邦政府には実質的に費用がかからず、企業に負担をさせるというADAの構造も、成立の背景としてあげることができます。
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Q ADAが審議される過程で反対意見はなかったのですか、その反対意見に対してはどのように説得がなされたのですか?
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A ADAの制定に対しては中小企業を中心とした大きな反対がありました。その理由は、ADAが制定されれば企業に大きな費用負担が迫られ経営を圧迫すると考えられたからです。これに対しては、障害者をこれまで活用されてこなかった人材源としてみなす考え方、障害者をこれまで想定されていなかった消費者としてみなす考え方、はじめから障害者に対して配慮を行なえば費用負担はそれほどではないことなどが反論としてあげられました。この他にも、障害者の社会参加がすすめば「税金食い」を「納税者」に転化できるというアメリカ流の対費用効果論もありました。ただし、企業に対しては、経過措置を何年かおくこと、過大な負担になる場合の免除措置あるいは過去にまで遡らないなどの配慮も行なわれています。
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Q ADAという法律には具体的には何が書かれているのですか、その主な内容について教えてくたさい。
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A ADAという法律自体は5章から成っており、具体的には第1章は雇用、第2章は公的サービス、第3章は民間事業体の運営する公共的施設およびサービス、第4章は電気通信、第5章は雑則となっています。内容的には、@民間企業の雇用における差別禁止、A不特定多数の集まる公共的施設における差別禁止、B交通機関における差別禁止、C聴覚障害者の間で一般的に用いられているTDDというコミュニケーション手段に対するリレーサービス、という4点が中心となっています。
 その具体的な内容については次号でご紹介します。
 今回は障害をもつアメリカ国民法(略称ADA)の主な内容についてご紹介します。前回にもふれられていますが、ADAはこれまでのアメリカの法律によっては定められていなかったものについて新たに規定したものです。逆にいうと、ADAにもられていない事柄についてはADA以外の別の法律があるということですので、アメリカにおける障害者の生活や権利の保障の全体を知るためにはそれらもあわせて見る必要あります。
1.雇用について
 ADAで障害者雇用について定められている内容は、ひとことでいうと、従業員15人以上の民間企業における「有資格障害者」に対する「必要な配慮」の義務づけということです。ただし、ADAの雇用に関する部分は1992年7月26日から発効し、その後2年間は従業員25人以上の企業しか対象となりませんので、最終的に従業員15人以上の企業が対象となるのは1994年7月26日以降ということになります。
 「有資格障害者」(適格障害者などと訳されることもあります)というのは、ある仕事の中心的な業務内容を遂行する能力をもっている者という意味です。有資格といっても、何かの試験に合格した者という意味ではありません。
 また、「必要な配慮」というのは、ある障害者を職場に受け入れるために必要とされる対応策のことです。たとえば、車いすの人を受け入れるためにスロープを設けたりすることなどです。しかし、このようなハード面での対応だけでなく、採用試験において配慮を行なったり、仕事を変則勤務とすることなどというソフト面での対応も含まれます。
 ただし、このような対応を企業が行なうことがその企業にとって「重大な支障」となることが証明された場合は、このような義務づけからは免除されることになっています。「重大な支障」とは「必要な配慮」を行なうことにより、企業が倒産してしまう場合や、企業の業務内容の変更がせまられる場合であるとされています。
2.公的サービスについて
 ADA制定以前にも、リハビリテーション法に基づき、アメリカの連邦政府内や連邦政府から補助金を受けている事業などにおける障害者差別の禁止は定められていました。しかし、州政府や地方自治体、あるいはこれらが行なう事業で連邦政府の補助金を受けていない事業における障害者差別までは禁じられていませんでした。ADAでは、州政府や地方自治体においても連邦政府と同様に障害者差別を禁ずることを命じています。
 つまり、雇用のこととあわせて、ADAはリハビリテーション法の対象範囲を州政府、地方自治体や民間企業にまで広めたものであるということができます。
3.交通機関について
 公共事業体や民間企業が運営する交通機関について、ADAは原則としてすべて障害者の利用が可能であるようにすることを命じています。
 ただし、既存の車両やバスまでも含めてそのようにすることまでは求められていません。ADA制定後に新たにバスや車両を購入・リースあるいは改造する際に限って障害者の利用が可能となる配慮が求められています。また、路線バスが運行されていないような地域では、障害者のニーズに対応して随時運行される送迎サービスを設けることがADAでは義務づけられています。
 これらは、電車、バス、駅舎などのケースによって様々な年限の経過措置(実施猶予期間)が定められており、最長では30年というものまであります。また、雇用の場合と同様に、そのことを実施することが民間企業にとって「重大な支障」となる場合はこのような義務づけが免除されることになっています。
4.公共的施設について 公共的施設というと学校や公民館のようなものを思い浮かべるかもしれませんが、ADAでいう公共的施設というのは不特定多数の集まる場所という意味です。つまり、映画館、デパート、銀行、ガソリンスタンド、コインランドリーといった場所です。もちろん学校や公民館あるいは公園や図書館なども含まれます。ADAでは、障害者がこれらの場所を利用できるようにすることを命じています。
 障害者が利用できるということの意味には、建物の構造上のことだけでなく、たとえばレストランにおけるメニューを点字で用意するなどということも含まれています。しかし、たとえば必ずしも盲人のために点字のメニューを用意しなくてもレストランの従業員がメニューを朗読することで代えることもできるというような柔軟性も同時に認められています。
 交通機関の場合と同様に公共的施設の場合も、改造の手間も費用もかからないものを除けば、既存のものまですぐに改造することは求めれていません。原則として、ADA制定後に改築や新築される際にのみ障害者に対する配慮を行なうことが義務づけられています。また、その実施が企業にとって「重大な支障」であることが証明された場合の義務免除規定も同様です。
 民間企業の運営する交通機関や建物の場合は、初回の違反に対しては5万ドル以下、2回目以降の違反に対しては10万ドル以下の罰金が科せられます。
5.TDDについて
 アメリカの聴覚障害者のコミュニケーション手段として一般的に用いられているのがTDDと略称される機器です。これは、電話とワープロがあわさったようなもので、聴覚障害者はこれを用いて対話式に意志疎通を行なうことができます。アメリカでは、日本のようにファックスが普及しておらず、そのため高額なこともありTDDの果たす役割には大きいものがあります(TDDの購入などに対しては補助があるが、ファックス購入に対しては補助がない)。
 しかし、TDDの問題は、この機器を所有している者同士の間においてしか機能しないということです。つまり、一般にはこのような機器を所有していない健常者と、TDDをもっている聴覚障害者の間ではTDDは役に立たないのです。これを解決するために、ADAは、電話会社がこの両者の間にたっていわば「通訳」としての役割を果たすことを命じています。それも24時間体制で、通常の電話料金と同等の料金でサービスを行なうことを求めています。
 
 ADAの概要は以上ですが、その詳細部分については、ADA制定後1年以内に定められることになっている連邦規則によって定められることになっています。本誌が読まれる頃にはその詳細が明らかにされている予定です。
 
   ADAに学ぶもの
 二回にわたりADAの背景や内容について紹介してきましたが、ADAから私たちが学ぶべきものには何があるのかを考えてみたいと思います。いわばADAのエッセンスともいうべきものについて今回はまとめてみました。
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1.障害者関連制度に対するオンブズマン機構
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 前にもふれましたが、ADAの制定にあたっては全米障害者評議会という組織が大きな役割を果たしました。このような、当事者の立場にたち、行政機関との間に利害関係をもたずに自由に制度や法律の全体を点検し、実効性のある提言を行なうことができる、いわば障害者関連制度に対するオンブズマン機構と呼べるようなシステムがわが国にもほしいところです。日本にも、機能そのものの類似性という点では中央心身障害者対策協議会というものがありますが、同協議会やその事務局の独立性あるいは構成委員における当事者中心性などという点からみると、残念ながら全米障害者評議会に十分匹敵するものとは言い難いところがあります(東京都中野区では1990年10月から福祉サービス苦情調整委員、通称福祉オンブズマンという制度が始められました)。
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2.当事者参加の重要性
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 ADAのもつ重要性の大きなひとつに、その立案・制定過程に障害者をはじめとする当事者が主体的にかかわったということがあげられます。それも法文そのものの執筆というようなことまで含め当事者が中心に行なっているという、日本では考えられない状況があります(これは、アメリカの法律が議員立法という手続きによって立案されることにも影響されていますが)。わが国では、当事者が行政側に対して重点要求項目を羅列して提示すると、後はそれを受けたお役人が制度化を行なうというスタイルが一般的ですが、今後はもしそれが真に必要な要求であれば、それを保障するような制度・法案そのものを障害をもつ者自身が(必要に応じて専門家を利用しつつ)書きあげるというような作業が必要なのではないでしょうか。
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3.統合教育と高等教育の保障
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 当事者の参加を保障する基盤として、障害者に対する高等教育の保障が必要です。高等教育がすべてではありませんが、政策立案能力を支える大きな原動力のひとつであることは間違いありません。たとえば「必要な配慮」と「有資格障害者」という考え方の枠組みのうえに成り立っているADAの雇用に関する部分なども、有能な障害者の厚い層があって初めて可能となっているといえます。このことは日米の障害者の背景の最大の違いといってもよいほどです。統合教育が実現され、大学などの高等教育において障害者への門戸が広げられる中から、専門家としての障害者、当事者能力をもつ障害者がより多く生み出される可能性が高いといえます。
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4.差別禁止の立法化
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 さらにADAから学ぶべき点としてあげることができるのは、差別禁止についての立法化ということです。注意しておかなくてはならないのは、日本では多くの場合に差別という言葉が情緒的・心理的・感情的側面を伴って用いられるのに対して、ADAでいう差別は非常に具体的であるということです。また、わが国では行なわれた行為や意見の内容に対して差別の有無が問われますが、アメリカでは障害者の機会均等を保障するために積極的な行為をとらないことが差別としてとらえられます。わが国でもこの意味における差別を禁止するという法律を制定する必要があります。日本的な意味での差別だけを禁止しても、事なかれ主義を生むことだけにしかつながらないと思われるからです。
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5.アクセスの保障
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 ADAから最も直接的に導入できる可能性が高く、かつ日本で最も立ち後れているのがアクセスの保障についてです。この場合のアクセスというのは、たとえばレストランでいえば、入り口の段差などのハード面のことだけでなくメニューなどのソフト面でのことも意味しています。特に念頭においておきたいのは、後からにアクセスを設けることに比べれば新規のものにアクセスを整えることは非常に安価であるということです。また、ノーマライゼーションという観点からすれば、アクセスのために特別な法律や規程を設けることよりも、アクセスに大きく関連する既存の法律や制度の中に「公共性の高い(不特定多数の者が利用する)ものは障害者の利用可能とすることを義務付ける」というような規程を設けることが望ましいといえます。
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6.障害者団体の連携
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 ADA制定をもたらした要因のひとつに障害者団体の強い連携がありました。わが国では、残念ながら障害者団体がいまだに完全には統合されていません。国は違っても事情は同じで、様々な立場、様々な考え方、様々な政党の流れなどに基づいて多数の障害者団体があることにおいてはアメリカも日本も同じです。しかし、アメリカでは、ADAのように障害者全体に共通した課題があるとそのための横の連携が即座にはかられ、ADAの場合は特に広範囲にその連携が実現しました。本年は「国連・障害者の十年」の最終年にあたることもあり、わが国においても、制度改善のために是非ともこうした障害者団体の幅広い統合が実現されることが望まれます。
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・おわりに
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 わが国ではADAフィーバーともいうべき熱気をもってADAの制定はむかえられました。そのこと自体は歓迎すべきことですが、ADAの法文を読んだ熱心さをもって、たとえば身体障害者福祉法や精神薄弱者福祉法など日本の障害者にかかわる法律を熱心に読んだことがあるかと問われると首をかしげる読者も多いのではないでしょうか。私たちがADAに学び本当に行なわなければならないのは、ADAそのものの細かい内容理解などというよりは、アメリカの障害者がADAをつくりあげた態度をもって、自分たちをとり囲む制度を見直すということではないかと思われます。

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