こだま366号 2008年11月号


  目次
視点…1
「もう やめよう! 障害者自立支援法 10.31全国大フォーラム」に参加しました…5
「鉄道の日」のJR交渉に参加して…7
鉄道の日の交渉…8
みんなで祝おう年の初め!…9
日帰り温泉旅行に行ってきました…10
駅点検と署名行動! …13
太極拳の教養講座…14
読書の秋を楽しむ…17
「点字制定の日に思う」…20
中国縦断の旅(後編)…23
情報アラカルト…27
【読者投稿】楽しかったミュージックフェスタ…28
ありがとうコーナー…29
役員会だより…30
日程情報…31
編集後記…34
(目次 終わり)

   視点
 「もう やめよう! 障害者自立支援法 10.31 全国大フォーラム」には、今年も6千名を超える障害者・家族・関係者が集まった。この場で、応益負担、施設の補助金切捨てに終止符を打つ制度に変えようとの運動が大きく提起された。
 また、10月31日この日に原則1割の自己負担を求める障害者自立支援法は憲法が定める「法の下の平等」に反するなどとして、国や各自治体を相手取る裁判が東京・大阪・福岡など八つの地裁に提訴された。そして、障害者自立支援法は法の明記に基づいて2009年に見直される。今回は、障害者自立支援法について考えてみたい。
 2006年4月に施行され、同年10月から本格実施されたこの制度は、障害者のニーズに基づく自立支援の仕組みではない。原則1割の応益負担は私たちには重い。視覚障害者の就業率は、21.4パーセント(平成18年度身体障害児・者実態調査、平成20年3月24日 厚生労働省調べ)だからである。
 障害が重ければ福祉サービスを利用しなければ生きられない。それだけ負担が重くなるしかけだ。移動支援・家事援助・日常生活用具給付・障害者施設の利用は生活そのものであり、益ではない。外出・家事、生きるための器具の購入などが益だというのだろうか。
 障害者自立支援法は、移動支援や日常生活用具給付に地域間格差を持込み差別を拡げている。移動支援には利用時間や費用負担に、日常生活用具給付には指定品目や費用負担に格差が持ち込まれた。
 それだけではない。私たちの運動や世論におされて政府が実施した2度の緩和策の下でもサービス利用者のうち、負担を軽減された人の割合が都内の区・市で約4割から8割と大きなばらつきのあることが、「きょうされん東京支部」の調査で明らかになった。単なる見直しでは障害者自立支援法のもつ毒ともいえる負担増は消せないということではないか。原則1割の負担を私たちに課すだけでなく、移動支援や日常生活用具給付など生活になくてはならないサービスを、国はサービスの上限を勝手に決めて補助するだけで、後は財政規模の小さな自治体にどうぞというやり方が格差を生んでいる。
 アメリカ発の金融危機が社会問題となっている。自民・公明政権は先ごろ、金融機関に公的資金の投入を可能にするための新金融機能強化法案を、ろくな審議もせずに衆院を通過させた。三大メガバンク・6銀行は、01年から7年間法人税を1円も払っておらず、3兆円の減税を受けている事実が明らかになっているのにである。
 就労の場さえ保障されない障害者には応益負担を押し付けておいて、その一方で大銀行には巨額の税金をまけてやる構図が見えている。
 障害者自立支援法が成立した同じ年の暮れに、国連では障害者権利条約が採択された。権利条約が採択される前に自立支援法を通してしまおうという力が働いたと私はみている。廃案となった自立支援法を、郵政解散のどたばたの中で、一言の修正もせずに強行成立させたのだ。
 生きるための福祉を益として負担を強いる仕組み、福祉への国の責任を投げ出し自治体に押し付けるやり方、障害者の生活実態を無視して制度をつくるやり方を変えなければならない。障害者権利条約は、そのことを私たちに求めているのではないだろうか。
          編集委員  山城 完治

   「もう やめよう! 障害者自立支援法10.31全国大フォーラム」に参加しました
       西部  加藤 弘之
 会場の日比谷野外音楽堂には、全国から参加者が6,500名。政党からの挨拶、障害者・関係者からの報告や発言があり、応益負担など法の違憲性を指摘した障害者からの「NO!」のアピールがありました。その後国会に向けてデモ行進をしました。
 私は地域で「障害計画」策定の市民会議に参加しています。これは自立支援法に則って市区町村で実施される福祉の内容や数量を決定するものです。第1期の会議の中で、医師会からの委員のドクターが言いました。「こんなこと言うと、来るなと言われるかもしれないけれど、この法律は障害者の皆さんにとって悪い法律だね。」神妙な顔で参加していた当事者からよくぞ言ってくれたというため息がもれました。それでも、私たちは地域で当事者の声を反映すべく会議で発言してきました。
 何で障害者ゆえに必要な事を利用するためにお金を取るのでしょうか。「必要な事」を「必要なサービス」と置き換えると何だかもっともらしく利用料が取れるような気がするではないですか。
 障害者の実情や多様性を考慮しないで枠組みを勝手に作ってしまった。だから、当事者も施設等もそれに合わせるのに苦労しています。「地域移行・就労促進・三障害を一緒に」など、良いことも言ってます。
 障害者にも施設にも自治体にもそれなりに条件と力があれば、「障害者の自立」という命題が可能になります。でも、このままでは、自立阻害法です。障害者自立支援法は、本当の意味での自立支援法として出直すべきです。しかし、反対を唱えるだけでは、現実の生活に支障をきたしますので、自治体の裁量でできる障害計画には積極的に要求をしていこうと思います。

   「鉄道の日」のJR交渉に参加して
       南部  野島 潔
 10月14日は、1872年に新橋・横浜間で鉄道が開通した日です。この「鉄道の日」に、東武鉄道交渉に続いて、12人の参加者はJR東日本東京支社に、「私たち視覚障害者に安全で利用しやすい鉄道に」と、35項目の早期実現を求めて交渉に臨みました。
 主な内容は、山手線の目黒駅と恵比寿駅に2010年度、可動柵を設置し、検証しつつ10年をかけて全29駅に設置する説明をはじめ、ホーム要員の増員、柱や階段など危険箇所の改善、さらに使いやすい券売機の開発、有人改札の障害者優先利用の取組みの強化、エスカレーターの音声案内に合わせて誘導ブロックの敷設、駅案内要員の増員による乗換えや、買い物などの気軽な利用などの要望について懇談しました。
 要請を終えて、車両ドア番号の表示が全国的に増えていることや階段・手すり表示の改善、田町駅など内方線ブロック設置の推進などの数々の成果が、点検をはじめとする街づくり運動の積み重ねと、これらの実態に基づいた要請活動によって実現していることの現実と、東視協の粘り強さを再度、確信した交渉となりました。引き続き11月27日の東京メトロ交渉に取り組んでいきましょう。

   鉄道の日の交渉
       北部 仙波 剛
 10月14日は「鉄道の日」で東武鉄道に交渉にいきました。
 感想は東武鉄道の職員は視覚障害のことはわかっていませんでした。健常者は眼で見ているからホームの状態がわかるけれども、見えないものはわからない。職員は、視覚障害者の状況がわかっていなさそうでした。可動柵は安心してホームを歩くことができるので、1日も早く設置してほしいです。

   みんなで祝おう年の初め!
       北部支部
 皆さん、以下のフレーズを、あのかわいい唱歌「春よ 来い」で歌ってください。
 「集いだよ みーんな 来い クイズに 寸劇 自己紹介 ご馳走 飲み物 盛りだくさん 支部長 まとめて 北部まで」
 2009年度最初の行事は、新年の集いです。北部担当で、楽しい企画にしようとただ今、寝る時間も惜しんで準備中。東西南北の支部の参加者で、会場も担当者もうれしい悲鳴をあげたいと思います。
 日時:2009年1月11日(日) 午後1時〜3時30分
 会場:東京都障害者福祉会館 2階教室
 会費:3,000円(直前のキャンセルの場合は実費をいただきます。)
 申込み締切:12月30日 各支部ごとにまとめて、山城さんまでメール・点字・活字で、参加者氏名・人数を提出してください。

   日帰り温泉旅行に行ってきました
       南部  下奥 重望
 去る10月18日、神奈川県清川村ふれあいセンター「別所の湯」へ出かけました。参加者が集まるかどうかやきもきしましたが、南部から9名、西部・北部、会員外3名を含めて16名が参加しました。午前9時、新宿駅西口に集合し、小田急線で本厚木へ。そこからバスで移動する予定でしたが、バス停をまちがえてしまいタクシーで現地に向かいました。
 私は事前に場所の下見をし、役場の方と打ち合わせをしました。おかげで出迎えていただいたり、お茶の接待もしていただきました。別所の湯の誕生・歴史、そして村の現状まで話していただきました。有料個室を借りてお風呂に入ったり、昼食交流をしました。利用客が多く、混むだろうと心配しましたが、私たちの貸切状態のようでした。カラオケも予約してあったのですが、やりたいという人もおらず、お酒を飲みながら政治問題で話の花が咲き誇っていました。産直の野菜やお土産を買ったりして、あっという間に時間は過ぎ、帰りはバスで本厚木駅まで行きました。
 今回の旅行では清川村役場の山田さんにいろいろご配慮いただきましたので、安心して快適に過ごすことができました。特に帰りは、たくさんお酒を飲んでいた人も多かったので、バス停まで送って下さいました。本当にありがとうございました。
 反省点としては、(1)下見のときにお手洗いの場所なども確認する、(2)時間的に余裕をもたせた計画を立てることが必要である、と痛感しました。
 良かった点は、(1)個室を借りて他の客に気がねせずにくつろげたこと、(2)昼食やアルコールの追加も各自に任せたので楽だったこと、(3)館内はあまり広くないので、全盲者でも一人でも移動できるのではないか、ということで参加者はそれなりに満足していたようです。
 また、例会の前に、田町駅頭で応益負担中止を求める署名行動を行いました。南部から7名、事務局から4名参加し、署名数72筆、カンパ12,062円 集まりました。

   駅点検と署名行動!
       東部  梅村 秀
 去る10月12日、東京駅の点検をしました。
 まず通路は3本あり、神田川から北・中央・南通路となっています。エレベーターは南通路にだけあります。エスカレーターは昇り・下りに区別されています。南は昇りだけでした。中央通路は左右に昇り専用、下り専用に分けてあり、北 通路は階段のみでした。
 次にトイレの場所ですが、丸の内南口に車椅子でも利用できるトイレがあります。他に、丸の内北と八重洲南口の中、北 通路の9・10番線に上がる階段の前にありました。
 新幹線への乗換えは、神田寄り 北 通路から南通路に向かって、東北・上越新幹線の入り口、次が東海道新幹線の入り口、そして東北・上越新幹線の出口、その次に東海道新幹線の出入り口になっています。時間の都合で東海道線、横須賀線、総武線、京葉線の点検は次回となりました。
 11月1日、上野駅公園口の前で、「応益負担の中止を求める署名」行動に取り組みました。1時間あまりの行動で署名数32筆、カンパ13,104円集まりました。参加者は板垣・梅村・滝沢・古川、そして事務局から山城さん、参加の少ない行動でした。

   太極拳の教養講座
 10月の教養講座は、26日「健康な体になるために ー 太極拳を学ぶ」をテーマに丹生愛子(にぶ あいこ)(NPO東京都 武術太極拳連盟理事)さんを講師に開催しました。東京都障害者福祉会館の教室で行なった講座には、補助者やガイドヘルパーの方を含めて15名が参加しました。
 まずストレッチ体操で体をほぐした後、太極拳の基本の形を二つ教えていただきました。
 丹生先生は、障害者総合スポーツセンターで毎月1回障害者とスポーツセンターの地域の方に太極拳を指導しておられるようですが、視覚障害者への指導は経験がないとのことで、試行錯誤という感じでした。
 参加した5名の方の感想を以下に掲載します。
      ・・・・・・・・・・
 織田津友子さん:中国では、大半の人がいたるところでやっているという太極拳が教養講座で体験できるので楽しみにしていました。しかし、微妙な動きやゆっくりした動きが私には向いていないことがよくわかりました。太極拳の講座には、東視協の会員の参加も少なく、皆さんは興味がないのかなあと思いました。
 小日向庸子さん:太極拳はゆっくりした動きなのに、手と足を一緒にやると、なかなか難しいものでした。講座の時間が運動に取られてしまいましたが、簡単にでも「太極拳とは」の話も聞けたらよかったです。
 杉田直枝さん:太極拳は、初体験だったのでとても楽しみに参加しました。いざ講座が始まると、私たちに動作の説明を声で指導するのではなく、先生の形を触らせることから始まりました。全体を手の位置から、足の形など全員に触らせてもらったので、時間がもったいない感じでした。私たちは遊んでいる時間ばかりで、効率が悪かったです。楽しみどころか待ち時間が多かったので疲れました。もう少し、工夫のある対応をしていただくように希望します。
 内藤 勉さん:そもそも太極拳の説明がなかったことが残念でなりません。それにしても、手と足がバランスよく動きませんでした。さらに、参加人数の少なかったこともあって、各個人によく説明されていたと思います。
 山城完治さん:太極拳は、武術の動きを踊りにまとめたもののようですが、上半身や手の構え、下半身や足の動きを理解するのが大変でした。見えれば先生のまねができるのでしょうが、それができない私たちには理解に相当な時間を要することを痛感させられました。

   読書の秋を楽しむ
       東部  高山 米子
 10月28日から11月3日までは「読書週間」でした。神田の古本市が賑わって、有名な作家の初版本が大人気と報じていました。私も読書は好きですが、テープで聞くというのは、なかなか集中できず悩んでいます。とはいえ他に方法がないので何とかクリアしています。
 (1)139回「芥川賞」を受賞した中国人作家 楊逸(ヤン イー)の「時が滲む朝」というタイトルで、天安門事件前夜からオリンピック前夜までの話。貧しい農村から大学に行き、そこで民主化運動に参加。弾圧を受け指導者の教師が海外に脱出、散り散りになり残留孤児と結婚。日本に来て、日本から中国の民主化運動を支援するという内容の小説です。この作家は、今回紹介した著書の前に、中国人女性と日本の農村男性との集団見合いでカップルとなり、女性は日本で花嫁として暮らす様子を、おもしろおかしく人間味いっぱいに描いたものもあります。
 (2)大佛次郎(おさらぎ じろう)著「終戦日記」
 この書は1944年ごろから始まり、大佛自身の身の回りの出来事が綴られ、出征軍人、食糧難、農村では、米1升5円なのに、闇米は20円という高値。防空壕は湿気が多いので、天気の良い日に開けて乾燥させていると、サイレンが鳴りあわてて壕に入る。
 私も東京で同じ経験をしてぞっとしました。日ごとに厳しくなる戦火、まだ途中なのでこの先を聞くのが楽しみです。
 (3)「赤旗」日刊紙の小説を、友人に読んでもらっています。9月22日まで連載された北原耕也著「さすらいびとのフーガ」は、日本で生まれ、日本の姓を名乗り、苦しみながらホームレスになっても強く生きていくという小説で、難しくちょっとわかりづらかったです。
 今は、佐藤貴美子著「われら青春の時」が連載されており、1952年代の民主医療を立ち上げる若い医学生の話。なかなかおもしろく、デモで警官に追われるなど、はらはらドキドキしながら聞いています。
 小説とはいえ、人間の生き様を美化し、美しい文章で綴られる中に、一人一人生きているのだなあと感じます。

  「点字制定の日に思う」 ー ブライユ点字の21世紀的展開
       北部  長谷川 貞夫
 11月1日は「点字制定の日」です。この日は、1890年(明治23年)に石川倉次による現在のカナの点字の原案が官立東京盲唖学校において認められた日です。アルファベット、数字はルイ・ブライユのものをそのまま含んで使えるようになっています。そのルイ・ブライユは、1809年1月4日の生まれですから、来年の1月4日は、その生誕200年記念日ということになります。
 私は、16歳からの点字使用の中途失明者ですが、点字の発明にこの上なく感謝しています。ただ、その点字も、制度や科学技術においてその時代の人が、その時代に合わせた改良や利用を行なわないといけないと思っています。
 その時代の制度に合わせた利用については、昭和30年の20歳の時に盲学校の生徒として、「全点協運動」(全国点字教科書問題改善促進協議会)を起こして、昭和31年(1956年から盲学校高等部の全科目の点字教科書が発行されるようになり、また点字教科書が無料となりました。しかし、私は、その運動のために盲学校の校長から、就職を3件も拒否されました。また、昭和31年から50年に余り、点字出版所は、文部科学省からの点字教科書の注文があり、何十億円以上か百億円以上か潤ってきたはずです。しかし、苦しい点字出版がそれで助かっているはずなのに、全点協との関係について触れられた発言は一度も聞いていません。
 科学技術については、点字式のキーで、漢字を含む日本語を入力する方法を発明しました。昭和49年に大型コンピューターで基礎実験を行ない、昭和56年にパソコンでの日本語ワープロの第1号機を作りました。その延長のものが高知システム開発の一連のシステムへと展開して行きました。高知システム開発からは、私は新しいソフトを提供していただけるなど大事にされています。
 点字式のキーで漢字を含む点字を入力するには、点字の漢字体系を作らなければなりませんでした。それが「六点漢字体系」でした。しかし、今は漢字などへの変換ソフトが充実しましたから、六点漢字を無理に覚えなくてもそれでよいと思っています。ただ、6点キーによる入力方式が残っていますから、変換方式を使うとしても、これが高齢の視覚障害者のフルキーの負担を少なくしている面があります。もちろん、高齢でもフルキーを使えれば、それはそれでよいことです。また、6点式キーは、パソコン点訳で使えるという形で残っています。
 科学技術については、「六点漢字」は、「ブライユ点字の拡張法」でした。まだ、JIS漢字の6355字余りきり作ってありませんが、この延長として、漢字の全部の文字数に合わせた何万字でも作れる拡張性があります。その拡張された漢字は、すべて音読みができます。また、「うかんむり」などの部首も、ほんのわずかな規則の追加で、すべての部首がわかる漢字になっています。
   (次回に続きます)

   中国縦断の旅(後編)
       南部  西原 清松
 東方の小パリと称される黒龍江省の首府でシベリア鉄道に沿ってはるかモスクワへと通じる東北アジアの交通の中枢であるハルピンは、中国で最も北部に位置する行政区黒龍江省の省都である。気候は、大陸性季節風気候に属し四季がはっきりしているが、冬が長くて夏が短いといわれている。
 到着した瞬間、ちょっと肌寒く感じた。1月のはじめから開催される氷雪祭りは国内外ともに有名で冬の風物詩として多くの観光客を集めているそうだ。
 その他、ハルピン人は大のビール好きであるということ、ハルピンビールは、1900年にビールの生産を始めていて都市別にしたビールの消費量はミュンヘン・モスクワに次いで、ハルピンが世界第3位であるといわれている。
 9月24日はハルピン市内観光。中国東北地方4大寺院の1つとなっている極楽寺などを観光した。その他、本場のぎょうざ作り体験などがあり、とてもおもしろかった。
 その後、19時10分中国南方航空3962便にてハルピンより大連へ向かった。20時30分大連到着。
 あくる9月25日は、終日 大連市内観光。午前中は旅順を中心とした観光になった。203高地ロシア戦争の激戦の地。東鶏冠山(とうけいかんざん)203高地と並ぶ激戦の地。水師営(すいしえい)日露両軍の会見の地。午後は大連市内観光。観光先は大連港、100年の歴史を誇る良港、中山(ちゅうざん)広場の散策。旧日本時代の欧風建築群を見学、その他、大連市内を走る路面電車の体験乗車もしたが、都電荒川線に比べて乗り心地ははるかに悪い。揺れは激しく交通渋滞に巻き込まれるとすぐに止まってしまう。旧満鉄時代の超特急アジア号の見学もあったが、かなり汚れが激しく私はキャンセルした。
 大連は日本をはじめ、多くの外国企業が進出する経済先進地域であり、その繁栄ぶりは北方の香港と呼ばれる港湾都市である。市内の見所としては、中山広場を中心に北に向かった旧ロシア人街や南の坂を上がっていく旧日本人街などがあげられるようだ。
 郊外観光のメインは、何といっても旅順だが中国海軍の基点でもあるため、外国人が自由に訪問できるのは、水師営と203高地のみとなっている。
 9月26日13時発の日本航空798便にて大連より帰国。所要時間は、約2時間50分程。16時50分成田国際空港着。
 四つの都市はいずれも交通量が激しく「自分の車を先に通せ」といわんばかりにあちこちでクラクションを連発させていた。よくも事故が起きないものだと感心させられたほどであった。年のせいか帰り着いたあくる日はかなり疲れを感じたが、後で振り返ってみて、いい思い出になったと思う。
 また、この旅行期間中、ハルピンの大学で日本語を専攻しているという若い女子学生がずっと私に付き添ってくれた。旅行中、その女子学生は私から片時も離れることはなかった。このことがこの旅行の私にとっての最大の収穫だったような気がする。

   情報アラカルト
 実りの秋にちなんで新米について紹介します。
 待ちに待った新米の季節がやってきました。遠い祖先の時代から、私たち日本人は、お米を主食としてきました。1年中食べているお米も、採れたての新米の味わいはやはり格別です。新米は香りが違い、みずみずしくつやつや器量良し。新米を炊く時は、水の量をやや控えめにするとよいでしょう。お米は体を動かしたり、体温を保ったり、呼吸をするための大切なエネルギー源です。また、お米は豆腐や納豆など、おなじみの大豆製品ととても相性がよいのです。
 新米にちょっとだけ具を加えて、手軽にできる混ぜごはんを紹介します。混ぜ込む具の分量は、ごはん3合分に対してのものです。
 (1)野菜飯…大根や小松菜・せりなどの青菜150グラムをさっと塩ゆでにし、水にさらす。水気をきつくしぼって細かく刻み、熱いご飯に塩小さじ1強とともに混ぜ込めば出来上がり。
 (2)シャケご飯…焼いた塩鮭を細かくほぐして、ご飯に混ぜ込む。
 (3)青じそめし…青じそ20枚くらいを細い千切りにして水にさらし、アクを抜いてから水気をきつくしぼり、塩小さじ1強とともにご飯に混ぜ込む。
 (4)梅ご飯…塩を加えずに種を除いて包丁でたたいた梅干を混ぜるだけ。梅干は大きいもの2個ぐらいが目安。
 アサリやシジミのしぐれ煮50グラムを熱々のご飯に混ぜるのも美味しい。

 【読者投稿】楽しかった音楽フェスタ
       東部  住山 浩子
 8月最後の日曜日、障館で行われました「ミュージックフェスタ」において、いろいろなジャンルのものが聴かれました。オカリナの演奏、それから生バンド、弾き語りでの歌、クラッシックの独唱、カラオケによる種々の歌など、いろいろな人の歌声が聴けて非常に楽しかったです。私もずうずうしく歌わせていただきました。気分が良かったです。次回は別の方の声が聴きたいです。特に、役員さん達の歌声が聴きたいですね。楽しみにしています。

   ありがとうコーナー (省略)

   役員会だより
 (1)カレンダー販売は終了です
 今年は9月よりカレンダー販売に取り組み、各支部や田崎さんをはじめ、たくさんの方に協力していただきました。お陰様で500本売り切ることができました。ご協力ありがとうございました。
 (2)応益負担の中止を求める署名行動に取り組んでいます。すでに東部と南部は署名行動を行ないました。西部と北部も予定されています。事務所に活字版の署名用紙がありますので、必要な方は事務所までご連絡ください。
 (3)先月号で掲載した慶弔規定の中で、漢字が数箇所まちがっていました。訂正してお詫びいたします。「送」→「贈」 「発行」→「発効」

   日程情報
11/10(月) 南部支部例会
  同     全視協情報問題会議
11/11(火) 事務局会議
11/13(木) こだま11月号活字版発行
11/15(土) 事務局作業
11/16(日) 東視協役員会
11/17(月) 手つな代表者会議
11/18(火) 事務局会議
11/19(水) 障館相談・鈴木彰
11/20(木) 事務局作業
11/22(土) 事務局作業
11/23(日) 教養講座「江戸博物館見学」
11/25(火) 事務局会議
11/26(水) 障館相談・栗山 健
11/27(木) 事務局作業
  同     東京メトロ交渉(予定)
11/29・30(土日) 東視協1泊旅行
11/30(日) 第42回障全協全国集会
12/1(月)  障全協各省交渉
12/2(火)  事務局会議
12/3(水)  障館相談・織田津友子
12/4(木)  事務局作業
  同     こだま編集委員会
12/5(金)  雇用をすすめる会
12/6(土)  事務局作業
  同     北部支部忘年会
  同     東部支部忘年会
  同     ステッキーズレッスン
12/8(月)  南部支部忘年会
12/9(火)  事務局会議
12/10(水) 障館相談・山城完治
12/11(木) 事務局作業
12/13(土) こだま12月号点字版発行
12/13・14(土日) 全視協執行委員会
12/14(日) 西部支部署名行動
  同     西部支部会議
12/15(月) 手つな代表者会議
12/16(火) 事務局会議
12/17(水) 障館相談・鈴木彰
12/18(木) こだま12月号活字版発行
12/20(土) 事務局作業
  同     ステッキーズ「うたごえ喫茶」
  同     青学部例会
12/21(日) 東視協役員会
  同     教養講座「言葉について」講師:梅津NHKアナウンサー

   編集後記
 《事務局から》
 先月、今月と行事がたくさんありました。多くの方のご参加、ありがとうございました。
 〈訃報〉井上毅三さんの奥様、幸子さんが亡くなられました。9月頃から入院されていたそうです。ガンの再発によるものだと毅三さんに伺いました。心よりご冥福をお祈りいたします。
 北部支部の仙波さんがいつも利用している施設に対し、「東視協のリーフレット」を持っていき、置いていただく活動を精力的に行なっています。
 「東視協のことが多くの人に読まれ、会員が増えればいい」と仙波さんが言っていました。皆さんもどこかリーフレットを置いてもらえるところを事務局まで紹介してください。
 次号も情報満載でお届けします。

こだま366号 終わり

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