○京都新聞 2014年(平成26年)6月22日 日曜日朝刊 10面 ●広がる 地域の輪 「親亡きあとも支えるため 和やかにオープンに語り合う 京都「障害者」を持つ兄弟姉妹の会 京都新聞社会福祉事業団ホームページ |
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障害者を持つ親が集う場は少なくないが、障害者を兄弟姉妹として持つ人たちの交流の場は極めて少ない。そうした中で活動を続ける「京都『障害者』を持つ兄弟姉妹の会=略称・京都きょうだい会(上本善有代表)」は貴重な存在だ。現在、約20人の会員がいる。
同会は@障害者自身の日常生活を少しでも豊かにしていくA障害者を持つ兄弟姉妹がお互いに励まし合い、悩みや不安、将来に対する夢などが語り合える関係を作り育てるB障害者とともに生きる社会の実現に向けて取り組む─を目標として掲げている。2カ月に1回の例会を京都市伏見区の京阪電鉄深草駅近くの喫茶店で開いている。
5月10日に開かれた例会には、メンバーら7人が参加した。初めてやってきた若者の姿もある。自己紹介をかねてどんな障害を持つ兄弟姉妹がいるのか、今何をしているのかなどをオープンに話し合う。和やかな雰囲気だ。「知的障害の兄弟がいます。小さい頃はそれでいじめられたこともありました」「こんな会があるのを知って今日やってきました」など、構えることなく、また変な気を使うこともなく自由に話せることが、この会の特色であり、魅力だ。
設立は今から30年以上前の1983年秋のことだった。母体となったのは、京都市伏見区にあった知的障害者施設の「親の会」だった。そこに「青年部」が組織され、ここで同会の糸井慶一副代表と梅田嘉一事務局長は出会い、兄弟として出来ることや悩みを話し合った。そして「京都きょうだいの会」設立に進んだ。認知度を高めようと、シンポジウムも何回か開くなど積極的な活動を続けたが、底をはうような時期もあった。糸井副代表は「例会に来るのは私と梅田さんだけというようなことが何回も続いたことがありました。もうだめかと思ったことも。でも何とか続けてこられ、本当に良かったと思います」とこれまでの軌跡を振り返る。
梅田事務局長は「よく言うんです。障害者に向き合うのは『親は半生、兄弟は一生』なんです。親が亡きあと、兄弟は障害のある兄弟をどうサポートしていくのか。こうしたことは兄弟でないと分からないことです」と語る。
同会が毎年秋に行う1泊交流会は非常に人気がある。京都の北部で開催するのだが、参加者は地元にとどまらず東京、愛知、和歌山など全国から駆け付ける。自分の思いや現状を打ち明け、しっかり聞いてもらうこと、気軽に話し合えることが参加者の心を温かくする。また同会の若い世代は内部組織として「しろくま会」を結成して積極的な活動を展開しようとしている。
京都「障害者」を持つ兄弟姉妹の会(略称・京都きょうだい会) 30年以上の歴史を持つ。
事務局・京都市伏見区石田大山町52の67。TEL 075(571)1973
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○毎日新聞 2014年(平成26年) 6月28日 土曜日 大阪朝刊 15面 ☆毎日新聞社の掲載許可をいただいて掲載しています。 ●毎日くらしナビ ひとりじゃない 「セルフヘルプの底力 “優等生”になったらあかん」 心身障害者をもつ兄弟姉妹の会 (*当会追記:神戸のきょうだい会です。)
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障害のある子と一緒に育つ兄弟姉妹は、幼少期から、かけがえのない体験を積む。一方で、親の関心が障害のある子に向かいがちなため、親にかまってもらえない寂しさを感じることがあると言われている。成人してからは、年老いた親の代わりを務めなくてはという義務感さえ持ってしまいがちだ。自身の結婚の際も、社会の無理解から、思い悩むことになる。
こうした障害者のきょうだい特有の思いを同じ立場同士でわかち合うのが各地にある「きょうだい会」だ。神戸会は約45年の歴史がある。
事務局長の石倉悦子さん(65)の妹(63)には知的障害がある。悦子さんが会に入ったのは、20歳のころだ。同じ境遇の仲間と時間を共にするうちに、障害のある人のために何かしないといけないと常に心の内に背負っていた思いが次第に解け出し、居心地の良さに変わったという。
それゆえに、石倉さんは会の運営で居心地の良さに心を配る。メンバーは現在、大学生から70代まで約50人。きょうだいの障害は、身体・知的・精神などさまざまだ。主な活動は例会や372号を数える会報発行。レクリエーションを兼ねた年1回の1泊旅行では、京都や九州などを訪れ交流を深めてきた。石倉さんを慕って、石倉さんの自宅に泊まっていく若いメンバーもいる。
14日の例会には、「京都『障害者』を持つ兄弟姉妹の会」(京都きょうだい会、075・571・1973)の事務局長、梅田嘉一さん(60)も参加した。4歳下の弟に知的障害があった。弟は23年前に亡くなったが、その後も梅田さんは「障害者のきょうだいの助けになれば」と活動を続けている。
肉親の情、優しさゆえに、誰にも打ち明けることができず、自分で困難を抱えがちなきょうだいに対して、梅田さんは思う。「“優等生”になったらあかんと思うのです。すべてを抱え込むのでなく、どこかではき出さないと自分がつぶれてしまう。自分を出す場の一つが、きょうだいの会であってほしい」
○読売新聞 2014年(平成26年) 7月27日 日曜日 大阪朝刊 36面 ☆読売新聞社の掲載許可をいただいて掲載しています。 「きょうだいに障害不安話して」 |
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http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/CO004339/20140727-OYTAT50009.html
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帰省を計画中の方も多いのではないでしょうか。我が家には先週、山陰から妹が遊びに来て、近況や思い出話で盛り上がりました。そんなこともあって、<2歳年下のダウン症の妹がいます>との兵庫県のゆい子さん(42)からのお手紙に目が留まりました。
<幼い頃から母は妹にかかりきりで、私は甘えたいのを我慢せざるを得ず、それでも妹と母を助けようと頑張ってきました。周囲の大人から、「妹の面倒をみてえらいね」とほめられると悪い気はしないものの、「大変だね」と言われると妹を否定されたような気になりました>
妹さんは特別支援学校を卒業後、作業所に通うように。小さい頃から、好きな物に対する執着が強く、時には困ることもありました。
<でもひょうきんで明るい妹との生活は笑いが絶えず、「こんなに面白いのにどうして世間の人はかわいそうな目で見るんだろう」と歯がゆく思っていました>
ゆい子さんはそんな周囲の目が気になる一方で、勉強に部活にと励んだそうです。
<抑えてきた感情も限界に達したのでしょうか。大学受験の浪人中、極度の不安に襲われ、対人恐怖症になりました>。大学を休学したり、就職後もパニック発作を起こしたり。その後、すべてを受け入れてくれたご主人と結婚、2年前には信頼できるカウンセラーさんにも出会えて心が楽になったそうです。
<母は障害がある子を持つ親の会で助けられたと言いますが。きょうだいの将来のこと、自身の今後のこと、私は相談できる人や場所を探す術はおろか、相談してもよいという発想さえありませんでした>
何か参考になることがないかと調べてみて、1件尋ねてみました。「全国障害者とともに歩む兄弟姉妹の会」(本部・東京)には約300人の会員がおられるそうです。
田部井恒雄会長(66)によると、「ゆい子さんのように悩まれるケースは珍しくありませんよ。まずは、きょうだいが一人で抱えこまなくてもいいと理解することが大切です」とおっしゃいます。
「メンバーの話を聞いて初めて自分の思いを話せた」という人や、「親なき後」を不安に思って入会する30〜40代の人が多いそうです。「気軽に参加してほしい」とのこと。
ゆい子さんもまた、<障害の度合いや家庭環境によっても違いはあると思いますが、ぜひ、同じようにきょうだいのみなさんの本音を聞いてみたい>と記されています。
私は今回、「妹は私の太陽なんです」と言われるゆい子さんの、妹さんへの愛情の深さに胸を打たれました。自然体で邪気のない妹さんといると、とてもほっとするんだそうです。 (坂根薫)
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