放送アクセシビリティ・シンポジウム 講演要旨

ジョエル・スナイダー博士(Dr. Joel Snyder)

アメリカ盲人協議会(ACB)音声解説プロジェクト部長
オーディオ・ディスクリプション・アソシーエーツ社社長
全米映像字幕協会音声解説メディア部長

※2016年10月28日、東京・四谷の弘済会館で行われた講演のうち、スナイダーさんのご専門である音声解説に関わる部分を抜粋したものです。

<音声解説の始まり>

現在行われている視覚障害者向けサービスとしての音声解説は米国で1981年に開発されました。

さかのぼって1970年代には、既にサンフランシスコで故グレゴリー・フレイジャー(Gregory Frazier)さんが修士論文のテーマとして取り上げています。フレイジャーさんは音声解説の概念を最初に考えた人です。

1980年、ワシントンDCの劇場「アリーナ・ステージ」のウェイン・ホワイト氏(Wayne White)が、アクセシビリティに関する助言を求めるために委員会を組織しました。

委員には、チェット・アベリー氏(Chet Avery)、マーガレット・ファンスティール博士(Dr. Margaret Pfanstiehl:後のマーガレット・ロックウェル博士)もいらっしゃいました。

ファンスティールさんは、視覚に障害があるかまたは印刷物を利用できない人たちのために、ラジオによる朗読サービスである「メトロポリタン・ワシントン・イヤー(The Metropolitan Washington Ear)」の活動を立ち上げました。

ここからワシントン・イヤーの音声解説プログラムが始まります。

私は声の俳優で、英語の教師でもありましたが、世界初の音声解説サービスであるワシントン・イヤーの最初の朗読者の1人となりました。

以来35年間、音声解説の仕事を続け、世界中の劇団やメディア製作者、博物館や学校、図書館をはじめ多方面でお手伝いをし、ウェブ上の音声解説作りにも協力しています。

私は、これまで「ブルースター・ロキット」などの漫画や、オバマ大統領の就任演説、ホワイトハウスや司法省の式典などで音声解説を行ってきましたが、最初の活動は、ワシントン・イヤーで始まったのです。

現在では、「オーディオ・ディスクリプション・アソシエイツ(Audio Description Associates)」という自分の会社を通じて仕事をし、メディア・劇場・博物館や研修の音声解説に取り組んでいます。

アメリカ盲人協議会(ACB)の音声解説プロジェクトとも契約しています。(www.acb.org/adp)

<音声解説とは>

音声解説は、一種の文芸の様式です。詩歌や俳句の一形態とも言えます。

視覚的なものを言葉に置き換えたもの・・・つまり、聴覚や口述の形にしたものです。簡潔で生き生きした想像力を豊かにする言葉を使い、視覚的なものを、視覚的なものにアクセスできない人たちに届けるのです。

アメリカ盲人援護協会(American Foundation for the Blind)の新しい推計では、アメリカだけでも2,100万人を超える人が全盲かまたは矯正しても上手く見ることができません。そして、私たちのように目が見えても物事をよく見ない人たちは、彼らを十分理解することができずにいます。

音声解説は、視覚的な事柄をよく理解するうえで、障害のない人たちにも有用ですが、特に視覚障害者には役立ちます。

最近では、音声解説は芸術だけではなく、披露宴やパレード、ロデオやサーカス、スポーツ競技、葬式でも行われています。

<絵本と音声解説>

少し前にコネチカット州ニューヘイブンで、音声解説を読み書きの教育に応用する新しい取り組みについてのワークショップを開催しました。保育士や読み方の教師が参加しました。

そこでは、子どもたちに絵本を読み聞かせるとき、より描写力の高いの言葉を使う実験をしました。

絵本のストーリーを伝えるのには絵が大切です。

でも、音声解説の訓練を受けた先生は、赤いボールの絵を子どもたちに見せて、そこに書かれている、「ボールを見て」という文章を読むだけで済ませたりはしません。

先生はこう付け加えるでしょう。「ボールは赤です、消防車みたいにね。ボールは、みんなと同じくらい大きいと思います。お日様のように丸く、明るい赤い玉です」

先生は、よちよち歩きの子どもに対しても、新しい言葉を使い、比較することを伝え、隠喩や直喩を使っています。

音声解説を行うことで、絵本の内容を視覚障害のある子どもに伝えると"同時に"、すべての子どもたちの言語能力の向上に役立てることもできます。

絵は1,000語に匹敵する? そうかもしれません。

でも、音声解説は、厳選された言葉を使うとで、生き生きと心に残るイメージを作ることができるのです。

私が最初に音声解説を行ったのは「セサミストリート」でしたが、素晴らしい経験でした。

昨年、心温まる手紙を、晴眼のお子さんを持つ視覚障害のある親御さんから受け取りました。音声解説のお陰で初めて、エルモやバートやエミーやその他セサミストリートの登場キャラクターのおどけた様子を、子どもたちと一緒に楽しむことができたと言うのです。

セサミストリートのスペイン語版にも、セサミストリートのコマーシャル用DVDにも、音声解説をつけています。

<音声解説に必要な4つの要素>

これまで私は、音声解説者の研修を、全米35州、世界40カ国以上で実施してきました。最も有用な形で音声解説を提供するには何が必要か、私が学んだことをお話しましょう。

コナン・ドイル作のシャーロックホームズを初めて読んだ時、とても驚いたのを覚えています。その観察力は、信じられないほど素晴らしいものです。

テレビでもビデオでも劇場でも博物館でも何でも、音声解説を作る際には、4つの要素を大切にしています。その一つ目は、シャーロックホームズが磨き上げた、観察力です。

1)観察
MLBの選手で偉大な哲学者、ヨギ・ベラ(Yogi Berra)氏が上手に表現しています。

「観ているだけで沢山のことが分かる」
"You can see a lot just by looking."

効果的な音声解説者は、意識を高め、積極的に観る人になり、視覚情報のリテラシーをあげ、鋭い感性で視覚の世界を知り、このイメージを共有することが必要です。

ヘレン・ケラー氏も言っています。「視覚や聴覚の障害を経験したことのない人は、その大切な能力を十分活かすことはまれです。目も耳も視覚や音をぼんやりと受けるだけで、集中を欠き、深く味わうことをしません」

2)編集
次に、音声解説者は、見たものを編集し最善のものを選ばなければなりません。最も効果的で、重要で、物事の理解に不可欠なものを選ぶのです。

編集と選択は、視覚障害についての理解に基づいて行われます。全体的なものから具体的なものへと向かうこと、色の使い方や、位置に関する情報を含めること、などです。

そして、映画監督や撮影監督が何を伝えようとしているかも踏まえます。

3)言葉
私たちは出来事を言葉に変換します。客観的な、生き生きした、具体的な、創造力を豊かにする単語や語句や隠喩を駆使します。

ワシントン記念塔の高さは、555フィートなのか、50階建てのビルの高さか、ゾウを55頭積み重ねた高さか、フットボール場を縦に2つ重ねた高さなのか。

東京スカイツリーは2080フィート、634メーター、200階建て、ゾウが200頭、フットボール場7個分です。

歩道を移動する人を表すために、いくつの言葉を使えるでしょう。ただ「歩く」と言うだけではなく、「闊歩する」「そぞろ歩く」「スキップする」「よろめく」「ぶらつく」など、もっと生き生きと表現できるはずです。

でも良い解説者は簡潔さも求めます。「少ない方が多い(less is more)」のです。

フランスの哲学者ブレーズ・パスカルは友人に宛てた手紙で書いています。

「こんなに手紙が長くなったのは、短くする時間がなかっただけです。」

解説者は聞き手に生き生きと見せ、時に実際に見える以上のものを表すような言葉を使う必要があります。が、客観性も大切です。

これを略して言うと。

"WYSIWYS": What You See Is What You Say.
(「言ったことが見えるもの」「言ったことこそが見える」といった意味)

素晴らしい解説者は言葉を使った「カメラのレンズ」に例えられることがあります。 展示してあるものの視覚的な側面を、客観的に説明するからです。

主観的な判断が入り込むこともありますが、これでは解説者の解釈になってしまいますから不要ですし望ましくありません。 できるだけ客観的な解説を元に、聞いている人自身に解釈をしてもらいましょう。

ですので、「彼は怒っている」、とか、「彼女は動揺している」、とは言いません。

そうではなく、「彼はこぶしを握り締めている」、とか、「彼女は泣いている」、と言います。

聞いている人に判断してもらうのです。音声解説の利用者は、目は見えないかもしれませんが、知力や理解力に問題はありませんから。

劇場や博物館を訪れた人に、真実の経験をして欲しいのであれば、効果的な解説者として、ある種の言葉の芸術家になるのです。

音声解説を聞く人たちに役立つのであれば、音声解説は新たな美学にもなりえます。

音声解説者は、常に「背後に」控えている必要があります。背後から、「主演スター」の姿を解説するのです。

ですから、豊かなイメージや解釈が、聞く人の自身の心の中に生まれるように、主観的な解釈でラベル付けしたり、色を塗ってしまうことのないように努めましょう。

4)発声の技術

最後に、言葉の力に加えて、音声解説者は話し方や発声の仕方も高めていきます。声で意味を表すのです。

ちょっとエクササイズをしてみますね。

"Woman without her man is a savage."
「男性のいない女性はどう猛だ。」

大きな声で言ってみてください。言い方によって、反対の意味になりますから。

"Woman: Without her, man is a savage."
「女性:彼女がいなければ、男性はどう猛だ。」

これは正しいですか?

次に、この文章の意味が分かりますか?

"That that is is that that is not is not"

正しく言うと、こうなります。

"That that is, is. That that is not, is not."
(「そうであるものはそうだ。そうでないのものはそうでない。」といった意味)

それから、何が起こっているかを伝えるには声の調子が大切です。

うれしいときは、ロボットのような話し方をしないでしょう。悲しいときも、ロボットのような言い方はしません。

声の調子も、その場面で起こっていることにふさわしいものにする必要があります。

俳優になる必要はありません。あなたは表舞台に立つわけではないですから。 しかし、起きていることにふさわしい調子で話す必要があります。

関心のある方は、私の著書もお読みください。

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