No.181 2020/2/25
Page 1 . 2 . 3 . 4

前ページへ戻る

 小さなおじさん其の1 

 親父が死にお袋も死に、考えもしなかった独り暮らしが始まる。あの時にはまさかこんなことになろうとは。将来は至れり尽くせリの施設でのんびりとと考えていたのに。
 ある晩親父が車で出掛けて戻らない。深夜になり町田署から電話で「東名インタで接触事故を起こし、検証中にいなくなった。行き先に心当たりはないか」とのこと。どういうこと!? 事故について聞けば東名高速横浜インタ出口を逆走し、ガス欠の上にバッテリ上がりで停車していたところへ降りてきた大型トレーラと接触事故を起こしたとのこと。幸いどちらにも怪我はなく、歩けないというので路肩に座らせていたら消えたというのだ。逃走と言いたげな物言いだったため、何分も歩けないので移動したとは思えないことを伝え探してもらうこととした。それから2時間ほど経過してからだっただろうか。その路肩のガードレールの隙間から転げ落ち、側溝にすっぽりとはまっているところを発見されたという。よくぞ見つけてくださった。が、腕を引っ張ると痛がるのでレスキューを呼ぶと言い、次の電話は病院からで「肋骨骨折」ということだった。よくそれだけで済んだものだ。9月末の穏やかな晩だったからまだよかったが、側溝に水があったり冬場であればどうなっていたことか。そもそも本線に入っていれば正面衝突だったわけで、つくづく運のいい親父である!
 が当の本人はこの間の記憶があやふやであった。たぶん親父自身は薄々気付いていたのだろうが、お袋とわしが親父のボケを認識した記念すべき(?)日となる。そういえばわが家に帰るのに左に曲がらねばならぬところをなぜか右に曲がるというミスがわしの知るだけで3度あった。あれがサインだったのだろうか。体力の衰えで辞めた大好きなクレー射撃。白内障を患って諦めたカメラに続き、最後の趣味であった車(レクサスの2ドアクーペ)を処分して免許証を返納。ここからのボケの進行は早かった!
 親父は人工透析歴15年、お袋が10年。その親父81歳がボケたことでお袋81歳はわし54歳ばかりでなく親父の面倒をも看ることになった。ある日デイから戻ると玄関に床がびっしょびっしょ。洗面所にトイレも。どうやら親父が1人でシャワーを浴びたはいいが、水の止め方が分からなくなり悪戦苦闘しての顚末(てんまつ)らしい。親父なりの苦悩があったのだろう。それにクレオパトラの鼻ほどに高いプライドも邪魔したのだろう。それ以来「風呂に入らずに死んだ人間はいない」と妙な詭弁を吐いて駄々を捏(こ)ねた。その後の1年間で風呂に入ってくれたのはわずかに3回のみ。それがなぜか親父の母親の誕生日、親父の誕生日と親父の母親の命日。祖母の導きだろうか。その1ヶ月後に親父は2階で転倒して尾てい骨を骨折。透析患者は血がさらさらゆえに切開できない。ゆえに自然治癒を待つのだという。82歳が骨折で自然治癒? 誰もが諦めた、当然だろう。が親父は逞(たくま)しかった。くっついたというのだ。驚いた。であれば帰宅できるのか? また透析クリニックに通院できるのか? がそうではなかった。リハビリ!に耐えられる状態ではないという。そして早急に転院してほしいという。急性期病院というやつは容赦ないったらありゃしない。そして転院した病院で親父は息を引き取る。半年後のことだった。そしてそれは海上自衛隊出身の親父らしく海の日であった。

鈴木@横須賀

 ラグビーワールドカップ 

 (兵庫頸髄損傷者連絡会機関誌「縦横夢人」27号「(連載)Road to Paralympic 東大阪市花園ラグビー場」から転載)

 今回は、全国高等学校ラグビーフットボール大会の会場としても知られる「聖地・花園」こと東大阪市花園ラグビー場です。東大阪市花園ラグビー場(長いので「花園ラグビー場」と略)は、大阪府東大阪市の花園中央公園隣接地に1929年に開場した日本初のラグビー専用スタジアム。開場時は近畿日本鉄道が所有し、1963年から全国高等学校ラグビーフットボール大会が開催、2015年からは東大阪市が所有している。

 9月28日、兵庫頸損連絡会のバーベキュー大会を休んでラグビーワールドカップに参戦。梅田から地下鉄で難波へ、そして近鉄奈良線に乗り換えてみると、その車両ではアルゼンチンファンが大騒ぎしている。前年のノエスタから帰るときに乗った地下鉄のイタリア人たちの大騒ぎのデジャブだ。ラテン系はみんなああなるのか? 最寄り駅は東花園駅。一つ手前に花園駅があるが間違ってもここで降りてはいけない。
 東花園駅を降りると花園ラグビー場までは人の列が続いているのは普段と同じだが、その量は5~10倍といったところだろうか。ラグビー場のある公園入り口は、相変わらず国交省推奨の回転式バリカー(*1)とU字バリカーが行く手を阻む。車いす利用者に対してのみのバリアになっていて、存在意義が少ない。 さて新装された花園ラグビー場は南面と西面を張りぼてにしただけかと思いきや、かなり面積増床されていた。南側エントランスの左手には、メインスタンド2階へ続く開放型26人乗りエレベーターが設置され、わりと真面目にバリアフリー化を進めたと思わせる。しかし、2階へ上がってから車いす席までの動線は一般客の動線と2重、3重に交錯しているため、入場時はそれほどでもなかったが、退場時は優先して誘導してくれたものの、結局動線が交錯するところで待たされ、退場はほぼ最後になった。設計に車いす利用者が関わっていれば発生しなかった課題といっていい。車いす席は、以前の3階席(6+6)に加えて西スタンド2階2番通路(6)と4番通路(6)、北スタンド(6+6+6)にも設置された。まず西2階席へは、南エントランスから23人乗りエレベータで2階へ移動。サイトライン(*2)の確保できる国際基準にかろうじて合格。介助者と並んでみることを考えられていないことは失格。3階席はサイトラインが確保できていない元のままの状態で失格。北スタンド席はホームチームのゴール裏になり、モニターは背中側にあるため、あまりラグビー観戦にはむかない。サイトラインは確保できているが、車いす席数を稼ごうとした設計思想が見え隠れしてがっかりさせられる。









 とはいうものの、試合が始まるまでのざわついたワールドカップ独特の雰囲気の中にいられることを思うと、自然と涙が流れている自分に気づいたりする。さて試合は、トンガ(イカレ・タヒ)のシピタウを生で体験して、なんとなく半分終わってしまった感じだったが、前半アルゼンチン(ロス・プーマス)立て続けに4トライを連取したのに対し、それ以後は一進一退の中、トンガが2トライを挙げ、会場を味方につけてしまったが、点数は動かずに終了。ワールドカップ観戦は10月12日のニュージーランド対イタリアが中止になったので、今にして思えば本当に一生に一度になりそうだ。

兵庫県:T.S.

*1 車の侵入を防ぐ目的で公園入口などに設置するポール
*2 劇場や競技場などで観客席の目線からステージやフィールドなどを結ぶ視線



【編集後記】

 今年も年明けに大好物のお雑煮を食べられてホッコリ! しっかりとダシをとらないと気が済まない妻の味が大好きです。無事に年越しができて、毎日の私の生活を支えてくれている方々への感謝の気持ちがあふれ出しました。
 今年も歯を食いしばって生きるぞー!

 さて、年々増加傾向にある豪雨災害に関して、先日、テレビの気象情報番組の中で怖い話を聞きました。海洋気温が上昇するに伴って、台風の発生場所が北へ遷移する可能性が大きくなり、日本列島に上陸もしくは近海を通過する台風の速度がこれまで以上に遅くなっていくと予測されるとのことでした。つまり、今後さらに豪雨被害が大きくなっていくということです。
 台風が日本をそれていってくれることを祈るしかないでしょうか…… 😱
 1月から中国の武漢市から感染が広まっていった新型コロナウィルス肺炎やインフルエンザの予防にむけて衛生管理に努めてご自愛ください!
 今年も皆様からのご投稿をどうぞよろしくお願いいたします。
 次号の編集担当は、藤田忠さんです。

編集担当:戸羽 吉則


………………《編集担当》………………
◇ 瀬出井 弘美 (神奈川県)
◇ 藤田 忠   (福岡県) 
◇ 戸羽 吉則  (北海道) 
………………《広報担当》………………
◇ 土田 浩敬  (兵庫県) 

post_card_comm_14520@yahoo.co.jp

発行:九州障害者定期刊行物協会
〒812-0054 福岡市東区馬出2-2-18
TEL:092-753-9722 FAX:092-753-9723
E-mail:qsk@plum.ocn.ne.jp

このページの先頭へもどる


HOME ホームページ MAIL ご意見ご要望