No.180 2019/12/25
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 自分らしい人生を過ごせるように願う 

 178号の大阪府K・Yさんの、障がい者は地域で生きていけるか?
 切実です。どこもヘルパーさん不足で大変ですよね! 私自身も訪問看護と訪問介護事業所4社と契約をしています。K・Yさんは大阪府! 24時間人の目が必要! 呼吸器!
 ☆「土屋訪問介護事業所」さん、365日24時間。痰吸引もできるそうです。
 『☆全国展開する医療的ケアと重度訪問介護ができる訪問介護事業所です。☆医療的ケアのできるスタッフが豊富に在籍:医療従事者しかできなかった「胃ろう等でのお食事、服薬(経管栄養)」「たんの吸引(喀痰(かくたん)吸引)」。土屋訪問介護事業所のヘルパーはこれらの医療行為を行うことができます。☆全国24時間365日の対応力:昼夜を問わず、長時間のご要望にもお応えします。お気軽にご相談ください。☆電話での問合せ先:050-3188-7708』とHP(ホームページ)に書いてあります。
 障がい者は、親の高齢化! 施設から地域に! 在宅介護・介助のヘルパーさん不足! など……それぞれが問題を抱えているが、年を取ると出てきます。介護保険に切り替わるとか……。障がいがあっても、最後まで自宅で過ごしたい、そうありたいし、みんながそうなってほしいです。
 私自身、最後の晩餐(ばんしゃく)は自宅で、黄身だけ半熟の目玉焼きとご飯と決めています! 一人でも多くの人が、自分らしい人生を過ごせるように、願っております。

静岡県:ロッツォ

障碍(しょうがい)者は地域で生きていけるか?

土屋訪問介護事業所

 ひとり暮らし、はじめました 

 昨年の秋からひとり暮らしをしています(独身、子供なし)。車いすユーザーになりリハビリ施設を退所して以来、実家で両親と10年ほど暮らしてきましたが、今般同じ市内にある賃貸マンションに引越し、ヘルパーさんらの力を借りながら単身生活を始めました。恥ずかしながら、齢50にして初めてのことです。これまで健常のころに会社の独身寮(ひとり部屋)生活が長く、借り上げのアパートで同僚と共同生活もしましたが、純粋なひとり暮らしはまったく未経験でした。そのため今の生活が落ち着くまでずいぶんバタバタし、気苦労も多くありました。
 この拙文を読んで下さっている方の中には単身生活を長く続けている方も多いでしょうし、これまで「はがき通信」には重度身体障害者の単身生活の経緯やノウハウについて、多くの有益な投稿があったことと思います。自立して自由な生活がしたい、家族に迷惑をかけたくない、仕事の都合など、単身生活を始めるキッカケはさまざまでしょう。ただ私の今回の経緯は、複雑かつ急で、でも中途半端で、そして後ろ向きで情けないものです。なので以下の話は笑い話として、あるいは今後単身生活を検討されている方の反面教師として、目を通して下されば幸いです。

 今回の単身生活開始までの経緯は、時系列に以下のようなものでした。

(1)リハ施設を退所するさい、当初は安い分譲マンションでひとり暮らしをする予定だった。しかし室内のバリアフリー・頸損仕様の改装で業者と折り合わず、また自分のADL(日常生活動作)が思うように向上しなかったため、周囲の説得もあって実家に戻ることにした。

(2)実家で暮らすにあたって、数百万円規模の改装を要した。しかし以降は多少の難点はあるものの、特に不自由なく生活が送れていた。
 住めば都、という言い方はこの場合違うかもしれませんが、バリアだらけだった実家も大改装のおかげで、すこぶる快適な環境になりました。今思えば元が古い一軒家だけに、夏暑く冬寒く、場所によっては異様に狭くて、耐震性にも難ありでしたが……。ちなみに身体介護はほぼ100%ヘルパーさんにお願いしていましたが、家事に関しては一部を除いて両親頼りでした。いい歳して本当に苦労をかけたと思います。

(3)2~3年前から、両親が足腰の衰えを理由に、建設予定の駅前のタワーマンションへ入居することを希望(実家は最寄駅から徒歩15分程度)。購入資金に充てるため、実家の土地・建屋を売却することに。その時狙っていたマンションは、2020年末分譲開始、2021年中に入居可能(予定)だった。

(4)私は両親の転居(=家の明け渡し)の直前に実家を出る計画だった。そのころは漠然と、「2020の五輪・パラリンピックをゆっくり観てから、具体的な引越準備を開始かな。それまでに物件のめどをつけておかないと」と思っていました。
 すぐに準備を始めても良かったのですが、せっかく実家を大枚はたいて改装し、機械類も順調に動いていたので、1~2年とはいえ早く手放すのがもったいない、という気持ちがありました。また(1)の経緯もあり、ひとり暮らしに対する楽しみより不安が上回り、気分的に先延ばしにしたかったというのも事実ですし、単に面倒くさいという、尻に火がつかないと動かない私の性格も影響しました。ちなみに両親は、若干足が弱ってきたとはいえ心身共にとても元気で、それに自分がずっと甘えてきたことも否定できません。

(5)ところが昨年春(2018年)、建ったばかりの駅前の別の新築分譲マンションにいきなり空きが出ることに。予想外のことだったが、条件も良く、両親はこの部屋に決定。ただ仲介の不動産業者の話では、実家が適正価格ですぐ売れる保証もなく、諸手続きにも時間がかかるので、正式な入居(=両親の引越し)まで1年はかかるだろうとの話。
 突然のことでしたが、これで話が順調に進めば、私の引越しリミットは1年以上早まることになりました。これはもう動き始めねばなりません。マンションに関しては市内に車いすユーザーが何名か住んでいる団地があり、バリアフリーで改装も許可が下りやすいと前に聞いていたので、初めてそこの内見をしてみました。また実家の改装以来やり取りのなかった某大手改装業者には、久々に連絡を取り事情を説明。加えて引越し荷物をまとめる前にまずは部屋の整理・不要物の廃棄をと、少しずつ着手しました。でもこの段階ではまだのんびり構えていました。

(6)ところがまたまた、1年はかかるはずの売却手続きがあれよあれよと急ピッチで進み、先方(売却先)が急いでいるらしく、諸々調整のうえ、11月初旬までに家の明け渡しと決まりました。7月ごろのことです。
 話がうまく進みすぎました。本来は願ってもない良い話ですが、私にとっては願い下げにしたいほどの急展開の事態です。実質4ヶ月ほどで全ての準備を整えねばなりません。まさに尻に火がつきました。
 物件や駐車場・ライフラインの契約、家具・家電の購入と搬入、そして引越しと、健常者の場合でも大変なのに、加えてバリアフリーの改装、大幅に増えるヘルパーさんの利用時間の交渉……。しかも私は口は動かせても、諸作業は自分ではほとんど何もできません。両親も当然自分たちの引越しで手一杯なので、頼れるのはヘルパーさんと一部の友人くらい。当時は身体介護と移動支援のみの契約だったので、無理して時間をとってもらいその枠を目一杯使って、いろいろ手伝ってもらいました。それでも間に合うか不安で、一時的に両親のマンションに居候するか、ショートステイをロングで使えないか、入所施設に一時的にお世話になれないか、いっそこの機会にグループホーム的な所に入れないか……。制度上や実際の可否は別としていろいろな選択肢も考えました。 
 ただ幸い、マンションの案内所に希望する部屋の条件を細かく伝えていたため、運よく売りに出ていたちょうど良い物件を紹介してくれたので、すぐに契約できました。部屋の改装については、上述の某大手がなかなか動いてくれず気を揉んでいたら、Facebookで最近知り合った地元の友人が偶然小さな工務店の社長さんだったと知り、相談したらバリアフリー改装の経験ありということで、快諾して迅速に対応してくれました。改装内容も部屋の作りが良いため、床の養生、玄関の段差解消、洗面台の取替え、電灯のリモコン・人感センサー取付け程度で、実質1ヶ月もかからずに済みました。運にも恵まれたと思います。
 ヘルパーさんに関しても、引越しを機に重度訪問介護に切替え、こちらが希望したものにほぼ沿った時刻・時間・内容で対応してくれることになり、これも感謝あるのみです。ギリギリでしたが10月末に引越しを終え、何とか11月初めから新生活をスタートできました。幸運と、関与してくれた方々の尽力の賜物です。

 意外とあたふたしたのが、家電や細かい物品の準備、ライフライン(電気・ガス・水道)の契約などでした。上述の通りひとり暮らしが初めてのため、何を揃えたらいいか、どんな手順を踏んだらいいか、十分理解してなかったためです。かつて長く住んでいた会社の独身寮は、初めからある程度家具・家電が備え付けてあり、電気・水道は会社がまとめて契約済み、それにどの寮の何号室に住むかは会社の事務室が勝手に決めるので、そもそも部屋探しが不要でした。また掃除や洗濯はすべて自分でやりますが、食事は平日は寮の管理人さんが共用の食堂で用意してくれるので、自分で作る必要がありません。というより、安全のため部屋にはガスもIH調理器もなかったので、炊事はしたくてもできませんでした。こんな環境に長く身を置いたせいもあり、無知なままになってしまっていました。
 例えばガス台や網戸なんて、賃貸・分譲問わず初めから備え付けられていると思っていました。普段から家電量販店にはよく足を運ぶほうですが、ガス台も売っていることには気づきませんでした。調理器具にしても、まな板と包丁くらいしか思いつかない始末。普通なら学生時代や新社会人になった際に経験するようなことを、中年になるまで避けてきた(避けて来られた)ツケが回ってきたのかもしれません。

 とにかく曲がりなりにも新生活は順調に進み、1年を超えました。今ではすっかり生活リズムも整い、家電のメンテナンスや日用品の在庫管理も相応にできていますし、ヘルパーさんの意見を聞かずとも冷蔵庫の余り物で料理をオーダーすることも多くなりました。ただ野菜や果物の値段など、まだよく分かっていないことも多くあります。まだまだ勉強が必要です(笑)。

埼玉県:K

 空港に向かう車のタイヤがパンクしていたら 

50代、男性、受傷後17年、C5/6

 11月上旬、法事で福岡市内の実家に帰りました。前回の帰省から成田空港を利用しています。これは、2015年に首都圏中央連絡自動車道(圏央道)により常磐自動車道と東関東自動車道の間の約40km区間がつながり、自宅からアクセスしやすくなったためです。全国に人と物を運ぶ道路は全身に酸素と栄養を運ぶ血管に例えられることが多いのですが、四肢マヒの身には信号を伝える神経に思えます。1985年に関西で目にした道路計画図で、構想段階の圏央道は実線や破線でなく飛び石状の表示がされていました。将来の自分が関東に住み圏央道を使うとは、夢にも思いませんでした。これが30年という時間です。
 旅行の本質は移動であり、それは旅行本来の楽しみでもありますが、私にとっては課題となります。臨機応変の意味は、“機に臨み変に応じて適宜な手段を施すこと”と辞書にあります。法事という“機”に臨み、移動については3か月前から準備しました。成田空港まではわが家のリフター架装車(福祉車両)を妻が運転します。飛行機については、3か月前にチケットを購入し、要支援者用窓口に電話し座席指定の解禁日を確認しました。2か月前に再度電話し、普通席1列目を妻と並びで指定しました。大柄の私を男性2名が後からと前からと抱えて移乗させるには、前に席がない足下の広い座席が必要なのです。現地での移動については、いつも利用している介護タクシーN社に予約しました。通常タクシー料金(手帳で1割引)のほかに、車両指定料500円とケアサービス料1,200円がかかることも当然です。1か月前に準備完了しました。

 思いがけない“変”は空港に向かうまさにそのときに見つかりました。自宅駐車場で愛車のつぶれた左後輪に気づいた妻の第一声は、“このタイミングでこんなことが”でした。“変”には応じなければなりません。タイヤの交換も修理も諦め、10時発のフライトを18時発のものに変更しました。要支援者用窓口に電話して普通席30列目を妻と並びで押さえました。成田空港までの介護タクシーとして自宅近くのI社を初めて予約しました。現地のN社に変更の電話を入れると20時着では対応できないと断られ、全国放送でテレビCMを流しているD社に予約しました。D社は介護タクシーではないのですが車いすのままの乗車を引き受けてくれました。ただし配車される車種は何になるかわからないとのことでした。
 この時点で、介護タクシーが迎えに来るまで5時間です。宿泊する兄の自宅で予定していたトイレを前倒しで済ませました。シャワーキャリーで浴室に行き、グリセリン浣腸を用います。2時間3本勝負は疲れましたが、それよりも心配したのは旅行中の体調です。私にとっては、トイレの心配が旅行に伴う課題を大きなものとし、旅行自体を遠ざけてしまいます。
 あれやこれやで旅行は終わりました。今回はタクシーについて考えさせられました。N社に当然のこととして払ってきた1,700円ですが、同業のI社は私のように室内介助が不要の利用者に対してはこれを設定していません。介護タクシーでないD社にも当然ありません。実際に配車されたのは自動車メーカー“T”の2列目左に横からスロープで乗り込む車種でした。スロープの設置に時間と手間がかかり運転手泣かせであるという噂は耳にしていました。一度は試したかったので好機となりましたが、見ていて気の毒になるほど運転手殿は手間取っていました。これで通常タクシー料金(手帳で1割引)であれば、車いすでの利用者は敬遠されることになります。

 今回の帰省で里心が付きました。2年後のUターン移住を真剣に考えています。宿泊を伴う引越しになるのでしょう。とりあえず、「終の棲家決定までのバリアフリー借家」と「現住所から借家への引越し時のリフター備え付け宿泊施設」の情報収集からです。

 「はがき通信」でつながる皆様にお願いです。宿泊を伴う引越しについての経験談や耳寄り情報があればご披露いただけますでしょうか。恐縮ですがよろしくお願いします。

茨城県:DRY

post_card_comm_14520@yahoo.co.jp

 ざっくばらん(2) 

 179号『やっぱり高血圧はほっとくのが一番』は、わたしの信条にぴったりだった。頸損のばあい、体を起こせば血圧は下がるし、寝かせれば上がる。計る条件次第。まわりがバタバタしていればそれだけで上がる。

 ひとこと追加したい。『世間のカラクリ』(池田清彦、新潮社)では血圧に関してべつの一面を指摘している。池田は生物学者。彼がいうには「日本高血圧学会は2000年に高血圧の基準値を、従来の最高血圧160mmHg、最低血圧95mmHgから、それぞれ140mmHg、 90mmHgに引き下げて高血圧の患者を大幅に増やした。その結果、30歳以上の4割、60歳以上の6割の人が高血圧ということになったのだ。/高血圧学会は製薬会社と結託してもうけようという魂胆なのだ。降圧剤の市場規模は年々拡大して1兆円に達しようとしてくる。 さあそうするとさらに欲が出てきて、基準値を130mmHg/85mmHgまで下げた。ところが――。2014年、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が、 高血圧学会の基準を大幅に緩和する健康診断の新基準を発表した。なぜか。高血圧は病気ということになったものだから 血圧を下げる薬に健康保険が適用され患者がふえすぎて健保組合の財政が破綻寸前になったのだ。」
 世間は既得権益の奪い合いだ。映画「赤ひげ」ふうの医者が出てくるサントリー黒胡麻茶のCMでも「130超えたら血圧高めなんです」といっているが、こんなものにごまかされてはいけない。ちなみに赤ひげ先生は、三船敏郎ではないそうだ。何もかもインチキ。

keitan

『やっぱり高血圧はほっとくのが一番』

 全介助国会議員に期待 

 『7月の参議院選挙は24年ぶりに投票率が50%を割りこんだ。政治離れが加速しているといえる。そんな今回の参議院選挙において、とても興味深い出来事があった。それは筋萎縮性側索硬化症(ALS)、重度脳性麻痺の国会議員が誕生したことだ。
 過去にも車いすや視覚障害者の国会議員がいたが、全介助の障害者議員は日本の政治史上初だ。ある政治評論家が日本で一番バリアフリーが進んでいないのは国会であるといっていた。
 今後、二人の重度障害者議員がどのような政治活動をするのか。そして生産性を重視する議員もいる国会が二人にどのような対応をし、ハード・ソフト面もどう変わるのか。さらに二人の重度障害者議員が社会にどのような影響を与えるのか。同じ障害を持つ仲間として注視していきたい。そして、これを機にマイノリティに対する差別が少しでもなくなればと思っている。』

 上記の文章は地元の新聞に投稿し、8月に掲載されたものだ。あれから3ヶ月ようやく木村英子氏、舩後靖彦氏の質問の機会がやってきた。特に木村氏の多機能トイレ発言はその通りだと拍手を送った。しかし、そのことは障害者団体が、省庁交渉時にも言い続けてきたことである。
 今回の件は、やはり当事者が国会等の公の場で質問(説明)しないと、国会議員はまったく理解しようとしないし、役人もわかっていても改善しようとしないことがあからさまになった。二人が当選したことに賛否両論あったが、やはり当事者の国会議員は必要であったことが証明された一端であった。

 私の夢は障害者差別解消法の合理的配慮の提供(車いすの段差移動の補助など、お金や労力など過重の負担にならない範囲で行われる配慮のことで、公的機関は法的義務、会社・お店などは努力義務)といった努力目標で終わるのではなく、アメリカのような厳しい罰則規定のあるADA(障害を持つアメリカ人法)のような、障害者差別禁止法成立である。2人にはぜひその筋道をつくってもらいたいものだ。
 ※事例として、障害者差別禁止法では障害があるという理由だけで、雇用するか否かを判断してはなりません。身近な事例では障害者用駐車場に、対象者以外が駐車すると罰金を取られます。

 ◇以下、木村氏質問抜粋/情報提供:令和元年11月5日 朝日新聞より

 「障害者の立場から、質問させていただく」。車いすに座った木村氏はこの日、国会内で開かれた参院国土交通委員会に出席。秘書と介助者の手伝いを受けつつ、質問を切り出した。
 高齢者や子供連れも利用できる公共施設の多機能トイレについて取り上げた。デパートで1階から7階まですべて入れなかったという体験を紹介。「車いす用トイレに多くの機能をまとめるのではなく、それぞれのニーズにあわせたトイレを複数つくるべきではないか」と政府に迫った。
 トイレ問題は「バリアーの多い人生で、ずっと抱えている問題」だという。質問は自身の経験を踏まえた内容にした。項目や言い回しも本人が考案。木村氏が口頭で説明するのを秘書らが書き取り、午前3時までかかることもあったという。質問作りに関わったスタッフの一人は「自分の血肉となった言葉を質問にすることを重視していた」と語る。
 木村氏の質問に対し、赤羽一嘉・国土交通相は「良かれと思ってしたことが、結果として障害を持った方に良くないことはある」と述べ、「貴重な提言。ニーズに合わせた機能分散を推奨し始めたところだ」と答弁。木村氏はさらに多機能トイレのスペースの狭さも指摘し、赤羽氏から「見直すよう指示したい」との答弁も引き出した。
 国会質問は議事録として残り、答弁は政府の考え方や方針を正式に示したものとして扱われる。初質問を終えた木村氏は記者団にこう語った。「障害者の社会参加にはたくさんのバリアーがある。今日の前向きな答弁を聞き、見通しが明るい感じがした」

バビル3世

 マスコミから 

 垂直避難できれば、37%生存可能性 倉敷市が豪雨犠牲者の避難状況公表 

 (岡山県)倉敷市は29日、西日本豪雨により同市真備町地区で亡くなった全51人(災害関連死を除く)の避難行動調査の結果を初めて公表した。37%に当たる19人について、垂直避難していれば助かった可能性を指摘。犠牲者の約9割を高齢者が占め、要支援・要介護認定者は全体の4割近く、1人世帯も約3割に上っており、要援護者対策の重要性が改めて浮き彫りとなった。
 市は10~11月中旬、民生委員や住民団体、犠牲者の親族から聞き取り調査を実施した。
 住居で亡くなったのは42人で、2階建ての1階での犠牲者が22人と最も多かった。このうち浸水深5メートル未満で亡くなった19人は「垂直避難により助かった可能性がある」とした。65歳以上の高齢者は45人で、全体の88%を占めた。
 避難行動を追跡したところ、垂直避難や住居外への避難ができなかった人(39人)が全体の約8割。避難した人の中では、自宅に戻ったり、避難所に向かう途中だったりしたケースが目立った。家族や地域から避難の呼び掛けを受けながら命を落とした人(35人)も多かった。
 要支援・要介護認定者は19人おり、うち重度(要介護3~5)は6人。身体障害者も13人のうち重度(1、2級)が6人いた。1人世帯は16人だった。



 調査結果は、西日本豪雨を受けて市が要援護者の避難対策などについて検討している会合で公表された。
 委員長の片田敏孝・東京大大学院特任教授(災害社会工学)は「超高齢社会の日本で、要援護者対策は喫緊の課題。共助も大切だが、地域でどうにもならない部分は行政が対応しなければならない」と指摘。伊東香織市長は「日頃から1人も取り残さない活動を地域で進めていく必要がある。行政も各部局が横断して取り組んでいきたい」と話した。

情報提供:令和元年11月29日 山陽新聞


 車いす乗車拒否は処分も UDタクシー、国が業界に通達 

 車いすのまま乗れるユニバーサルデザイン(UD)タクシーで乗車拒否がなくならないとして、国土交通省は、正当な理由なく乗車拒否した場合は道路運送法にもとづいて「厳正に対処する」とする通達を業界団体に出した。通達は19日付で、悪質な事業者は行政処分する方針だ。
 UDタクシーでは、スロープの組み立てに時間がかかるなどとして、乗車拒否が相次いでいた。スロープの改良や運転手の研修は進んでいるが、障害者団体が10月末に一斉に調査した際にも、調査に参加した人の約4分の1が乗車を拒否されたとの結果が出ていた。
 道路運送法ではタクシー事業者に対して、正当な理由なしに乗車拒否してはならないとしている。
 通達では、利用客が電動車いすを使っている▽スロープの設置方法が分からない▽乗降に時間がかかる▽UDタクシーとして使っていない▽スロープを積んでいない、ことは正当な拒否の理由にあたらないことを明示した。タクシー乗り場で乗るかどうかの意思を確認しないで素通りすることも処分対象になるとした。特に、スロープをあえて積まずに走ることは悪質だとして、事業改善命令の対象にすることも明示した。

情報提供:令和元年11月27日 朝日新聞



【編集後記】

 ネット版のサーバー(障害者情報ネットワーク・ノーマネット)が、一層のセキュリティ強化を図るために、https対応(常時SSL)になりました。そのためトップページアドレスが、「対応前:http://~」から、「対応後:https://~」に変わっています(対応後のアドレスは表紙に記載)。ブックマーク、お気に入りに対応前のアドレスを登録されている場合は、お手数ですが変更をお願いいたします。とは言っても対応前のアドレスにアクセスされても、自動的に「https://」のアドレスになり、今まで通りご利用いただけます。

 次に来年の次々号の4月号・182号の特集に「介護保険が組み込まれての生活」を予定しています。65歳になると、それまで利用していた障害福祉サービスから、介護保険が優先して、生活に大きく影響していくことがたびたびご投稿されております。つきましては「65歳の介護保険・優先利用」にまつわるご投稿のご検討のほどよろしくお願いいたします。次の2月号であらためて募集させていただきます。
 次号の編集担当は、戸羽吉則さんです。

編集担当:藤田 忠


………………《編集担当》………………
◇ 瀬出井 弘美 (神奈川県)
◇ 藤田 忠   (福岡県) 
◇ 戸羽 吉則  (北海道) 
………………《広報担当》………………
◇ 土田 浩敬  (兵庫県) 

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発行:九州障害者定期刊行物協会
〒812-0054 福岡市東区馬出2-2-18
TEL:092-753-9722 FAX:092-753-9723
E-mail:qsk@plum.ocn.ne.jp

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