はがき通信ホームページへもどる No.158 2016.4.25.
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 頸損と介助犬(その5) 



 年が明けて認定試験を受けたわけだが、まぁ落とすための試験という位置づけではなく「介助犬と暮らしていけるか?」のモチベーションと犬に対して基礎的なコマンドを操れるか?の確認作業ともいうものであった。
 しかし、相棒はトイレの誘導では頑なに出ないと主張をしていながらも、公道を歩き始めてから「ふと、嫌な予感」を感じてトイレの用意をした途端に排泄をする度胸の良さ。正直なところ脊損のレベルでも対応が不可能な状況に陥るだろう。このような事態を回避して周囲に助けを求めるスキルも必要だとか言われると、介助犬がいてもいなくても変わらない生活ではないかとモヤモヤが募ったことも否定できない事柄である。計画を立てていろいろな空想と妄想を抱えた中で、まずやってみないで口をはさんだり批判したりすることが嫌いな私はとにかく無事に介助犬と暮らし始めるかが目的になっていった。
 認定試験の結果は行政上の都合で、当日に知らされるのではなく約1ヶ月近く待たされた後になった。認定機関によっては当日にハッキリとするので、待つイライラはない。その点のシステムも普及がされていないからのバラつきなのか、システムがバラバラで分かりにくいから普及しにくいのか疑問の残る部分となる。
 認定の結果が来るまで、家庭の事情で介助犬候補の相棒を簡単に留守番をさせておくことも容易ではなかったので、少々窮屈でもあり待ち遠しくも思ったりの落ち着かない時間を過ごしていた。そして、無事に2月9日(2015年)に認定を受けるに至った。これは、不安もあり楽しくもありの本当の介助犬との生活の始まりとなった。
 (以下、続く。)

東京都:K.S.


【特集!「失敗から学んだこと」】


 今号の特集は、「失敗から学んだこと」です。四肢マヒ者にまつわる、できれば避けたい失敗から学んで得た体験談が何か生活のヒントになればと、ご投稿を紹介させていただきます。 

〈質問内容〉
 〈1〉どのような失敗から何か教訓や対策を学びましたか?
   ※事例が複数ありましたら、あれもこれもお願いいたします。
 〈2〉失敗から教訓や対策につなげる取り組みや分析するコツは何かありますか?
 〈3〉ついつい同じような失敗を重ねてしまったことはありますか?
 〈4〉失敗後に対策が分からずに、何か誌面を通してみなさんにお聞きしたいことはありますか?
 〈5〉他に何かありましたら。



 特集 私にとっての“失敗”とは 


 福島のS山です。今月は「失敗から学んだこと」特集ということですので、日々、自己嫌悪に陥ることばかりの自分を改めて振り返ってみたいと思います。
 まずは記憶に新しいところで、私の新しい車イス(手動)トラブルでしょうか。せっかく頸損仲間に「このメーカーがいいよ!」とアドバイスをいただいたのに、私はこれまでお付き合いのあった業者に悪いかなぁと思い、結局これまでと同じメーカーのところに依頼してしまいました。
 その結果、オーダーにもかかわらずサイズが全く合わず、即刻作り直しです。が、奥行きが短いのはどうにもならず、付け足しの補助具(?)が必要となりました。「老舗メーカーなのにこんな杜撰(ずさん)なことがあるの?!」愕然としました。大ショックです。が、後日、大坂頸損連のアンケート調査だったでしょうか、「現在使用中の車イスのメーカーは?」という欄に全くそこの名前が出てこないのを見て、私は改めて仲間のアドバイスの重みを知りました。
 私にはこんなふうに一歩踏み出せない弱さがあります。新しいもの、新しいことにチャレンジするにも何かと立ちはだかる臆病な自分がときには”失敗”の原因だったりします。臆病の一因は無知、情報不足だったりもしますが。この車イスの件は大きな打撃だったのですが、当然失敗作として投げ出すわけにはいかないので、自分の愛車として良き相棒になれるようより深く付き合っていくつもりでいます。
 失敗とは言えないにしても、同じように悔いの残ることは数え切れないほどあります。教訓としては、13年前に実家を離れ自立を決意したときにいただいた恩人からの言葉、私の人生の指針とも言えるその教えが意外と当てはまるのではないでしょうか。「迷ったら一歩前に踏み出せ。そこに新しい道が開けているから」この言葉は幾度となく私の人生をプラスの方向に導いてくれました。ただ、臆病で優柔不断な本来の自分が勝ってしまう場合がままあります。改めて肝に銘じなければ!
 この恩人からはたくさんの教訓をいただきました。「自分を知ってもらう努力をすること」これがどれほど重要でどれほど難しいかということは世間に出て身に染みて感じました。今でもそうです。分かりやすいところで、ずいぶん前に電話で「四肢麻痺でも字くらいは書けるでしょう」などと言われて戸惑ったのを思い出します。悪気があるわけでもなく、四肢麻痺の私がしっかりと向き合って「代筆をお願いします」と言えばすぐに理解してもらえることでした。
 私にとって最もエネルギーを使うのはヘルパーさんとの関わり方です。信頼関係を築きながら、特に難しいであろう介助を指導したり指示したりすることは私にとって至難の業です。
 そんな私ですが、数年前から介助スタッフを自薦登録ヘルパーさんのみにしてシフトを組んでおります。ハローワークに求人募集を出してもヘルパー不足の地域ではなかなか人材確保はできません。私は介助の手がなければそこで終わりです。かと言ってそこでぽっくり死ぬわけではないので常に恐怖です。
 そんな状況の中では特に、言葉が足りなかったり弱気になって不安にさせてしまったりわだかまりを作ってしまったりの失敗があります。気付いたときにとことん話し合って、お互いに心の壁を残さないよう真剣に向き合う努力はしているつもりですが、今思うと気付かないところでもたくさんの失敗を重ねてきたのではないかと思います。改めて「自分を知ってもらう努力をすること」の大切さを痛感します。
 また、自薦さんだけに頼るのは失敗だったのかと思うこともあります。ただ5年前の震災のときには、ガソリン不足が大きな原因だったと思いますが事業所のヘルパーさんが一斉に動けなくなってしまって、私は自薦登録ヘルパー=専任の介助スタッフがいたからこそ生き延びられたのだと今でもありがたく思っております。
 こうして“自分の失敗”を振り返っていく内に、間違いなく溢れるほどの失敗をしてきた私なのにすんなりと出てこないのは何故だろう、「私にとっての“失敗”ってなんだろう」と考えてしまいました。
 私は常に、尿路管理、体調管理を失敗しないように、盲腸ポート増設が失敗だったと後悔しないように、書類や事務管理を失敗しないように、人材確保、シフト調整を失敗しないように、人間関係、信頼関係作りをできる限り失敗しないように、そして自分の自立が失敗に終わらないように、それだけを恐れながら、寝込んだら終わりだと気負いつつ、とことん落ち込んで、前を向くことだけに全力投球しているんですね。
 私はどこまで頑張れるのだろうかと苦悶しつつ、失敗しないような人生の終わり方を深刻に模索している自分の人生は果たして失敗なのか成功なのか。一瞬でも人生を楽しむ境地になれれば大成功なのかも知れない、今、そんなことに気付きました。
 (2016.3.25.)

福島県:T.S.



 特集 人工呼吸器バッテリーは思わぬ所で短くなる 

人工呼吸器

 〈1〉失敗から何かを学びましたか?
 人工呼吸器を使っている私ですが、たまたまバッテリーの残量が分かっておらず、充分に余裕をもって帰宅できると確信していたにもかかわらず、外出先でいきなりバッテリー切れを知らせるアラームが鳴って、慌てて充電できる場所を探さないと行けないという怖さに陥ったことで、その後、バッテリーの持ち時間を逆算して帰宅するように心掛けている。
 人工呼吸器バッテリーは、四季(梅雨含む)によっては変わりやすいと感じます。精密機械ならではの湿気や夏季の高温、体調不良による過呼吸にもダメージがあります。

 〈2〉失敗から対策につなげるコツは?
 長時間になりそうな外出であれば、予備の外部バッテリーを取り付けて従来より気持ち的に不安は解消された。
 

兵庫県:S.Y.



 特集 アルコール過剰摂取による急性尿閉 


 私は頸椎損傷による不完全マヒのため、排尿の感覚は少しあるが自然にはおしっこが出ないので、おしっこがしたくなると急いでトイレに行き、下腹部を自分の右手で軽く叩いて膀胱に刺激を与えながら少しずつおしっこを出している。おしっこの出る量は、毎回300〜400ccほど。
 頸椎損傷になってからこの28年間、毎日この方法で排尿しているが、以前お酒を飲みすぎた後、全くおしっこが出なくなる急性尿閉に何度も悩まされた。 
 私の急性尿閉の原因は、お酒を飲んで適度に酔いが回りはじめると、酒飲み話の途中で席を抜けるタイミングを逃したり、トイレへ行くのが面倒になったりして自分でトイレへ行って排尿を促すことをおろそかにしてしまうのも原因のひとつであったが、やはりお酒の飲みすぎが一番悪かったと思う。
 私の場合、急性尿閉になると膀胱に尿が溜まって下腹部が張ってくる。いつもであればおしっこをしたい感覚があるはずだが、その感覚がなくなる。こうなってしまうと下腹部を手で叩いていつものように膀胱を刺激しても、おしっこが出る気配はない。
 お酒の酔いが覚めればおしっこも出るだろうと、水を多めに飲み水分補給をしておしっこが出たくなるのを待つが、徐々に下腹部の膀胱の張りは大きくなり、そのうちに体を少し動かすだけでもその下腹部の膀胱あたりが痛く苦しくなってくる。もうこうなってしまうと自分の頭の中には「膀胱が破裂するのではないか?!」という恐怖と心配しか浮かばない。
 この時点で、またはこうなる前にカテーテルを自己導尿して膀胱に溜まった尿を出してしまえば事は済むのであるが、先に書いたように自分の排尿方法はカテーテルを使わず、下腹部を軽く叩いておしっこをするので、自己導尿の経験もなく自分でカテーテルを持っていなかった。
 もうこうなってしまうと近くの救急病院へ行ってカテーテルでおしっこを抜いてもらう以外に方法はない。脂汗を滲(にじ)ませながら下腹部の張りと痛みを我慢して病院へ向かう。
 救急外来のナースに事情を説明し、すぐにカテーテルで導尿してもらい膀胱に溜まった尿を出しきってもらう。急性尿閉になったとき、カテーテルで抜いてもらった尿の量は1,000ccを超える。
 普段、300〜400ccしか溜まらない私の膀胱に、その3倍もの尿が溜まっていたのである。カテーテルで膀胱に溜まった尿を出してもらえば、さっきまでの脂汗もすぐに引き、下腹部の張りと傷み苦しみは何事もなかったように消えてホッとする。
 こうしてカテーテルで溜まった尿を膀胱から抜いてもらったらすぐに帰宅し、その後はいつものように尿感覚が戻り、下腹部を軽く叩いておしっこをすることができるようになる。
 現在、私が住んでいるルセナ市(ルソン島ケソン州)の家から電動車イスで10分ほどの場所に24時間の救急病院があるので、こうして急性尿閉になったときは何度かお世話になったが、こちらの病院で使われているカテーテルは茶色いゴム製の太いものなので、導尿時には膀胱に痛みと違和感がある。ここでは贅沢(ぜいたく)は言えないが日本の病院ではもっと細くて膀胱にも負担がかからないようなカテーテルであったと思う。
 以上が、私がお酒を飲みすぎた上で起こった身体上の失敗経験である。
 そして、この急性尿閉に何度もなって学んだことは、お酒もほどほどにすることであり、それに備えてカテーテルを家に用意しておくこと。
 幸い、日本から来た障害者の知人から日本のカテーテルを分けていただくことができたので、今は家にカテーテルが用意してある。相変わらず自分で自己導尿はしていないので、いざというときに自分でカテーテルを導尿することができるかどうかは分からないが、自分でできなければ、家のカテーテルを病院に持参してそのカテーテルを使って尿を抜いてもらえれば、病院のあの茶色いゴム製のカテーテルを使わずに済むであろう。
 しかし、カテーテルを使うのは事後対策であるから、ほどほどにお酒を飲むにしても急性尿閉の不安を感じながら飲むお酒は美味しくないしリラックスできない……と思っていた頃、今からちょうど3年前に腎臓結石となり、こちらのドクターにハーバルメディスン(植物療法)のサンボンを処方してもらい、その錠剤を飲み続けて腎臓結石を治すことができた。このサンボンと呼ばれるものは、ここフィリピンに自生するサンボンという植物の葉を乾燥させて粉にしたものを錠剤にしたものであるが、これを飲むとおしっこがよく出る。利尿作用で身体の余分な水分も外へ出るのか足のむくみも軽減された。
 結石は治り足のむくみも軽減されて、おしっこも良く出るとは良いことばかりであるが、さらにお酒を飲む予定のある数時間前に、このサンボンの錠剤を1粒飲んでからお酒を飲むようにしたら、それ以来、急性尿閉にならなくなった。どうやらこのサンボンは、私のアルコール摂取による排尿器官の機能低下をも助けてくれるようだ。おかげで病院へかかることもなく、いただいたカテーテルも使わずに済んでいる。
 私はアルコール過剰摂取による急性尿閉の予防として、サンボンを1錠飲むことをここで学んだ。
 

フィリピン共和国:ルセナの隠居

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