は が き 通 信 Number.12
POST CARD CORRESPONDENCE 1991.11.25

BAR

《ごあいさつ》

1991年もあとわずかです。秋の海を挑めていた過日、電動車イスの人が通りかかったので、話しかけたところ、その人は頸損歴41年、おん年80歳、近くの病掟に入院中のおじいちゃんでした。私の頸損歴33年をはるかに越え、日本の男性の平均寿命をも越えた人が居る‥…私の新しい目標ができました。皆さん根性ですぞ。根性。

向坊

向坊氏の通信


①電動車イスの携帯用充電器

電動車イスで外出するときは、車イスの後ろに携帯用充電器を載せて行きます。外出中、車イスのバッテリが切れそうになったら、デパートでもどこでとも電源を借りて充電するそうです。30分も充電すればかなりの距離もちますし、1時間の充電に使う電気代は60円くらいなので、電気代はお払いしますといえば嫌な顔をされることはありません。

②向坊弘道著「甦る仏教」第4版目を出版

今年2月出版した「甦る仏教」は版を重ねて10月上旬第4版を発売する運びとなりました。この本の代金はネパール計画(ネパールのヒマラヤの麓にある美しいペワ湖のほとりに民宿兼仏教研究所を建てる計画)に使われます。
この計画が実現しますと、施設には日本からのお客さんも泊まれますので、皆様のインド仏跡参拝の基地としても利用することができます。また若い人たちにはヒマラヤのトレッキングを楽しむ基地として使用することもできます。

向坊



Fさんの電動車イス


私は、受傷後約1年後から電動車イスにお世話になり、現在は2台目です。1台目はスズキ(MCllR)で補装具の給付で支給していただきました。始めは自分でリクライニングが繰作できず、起立性低血圧で電動車イスに乗ったまま失神したこともあり、その後コントロールポックスの改造により、電源、リクライニング、速度設定を操作できるようになり、その頃から日中は電動車イスで過ごすようになりました。でも、故障が多くリクライニングの軸の同じ部分が2度折れたり、電気系統のトラブルが続きました。

2台目はイマセン(EMC37BC)で、向坊さんから安く譲っていただきました。この電動車イスは高価な面、性能も良く、電源、リクライニング、速度をマイコンによる呼気センサーでコントロールします。1年半乗っていますが、未だにトラブルはありません。

2台を比べますと、スズキの方は後輪が大きく、段差や登板力に優れ外出の多い人向きかなと思います。逆にイマセンの方は、力不足な面、旋回性に強く平らな病院や施設の中を動き回るのはこちらの方が良いでしょう。1日に数十回するリクライニングの面でも、上下を繰り返すとスズキの方は体がずれてきて、何度か体を直さなくてはいけませんでしたが、イマセンにしてからそれも無くなり、真夏には朝9時に乗り、夜8時まで乗っていても顎とコントロールボックスの位置がずれず、褥蒼も大丈夫でした。

病院に入院中の私には、電動車イスは絶対に必更なものとなっているようです。付き添い1人が患者2人を介肋する事になっているのですが、私を電動車イスに乗せ、一人で行動する合間にもう一人を介助するため、どうしても私の人的介助不要時間を少しでも増やさなくてはなりません。介助する方が常にそばにいれば良いのですが・…・施設でも同じことが言えると思います。

在宅生活で自分の部屋を持ち、プライベートの時間をもつことが出来れば別ですが、病院や施設で生活するものにとっての1人の時間は、電動イス無しではありえないと思います。家族や友人が来院した時など特にそう感じます。最近では電動車イスにテーブルをつけてもらい、読書を始め、NOTEタイプのパソコンに無線機を接続し、屋上でパケット通信が出来るようになりました。これから寒くなりますが、場所を選べることは体温調節の面でも良いかと思います。

リクライニング付きですと車重が重くなったり、座面が高くなったりと不都合が出てきますが、私の場合お尻への負担を軽減させるのはもちろんですが、電動車イスに常にマウステックを装備し、病室でテレビ、ビデオ、CDラジカセのスイッチをリクライニングで高さを調節しながら操作しています。そして人(車イスや腰掛けている人)と話すときも、電動車イスに乗っていると見おろす形(座高も古い)になり、それがいやで失礼かと温いますが、リクライニングを倒し目線を合わせるようにしています。

はがき通信11号のUさんの通信にあったように電動車イス(特にチンコントロール)に乗っていると重症に見え、街に出れば人目が気になるのは確かです。でも手動で行き先を指示する煩わしさに較べれば、電動車イスの自由さには変えられません。
現在の電動車イスに欲を言えば、免許制でも良いですから、外国レベルのスピードや一度の充電で走る距離が増えれば、自動車を運転できない私たちも行動範囲が広がると思います。
電動車イスも長年付き合うと、愛着が出てくるものです。

沢渡温泉病院にて 1991/11/12 14:30



はじめての便り

①MTさん(埼玉県)

初めてお便りします。怪我(89年、丹沢で転落、C4−5脱臼骨折)をして思い通りにならない事が多くなった体に戸惑いながらも、家族に支えられて幸せに暮らしています。
様々な人の生き方に憧れや焦りを感じつつも、今は自分が本当に好きな事は何か探している所です。早く、もっと意欲的に行凱しないと叱咤激励してくれる人もいますが、ゆっくり考えて生きがいを見つけたいと思っています。
時々、寂しさや将来の不安に押し潰されそうになったり、障害を人のせいにしたくなって涙することもありますが、人々との交流を通して、できるだけ楽しく生きて行くつもりです。



②Iさん(熊本県)

はじめまして。私の主人は7ヶ月前に事故で頸髄を損傷いたしました(C4)。まだお互いに障害を完全に受け入れることができません。

先日、今入院している病院のケースワーカーの先生より「こんなにがんばっていらしゃる方がたくさんいらっしゃるのよ」とはがき通信の一部を見せていただきました。
UさんがECSについての紹介のところでした。症状が落ちつきましたら家に帰り生活したいと思っています。私たちにとってたいへん勉強になることばかりです。
そこでよろしかったら今までのはがき通信を、そして今後も・・・・・読ませていただけましたらと思いペンをとりました。・‥‥

現在、主人は自分から通信をする、自分のことを話すというところまで気持ちの整理ができていないのです。はがき過信を読ませていただくことは励みになる様ですのでよろしくお願いします。




施設訪問記①

国立伊東重度障害者センター


9月30日に、松井先生と一緒に伊東重度障害者センターを訪ねました。このセンターの目的は、「重度の肢体不自由者に対し、医学的管理のもとに、日常生活に必要な機能回復訓練や職能訓練など、自立に結びつくリハビリテーションを行なうこと」となっています。家庭復帰または職業復帰などの社会後帰が目標とされており、入所期間は一応5年間です。

入所原因は、1位の交通事故と2位のスポーツ事故を併せて7割です。そのため20代男性が大変多く6割強を占め、スポーツ訓練が盛んなようでした。職能訓練については種目が3つの系(手工芸、情報・印刷、事務)に分かれていますが、これらは必ずしも退所後の就労に役立つものとをとは言いがたい、ということでした。実際、社会復帰の進路として自営や現職復帰はあまり多くなく、一番多いのは自宅復帰(約3分の1)です。

定員は100名ですが、実燃の入所者は70名です。それは、開設当初の4人部屋を2人で使用しているので、この人数しか受け入れることができないためだそうです(東京都の療護施設などでも個室化をめざして、このような傾向が見られます)。そのうちの68人は頸髄損傷者ですが、C5〜C7がほとんどで、これまでのところC4は、例外的に受けいれているに過ぎないようです。

私はこのセンターを訪れて、現在の入所者のために今の人員でとどめておくべきか、多少入所者の生活水準が低下しても、病院などで過ごしている人より重度の人、家庭でのケアの困難な人などのために枠を拡大すべきか、考えさせられました。少しでも多くの希望者を入所させてあげるべきだという思いもする一方、現入所者の介助・生活の水準を低下させて入所枠を広げても焼石に水であり、施設の増設や在宅生活への支援など他の解決策を考えるべきだという考え方も、一理あるように思います。みなさんは、どう考えますか。

東京都神経科学総合研究所社会学研究室 W

施設訪問記②ARROW



KUさんから声の便り


こんにちわ。今回は声の便りとしゃれこんでみました。というと聞こえが良いのですが、ここのところずっといろんな行事がたて込みすぎてばてているのと、そういった準備があり、パソコンヘ向かって手紙を書く余裕がありませんので、こんな変な声を承知の上で声の便りで失礼します。

いつものようにはがき通信ありがとうございました。送っていただいたのを改めて読むと、いつも自分ながらへたな文章を送って読ませていただくのが申し訳なく恐縮しています。はがき通信の中にもありましたが、今年8月北海道でS君と一緒に夜、洒を飲んだりして、今回は珍しく言いたいことを言いながら過ごしました。
私も今年は本当にどういうわけか私のようなものにいろいろなお話しをいただいて、8月リハエカンファレンスから帰ってきて以来、毎週のように出歩いています。
9月には2回東京へ日帰りで会議にでかけました。3回目の時には朝7時台の新幹線で行って、東京を今度は1時の新幹線に乗って岡山へ、岡山から在来線で鳥取まで行って、翌日鳥取のコミュニティケアの中で話しをさせていただいて帰ってきたり、少々自分でも信じられないくらいの生活が続いています。

それから10月の12日から10日間日米障害者会議とクロージング・ザ・ギャップの方へ出させてもらうことになり行ってきます。また日米障害者会議でほADAとか科学技術のセクションがあってその中で30分ほど話しをさせていただく予定です。向こうで何か収穫がありましたら、はがき通信の方へ報告させていただくつもりでおります。で、10月20日すぎにアメリカから帰って、今度は28日岐阜市内で太平洋電気通信会議というのがあるようで、どういうわけかこれへも知事さんからお話しをいただくことになっています。今年はいろんな方への企画でこれまでの自分の生活が180度変わるほどいろいろな経験をさせてもらって、ほんとうにうれしいと思っています。

あとはもう少し自分の体力的なものに自信が持てたらなと思うのですが、今いちちょっと心配なところがあって、今度のアメリカ10日間もみごとそこの中で他の人たちに迷惑をかけないでいけるかがちょっと心配です。

何かまとまりのない話しになってしまいましたが、ほんとうに申し訳ありません。手紙ではがき通信のお礼とか書くべきところをどうしても今の状態で体に無理がきそうなものですから、ほんとうに申し訳ありませんが、こんな変な声のたよりをさせていただきます。

1991年10月5日土曜日 Uでした。



呉市のHさんから報告書「快適環境をめざして」が贈呈される


拝啓。台風19号の猛烈な南風によって、潮水が次き込み、各地に塩害をもたらしましたが、樹木も例外ではなく、無残にも、変色して落ちた葉っぱが街路のあちこちに散らはっております。

さて、この度、私も会員になっております“呉車椅子九嶺クラブが≪快適環境をめざして≫と題して、会員が日常生活において考え実行している工夫を持ち寄り、−冊の本にしました。呉車椅子九嶺クラブは、主に胸腰髄の脊髄損傷者が中心になっているクラブですが、私のように頸損もおります。
まだまだ不備な所の多い本ですが、≪快適環境をめざして≫をお送りしますので、ご意見、ご批判がございましたらお知らせください。

10月18日 TH

(「快適環境をめざして」は住居編と身の回りの動作編からなり、実際の使用者がデータや写実を提供され、資料編もあります)




尿収器の電動弁:KKさん


尿収器の電動弁をご存知ありませんか?

現在、私の尿収器のタンクはいわゆるウィナール袋と呼ばれているものです。容量を施投内で500ccのもの、外出時にほ1000ccのものと使い分けています。
ところが肝心の尿捨ての一部が自立していないので、電動車イスで外出した時には1000ccでももたずネックになっています。

なんとか一人で用をたせる様にならないか考えています。
ウィナール袋の先端に弁を付けて電動車イスの電源で開閉させれば済むことですが・・・すでにアメリカでは開発されているとの話しも聞きます。どなたかご存知ありませんか。また自作され使っている方もいらっしゃるのでは。
弁ではなくプラスチック製の大型タンクを付け、そこに溜める様に工夫した車イスも見たことがあります。しかし走るたぴにポチャポチャと音がするようで躊躇しています。どなたか御存知の方がいたらお知らせください。




頸損の睡眠障害


11号の「睡眠中の金縛り」の記事中にある「身体的な障害による睡眠障害の研究」に近いものはある程度神奈川リハビリテーションセンターで研究されているはずです。現に私自身もその被験者だったのです。そこでその報告をしておきます。とは言っても、もう4−5年前のことで数値的にははっきりしません。目安として考えて下さい。

神奈川リハセンターでは隣接する更生ホームに入所中の頸損者7名ほど集め、目元や□元にセンサーを取り付けて、一晩中テープで睡眠中の記録をとったのです。

それによると私の結果は、当時はまったく気が付きませんでしたが頻発性の「無呼吸」だったのです。無呼吸といっても一晩中呼吸しないわけではありません(そんなことになれば死んでしまいます)。睡眠中にだんだん呼吸が浅くなり、最後には息をしなくなるのです。当然苦しくなる、そこで慌てて深呼吸をする。これが無呼吸だそうです。
しかも私の場合、一晩で30回以上も無呼吸が記録されたそうです。当然眠りもたいへん浅かったようです。
ただし無将吸は被験者全員にあったのではなく、正常な睡眠の人も2人(?)、10回程度の人も3人?、私と同じ頻度の人はもう一人だけだったと思います。その時の研究者の説明では「呼吸を忘れてそのままこの世とサヨナラすることはないので安心するように」とのことでした.

その後、呼吸器の検査をした時も肺活量を測定中に寝てしまい、無呼吸が記録された事もあります。数分間の内に呼吸量が徐々に減っていったのです。そこまでは訝己記録されたのですが、ぴっくりした検査員がわたしを起こしたために呼吸は元に戻ってしまい最後の深呼吸の部分はありませんでした。

さらに最近になって、何かぴっくりして目を覚ますようになりました。他に何と例えてよいか解らないのですが、シャックリの時のような、恐い目にあったような、息苦しいような、動悸が激しいような気分とでも言えます。これは今まで気づかなかった無呼吸を自覚してきたのだろうと考えています。あわてて深呼吸した際にこんな気分で目が覚めると思っています。

お便りにある「金縛り」とは、苦しくなってあわてて深呼吸をする際の感覚と関連しているのかも知れません。
参考になれば幸いです。1991/10/19




宮崎からMさんの通信


こんにちわみなさん。お変わりなくお過ごしでしょうか。残暑もようやく和らぎ活動しやすい季節となりました。九州一周駅伝も始まり昨日はわが家の前を毎年のことながら宮崎トップで通過していくため応援にも熱がはいります。これから冬のスポーツ観戦も楽しみです。

私は家で商売の手伝いをしているのですが、外で一度働いてみたいと考え就職活動を耽安の協力をえてやっていますが、なかなか難しいようです。特にトイレの問題はどこの職場もネックになっているみたいです。まだまだ身障者を雇用する側の理解を求めて行かなければ雇用率のアップほ望めないかもしれません。暫く頑張ってみようと思います。

11/7 KM



福岡からMさんの通信


季節も11月となり、秋も深く北国では雪の便りも聞かれる頃となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。私の家の周りや近くにある小さな丘や山も秋の色となり、日の暮れるのも早くなりました。
私の住む筑豊では先の2つの台風でかなりの被害がでました。幸い私の家は前庭にあるプレハブのガラスが一枚割れただけで済みました。向坊さんの所はアンテナと裏にあるトレーニングルームの窓粋がいくつかそっくり飛んだそうです。本人は大丈夫です。皆さんの所はどうでしたでしょうか。

これから日一日と寒くなってきます。お互い風邪を引かないよう、皆さんも気をつけて体を大切にお過ごしください。

11月19日 MM



TFさんの本「冥冥なる人間」完成


Fさんが受傷後の生活を綴った500枚近い原稿が十冊の本になりました。Fさんが数年がかりで口述筆記でまとめた原筒を松井が1年有余かけてワープロ原稿とし、それを向坊さんの紹介で韓国で印刷・製本し、とりあえず10数珊作成しました。

Fさんの本は研究者には高く評価されていますが、神経研の頸損職員は暗すぎると云います。いろいろな方の評価を添木さんがどう受けとめられるか、期待しています。




KSさんの米国再訪問


Sさんは、通信6号で紹介したトヨタ財団90年度研究助成で、9月30日から10月9日まで米国へ行かれ、21世紀に向けての自立生活カンファレンスに出席し、C2のプライアン・ホーガンさん(通信6号で紹介)を訪問し、呼吸介肋を必要とする高位頸髄損傷者の自立生活について詳細に聞き取り、ビデオや写真による貴重なデータを収集されました。

そのビデオをご覧になったせき損センター医用工学のKM氏が「人工呼吸を必要とする状態であれだけ話せるのはたいしたもの」と感嘆されていましたが、私も同感でした。実際の聞き取りは約3時間に及んだそうですが、ビデオも1時間余り、その間Sさんの質問に答えるホーガンさんの声は、多分マイクの関係もあると思いますが、Sさんよりも鮮明に聞くことができました。

自力呼吸の困難な高位頸損者は、日本では病院生活あるいは病院との密接な協力によって在宅生活をやっと可能にしている現状ですが、同じ障害であるホーガンさんが一人でアパート生活をする状況をビデオで再度くわしく見せていただくと、改めてその違いはどこから生じてくるのか、考えざるをえませんでした。

なお具体的な生活状況についてはSさんに報告していただくようお願いしてみます。




第26回日本パラプレジア医学会
−10月に東京で開催されました−


脊髄損傷の医学的に研究する学会であるパラプレジア医学会が、今年は東京で開催されました。この学会に参加していて毎年感じるのは、医師にとって関心のあるのは急性期のせき損であって、慢性期になると合併症や性械能の回復など特定の課題に限られ、この通信に寄せられるような発汗、睡眠、人工呼吸器など皆さんの生活に直結した報告は乏しいことです。
しかし今年はシンポジウム「リハビリ工学的アブローチ」と「損傷脊髄の械能回復性」がありましたので、期待して参加しました。

後半の「損傷脊髄の機能回復性」はタイトルのみで脊髄神経の再生が主題かと、早とちりをしてしまいましたが、実際は急性期の予後珍断が主題でした。

「リハビリ工学的アプローチ」は車椅子クッション、移動システム(自動車)、環境制御装置、住宅・日常生活用機器、介肋ロボットなどの報告がありましたが、工学関係の専門家が医師に最新のリハビリ工学を解説しているような印象が残り、この分野における医師の関心が今一つの段階ではないかと感じました。
しかしこのようなシンポジウムを通じて、少しづつでも皆さんの生活に関連した課題が取り上げられていくよう期待したいと思います。



あとがき


Fさん、Mさんのお便りでも今年の台風被害が触れられていますが、関東でも雨による影響が大きく、武蔵野線は一部未だに不通です。研究所から調査に出かけるときなどよく利用しますので、不便さを痛感しています。
伊東重度につづいて、日野療護園、清療護護園と見学させていただきましたので、次号でもその訪問記を報告する予定です。

今年も残すところ1ヶ月となりました。向坊さんは12月1日にフィリピンヘ向かわれるそうです.次号は92年1月下旬とします。皆さんのお便りをお待ちしています。

どうぞ良いお年をお迎え下さい。

松井



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