2014729():「W杯」を何と読む?

 81日から12日まで、札幌、名古屋、郡山、長岡へと講演旅行が続く。すべて日本各地の教育オーディオロジー研究協議会が主催する夏の研修会である。このところ講演で提示するスライド作成に余念がない。その中の一つに熊谷晋一郎先生などの「当事者研究」について紹介するスライドがある。今回は、今月16日に他界された山口利勝先生(萩市の至誠館大学教授)のお名前も加えてみた。パワーポイント作業をしながら、ふと彼とした昔の会話を思い出した。著書「中途失聴者と難聴者の世界」が2003年に出版されるよりもずっと前のことである。

 広島大学の教育学部が現在の東広島キャンパスに移転(1989年)し終わった後のある年の夏、聴覚障害学の集中講義を終え教室から出てくる私をいつものように山口さんが待ち構えていた。大学院生にしてはやや歳のいった山口さんは、奥様の運転する車の中で堰を切ったように様々な身の回りの出来事や研究テーマなど近況を話し出す。

 こんな話があった。新聞などで頻繁に「W杯」の文字が目につくようになり始めた時期である。これを山口さんは「ダブリューハイ」と読むものだと思っていたという。ある日、奥様との何気ない会話の中で初めて、「W杯」を世の中の人は当然のように「ワールドカップ」と発声しているのだということを知らされた。耳からの情報入力に制限があるため目からの情報に依存せざるを得ない聴覚障害者にとっては、一般の人が聞きおぼえて当たり前のように使っている言い回しに気が付かないことがある。このような口話の常識を奥様から指摘してもらえたことは有り難いことだ、と。当時はまだ「当事者研究」という用語や考え方がなかったと思うが、私はこの会話で、難聴の当事者が自らのことを研究していく領域があるのではないかと予感したことを覚えている。



2014720():逝去、「中途失聴者と難聴者の世界」の山口利勝先生

 山口利勝先生(第一福祉大学教授)が膵臓ガンを患い若くして逝かれた。葬儀が昨日行われたがお別れに駈けつけられなかった。今日的な研究テーマでいえば「中途失聴者の当事者研究」を20年前から始めたのが山口利勝さんであった。聴覚障害者のアイデンティティーを考える一つの視点を提示した業績は大きい。

 私が筑波技術短大の教授だった頃、広島大学で聴覚障害学の集中講義を毎年担当していた。ある年の夏、難聴が相当に進行してしまい、マツダ株式会社を辞めて広島大学の大学院生として人生の再出発に向かおうとしていた山口さんが、講義の終わるのを待って私に会いにきた。これが最初の出会いであった。卒業後もなかなか就職が難しく、私もいくつかの大学への推薦状を書くなどしたものである。

 『中途失聴者と難聴者の世界』(2003年、一橋出版)の原稿を書き進めているときは若干の助言をした。その著書が2004年第6回「損保ジャパン記念財団賞」を見事受賞された時は、私が推薦者代表として授賞式と授賞パーティーでお祝いのスピーチなどをした覚えがある。奥様も一緒に参列され、これまでの苦労と業績が認められた自信もあってか、山口利勝助教授の晴れ晴れとした笑顔が忘れられない。合掌。



2014712():加我君孝先生のコラム

 先日、ソニー・先端マテリアル研究所の志村重輔氏(東大先端研で博士号の学位をとられた)が私の研究室を訪ねてこられ、補聴器の未来像や夢などについて楽しく懇談した。その際に、加我先生のご著書に「新しい聴覚の医学」(加我君孝著、学術社)があり、とても参考になったとの話があった。昨年3月に既に出版されていたことを寡聞にして知らなかった。加我先生に所望の旨をお伝えすると直ぐに3冊もが送られてきた。なかなか入手できない希少な本で、加我先生のところでも残部が少ないとお聞きする。

 聴覚について関心のある私たちにとって大変わかりやすい内容である。加我先生が名誉センター長を務められている東京医療センター・臨床研究(感覚器)センターの最新の年報(Annual Report No.7)も恵贈していただいた。一般に大学や研究所の年報というのは事務報告的で味気ないものが多い。ところが加我先生が自ら編集されたこの報告書はちょっと趣が違う。読んでいて面白いのである。特にページの折々に挿入されている22の「コラム」は楽しく為になる内容だ。加我先生は「東大病院だより」の編集にも長く関わってこられたが、これもさすがに面白い。最新の第80号には「世界の医学と医師のルーツ、2500年前の医師ヒポクラテスを訪ねて」が載っている。私も「難しいことを易しく伝える」ことを重んじてきたつもりだが、加我先生の文章は正しくそうであると思う。



201474()NHK教育「バリバラ」で“聴覚過敏”

 障害者のバラエティー番組「バリバラ」(バリアフリー情報バラエティー、NHK教育)のテーマが「聴覚過敏で授業が聞けない」だったので観てみた。聴覚過敏の高校生が聴覚過敏であることを先生にうまく伝えられないという悩み相談に対して、脳性麻痺、多発性硬化症、義足アスリートなどの障害当事者が進行役の山本シュウとともに解決策を考える。聴覚過敏とは何なのかを周囲の人にどう説明するか、教室で先生の声が聞けるようにする方法はないかなどが、あまり脈絡なく話し合われていた。結局最後は番組スタジオで出演者たちが耳に装着しているモニター用イヤホンを使えばいいということになったのである。もしこのアイディアを実際に教室で実現するとなると、大がかりな放送用機器を運び入れなければならない、先生にマイクを持ってもらうなど様々な手順が必要になろう。この番組の出演者やディレクターの誰かが、難聴児が教室で使用しているFM補聴器のことを知っていたら良かったのにと考えさせられた。聴覚過敏の人への音環境管理やFM補聴器のフィッティングなどは、まさに教育オーディオロジーの関係者が相談支援できる領域である。









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