2013628():要約筆記者養成講座(川崎市聴覚障害者情報文化センター

それまであった「要約筆記奉仕員」の養成カリキュラム(52時間)に代わって、厚労省が「要約筆記者」の養成カリキュラム(84時間以上)を全国に通知したのは2年前である。「奉仕員」からより専門性の高い「者」に移るための調査検討会と指導者養成事業実施委員会の座長と委員長を務めたのは私だった。この度、川崎市が新カリキュラムによる初めての講座を開催することになり、川崎市聴覚障害者情報文化センターから初日の講義「聴覚障害の基礎知識」を依頼された。要約筆記者にとっては「耳のしくみ」よりも「難聴のきこえとその困難さ」や「聴覚障害の補償と情報の保障」についての理解が大事であると考え、2時間分のスライドと資料を準備した。



2013615():子どもの聴覚学習(「9歳の壁」と「親離れ・子離れ」)

JAPAN補聴器フォーラムのセミナー「子どもの聴覚学習-親と教師のための実践講座」はおかげさまで大盛況だった。参加者に脇中起余子先生(京都府立聾学校教諭、京都大学卒業、教育学博士)の著書『「9歳の壁」を越えるために』(20134月、北大路書房)をご紹介した。講演の中で私が引用したところは次の文章である。

●『日常会話がかなりスムーズにできる(生活言語の世界の中でうまくやれている)からもう大丈夫だなどと思わずに、「9歳の壁」をスムーズに越えられるかにまで気を配ってほしい。しかしその一方で、「9 -10歳あたりの年齢まで目を離さないでほしいということは、結果的に「親離れ・子離れ」ができない子を増やすのではないかという懸念も抱きます。 それで、「9歳の壁」もどうやら無事に乗り越えられたと思ったら、こんどはすみやかに「子どもの自立(親離れ・子離れ)を意識的に追及してほしい。狭い意味での学力や日本語の面で聴者並みであっても、社会性などの面でつまずきを持っている聴覚障害児・者は多いような印象を筆者は抱いているからです。そして、その「つまずき」は、学校より職場で露呈することが多いと感じているからです。』(P.173より)

●『筆者は、生後すぐに失聴し、京都府立聾学校幼稚部に入学しました。そして、大学入学後、聾教育や「9歳の壁」について考えるようになりました。最初は、自分が受けた教育(手話を否定する口話法)に疑問を持ち、「口話の限界と手話の効果」を強調しましたが、その後、口話を否定する手話法の考え方が現れ始めたので、現在は「手話の限界と口話の効果」を強調せざるを得ない心境です。・・・』(「はじめに」より)

●『補聴器や人工内耳の装用により日常会話がスムーズにできるので、もう大丈夫と思われ、結果的に「放っておかれる」状態になり、気がついたら、助詞などの微妙な日本語や小学校高学年以降の学力が確実に身についていなかった、という例が増えることを懸念しています。・・・』(「はじめに」より)



2013611():補聴器の未来図(JAPAN補聴器フォーラム)

JAPAN補聴器フォーラムが今週末に秋葉原で開催される。その中のイヴェントの一つ「補聴器の未来図作品展」では日本全国から応募のあった786点が展示される。受賞作品がホームページに紹介されている。http://www.jhf2013.net/ 選考委員会の委員長を務めた私の「講評」も載っているが、ここに再掲させていただく。

 20世紀の末頃、補聴器の形状が箱型から耳かけ型に代わっていったアメリカで、私に補聴器フィッティング理論を教えてくれたワシントン大学附属聾中央研究所(CID)のパスコ博士が「将来、補聴器はカラフルな装飾品のようになるであろう」と予言したのは1980年のことでした。当時は信じられない思いと同時に未来の補聴器の姿に夢を馳せたものでした。それが今では気に入った色や形を選ぶのは当たり前の時代となっています。補聴器にかかわる人々が描いた未来図が聴覚障害者の夢を実現させてきたのでした。

 聴覚に障害のある子どもたちは一生を通じて多様な機種の補聴器を何台も使い続けます。実は補聴器の「最多最長のユーザー」は聴覚障害児なのです。ですからこの子どもたちこそが補聴器の未来図を描くに最もふさわしく、彼らが描く夢のなかに補聴器がこれから発展すべき方向性が秘められています。

 補聴器が音声情報を補償してくれるだけでなく、多くの機能を付加し文字や画像などの視覚的手がかりを表示してくれる多機能型情報保障機器としての役割に期待する作品が多く見られたのも、子どもたちをとりまく今日の社会や文化を反映するものでした。補聴器のより快適な装着性やデザインを求める作品もあります。例えば指輪型補聴器。鼻の中や毛髪の中に着ける補聴器。飲みこむと働く補聴器。水中用補聴器などです。緊急情報や防犯に対応できる機能も求められています。相手の言ったことをもう一度話してくれる補聴器。英語翻訳できる補聴器。音楽がきれいに聞こえる補聴器など、学習上の希望を込めた作品もありました。子どもたちは補聴器の自己管理などで日頃気を使うことが多いのでしょう。電池交換不要の補聴器。夜光る補聴器。紛失しても自分で手元に戻ってきてくれる補聴器。聴力変化を監視してくれる補聴器。ハウリングを表示してくれる補聴器などです。さらに、補聴器に今までにない超能力を持たせることにより、子どもの願望を未来の補聴器に託すような発想も少なくありません。花と話せる補聴器。宇宙人と話せる補聴器。いじめっ子を撃退してくれる補聴器。好きな場所まで飛んで連れて行ってくれる補聴器などです。これら未来図のいくつかは既に開発が進み実現できつつあるものもあります。また今使っている自分の補聴器が好きだと表現した作品もありました。

 日本全国から786点の「補聴器の未来図」の応募がありました。いずれも補聴器の装用当事者ならではの体験にもとづく創造性のある作品でした。選考委員会では一つひとつの力作に見入りながら慎重に審査した結果、その中から特に優れた5作品に金賞を、1作品に審査員特別賞を、10作品に銀賞を、51作品に銅賞を授与することにいたしました。また学校賞には、数多くの作品制作に取り組まれた大阪府立生野聴覚支援学校が選ばれました。本フォーラム会場には応募された全ての作品を展示してあります。今回の「補聴器の未来図」から、幼児・児童・生徒の補聴器をめぐる日々の想いと補聴器への期待をお汲み取りいただき、ユニークな発想をご鑑賞いただければ幸いに存じます。



201366日(木):補聴器の日(特別講義:高齢難聴者)

江東区にある臨床福祉専門学校の言語聴覚学科1年次のカリキュラムには「成人聴覚障害」があり、そのなかには外部講師による特別講義「高齢難聴者」が組まれている。この授業を私が担当するよう依頼された。高齢難聴当事者である私自身の経験も含めて学生たちに聞いてもらおうと3時間の講義内容を準備した。偶然にも66日「補聴器の日」に当たる特別講義であるから、いつになく張り切って自宅を出た。もちろん私の補聴器装用体験論がメインであるから現在愛用の補聴器を学生たちに見せて驚かせたいという想いがある。講師控室で補聴器を取り出して装着しようと鞄を開けたが肝心の補聴器が見当たらない。しまった! 昨晩、普段は書斎の机に置いてある補聴器を忘れてはいけないと用意周到に玄関の小物ケースに置いてあったのだ。よりによって今日「補聴器の日」に補聴器を持ち忘れるとは。大講堂に集まった学生たちを前に「高齢難聴者は、たとえいくら優れた補聴器を持っていても、補聴器本体そのものの置き場所を忘れてしまったり、着け忘れたりすることがある、ということも知っておかなければならない。耳や補聴器といった部分だけを見るのではなく老人という人間全体を理解する言語聴覚士になってほしい」と、自分の失態をネタに老人学を語った次第である。



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