2013423日(火):全日聾研に初の「国際教育・国際交流分科会」

日本の聴覚障害教育が国際社会に仲間入りしたのは今から38年前、1975年(昭和50年)の「聴覚障害教育国際会議(ICED日本大会)」が始まりである。「第9回全日本聾教育研究大会」との共催で皇太子殿下のご臨席のもと帝国ホテルを借り切って盛大に開催された。聾学校の教員生活10年が過ぎたばかりの私も仙台から上京して参加し、この教育は世界を相手に進めていく遣り甲斐のある仕事なのだと興奮し決意を新たにしたものである。その後は全国の聾学校の校長先生や若手の教員等がツアーを組んで世界各国で開催される国際会議に積極的に出かけるようになり、筑波大学附属聾学校に事務局を置いた「国際会議国内委員会」が参加手続きや国際交流のお世話をした。

今から7年前、2006年(平成18年)には「第9回アジア太平洋地域聴覚障害問題会議(APCD日本大会)」が「第40回全日本聾教育研究大会(関東大会)」との共催で開催され、我が国の聴覚障害教育の国際化が全盛期を迎えるに至った。私が国際会議運営の責任を負う実行委員長だったので苦労も多かったが思い出深いものがある。更にその後、2010年の21回聴覚障害教育国際会議(ICEDバンクーバー大会)や昨年2012年の第11回アジア太平洋地域聴覚障害問題会議(APCDシンガポール大会)あたりからは、参加登録や渡航手続きなどは研究発表を希望する先生たちが自分で行うのが普通になり、「国際会議国内委員会」の存在意義が薄れるにつれその活動が休眠状態となっていた。しかし一方で、日本全体の国際教育・国際交流の実情や海外の聴覚障害教育の情報等を取りまとめるところがないという問題も生じている。

筑波大学附属聴覚特別支援学校(校長:原島恒夫教授)の副校長だった今井二郎先生の後任となった伊藤僚幸・副校長が私の研究室に訪ねてこられた折に、全日本聾教育研究大会の活性化と将来展望について助言を求められたことがある。私は「国際」をキーワードとした分科会の新設を提言した。いよいよ今年10月に開催される「第47回全日本聾教育研究大会(愛知大会)」において研究協議分科会「国際教育・国際交流」が開催される運びとなった。言い出しっぺの私が分科会助言者をお引き受けする。全国の多くの聾学校が国際交流の事業を独自に進めてきている。大学等の先生方も国際交流研究の成果を上げている。ぜひそれらの実績報告をしてほしいと願っている。研究発表申込は5月24日(金)まで受け付けている(愛知県立岡崎聾学校内全日聾研事務局宛て)。



2013420日(土):「東北教育オーディオロジー研究協議会」設立の準備

長年の念願だった「東北教育オーディオロジー研究協議会」の誕生が期待できそうだ。初めての設立準備委員会が来月5月11日(土)に仙台で開催されることになった。本研究会の会員である福島県立聾学校の飯塚和也先生にも当面のお膳立てを進めていただいている。記念すべき第1回準備委員会には私も応援に駆けつけることにしている。



2013410():言語聴覚士養成の授業

年間を通じて学生の授業を担当し単位を与えるという経験は、この10年間ずっとしないままでいた。一日で終わる講演や講義ばかりであった。聴覚障害教育や教育オーディオロジーについての私の想いを十分な時間をかけて後輩たちに伝えられる機会が欲しいと考えていた。この春から、言語聴覚士を養成するための大卒2年の専門学校の授業を担当することになった。7月までの2年次生への講義(障害児教育概論Ⅱ)は次のような内容を予定している。

. 障害児教育の源流(イタールのアベロンの野生児教育などを含め)
  . 障害のある子どもとその教育機関(特別支援教育の現状と課題などを含め)
  . 障害児教育の専門性(特別支援教育における教師の専門性の継承などを含め)
  . 障害児教育をめぐるバリアフリー・コンフリクト(障害学と当事者研究の動向などを含め)
  . 障害補償と情報保障(人工内耳による聴覚補償と手話による情報保障などを含め)
  . 特別支援教育とオーディオロジー(教育オーディオロジーと言語聴覚士の役割などを含め)
  . 聴覚障害児の育ち方・学び方・生き方(クリティカルパスの考え方などを含め)
  . 障害者のための高等教育(ギャローデット大学や筑波技術大学の創設経緯と展望などを含め)



201341():東大先端研のオーディオロジー

東大の研究者を紹介するホームページに「オーディオロジー」が載ったのは、4年前に私が客員教授になったときが初めてのことであったろう。私の専門分野を「オーディオロジー」とだけ言っても分からないであろうと考え、始めは「オーディオロジー(聴覚障害補償学)」とカッコ書きを加えていた。ようやく「オーディオロジー」だけでも通じるようになってきたところだった。この新年度になってホームページから私の名前と専門分野紹介がなくなった。客員教授の任期が満了し教授会総会のメンバーではなくなったからである。「オーディオロジー」が東大の広報資料等から消えるのは残念ではあるが、当分は特任研究員として先端研に勤めるので、引き続き「教育オーディオロジー」の灯は絶やさないようにしていきたい。







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