2013130():レジオン・ドヌール勲章

 レジオン・ドヌール勲章(シュヴァリエ)がフランス政府より山東昭子参議院議員に叙せられた。参議院日仏友好議員連盟の会長としての功労が認められたものである。山東議員が会長を務めている聴覚障害者教育福祉協会の関係者が麻布十番の小料理屋に参集し内輪の受賞祝賀会を催した。

 閉会の言葉を指名された私は、耳鼻咽喉科学と聴覚障害教育のパイオニアであるイタール(Jean-Marc-Gaspal Itard,1774-1838)も実はレジオン・ドヌール勲章を受けていたことを紹介した。ナポレオン・ボナパルトがこの勲章を創設した1802年には、イタールはちょうどパリ国立聾唖学校に引き取られた「アベロンの野生児」と生活を共にしながら彼の言語指導に奮闘する毎日であった。その後聾唖学校の子どもたちに対する聴能言語訓練の実践をもとに「聾唖者に聴力を与える方法について」(1807年)と「聾唖者に話しことばを与える方法について」(1808年)をフランス医学部会に報告したのである。なお、日本人のレジオン・ドヌール叙勲者には、作家の大江健三郎、映画監督の黒澤明、指揮者の小澤征爾、漫画家の池田理代子などがいる。



2013121 ()Japan補聴器フオーラム2013

 66日の「補聴器の日」にちなんで、秋葉原UDXを会場に615日から2日間「Japan補聴器フォーラム2013」が開催される。http://jhf2013.net/outline.html

 補聴器業関連3団体(日本補聴器販売協会、日本補聴器工業会、日本補聴器技能者教会)が中心となり厚労省や国民生活センターなどの後援を受けて内容を準備している。聴覚障害児が参加する「キッズ科学セミナー」や「補聴器未来図作品展」などのプログラムもある。「鎌田實医師の記念講演」の前座として、主催者(日本補聴器販売協会)から教育オーディオロジーの啓発のためにと2時間のコマを用意していただいた。私が「子どもの聴覚学習〜親と教師のための実践講座」(仮称)を企画担当することとなった。



 

2013116():水戸室内管弦楽団(公開レッスンinつくば)

 小澤征爾氏が音楽顧問・指揮者を務める水戸室内管弦楽団のメンバーは、ソリストやオーケストラの首席奏者として世界的な活躍をしている。4人のメンバー(ヴァイオリン:中村静香、クラリネット:四戸世紀、ホルン:ラデク・バボラーク、猶井正幸)を講師に迎え、つくば市のノバホールで「水戸室内管弦楽団メンバーによる公開レッスンinつくば」が開催された。土浦一高(弦楽合奏)、常総学院高(木管三重奏)、取手松陽高(ホルン四重奏)の高校生が有名な演奏家から直接に指導を受けるという贅沢な企画である。つくば市教育委員会も後援したので見学させてもらった。3日前の成人式では心の荒れた青年たちに落胆させられたばかりであったが、今日は自ら好きでたまらない課題や対象に向き合って頑張る高校生たちに接することができた。私の高校時代、東北大学を志望したのは東北大学オーケストラでホルンを奏したいというのが動機であった。東北大生になるためであれば学部はどこでもよかった。その時たまたま合格確率が高かった教育学部を受験したわけである。時代と世の中が変わっても決めた目標に熱中する若者の一途さには美しさがある。



2013113():つくば市の成人式

 つくば市で開催された成人式典の会場では、白の紋付袴羽織、黒い帽子とサングラス姿をした20名ほどの新成人集団が前方の席を占拠し騒ぎ出した。市長の祝辞の最中もヤジを飛ばす。ここでは荒れた成人式は過去のものではなかった。私は教育委員長として壇上の席に座りながら為すすべもなく情けない思いにとらわれた。彼らの保護者はどのような子育てをしてきたのであろうか。彼らの親自身もまた未だに社会不適応な問題を持つ市民なのだろうか。会場で手話通訳の情報保障を受けて参加した二十歳の聴覚障害青年たちはこの有様をどう観たのだろうか。



2013112 ():満71歳の「大吉」

 聾学校教師を続ける意欲も持てず、明日の授業指導案を書くよりも、雑誌「文学界」の新人賞を夢見るような文学青年だった20代最後の年頃。三島由紀夫自決のニュースに大きな衝撃をうけた私は、その後もだらだらと「でも・しか教師」を続けていた。聾・難聴児の教育にようやく本気で取り組む覚悟が定まったのは就職後10年を経てのことである。まさか満71歳の誕生日を迎える今日まで聴覚障害教育にかかわるようになるとは全く想像もしてなかった。
 これからも暫くは聞こえのバリアフリー進展やつくば市教育委員長としての職責を果たさなければならない。晩節を汚さぬ生き方をしようと神妙になり、急に思い立ってつくばエクスプレスに乗り浅草の浅草寺に妻と出かけた。筑波技術大の学長2期目に入る年にお参りに行って以来である。6年前のあの時は「凶」の御神籤を引いてしまうという苦い思い出がある。もう怖いものはないのだからと籤棒を振ると、出てきたのはなんと「大吉」。満足すべき誕生日であった。




201315():仕事始めの講義

 新年の仕事始めは東大教養部の授業で始まった。「システム科学特別講義Ⅷ・バリアフリー総論」の集中講義で、私の担当は「人工内耳とバリアフリー・コンフリクト」である。聴覚障害学に初めて触れる学生が対象なので、人工内耳の選択・非選択の主題にたどり着くまでの導入が大変だし大切だ。聞こえない耳を最新医療の力を借りてまで聞こえるようにしてもらう必要はないという聾者の生き方やろう文化の考え方が存在することを説明すると、皆が一様に驚く。手話の選択と非選択、補聴器から人工内耳への選択と非選択、耳や声を使う教育環境の選択と非選択などなど、聴覚障害児を持つ親であればだれもが遭遇する聴覚補償・情報保障のバリアフリー・コンフリクトがある。私が聴覚障害教育にかかわって50年になろうとしている。今週は満71歳の誕生日だ。残された活動時間は多くはない。今年一年は、東大の学生だけでなく全国の大学や専門学校で学ぶ前途有為な青年たちに対面し「聞こえのバリアフリー」について講義行脚して廻る機会を増やしたい。




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