2012728():次回のAPCD2016年ニュージーランドで

 第11回のAPCD(シンガポール大会)には、27の国・地域から400名が参加した。日本からの参加者は筑波大附属聴覚支援学校、筑波大障害学系、筑波技術大学、金沢大学、熊本大学からなど、20名弱だと思われるが正確にはつかめていない。今回の大会では国際交流国内委員会が参加者全体を把握し旅程や通訳をお世話することあえてしなかった。研究発表を希望するものが自分で手続きができる国際性を日本の研究者は身につけている時代だからである。

 残念ながらシンガポール大会の運営はやはり医療サイド中心のものとなった。日本やオーストラリア以外の国では、聴覚障害問題に関する国際会議を企画し運営するには、資金調達と運営プログラムの構築の面で、耳鼻科医の組織に頼らざるを得ない実情があり、今回の大会でも、主催のシンガポール大学と耳鼻咽喉科医が補聴器、人工内耳、医療機器関連企業をスポンサーにつけ、大会の事務局運営も会議運営会社に丸投げして進められていた。参加費が高額なことと耳鼻科医療の内容が濃いものなので、当然、聾学校や難聴学級、親の会などは部外者となってしまい、現地からの教育関係者の参加はほとんどなかった。

 次の大会は4年後の2016年にニュージーランドで開催されることが決定した。本来は3年ごとの開催ルールであるが、ちょうど2012年にはニュージーランドの聴覚障害教育全国大会(日本で言えば全日聾研と全難言研の大会)が開かれる予定なので、それに合わせて教育領域を強調した企画を構想している。私が2006年の大会実行委員長として第9APCD日本大会を運営したときは、全日本聾教育大会と共催で行うことを第一とした。APCDは本来、日本ろう話学校の故・大嶋功先生の提唱により教育と医療の連携を謳って設立されたものだからである。その意味でも次回のニュージーランド大会に期待したい。私も4年後のAPCDで新しい提案や研究発表ができるように元気でいたいと思う。



2012726()APCDシンガポールでの講演「日本にオーディオロジストはいるのか」

 シンガポールで開催の第11APCD(アジア太平洋地域聴覚障害国際会議)で私が招待講演を依頼されたセッションは、“Changing Perception: Role of Audiological Education”である。演題を”The status quo and the challenge of the Educational Audiology in Japan”とし、日本の教育オーディオロジー研究会が成立された理由と現状について述べた。日本人が外国の研究者から訊ねられて答えに窮する質問がある。日本にはオーディオロジーの学部がどの大学にいくつあるのか? オーディオロジスト養成のカリキュラムは? オーディオロジストの国家資格は? 日本にはオーディオロジストが何人いるのか? どの質問に対しても日本人は曖昧に答えてきた。だから外国の聴覚障害関係者は、日本の耳鼻科や聾学校・難聴学級にはどこにも当然オーディオロジストがいると思われている。日本の現状を説明するのはややこしいのだが、もう避けては通れない。日本の関係者からの誤解と批判があることも覚悟で以下の内容を話した。私と長く交流のあったオーストラリア、アメリカ、タイ、韓国、インドネシア、フィリピンの耳鼻科医やオーディオロジストが、講演を聴いて納得したと言ってくれた。本研究会の会員諸氏にも、やや長文だが和訳アブストラクトを紹介する。

 『日本には欧米のようなオーディオロジストの資格制度がなく、全国どの大学にもオーディオロジスト養成のための専門の学部が存在せず、したがってオーディオロジストと言う専門の職種はない。日本耳鼻咽喉科学会は専門医のなかに「補聴器相談医」の資格を与える制度を設けた。しかし、これは比較的楽に資格が取得できるので、全国に4000名以上もの補聴器相談医が生まれることになった。オーディオロジーの領域は他ならぬ耳鼻科医のものと考えている医学の世界では建前上は日本のClinical Audiologistは誰かと言えば、補聴器相談医ということになるであろう。しかし、補聴器相談医の大部分は聴覚補償カウンセリングや補聴器フィッティングができるほどのオーディオロジーの専門性はないのが実情である。それでは日本では誰が実際上オーディオロジストに代わる仕事をしているのかというと、1997年より国家資格の専門職として制定された「言語聴覚士」(Speech-Language-Hearing Therapistである。欧米ではAudiologist Speech Therapistはそれぞれ別の資格制度のもとに専門職として位置づけられているが、日本では両方を合わせた独自な資格制度が生まれた。もともと言語障害の医療の中でパラメディカルな立場で一定の役割を果たしてきた実績のあるSpeech-Language Therapistの組織が中心となって、コ・メディカルとしての位置づけを明確にしようとつくられた新しい資格制度である。それゆえに養成カリキュラムや国家試験の内容も、hearing よりもspeech-languageの方に偏りがあるという批判を免れない。現在Speech-Language-Hearing Therapistの有資格者数は2万人を越えているが、その内で聴覚に関わるものは他領域との兼任も含めて14%、つまり7人に1人以下という少なさである。大部分のSpeech-Language-Hearing Therapists は、医療機関において成人の患者を対象としたSpeech-Language Therapist(SLT)として働いており、日本の聾学校と難聴学級で学ぶ約8000名の聴覚障害児の現場でHearing Therapists(HT)として働くものはほとんどいない。こうした現状を変えていくために、1999年の近畿地区での設立にはじまり、2004年に全国組織として設立されたのが「日本教育オーディオロジー研究会」である。教育オーディオロジストとしての専門性の高い会員が500名以上いて、教育オーディオロジストのカリキュラムを作成し、質の高い専門家養成プログラムを実施している。全国9つの地域にある支部組織を通じて教育オーディオロジーの専門的な講習会を継続的に頻繁に開催し、聴覚障害児の補聴器・人工内耳の管理や聴覚活用教育のスキルの高いおよそ1200名の教員を育てた実績がある。現在では、補聴器相談医の会員が多い日本聴覚医学会と、教員が多い教育オーディオロジー研究会とが年1回の合同研究発表会「補聴研究会」を開催するなど、医療と教育の繋がりをいっそう深めようと努力している。』



2012725()APCDシンガポール大会に出発

18日(水)先端研教授会総会に出席、福島智教授との勉強会。19日(木)耳鳴相談(私自身の耳鳴克服の経験をふまえ患者さんにカウンセリング)。20日(金)産経新聞の取材対応(81日朝刊に掲載予定)。23日(月)横浜ろう特別支援学校専門研修。24日(火)つくば市教育委員会の定例委員会。そして本日の江戸川区特別支援学級担当教諭専門研修。いつものことだが、海外出張に出かける前になると殊更にスケジュールが詰まってしまい多忙になる。風邪はほぼ治ったが咳が続いている。

江戸川区の専門研修では「聴覚障害児の生理・病理」と「指導上の配慮」の2コマを担当した。午前930分から午後430分までの集中講義である。講義終了後、秋葉原駅の大型ロッカーに預けておいたスーツケースを取り出し羽田空港に移動した。夜中1130分出発の便まで時間があるので、国際線ターミナルビルの江戸小路にある居酒屋で熱燗の日本酒を飲みながら、明日のシンガポールで講演する英語パワーポイント資料を仕上げた。



2012717():教室の机椅子のノイズ低減策

かつてトライアングル教育部(現・トライアングル金山記念聴覚障害児教育財団)の教育相談幼児だった難聴児が在籍する所沢市の小学校を訪問した。FM補聴器の活用について保護者と学校から助言を求められ、小学4年生の理科と算数の授業を参観した。以前の学級担任はFMマイクをあまり積極的に使ってくれなかったが、新年度になり学級担任が代わり、新しくなった校長先生も難聴児のためになることがあれば出来るだけのことをしたいとのこと。さて実際に教室に入ってみて、パイプ椅子・机を動かす時に発するノイズの大きさに驚いた。特に、32名のクラスの子ども達が班別グループ編成に場所を変えるときなど、ほぼ全員が椅子に腰かけたまま机ごと移動している。いつもの当り前の行動だという。椅子から立ち上がって机を持ち上げて動かせば、もっとずっと静かになるはずである。テニスボールを脚に装着するという対策を講じる以前に考えなければならない音のマナーの問題である。FMマイクの基本的な使い方のほかに、ノイズの少ない教室環境の大切さを校長先生と学級担任にお話しした。なお、校長先生はテニスボール付き脚の対策は既に知っており、中古テニスボールを加工することによって生じるといわれる衛生上の問題を心配して対応に躊躇しておられた。テニスボール脚について、最近の動向はどうなのだろう。



2012713():高熱でダウン

脳性まひで手足が不自由ながら電動車いすに乗って診療にも携わる小児科医の熊谷晋一郎先生(東大先端研講師)は発達障害にも研究領域を広げている。先月から熊谷晋一郎先生と綾屋沙月さんと私とで聴覚過敏の研究を始めている。聴覚過敏を訴える人たちを先端研にお呼びしオーディオロジカルな諸検査を行っているところである。今日も何人かの検査予約が入っていたのだが、数日前からの咳が気になり休むことにした。昨夜は395分の高熱が続いたので、熊谷先生にメールすると「マイコプラズマ肺炎」が流行っているのでとの助言をいただいた。熱と不眠で朦朧となった状態で筑波技大の東西医学統合医療センターに駆け込み、私の主治医でもある平山暁教授に診てもらった。レントゲン胸部撮影をし、抗生物質を投与された。帰り道で筑波大学の岩崎洋一・前学長とバッタリお会いした。私と学長退任同期の仲間である。互いに年をとり昔のような元気はなくなったけど、もう少し頑張りましょうと近況などを立ち話した。

自宅で静養していると今後の仕事の進捗が心配になってしようがない。15日(日)は聴覚障害当事者により組織された「会話支援機器研究会」に出席予定。17日(火)は東所沢にある小学校に在籍する難聴児の授業参観と新担任との懇談。23日(月)は横浜市立ろう特別支援学校での教職員研修会。25日(水)は午前9時から午後4時半まで、江戸川区難聴学級担任専門研修会に。しかも、江戸川区での講義が終了するとその足で羽田空港に向かいシンガポールに出発する。翌日、シンガポールに到着するとすぐ、APCD(アジア太平洋地域聴覚障害国際会議)で「日本における教育オーディオロジーの現状と展望」の講演をしなければならない。英語のパワーポイント資料がまだ出来上がっていない。



201277():東北地区聾学校PTA連合会研修大会

東北地区聾学校PTA連合会(会長:真壁豊一)の研修大会が仙台の奥座敷・秋保温泉を会場に、宮城県立聴覚支援学校(校長:勝倉成紀)が主管で開催された。昨日の第1日目は分科会の助言役を、本日の第2日目は「聴覚障害教育をめぐる課題と展望‐聴覚補償と情報保障」の演題で講演した。東北6県から180名の参加者があった。来賓として参加された東北地区聾学校校長会の風晴豊貴会長(青森聾学校校長)と懇談の機会があり、懸案の「東北地区教育オーディオロジー研究協議会」の設立に向けてご協力いただけるようお願いをしたところである。東北地区の聾学校の校長先生のなかには教育オーディオロジー研究協議会の組織や活動をご存じない方もいらっしゃるようである。これから設立準備にあたる先生にはご苦労をおかけするが、先ずは全国各地区の教育オーディオロジー連絡協議会の組織・規約などの基本資料を取り揃え、この会がどのようなものなのか校長先生に理解していただくことから始めることだと思った。



201271():東京六大学合唱連盟定期演奏会

東京六大学OB合唱連盟の第7回定期演奏会を聴きに五反田ゆうぽうとホールに行った。団員として出演するつくば市立図書館の小泉光男館長が招待状を用意してくれたのであるが、かねてから補聴器を通して合唱の音はどのように聞こえるのか興味があったからでもある。東大アカデミカコール、慶応義塾ワグネル・ソサィエティー、早稲田大学グリークラブ、明治大学グリークラブ、法政大学アリオンコール、立教大学グリークラブの男声合唱OBがさすがに本格的な歌声を聴かせてくれた。裸耳と補聴器装用耳とで聴き比べてみたが、何十人もの大編成の音量の大きな音源だからなのか違いが感じられなかった。オペラのアリアなどは、意味のある音声としての特長が補聴されるが、大合唱となるとマルチトーカノイズのような音源に近くなるのであろうか・・などと、つい試聴実験の構えとなってしまい、せっかくのS席に座りながら音楽鑑賞にはならなかった次第である。






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