2012 328():出前講演と島根県の想い出

国内で暫く訪れていない県はどこだろうと考えたら、島根県がその一つだった。自分勝手に出前講演を企画してみようと考えていたところ、人工内耳装用児のオーディトリー・バーバル指導をすすめている「声援隊」も、ちょうど島根県で勉強会を計画しているというので、ボランティアで講師を引き受けることになった。島根県教育委員会と松江市教育委員会にも後援していただき、20数年振りに松江市を訪れた。「聴覚活用の教育をめぐる日本の変遷と、それぞれの時代に私が考えたこと」の演題で話した。

島根と言えば、すぐに想い出すのが「大石益男先生」である。今から28年前(1984年)に国立特殊教育総合研究所の聴覚言語障害教育研究部(研究部長:今井秀雄)の研究室長として、地方の学校現場の教員が二人揃って赴任した。当時としてはサプライズ人事であったと思う。私は宮城県から難聴教育研究室(通称、第2研)室長に、島根県からは大石益男先生が言語障害教育研究室(第4研)室長として横須賀久里浜の地に移動した。因みに、当時の聾教育研究室(第1研)の室長は菅原廣一先生、言語障害教育研究室(第3研)の室長は長澤泰子先生である。今井秀雄先生の下に働く4人の室長は、それぞれが互いに異なった個性的なスタイルと研究活動を展開したので、研究所内外でも面白おかしく様々なエピソードが語られたものである。特に大石先生の親分肌のユニークな剛毅さは皆から愛された。特総研に長く貢献された後、島根の大学教授として地元に戻られてから残念なことに急逝されてしまった。存命であったら日本の言語障害児教育に更に大きな影響を与えたであろうと誰もが惜しむ人物であった。

松江市内のホテルで新聞を読みながら朝食をとっていて、地元版に「島根大学の理事・副学長に肥後功一教授が」という記事が偶然にも目に入った。肥後先生は大石益男先生の研究室の若い研究員だった。愛弟子であった肥後先生が、大石先生の郷里の大学の要人となったというニュースに接することができたとは、何という縁であろう。



2012 320():トライアングル金山記念聴覚障害児教育財団の勉強会

「トライアングル金山記念聴覚障害児教育財団」が一般財団法人(理事長:児玉眞美)になって初めての勉強会が東大先端研で開催された。当面の勉強会のテーマは「難聴児の教室における聴覚補償・情報保障の環境」で、今回は私が講師として「FM補聴システムを活用するための基本」を保護者向けに話した。日本教育オーディオロジー研究会のホームページで一般公開されている「お役立ち啓発・研修資料」の中から、「日常の聞こえの活用度マップ」「教室のきこえの環境評価シート」「幼児児童用FM自己評価シート」「補聴器・人工内耳チェックシート」を参考資料として使わせていただいた。



2012 312():戦略研究「聴覚障害児の療育等により言語能力等の発達を確保する手法の研究」が終了

平成19年度から5年間にわたって進められてきた厚労省の「感覚器障害戦略研究」が今年度で終了することになり、私を含め5人の運営委員会のメンバーが公益財団法人テクノエイド協会に集まり研究成果の最終審査を行った。「聴覚障害児の療育等により言語能力等の発達を確保する手法の研究」は研究リーダーの福島邦博先生(岡山大学耳鼻咽喉・頭頸部外科)が文字通り優れたリーダーシップを発揮し研究成果がまとめられた。研究成果の一部が「聴覚障害児の日本語言語発達のために~ALADJINのすすめ~」として発刊されている。【申し込み:http://www.techno-aids.or.jp/aradjin120215.pdf

厚労省が主導したプロジェクトであるが、省庁等の枠を超え我が国の聴覚障害教育研究の歴史に残る業績だと思う。日本教育オーディオロジーの会員はもちろん聾・難聴教育に関わる全ての人に目を通してほしい内容である。「聴覚障害児の日本語言語発達のために~ALADJINのすすめ~」をテキストにした勉強会が各地で開かれることを期待したい。そこで当然起こるであろう異論や疑問も含め福島邦博先生が丁寧に答えてくれるはずである。



2012 39():つくば市立吾妻中学校の卒業式

昨日まで丸2日間、厚生労働省の障害者自立支援室の事業の関係で缶詰め状態の会議が続いた。さすがに疲労が重なり風邪気味なこともあって体を動かすのが億劫であった。つくば市教育委員会の教育委員長職務代理者という役目もあって、市立吾妻中学校の卒業式に列席した。つくば市長に代わって祝辞を代読したあと、私なりの餞のスピーチを添えた。

卒業式の進行には新鮮な感動があった。卒業生と在校生が中心となって企画されたプログラムは若者にこそできるセンスに溢れている。卒業生による「大地讃頌」の大合唱もよかった。そして「校歌斉唱」というのを、こんなに熱く歌う生徒たちがいることにも驚いた。なるほど、作詞・作曲が小澤俊夫(指揮者・小澤征爾の兄、元筑波大学副学長)であるから納得できる。校歌「青き理性に」の歌詞を紹介する。

一、 水平線をめざし 帆を膨らませた心は 近づいてはいつも離れても 諦めることはないのだろう

二、 愛という名のもとに 命育つこの星では 目に見える過去からの手紙が 未来を照らし続けるだろう 筑波嶺を遥か仰ぎ見る この純情を誰が知ろう まだ青き理性に強く立つ きれいな名前をつけよう

三、 ゆっくりと月が昇り 夜がこの町に降りても 涙は土深く流れては 花をいつか咲かせるのだろう 筑波嶺を遥か仰ぎ見る この純情に胸を張ろう まだ青き理性に強く立つ きれいな名前をつけよう きれいな名前をつけよう いつまでも憶えていよう



2012 36():「トライアングル金山記念財団」の難聴児の在籍する学校訪問

旧「聴覚障害児と共に歩む会 トライアングル」は、先月214日をもって一般財団法人「トライアングル金山記念聴覚障害児教育財団」の認可を受けた。私も役員の一人として新しい組織体制つくりと有為な事業構想に取り組んでいる。トライアングルの教育相談部門から巣立った難聴児が入学している学校を定期的に訪問している。今日は私立T学園附属小学校の1年生の学級を訪問し授業参観をした。初めて聴覚障害児を担任したN先生の熱意と努力により、高度難聴のH子さんは周囲に難聴を感じさせないほど学級適応し学力も伸長していた。4月からの人事異動であるいは担任が代わり、慣れ親しんだ級友メンバーも変わることがあるかもしれない。そうであってもH子さんと保護者はこれからも優しく強く生きていけると思う。



2012 35():障害理解の難しさ

昨日の埼玉県・耳の日の講演で、例によって「みる」と「きく」の漢字数の圧倒的な差にふれ「聴覚の障害が最も世の中に理解されにくい障害である」と話したあと、挨拶に来られた森浩一先生(国立障害者リハビリテーション研究所・感覚機能系障害研究部長)がコメントされた。「障害種別を問わず、他のどの障害領域でも自分たちの障害が理解されにくいと訴えている」と。本当にそうである。先端研のバリアフリー・プロジェクトのメンバーとして、聴覚に限らず多様な障害者の実情に接するようになって、遅まきながら私にも分かってきた。「バリアフリー・コンフリクト」(ある人にとって為になるはずの障害の軽減やその方策を推し進めると、他方の人々にとっては新たな障害となり、満足の不一致や葛藤・対立が生み出されることもある)についても洞察し、全体の中に広く聴覚の問題を位置づけていく必要があろう。それにしても聴覚の障害とはどのようなものなのか、いま聴覚補償や情報保障はどこまで可能なのか、ことあるごと一般に向け啓発しないわけにはいかない。



2012 34():埼玉県で軽度中等度難聴への補助事業開始

浦和市で開催された埼玉県の「耳の日のつどい」で、開会式の挨拶に立った障害者福祉推進課の課長さんがホット情報を披露された。埼玉県ではこの4月より障害者手帳のない軽度中等度難聴への補聴器購入補助の事業を正式に開始することになったという嬉しいニュースであった。



2012 33():補聴研究会

日本聴覚医学会総会と同時に毎年開催される補聴研究会の世話人会が都内で開催された。世話人代表は細井裕司教授(奈良県立医大)に代わって、今年度の学会(京都大学・101112日)から岡本牧人教授(北里大学)が就くことになった。教育領域は立入哉教授(愛媛大学)と私が世話人となっているが、座長や発表者の選定など実務は殆ど立入先生にお任せしている。来年秋の聴覚医学会(信州大学)で開催される補聴研究会のテーマは「両耳補聴」に決まった。






TOP


Home