2012 224():耳の日講演会

「耳の日」は日本耳鼻咽喉科学会が設立された翌年、昭和31年(1956年)に制定された。33日が近くなると毎年各地で耳や難聴についての講演会などが開催される。今年は埼玉県と日本耳鼻咽喉科学会埼玉県地方部会・埼玉県耳鼻咽喉科医会の主催による「耳の日記念のつどい」に招かれ、「グラハム・ベルとヘレン・ケラーと耳の日」の演題で講演する。埼玉県の耳の日行事は昭和46年から続けられ今年は第41回になる。



2012年 2月5():聴覚補償と音楽保障

関東教育オーディオロジー研究協議会の後援を得て開催した「東大先端研・聞こえのバリアフリーシンポジウム:人工内耳と音楽」には、150名近い参加者があった。【2012 113():会長日誌参照

私の総括講演「聴覚補償と音楽保障」では、チャイムについても触れた。音響検知性を重視するブザーやアラーム音にはメロディーがなくてもよい。一方、チャイムにはメロディーがあり、メッセージ性がある。地震を知らせる警報チャイムは、難聴者にも聞こえやすい音楽としてつくられた経緯がある。昨年の大震災やその後の余震でテレビから鳴った警報チャイムは、東大先端研で福祉工学の分野を先導された伊福部教授が、叔父にあたる作曲家・伊福部昭の影響を受けてつくられたものだ。興味のある方は『ゴジラ音楽と緊急地震速報』(監修:伊福部達、著:筒井信介)を参照されたい。

その他、「手話歌詞ソングは音楽か?」という刺激的な話もした。歌詞を手話に変えただけの、手話学習初心者やボランティアがよくする手話歌は、本当に聴覚障害者は音楽として喜んでくれているのだろうか。音楽から伝わる振動やイメージを色や絵に変えただけの音楽感覚代行表現は本当に音楽なのだろうか。そうした反省もあってか、最近はサイン・シンガーソングライターの渡辺りえこ氏のような活動も進んでいるようだ。 1980年の夏、セントルイスの野外オペラ劇場で初めて見た「ザ・ビーチボーイズ」の側で躍動する「手話バックダンサー」 が今でも忘れられない。大音響スピーカの増幅音と手話とダンスの振り付けが見事な手話音楽を創り出していた。

今回のシンポジウムの主旨について、プログラムに載せた一部ご紹介しておく。

●教育オーディオロジーの進展により、早期から補聴器を装用した聴覚障害児が彼らなりの聴野と聴能を駆使して音楽を聴取し、音楽のある生活を楽しむように成長することはよく知られています。一方、もともと音声の特徴にあわせて信号処理するようにつくられた人工内耳は音楽の聴取にも適うものなのか、聴覚障害教育に関わる者は誰しも素朴な疑問をもっていました。しかし、人工内耳の装用者のニーズは言葉に限らず音楽の聴取にまで広がりつつあります。

① 先ず、こうした当事者の期待にこたえるために人工内耳メーカーが進めている音楽対応人工内耳開発の現状と展望を知っておく必要があります。② また、補聴器や人工内耳を活用する難聴児・者の音楽教育にかかわってきた多くの専門家がいます。これらの貴重な実践から得られた知見を共有する必要があります。③ あわせて、人工内耳を通して音楽を享受する難聴当事者(親を含め)の経験を聞く必要があります。④ そして、音楽と言葉と脳の関係を探る研究者の最新の情報を参考に、聾・難聴にとっての音楽の意義と可能性を思考する必要があります。

●我が国の聴覚障害者への支援は、「障害補償」の時代から「情報保障」の時代へと段階を経て進展してきました。一昔前に比べ聴覚補償の科学技術がはるかに進歩した今、次には「言語情報の保障」に加え「音楽の保障」を促す環境改善に向かうのは決して贅沢な望みではありません。補聴器や人工内耳を適用することの意味が、単に音声がよく聞き取れるようになりコミュニケーションに役立からだと狭くとらえられがちですが、人間にとっての聴覚の大事な意味には、たとえ「音声(話し言葉)」の聞き分けには役立たなくとも、「音(環境音・音楽など)」が聞こえることにより生活の空間や感性に広がりを見せるという側面があることを見失いたくないものです。






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