20121026():認定補聴器技能者養成事業

 現在、1940名の認定補聴器技能者が登録されている。認定補聴器技能者になるためには4段階の養成課程を経る必要がある。初年度の第Ⅰ期養成課程から4年度目の第Ⅳ期養成課程までの道筋を修了し、その後に公益財団法人テクノエイド協会が行う認定補聴器技能者試験に合格しなければならない。
https://www3.techno-aids.or.jp/html/pdf/nagare.pdf

第Ⅱ期養成課程集合講習は今週月曜日から始まり、本日最終日の講義「青年・成人の聴能訓練」を担当した。午前9時から午後645分までの集中講義を毎日受ける志願者は大変である。私の講義の後は杉内智子先生(関東労災病院耳鼻咽喉科)による症例検討が続き最後に試験がある。この試験にパスしなければ次の第Ⅲ期養成課程(補聴器フィッティング等の実技実習)に進めない。今日の合格者の中から、将来は日本教育オーディオロジー研究会の会員にもなり子どもの聴覚補償に取り組む専門家が育ってほしい。



20121023():聴覚過敏の研究(文科省科研:新学術領域)

 文科省の科研費研究・新学術領域研究に「構成論的発達科学-胎児からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解」が採択された。全体の研究構想を公開するキックオフシンポジウムが東大の武田先端知ビルで開催された。今年度から平成28年度までの5年間にわたる大型研究プロジェクト(予算額:約11億円)である。領域代表は国吉康夫先生(東大・情報理工学系教授)が務め、医学、発達心理学、認知科学、当事者研究などの計画研究班が領域を越えて発達障害研究に迫る。そのなかの「当事者研究班」(代表:東大先端研・熊谷晋一郎講師、班研究テーマ:当事者研究による発達障害原理の内部観測理論構築とその治療的意義)が、聴覚過敏をとりあげ新しい視点から研究を始める。私も連携研究者としてこの研究グループのメンバーに加わっている。研究終了予定の平成293月には私は76歳になっている計算だ。そんな歳まで頭脳も体力も持ちこたえられるか心配だ。この領域にも教育オーディオロジーの仲間から後継者が育つことを願っている。



20121013():きっともっとずっと聴こう(京都)

 聴覚障害児教育を考える講演会とワークショップ「きっともっとずっと聴こう!4」(主催:声援隊)が京都祇園甲部歌舞練場で2日間にわたり開催された。歴史的な建物である歌舞練場を勉強会の会場として借用できるだけでも希なことなのに、芸妓さん舞妓さんの舞も披露され、門川大作・京都市長がわざわざ出かけて来られ開会の挨拶をされたのには驚いた。
  ファミリー向け分科会の講師には、脇中起余子先生(京都府立聾学校高等部教諭)と諸頭三郎先生(神戸市立医療センター中央市民病院耳鼻咽喉科言語聴覚士)をお招きした。聾教育と医療との両方の実践をあわせて理解してほしいと願い私が座長を務めた。脇中先生には「9歳の壁:生活言語から学習言語へ」、諸頭先生には「難聴児のことばの発達とその獲得-さりげなく、豊かに」の演題でお話しいただいた。



20121012():日本聴覚医学会、補聴研究会(京都)

 57回日本聴覚医学会(会長:京都大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科 伊藤寿一教授)の総会・学術講演会が国立京都国際会館で開催された。私が座長を務めた第26群(療育2)はもちろんのこと、全部で42群ある研究発表の大半は人工内耳に関する演題で、しかも人工内耳装用児と聾・難聴教育の関係についての質疑応答が際立って多かった。聴覚障害教育の現場の教師の参加がほとんどない会場で、聾教育の在り方について耳鼻科医や言語聴覚士が熱心に議論している光景に、聾・難聴教育はこれでいいのだろうかと考えさせられる。関係する研究発表の概要について教育オーディオロジー研究会が労をとり、聾学校や難聴学級に情報提供し、教師や親に知ってもらう必要のあることの内容を紹介し研修会などの参考資料として扱えるような教育現場支援活動を行ってみてはどうだろうか。

 学会終了後に開催されるのが恒例となり今回第35回目となる「補聴研究会」(代表世話人:北里大学耳鼻咽喉科 岡本牧人教授)では、立入哉先生の座長のもと尾崎厚典先生(兵庫県立こばと聴覚特別支援学校)が「乳幼児期の補聴器・人工内耳の装着方法」の演題で講演された。これもぜひ教育現場に届けたい内容である。



2012106():今井秀雄先生を訪問

 今井秀雄先生が東武東上線の沿線の町にある高齢者医療介護の付いたホームに移られたのは今春のことであったが、一緒に入居された奥さまが7月に亡くなられた。寂しい思いをされている先生を少しでもお慰めできればと吉野公喜先生(筑波大学名誉教授、元東日本国際大学学長)と一緒に恩師を訪ねた。今井先生は手足の機能が衰え、車椅子を使用され、ペンを持って手紙を書いたりパソコンのキーボードを操作するなどは難しいようであるが、体調はよく食欲もおありである。 前もってご長男の今井顕氏(国立音楽大学大学院教授)に食事の制限などがないのかお聞きしすると、施設の毎日の食事は淡白なので鰻やスキ焼きなど“娑婆の味”を懐かしがっていますと言われ驚いた。先生の健啖ぶりは昔と変わりないと考え、池袋のデパートに予約しておいた今半のすき焼き弁当(特総研で私が今井先生の部下であった頃、浅草の今半本店の座敷でご馳走になった想い出がある)を持参した。施設には談話室を用意してもらい私たち三人は缶ビールで乾杯した。今井先生はお弁当を半分ほど残されたがビールはゆっくり一缶を美味しそうに空けられた。先生の薫陶を受けて育った何人もの人たちについての話題が尽きず、3時間近く談笑した。次回は希望者を募って「今井先生を囲む会」を企画しましょうかと吉野先生と提案してみると、今井先生は嬉しそうにその計画に期待されていた。



2012105():言語聴覚士養成の専門学校を見学

日本には諸外国のようなオーディオロジストの資格制度がない代わりに言語聴覚士がその領域を担っている。かねてより聴覚領域にも強く、オーディオロジー分野にも活躍できる言語聴覚士はどのように育つのか関心を持っていた。特に、専門学校に実学の進路を求め言語聴覚士の資格取得を目指そうとする青年たちの実態を知りたかった。目白大学の富澤晃文先生に見学先を相談したところ都内にある「臨床福祉専門学校」をご紹介いただいき、私にとって初めての専門学校訪問となった。臨床福祉専門学校の言語聴覚療法学科を運営してこられ現在は副校長の内藤明先生に、大卒後2年課程の1年次の授業を丁寧に案内いただいた。大半の学生が学費等を親の仕送りに依存せず、社会人として働き蓄えたお金で自ら決心して入学してきたという。授業に臨む姿勢が一般大学の学生と明らかに違って真剣だ。このクラスから聴覚障害問題に取り組む臨床家が一人でも多く育つことを願った。



2012103():明晴学園を訪問

学校法人明晴学園を初めて訪問した。東大先端研の福島智教授と児玉眞美先生も同行し、幼稚部、小学部、中学部の手話による授業を参観した。校長の斉藤道雄先生に案内いただき、懇談の時間も設けていただくことができた。人と人とのつながりというものは、互いに直接会い誠意をもって自らを表現することから始まる。主義主張は異なっても斉藤校長先生の聴覚障害児への真の想いと道を拓く人としての魅力も私には理解できる。実は、前もって学校公開に参加申し込みをしたとき、参観者に私の名前があるのを知って明晴学園の先生の中には眉をひそめる先生がいたのだが、と斉藤校長先生は打ち明けてくれた。



2012101():第2の定年延長

東大先端研の客員教授の任期は最長3年までと決められていて、私の勤めも9月末で満了となった。さて、東大の教授の定年は60歳であるが、それを越えて引き続き研究者として籍を置くには、外部資金(科学研究費や企業などの寄付講座など)による「特任教授」のポストが充てられることが多い。しかしいつまでも勤められるわけではなく、全て満70歳までという人事上の条件が非常勤の教員や客員教授にも当てはめられる。私は客員教授として満3年が過ぎ、同時に年齢も70歳も過ぎたので完全に「第2の定年」の条件が揃ったわけである。退任する覚悟でいたところ、101日付で「特任研究員」として採用されることとなった。特例的に先端研に籍を置かせてもらえることになった理由には、今年度新たに文科省の科研費に採択された2件の研究プロジェクトがある。一つは「聴覚障害児の教育経路とクリティカルパス解析研究」(代表:福島智)、もう一つは「聴覚過敏の当事者研究」(代表:熊谷晋一郎)、そのどちらにも私が研究分担者と連携研究者としてメンバーに加わっている。有り難いことに私の「聞こえのバリアフリー研究室」も今まで通り使わせてもらえる。



TOP


Home