2011927():聴覚障害児が入学した私立小学校の授業参観

私立T学園の小学部に入学したHさんの教室を訪問し国語の授業を参観した。聴覚障害児と共に歩む会・トライアングルの代表・児玉眞美先生と幼児期から補聴相談を続けてきたお子さんの一人である。新入生の一歩を踏み出したこの春は、本人はもちろん担任のN先生も親も私も、正直なところ期待よりも不安の方が勝っていたと思う。今日のHさんのクラスにとけこんだ生活と学習態度を見てとても安心できた。教室の中を飛び交う先生と子どもたちの音声もよくHさんの耳に届いている。先生のFMマイクの操作も熟達していた。児童が下校した後の第2回目のカンファレンスは、担任のN先生と認定補聴器技能者のS氏と母親と私とで協議が進められた。難聴児を初めて担当されたN先生は、何か問題があると何でも耳のせいだとは考えないで、音声情報が伝わっていないことから起きた事とそうとは限らない問題とをきちんと見分けてHさんを既に理解されている。さすが学校の先生だと感心したものである。



2011923():弘前で日本特殊教育学会

49回日本特殊教育学会が弘前大学で開催された。午前中は学会誌「特殊教育学研究」の編集委員会に出席し、午後は自主シンポジウム「聴覚障害児の言語力-感覚器障害戦略研究からの報告-」の指定討論者を務めた。企画者は国末和也先生(大阪河﨑リハビリテーション大学言語聴覚学専攻)、司会者は須藤正彦先生(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター)であった。

研究報告の内容については「感覚器障害戦略研究聴覚障害児の療育等により言語能力等の発達を確保する手法の研究」を進めている岡山大学耳鼻咽喉科の福島邦博先生や笠井紀夫先生からも改めて発表されるであろうから、今回の話題提供者のみをご紹介する。

1)藤本裕人(国立特別支援教育総合研究所)「研究の概要」

2)国末和也(大阪河﨑リハビリテーション大学言語聴覚学専攻)「聴覚障害児の学力について-教研式標準学力検査(CRT-)からの考察-」

3)武居渡(金沢大学人間社会研究域学校教育系)「手話使用から見た聴覚障害児の言語力」

4)濵田豊彦(東京学芸大学教育学部特別支援科学講座)「保護者の養育態度からみた言語発達」



2011916():バリアフリー・コンフリクト(要約筆記者指導者養成講座でのスピーチ)

「要約筆記者」を指導するための指導者養成講習(主催:社会福祉法人聴力障害者情報文化センター)が、先週の東日本会場に引き続き西日本会場(大阪天満研修センター)でも開催された。開会式のスピーチで「バリアフリー・コンフリクト」についても触れたので一部を紹介する。

●要約筆記者指導者養成事業委員会は、今年の1月に「要約筆記者養成のカリキュラム案」を作成し厚労省に報告しました。そしてこの3月には厚労省から全国に向けて新たに「要約筆記者養成のカリキュラム」が正式に通知されました。この「新しいカリキュラム」に準拠して、一日でも早く、各都道府県等で要約筆記者の養成を担う方々にお集まりいただきたいと願っておりました。予定よりだいぶ遅れての開催となってしまったこと先ずお詫び申し上げます。日本で「要約筆記奉仕員」の養成が開始されたのは昭和56年、1981年でした。今からちょうど30年前のことです。これまでの要約筆記「奉仕員」の時代から更に専門性の高い「要約筆記者」へと発展するための、正に今日が幕開けの勉強会となる日です。

●今日お集まりの受講生の皆様は聴覚障害者の問題にかかわってこられた専門家であります。私も聴覚障害者の聴覚補償に関わってきた専門家の一人です。専門家を任じて長く一つの領域で仕事を続けていると、知らず知らずのうちに現状維持に安住してしまうきらいがあります。私自身もそうでした。補聴器や人工内耳を活用した聴覚補償を進める仕事に熱中していると、自分の専門性に自信を持ちすぎて、考えがせまくなり、自己中心的となり、他の方法や考え方を受け入れにくくなってしまうという時期がありました。私の場合、「耳」の辺りのことばかりが気になり、その人全体を見なくなってしまったのです。これではいけないと思い直し、私の専門の「聴覚補償」だけではなく「情報保障」の勉強や実践にも努めるようになったわけです。聴覚障害者を取り巻く環境、コミュニケーション手段の違い、手話通訳と要約筆記、日本手話と日本語対応手話の関係など、補聴器や人工内耳の外にある問題にも目を向けるようになりました。

●新しい要約筆記者は、人と人とのコミュニケーションの場に介入・介在する仕事として、対人援助・調整の専門家としての観点が必要になります。そして、聴覚障害者の権利を要約筆記と言う方法でその擁護に尽くすという社会福祉の専門職としての自覚が求められてきます。これまでの「要約筆記奉仕員」と新しい「要約筆記者」はどこが違うのかなど、本日最初の講義を担当される高岡正講師(全日本難聴者・中途失聴者団体連合会理事長)が解説いたします。

●ところで、様々な障害者が抱えている問題を解決するために、バリアフリーのために、様々な方法で専門家がアプローチしようとしています。ところが皮肉なことに専門家同士の中にもバリアーが生まれ、障害を持った当事者が置き去りにされるという問題が起きることがあります。バリアフリーの対立、葛藤です。これを「バリアフリー・コンフリクト」と呼んで、東大先端研のバリアフリー・プロジェクトも研究に取り組んでいます。

●視覚障害者に良かれと思うバリアフリーと聴覚障害者に良かれと思うバリアフリーを同時に推し進めていこうとすると、バリアフリーの対立、矛盾、葛藤、コンフリクトがおこり、肝心の解決策が見いだせなくなることがあります。例えば、ろう文化と人工内耳の普及の関係もそうでしょう。手話一つをとってもコンフリクトが生じます。日本手話と日本語対応手話の葛藤です。私たちがこれから始めようとする要約筆記についても専門性が高くなるとともに、方法論の違いなどにより新たな内部対立、「内なるバリア・コンフリクト」が現れるかもしれません。誰のための要約筆記なのか目的を見失うようなことも起こり得ます。

●こうした問題を解くカギは、一つの専門性にだけ固執せず広く学ぼうとする姿勢です。新しい要約筆記者養成カリキュラムはそうしたことにも配慮されております。テキストも同様です。本日皆様のお手元にあるテキストは「指導者のためのテキスト」です。残念ながら「要約筆記者養成」のための統一的な教科書はまだ出来上がっておりません。しかしこれまでの実践から優れたテキスト資料や参考資料もつくられています。このような実績を活用するとともに、本当の教科書と受講者に合った指導案を作り上げていくのも、講師の先生や指導者となる皆さんの大事な仕事です。新しい要約筆記者の仕事と役割りが、更に質の高い専門職として位置づけられるように、11月までの9日間の受講は大変ですが、大いに期待しております。



201198():体験的聴能論「鈴木・大沼対談記録」の始まり

鈴木克美先生(東海大学名誉教授)」は「みみより会」の元会長で、会誌の創刊期(昭和30年)から関わった日本の難聴者運動のリーダーのお一人である。海洋動物・魚類生態学・魚類生活史学などを専門とする農学博士で、77歳になった現在も水族館学という新しい科学領域を牽引されている。私が敬愛する人物の一人である。2003年、鈴木先生は69歳の年(現在の私の年齢と同じとき)に人工内耳装用者となった。私が初めに人工内耳手術を薦めたのであった。その後、鈴木先生の聴能の発達は目覚ましく、会うごとに私と氏との会話は楽しく深くなっていった。数年前、筑波技術大学の学長室に先生が寄られたときの対話の中から「体験的聴能論」というキーワードが生まれたのである。何度となく対談を重ね、お別れするたび互いに「あー、今日もいい話が聞けた・話せた」と満足する。

最近になってこれらの内容を記録しておけばよかったと思うようになった。そこで今回から専属の記録者に同席してもらうことにした。横浜ラポール聴覚障害者 情報提供施設の古川鈴子・相談員が快く引き受けてくれた。今のところ対談記録集を出版しようとか誰かに読んでもらおうとかいう計画があるわけではない。ただ我々の「体験的聴能論」の備忘録としたいだけである。しかし、いずれ私も鈴木先生も今のようには活動できなくなり、世の中から忘れ去られた頃、あるいは何かの参考になるかもしれないという思いはある。

70歳を過ぎてからの鈴木先生の聴覚世界は老化に逆順して益々よくなっていく。反対に70歳に近づいてきた私の耳は次第に遠くなっていく。だからこの二人の対話は面白い。

【鈴木】「昨年の今頃は古木に囲まれているこの研究室の窓の外から蝉の鳴き声がうるさいくらいでしたね。今年は鳴きませんね。随分と静かですね。若いころと違って今では蝉の種類によるいくつかの鳴き声の違いまで分かるんですよ。人工内耳のお陰ですね。」

【大沼】「蝉が鳴かないのは素人考えで地震の影響かと思ったのですが、鈴木先生は先日そうではない、気候の変化に原因があるようだと言われましたね。ところでこの頃、蝉の声が私の耳鳴りの音に似ていて、今聞こえているのは、本当はどちらなのか弁別できないことがあるのですよ。また聴覚が衰えたのですかね。」

【鈴木】「それは疲れすぎですよ。働きすぎないように注意しなきゃ。寝しなに耳鳴りで困るようだったら、少し酒を飲んでぐっすり寝るようにしたらどうですか。」

【大沼】「私は外ではよく飲むのですが、家で晩酌をすることはないのですよ。ではそうしてみますか。でも、私にはもう、シーンと静かな無音の状態というものは体験できないと思うと・・・」

【鈴木】「私も昔は耳鳴りに悩まされていたのですが、人工内耳の耳になってからは解放されましたよ。音があるときと無音の時の静まった“間”を初めて体験した時は感激でしたね。」



201191():要約筆記者指導者養成講習会

我が国で「要約筆記奉仕員」の養成が開始されたのは昭和56(1981)のことである。30年が経過した。その後、平成18(2006)に施行された「障害者自立支援法」により、市町村地域生活支援事業のコミュニケーション必須事業として「要約筆記者」の派遣事業が定められたが、現状では「要約筆記奉仕員」しか養成されていないことから「奉仕員」が派遣されている。平成21(2009)度の裁判員制度の発足や障害者の権利擁護など社会の進展に伴って、要約筆記従事者についても高い専門性を持つ人材の確保が益々求められている。これまで地域における中途失聴者や難聴者の支援を担ってきた「奉仕員」には補習研修等によって「要約筆記者」に移行できる仕組みが検討されることになるが、これとは別立てに新たな専門的担い手の養成を国の委託事業として社会福祉法人聴力障害者情報文化センターが実施することになった。

先ずは「要約筆記者を養成する指導者、を養成するための講習会」が、9月から11月にかけて計9日間、全国2か所に分けて開催される。今年3月に都道府県に通知された「厚生労働省要約筆記者養成カリキュラム」の原案を作成した「要約筆記養成検討委員会及び要約筆記者指導者養成事業委員会」の座長を私が務めたので感慨深いものがある。東日本会場(99日:埼玉県県民活動総合センター)と西日本会場(916日:大阪天満研修センター)で行われる初日の開会式で、日本に新しい要約筆記者が生まれる幕開けの挨拶をする予定である。






TOP


Home