2011819():仙台にて

今年の夏は8月から10月中旬まで講演や講義で出張する予定がほとんど入っておらず、東大の研究室とつくばの自宅にいることが多い。それでのんびりして居られるかと言うとそうでもない。いくつかの締め切り原稿に追われている。一つ脱稿したので、頭を切り替えようと思い切って仙台まで長距離ドライブに出かけた。

昨日は、被災した仙台空港の周辺がその後どのような状態か見て回った。一見すると思った以上に道路や土地が片付いていたが、よく視ると所々にこんもりした緑の小山がある。瓦礫や流された無数の車が積み重ねられてできた山に雑草が覆って古墳跡のようになっているのである。

仙台の街中は震災後であることを感じさせないほど普段通りの賑わいである。プロ野球の有名選手たちが滞在するという37階建のウェスティンホテル仙台に入ってみた。地元の魚料理を出す和食レストランで遅めの昼食をとっていると地震に遭遇した。突然の強い縦揺れに続いて大きく横に揺れ始め、地震警報が鳴り響く。フロアーの客は皆あの大地震を想い返し不安の声を上げた。店主が「震度5弱という情報です。3月の大地震でも焼酎瓶が一本落ちて割れただけでしたから、ここは大丈夫です。」と安心させる。最新の高層ビルは免震構造になっていた。



201188():静岡で関東教育オーディオロジー研究協議会

関東教育オーディオロジー研究協議会(会長:根本友己・東京都立葛飾ろう学校長)の第9回総会・夏季講習会が静岡市で開催された。「教育オーディオロジーの展望」の演題で一日目の全体講演を担当するよう事務局より富澤晃文先生(目白大学保健医療学部)を通じて依頼があり、私が考える(将来への期待も込めた)10余りの「展望」について話した。その中の一つに「聴覚障害当事者(本人や親)が聴覚補償の専門家(オーディオロジストや補聴器技能者)になるであろう」を挙げた。例えば、インディアナ州のPurdue大学に留学しAudiologyを専攻している聴覚障害当事者の西川愛理さんなどである。現在一時帰国し、東北の被災地の聴覚障害児への支援活動を精力的に続けている西川さんを静岡の会場に案内し研修会の参加者にも紹介した。彼女は夕刻からの懇親会にも参加し、浜松聾学校の谷脇葉子校長先生など多くの聴覚障害に関わる関係者とともに、会食の騒音下であっても熱心に情報交換をしていたようだ。私といえば、せっかくの静岡だから名産の鰻を食したかったと心残りに夜の新幹線に飛び乗り、東京駅発つくば行きの最終バスで帰宅した次第である。



201184():宮城県の教員専門研修支援の実施

日本教育オーディオロジー研究会の被災地支援事業一つとして、研修会への支援が行われている。宮城県特別支援教育研究会聴覚専門部(部会長:宮城県立聴覚支援学校・勝倉成紀校長)からの要請を受けて仙台入りした。宮城校の会場に県内の聾・難聴教育に携わる教職員が100人近く参集し、私の講演「聴覚障害教育の専門性を向上させるには-聴覚補償の観点から」を聴いていただいた。講演後の質疑や個別指導では「人工内耳の両耳装用」や「人工内耳の再埋め込み」などの課題に直面した現場の教員の相談を受けた。日本教育オーディオロジー研究会の傘下で唯一ブロックの研究組織の設立が遅れていた「東北教育オーディオロジー研究協議会」は、残念なことに今回の震災で更に準備中断に追い込まれてしまった。聴覚障害教育の専門性の保障が絶えないように、今後も支援していきたい。今月23日には宮城への研修支援の第2弾として附属校の両角五十夫先生が仙台入りする予定である。





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