2011年7月27():復興への提言~悲惨のなかの希望~

Towards ReconstructionHope beyond the Disaster

東大先端研の教授会は毎月2回水曜日に開催される。このところ学外の会議や出張とバッティングし欠席が続いていたが、久しぶりに出席した。背中合わせの席にいる御厨貴(みくりやたかし)教授も欠席することが多かったが、その理由は東日本大震災復興構想会議(議長:五百旗頭 真 防衛大学校長)の議長代理としての重要用務に就いていたからである。寝る時間もなく文字通り忙殺され、ようやく教授会にも生還復帰できたと挨拶を述べられた。御厨先生の「復興への提言(骨子たたき台資料)」をもとに625日には「復興への提言~悲惨のなかの希望~Towards ReconstructionHope beyond the Disaster”」がとりまとめられ政府の復興対策本部(本部長:管直人内閣総理大臣)に渡された。速やかに復興の基本方針に基づき具体的施策と作業が進むよう期待したい。http://www.cas.go.jp/jp/fukkou/pdf/fukkouhenoteigen.pdf



2011年7月22():特別支援学級担当者の専門研修

東京都江戸川区が今年度から新たに特別支援学級担当教諭の専門性向上のための研修会を立ち上げた。この企画に関わられた教育委員会指導室の林茂和先生(元葛飾聾学校長)から依頼され講師をお引き受けした。私に与えられた講義題は「聴覚障害の生理・病理」であったが、3時間のコマを生理・病理の話だけに費やす必要もないと考え、聴覚障害の医療と教育の関わりを中心に話した。こうした連続講義の講師控室では久しぶりに懐かしい方にお会いするものである。特総研時代の同僚であった言語障害病理学の長澤泰子先生、東京学芸大学教授の渡邉健治先生、東北大学の後輩で東京学芸大学准教授の奥住秀之先生と暫し懇談できた。



2011年7月19():子犬が欲しがる補聴器

東京都江東区には難聴学級が南陽小学校(校長:赤石保)にだけ設置されている。専門家診断を依頼され、難聴の児童の補聴器に関する指導を行い、保護者からの相談を受けた。補聴器を大切に自己管理する必要性について、私自身のエピソードを小学生に話してあげた。何でも口に咥えようとする赤ちゃん子犬は、私が耳に着けたり外したりする補聴器に興味津津である。うっかりその辺に置こうものなら大変なことになる。先週は妻の一番気に入っているスイス製のメガネが無残に噛まれてしまった。人が大切そうに扱っているものほど子犬は欲しくてたまらないらしい。

一昨年はゴールデンリトリーバが亡くなり、続いて昨年にはトイプードルを亡くし、悲しさから立ち直れない時期が続いた。「ハル」と「ナツ」である。もう二度とペットは飼わないと決めていたのに、「ゴールデンドゥードゥル」という新しい品種の犬がいるというのを知ってから気持ちが変わった。「ゴールデンドゥードゥル」はゴールデンリトリーバとプードルのミックスだからである。一か月ほど前から我が家の家族になった。以前の二匹の名前を継いで「こはる」と呼ばれている。生後3カ月で既に8キロを超える大きさに育っている。耳から外した補聴器がケースに入れられテーブルの上に置かれるのを、我が「こはる」はじっと見ている。もうすぐこれぐらいの高さには難なく口が届くであろう。用心、用心。



2011年7月13():愛知県立一宮聾学校訪問(移動母子教室)、子どもの学びの基本

財団法人聴覚障害者教育福祉協会(会長:山東昭子)は、毎年全国各地で移動母子教室を開設している。今年も私に講師の指名があり愛知県立一宮聾学校(校長:伊藤光国)を訪問した。伊藤校長は若い頃、昭和59年度に私が特総研で企画開催した泊まり込み1週間の専門研修「補聴器フィッティング」の熱心な受講生の一人であった。全国の多くの聾学校が子どもの数の減少で学校経営が難渋している中にあって、一宮聾学校は在籍する幼児・児童・生徒の人数と学級数では開校以来現在が最も大きいという。乳幼児教育相談部門のほか、幼稚部から高等部まで全校の授業を参観させていただいた。

保護者向けの講演「聴覚障害児の育ち方・学び方・生き方」と教職員向けの講演「聴覚障害教育の専門性を身につけるには」では、家庭教育でも学校教育でも「楽しい」ことが基盤であることを皆さんに伝えたいと考えて講演資料を用意した。聾学校で言語力が伸びるための基本は「学校が楽しい」「人とのコミュニケーションが楽しい」ことである。そこから「もっと読みたい・もっと書きたい・もっと聞きたい・もっと話したい」子どもが育っていく。

ただし個々の子どもにとっては、「読む(書く、聞く、話す)必要がある」、「読む(書く、聞く、話す)のに努力が要る」、「読む(書く、聞く、話す)と人とつながれる」という条件が求められる。いざという時に「集中力」のある子ども、人と「雑談」のできる子どもに育ってほしい。



201179():アメリカの大学でオーディオロジーを専攻する聴覚障害日本人留学生

『近い将来には、我が国の教育機関にも教育オーディオロジストが位置づいてほしいと願うものである。さらに聴覚障害者の中からオーディオロジストや補聴器のプロが生まれ、聴覚障害者の経営する補聴器専門店が現れたりすることを期待したい。(記:199612月)』

これは15年前の拙著『教師と親のための補聴器活用ガイド(コレール社)』の「まえがき」の一文である。私のこの願いは今でも変わらない。日本にも佐藤正幸先生(筑波技術大学教授)のようにオーディオロジー専門領域で活躍する聴覚障害当事者が世に出たが、まだまだ稀である。

石川県出身で現在インディアナ州にあるPurdue大学に留学しAudiologyを専攻する聴覚障害学生がいる。西川愛理さんである。アメリカでオーディオロジーを本格的に学ぶ日本人の聴覚障害留学生はなかなかいないし、勉学に相当な苦労が多いことを私も承知しているので、彼女の夢に期待し何かと応援している。

西川さんの周囲には、東日本大震災の被災地の聴覚障害児や家族に対して何かできないかと活動しているアメリカの聴覚障害児童・生徒、関係者がたくさんいる。支援の輪が広がり西川さんがその世話に奮闘している。アメリカ各地の聴覚障害児が描いた励ましの絵や手紙、寄せ書き、贈り物などを託されて西川さんが日本に一時帰国することになった。福島県立聾学校の緑川孝夫校長先生に訪問を快く受け入れていただき、西川さんは13日に成田空港へ到着したその足で福島県へ向う。14日早朝から郡山市にある福島県立聾学校本校をスタートし、平分校、福島分校、会津分校を廻る強行スケジュールだ。本田知史教頭先生には細かな行程のお世話をいただくことになった。

この他にテネシー州の難聴者団体などから託された励ましの物資などが260個ある。東大先端研の私の研究室を日本での一時預かり場所としてある。今後、宮城県と岩手県にもお届けする計画である。



201174():宮本信也教授(筑波大学附属聴覚特別支援学校校長)の講演

茨城県市町村教育委員会教育委員研究協議会が水戸市で開催され、つくば市教育委員会の教育委員の一人である私も参加した。筑波大学附属聴覚特別支援学校の校長でもある宮本信也先生(筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)が「児童生徒の心の理解と支援~災害時における対応」の演題で講演された。被災した子どもが遭遇する問題とそれへの心理的支援について時宜にかなった内容の話を聞くことができた。宮本信也先生が小児科医として自治医大に勤めておられた当時、私の妹(若杉なおみ、現在は筑波大学大学院生命環境科学研究科で国際保健医療担当の教授)も同じ医局にいた。その後先生が筑波大学の心身障害学系の教官としてつくばに移って来られたのが私との知己の縁である。昨年度からは附属聾学校の校長を兼任されているので私の仕事とも更に近くなった。

会場で懐かしい方にお会いした。私が筑波技大の学長をしていたとき同じ市内にある私立の筑波学院大学の学長であった門脇厚司先生である。現在は美浦村教育委員会の教育長をされている。私のように国立大学の学長経験者が市町村の教育委員を務めるのも珍しいことらしいが、門脇元学長のような方が村の教育長職に就くのは全国でも異色の人事だという。茨城県の5人の教育委員の一人である関正樹氏(関彰商事社長)にも会場でお会いした。父君の関正夫会長(筑波技術大学が法人化するに際して経営協議会の委員にお願いした経緯がある)に続き2代にわたり厚誼いただいている。






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