【2010年3月31日(水):21年度末の教育委員会辞令交付式】

学長の辞令は文科省の事務次官室で、東大・先端研の辞令は所長室で一人ずつ部屋に呼びこまれて受けた。筑波技術大学でも学長室で教員一人一人に手渡したものである。小中学校の先生に対する辞令交付もそのように行われるものと思っていた。つくば市の小中学校を退職する校長・教頭・教諭と他市町村への異動転出者の数は100名近い。教育長室ではなく市民ホールを会場にして厳粛な辞令交付式が挙行された。教育委員になって初めて知ることが多い。呼名され起立する先生がたの「はい!」の声が強くハッキリとしている。さすが義務教育学校の先生であると感心した。



【2010年3月29日(月):ミスヒアリング回収ボックス】

郵政改革案を巡る亀井静香郵政改革相と菅直人財務相の電話でのやり取りで、「言った・聞いてない」の水掛け論。亀井氏から「耳が悪い」と言われた菅氏の方は「耳が悪いのか口が悪いのか、それはお互いさまだから」と。さらに亀井氏は「それは本人が聞こえなかったんだ」となかなか収まらないようだ。多分に政治的確信策略(?)のようでもあるが、オーディオロジーの専門からは、「選択的聴取」「好都合性難聴」「思い込みによる異聴」・・・など、歳をとると生じやすい歪んだ聴能の一面も見える。

聴覚障害児の日常生活に接することの多い教育オーディオロジーの現場では、子どもが聞き違いをしてしまう場面によく遭遇する。そのような事例が聴能訓練プログラムや聴覚学習(auditory learning)の内容作りにも有効に反映される。昨年11月、本研究会の創設にも尽力された平島ユイ子先生(福岡市立博多小学校)は、講義「難聴学級でのきこえの指導と難聴理解」(平成21年度九州教育オーデオロジー研究協議会冬期研修会)のなかで、難聴児が聞き違えやすい言葉や事例をたくさん集めて報告している。聴覚障害児を育てた親や聾・難聴教育に携わった教師も同じような多くの聞き違え傾向を知っているはずである。しかし、このような貴重な経験がその場限りのものとなってしまい、情報が蓄積されずに終わっているのは勿体ない。聴覚障害児だけでなく高齢難聴者の聴覚補償教育にきっと役立つものである。

新しい提案を一つ。「聞き違え(mishearing)言葉・事例の投書欄(correspondence)」を本研究会が設け、全国の関係者から随時投稿を受け付けたらどうだろう。新年度事業案として事務局で検討してほしい。「ミスヒアリング回収ボックス」(仮称)に蓄積された情報を分析整理し教育現場に還元することは教育オーディオロジー研究会ならではの役割である。



【2010年3月25日(木):国立大学の順位付け】

 国立大学の総合評価の結果、筑波技術大学が全国86大学の中で第45位。1年前に学長を退任した後は筑波技術大学との関わりがなくなり、最近の大学の動きを把握しないままでいたが、今朝の新聞を見て初めて知った。大学評価の在り方や仕組みの是非論などは別にして、この結果は率直に言って嬉しい。国立大学が法人化された2004年度から2009年度までの6年間の教育や研究などの実績が評価されたものである。筑波技術大学が法人化される1年前とその後の5年間にわたって大学運営のトップリーダーを務めた私としては、当時の努力が認められ一応の責任が果たせたと一安心したところである。



【2010年3月24日(水):人事異動】

 東大・先端研の今年度最後の教授会総会に出席した。宮野健次郎所長が任期満了で引退する。宮野先生は形式に捉われることなく自由闊達な研究所運営をされ、先端研バリアフリー研究にも支援を惜しまなかった。次期所長には中野義昭教授(専門:情報デバイス)が就任する。私たちにとって喜ばしいサプライズ人事は、同じバリアフリー分野の中邑賢龍教授(専門:人間支援工学、先端研研究者リスト参照)
http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/people/staff-nakamura_kenryu.html

が副所長のポストに就くことである。

もう一つ人事異動のニュース。 2年前まで私の学長職務をしっかりと支えてくれた飯田恭市・総務課長(現在は筑波大学の総務課長、2008年3月26日付「学長日誌」参照)
http://www.tsukuba-tech.ac.jp/president/diary/200803.php#LIST_TOP
 

が、福島高等工業専門学校の事務局トップ(事務部長)に栄転する。

  恐縮ながら私事身内の人事の話。私の妹(若杉なおみ)が3月16日付で筑波大学の教授になった。もともと小児科医であるが、フランスのパスツール研究所に永く勤めていた。帰国後は国立国際医療センター研究所の疫学部長としてアフリカの医療活動支援研究に携わった。(2008年12月4日付「学長日誌」参照)
http://www.tsukuba-tech.ac.jp/soumu/diary/200812.php


  その後、早稲田大学政治経済学術院の科学技術ジャーナリスト養成プログラムの教授をしていたが、今月から筑波大学の生命環境科学研究科の教授(年俸制)に採用された。奇遇な人事異動である。私はつくば駅から東京・駒場へ通勤し、逆に妹は吉祥寺の自宅からつくばに通勤している。



【2010年3月17日(水):アメリカ人の英語優越性】

 小川再治先生(東京学芸大学名誉教授)から瑞宝中綬章叙勲のお祝いの御礼にご著書「孤高異端」と「孤高異端・残照」をお贈りいただいた。小川先生には1960年代にオハイオ州立大学の研究員(障害児発達心理学)として留学されている。優れた随筆家でもある先生のエッセイには滞米生活で経験された孤高異端の想いも綴られている。随筆「ジャパニーズ・イングリッシュ」の中で、日本訛り英語を茶化すアメリカ人について「腹の中では馬鹿にしている人間と、表面は取りつくろって滑らかに付き合う米人の特長が・・・」とある。1980年代のアメリカ留学生である私にとっても共感する。

 セントルイス市で家族4人暮らしを始めた頃、妻が外国人のための英語教室に通い始めた。暫くすると「アメリカ人の英語の教え方が気に入らない」とそのクラスの受講を辞めてしまったのである。妻が自分の名前(玲子)を当り前に「レイコ」と話すと、その英語の先生は「違う違う!Reikoです!」と、「ゥレイコ」と発音させようとする。妻が「私の名前は、ゥレイコではなく、レイコが正しい」と抵抗しても、「あなたの名前は、Reiko、ゥレイコなのです!」と主張して許さない。人の名前にまでアメリカ人の英語優越性を押し付けるのが気に食わないと言う訳である。



【2010年3月16日(火):「孤高異端」小川再治先生】

 小川再治先生(東京学芸大学名誉教授)は、長きにわたり障害児・者の幸せに結びついた研究と実践に献身的な努力を傾注してこられた功績により、昨秋に瑞宝中綬章を叙勲された。聴覚障害者教育福祉協会(会長:山東昭子参議院副議長)と東京学芸大学の関係者がお祝いする会を開いた。当日、私は出席がかなわず、失礼ながら祝辞を牧島レミ先生(東京都立障害教育学校退職校長会々長)に託し、次のような祝意と感謝をお伝えした。

『聴覚障害教育界で最も大きな国際会議の一つであるアジア太平洋地域聴覚障害問題会議の第9回目の大会(APCD2006)が、第40回全日本聾教育研究大会との共催により、平成18年に日本で開催されました。17の国と地域から合計1200名を越える参加者が得られ、乳幼児期から大学までの22年間にわたる一貫した専門的な教育プログラムが整っている日本の聴覚障害教育の現場を世界の人々に供覧できたことは、日本ならびにアジアにおける聴覚障害教育の歴史に残る成果でありました。(中略)「小川再治研究協賛会」から多大なご寄付を賜り、お陰をもちましてこの国際会議が私たちの念願どおり聴覚障害教育の実践に軸足をおいた内容となった次第です。改めて小川再治会長先生のお心尽くしに感謝申し上げます。

先生は自らを「孤高異端」の人と話されますが、私は先生こそが「倜戃不羈」の人であると、敬意をもってお呼びしたいと思います。「倜」は高いこと、「戃」は優れていること、「不羈」は何ものにも縛りつけられないことの意味があります。己の思うことをひたすらに気概を持って貫く。媚びず(こびず)、阿らず(おもねらず)、謗らず(そしらず)、先生は障害児のために為すべきことをしっかりと行なってこられました。何卒今後も一層ご自愛くださり、障害教育界の更なる発展のために、引き続きわれわれ後進の者をご教導くださいますよう、ご懇願申し上げる次第です。』



【2010年3月15日(月):菅原廣一先生】

昨日は、ゲレンデのアイスバーンの上を覆い隠す粉雪が積もったので、菅原夫人が運転する軽ジープでニセコ・スキー場に連れて行ってもらった。以前から私のスキー用具一式は「望羊亭」に預けてあり、いつでも滑れるように菅原先生が自ら手入れしてくれていた。3年前までは菅原先生とニセコの山で滑るのが毎冬の行事であった。一人で滑る気持ちになれないまま、この2シーズン雪山には行かなかった。今回は初めて一人でゴンドラとリフトを乗り継いで山頂近くまで登り降りた。私のシュプールの後を菅原先生が音もなく追いついてくる。

故・菅原廣一先生の備忘録のノートが何冊も残されている。「2007年10月14日」が最後の日となるも知らず、その数時間前までのことが書かれている。菅原先生のノートの1冊1冊、年をさかのぼって読ませていただいた。今日は誰に会った、どんな出来事があった、何をした、何を買った、誰から何を贈っていただいた、何を食べた、何の収穫があった、お孫さんがどんな発達を見せた・・・・、望羊亭の眼前に広がる「羊蹄山」の見え方も毎日メモされている。実は菅原先生は「認定補聴器技能者試験」の問題作成委員の一人でもあった。締切期限の随分前から苦心して出題構想を練り時間をかけて問題を作り上げていた様子が、残された記録から分かる。



【2010年3月14日(日):菅原廣一先生】

聴覚言語障害教育研究の世界では、故・菅原廣一先生(国立特殊教育総合研究所名誉所員)と縁のなかった人はいないと言ってよいだろう。我が国の聾・難聴教育の発展にまだまだ尽力されるはずだったのに、平成19年秋に急逝された。【http://www.tsukuba-tech.ac.jp/president/diary/ 学長日誌2007年10月14日参照】

北大医学部に献体されていたお役目を昨年に終え、北海道の倶知安にある菅原先生の遺庵「望羊亭」に戻られた。月命日である毎月14日は、地元の住職がきて「月忌法要」を営む日である。それに合わせて望羊亭に数日間滞在させていただいた。昨夜は、菅原夫人信子さん、遠藤夫妻(お隣の別荘に住む菅原先生の親友)、私たち夫婦の5人が揃い、美味しい料理と酒で昔話に興じた。皆が菅原先生もいつものように一緒に座を囲んで居る楽しい錯覚を覚えるのである。



【2010年3月10日(水):卒業式】

つくば市の教育委員として卒業式や入学式に出席し祝辞を述べる機会が多い。つくば市立桜中学校の第53回卒業式では、全盲全聾の東大教授・福島智先生の言葉「生きるって人とつながることだ!」を引用した。多感な中学から高校の時期、人間関係での辛さに負けて、できれば人との繋がりを避けたい、絶ってしまえたらと考えてしまうことがあるかもしれない。そんな時、すぐ傍にいる人とさえも目と耳の両方から繋がりが得られなくなってしまった福島先生が、指先の細い情報手段(指点字)で必死に外の世界と関係を持ち強く生きてきた姿を思い浮かべてほしいと。



【2010年3月7日(日):補聴器の装用様式】

 「グラハム・ベルと難聴者への支援」の演題は、昨年の日本耳鼻咽喉科学会茨城県地方部会が主催した耳の日記念事業の講演題である。昨年はつくば国際会議場が会場だったので、茨城の県北からの参加者がほとんどなかった。今年55回目となる耳の日講演会は水戸市民を対象に水戸市医師会館で開催するので、前年と同じタイトルで話をするようにと、会長の原晃先生(筑波大学耳鼻咽喉科教授)のご下命があった。副会長の高根宏展先生(高根耳鼻咽喉科医院長)が座長を務められた。グラハム・ベルは電話の発明者ではあるが補聴器の発明者であるわけではない。しかし、彼の聴覚障害教育との関わりや業績は今ある私たちの教育オーディオロジーに深く繋がっている。

耳の日事業の参加者には難聴者やその家族も多かったので、最近の「補聴器の装用様式」の変化傾向についても解説した。「ポケット形」⇒「耳かけ形」⇒「耳あな形」にと移ってきた小型化の動向が止まり始めた。オープンエア型(外耳道内スピーカ)が進歩したおかげで、耳介の裏側や中に納まる新しいタイプの耳かけ形補聴器が次々と開発されている。「耳あな形」のもつ小型・軽量という特長を上回って、装用感がよく目立ちにくい「耳介形」(仮称)とでも言うような機種が増えてきた。「耳あな形」と「耳かけ形」の逆転現象が見られる。従来の「補聴器の種類」の分類法では整理し切れない時代が到来しつつあるようだ。「補聴器の装用様式」による分類が必要になってこよう。



【2010年3月3日(水):耳の日に寄せて「難聴当事者による体験的聴能論」】

 最新の補聴器を自ら処方し装用するようになって、「障害当事者」ではなかった私が「高齢難聴当事者」になる過程を経験することができた。このことは自分でもよかったと思っている。そして補聴による聞こえの回復を経験することにより難聴当事者としての「体験的聴能論」が少し話せるようになったと思う。「耳の日」の寄せてこの頃感じた私の補聴効果についていくつか挙げてみる。

1)補聴器は、よく聞き取れない話し方をする相手との会話にも効果がある。高齢になり耳が遠くなってみると、世の中には「よく聞き取れない話し方をする人」がいるものだということが体験的に分かります。難聴の耳にとって大変にわかりやすい話し方をする人と、とても聞きにくい話し方をする人がいるのです。聴覚障害に関わる専門家となるプログラムには「難聴者との話し方」の演習を入れる必要があります。

2)補聴器は、広い会議場や周囲が騒がしいパーティー会場等でも効果がある。周囲にノイズが多いところでは補聴器が役に立たないというのがこれまでの常識でした。私の経験では、丁寧なフィッティングをした補聴器を両耳装用することにより、かえって騒音の中でこそ聞き取りがよくなります。

3)テレビドラマの台詞がハッキリ聞こえる。ニュースなどと違ってドラマのセリフは音声のダイナミックレンジがとても広いのです。大きめのセリフは聞こえても、それに合わせてテレビの音量を調節すると小さな声がほとんど聞こえなくなってしまいます。ところが補聴器を装用するとこの問題が解消します。

4)外国人との会話では英語力が実力以上になったようにコミュニケーション力が増す。これは補聴効果として誰も取り上げなかったことです。英語での会議では、補聴器を着けていないと聞き返しが多く自信のない話し方になりやすかったのですが、補聴器を着けて臨むと非常にスムーズにいきます。自分の英語力が実力以上になっているのではないかと思うくらいです。

5)クラッシック音楽がハイファイに聞こえる。コンサート会場やオーディオ装置で音楽を聴くときだけは生の耳で聞いた方がよいに決まっていると考えていたのですが、補聴器を通すと学生時代に初めて聴いたワグナーの感動がハイファイで蘇るのでした。





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