【2010年2月27日(土):日本聴覚医学会・補聴研究会】

 「山の上ホテル」の会議室で「補聴研究会」の世話人会が開かれた。文壇の有名作家が出入りしていた「山の上ホテル」は、学生時代に愛読していた「文學界」の目次ページにいつも広告が載っていて、私のような文学青年にとっては憧れの場所であった。文学の世界が遠い存在となってしまった今でも「山の上ホテル」には別格の想いがある。宮城聾学校を退職し特総研のある横須賀に引っ越した後、仙台の自宅を取り壊した丘の上の跡地に小さなアパートを建てた。「山の上ホテル(Hill-Top Hotel)」の英語称にならい、アパートの名前を「ヒルトップ」と付けてある。

医学の世界にある日本聴覚医学会と教育の世界にある日本教育オーディオロジー研究会とを繋ぐ重要な役割を果たしているのが「補聴研究会」である。日本聴覚医学会総会・学術講演会の最終日の開催が恒例となっている。昨年度から世話人代表は帝京大の小寺一興教授から奈良県立医大の細井裕司教授にバトンタッチされた。また教育オーディオロジー関係からは愛媛大の立入哉教授が新たに世話人として加わっている。

今年の33回補聴研究会は、第55回日本聴覚医学会総会・学術講演会(会長:奈良県立医科大・細井裕司教授)の会場である奈良で11月12日に開催される。テーマは「補聴器の特徴とその効果」である。教育領域の発表の座長は立入先生が務める。多くの日本教育オーディオロジー研究会会員の参加を期待したい。



【2010年2月26日(金):よりよく聞くための基本】

「聴覚障害」誌の63巻2月号が届いた。我が国の聴覚障害教育の実践を掲載し続けた「聴覚障害」は、この号で通巻707冊目になる。聴覚障害に携わる者にとっての必読書と言ってよい。今月号の特集は「今、聴覚活用を考える」である。特集1を中瀬浩一先生(大阪市立聴覚特別支援学校)が、特集2を立入哉先生(愛媛大学)が、特集3を庄司和史先生(信州大学)が、特集4を板橋安人先生(筑波大学附属聴覚特別支援学校)が執筆している。

私が巻頭言を担当し、そのなかで「よりよく聞くための基本とは何か」について5つの要件を挙げたので引用して紹介する。

『第一の前提として、1)自らの難聴を自覚しているということ。そして、2)聞きたい音や相手があること。3)音源や話者に顔が向けられること。4)音源や話者に自ら近づくことができるということ。最後に、5)よりよい聞こえを求めて自ら工夫できること。このような内容こそが教育オーディオロジーである。話し手に主体的に注視接近する姿勢を欠いては、聴覚活用も手話コミュニケーションも始まらない。これが「聴能訓練」ではなくて「聴覚学習」をという考え方に通ずる。教育オーディオロジーの実践や思想には教育者だからこそ見える視点が反映される。』



【2010年2月24日(水):福島智(その1)1980年】

私の人生の里程標(milestone)の一つは「1980年」(昭和55年)に置かれている。家族4人でミズーリ州セントルイスに住み、私はワシントン大学医学部附属中央聾研究所(Central Institute for the Deaf)で最先端のオーディオロジー(Audiology)を学んでいた。帰国したら教育オーディオロジー(Educational Audiology)を日本に導入しそれを生涯の仕事にしようと考え始めていた。1980年12月8日(月)、深夜のTVは元ビートルズのジョン・レノンが凶弾に倒れたと臨時ニュースを報じている。そのころ日本では、福島智・筑波大付属盲学校高等部2年生が、視覚に加え聴覚も取り上げられ「全盲ろう」の世界に身を置かれる苦悩に遭遇していた。福島智18歳。私38歳。1980年、ちょうどヘレンケラー生誕100年目の年である。それから30年後、東大教授となった福島智先生と先端研のバリアフリー分野でつながることになり、一緒に仕事をするようになろうとは夢にも思わなかった。

福島智の新著「生きるって人とつながることだ!」(素朴社)の広告が今日の朝刊一面に載っている。恵贈にあずかった新刊書を誰よりも先に読ませてもらうことができた。教育オーディオロジーの裾野にはようやく手話も加わりつつあるが、更に「盲ろう」を知ることによって聴覚障害補償学が究められると確信した。「福島智研究」の入門書として本研究会会員に一読をお薦めする。



【2010年2月20日(土):補聴器のデザイン・その2】

 『補装具のデザイン・補聴器にみる「隠す」デザインと「見せる」デザインの分化』、筑波大学の大学院生・小野千代子さん(博士前期課程芸術専攻・プロダクトデザイン領域)が芸術学系の蓮見孝教授の指導でまとめた修士論文テーマである。【2009年12月28日(月):補聴器のデザイン】に載せた内容について助言するなど少しお手伝いしたことがあった。修了展が茨城県つくば美術館で開催されたので見学に行ってみた。補聴器のフィッティング技術論とデザイン性との関係については更なる研究が今後必要であるが労作である。

筑波技術大学の障害者高等教育研究支援センターの修士コースとして「聴覚障害者が自らの障害を究める大学院(障害当事者学研究)」が設置されることが私の念願である。今年、技大では学部の上に乗る大学院が設置されたが、障害補償学の大学院が実現するのはまだ先のようだ。小野千代子さんのような大学院生を育てる可能性のある他の国立大学や私立大学に先を越されないとも限らない。



【2010年2月17日(水):聞こえのバリアフリー・なぜ補聴器は使われにくいのか】

東大・先端研の2010年第1回「バリアフリー・セミナー」が開かれた。福島智教授がオープニングの挨拶をされ、講演のトップバッターを私が務めた。様々な専門領域にいる先端研の教職員に向けて何をどのように話したらよいのか、特別支援教育の関係者に向けて話すいつもの講演の準備とは違いずいぶん迷った。手話通訳と要約筆記のための原稿を前もって渡しておいたが、直前になって内容やスライドを変更するという始末である。

聞こえのバリアフリー「なぜ補聴器は使われにくいのか」“Educational Audiologyからのアプローチ”という演題で90分のレクチャーを行った。補聴器が使われにくくなる理由を次の7つの切り口で考察し、専門外の方にも分かるよう平易に解説することを試みた。

①聾者の言語(手話)と関わって

②聾教育の方法論と関わって

③難聴当事者の問題と関わって

④難聴者を取りまく人の問題と関わって

⑤補聴器の専門家・供給者の問題と関わって

⑥補聴器の技術的問題と関わって

⑦聴能学の問題と関わって

 話し終えると最初の質問者が中野聡子さんであった。10年振りに私の講義を聴いたと言う。筑波大学の吉野公喜教授の指導で博士号(心身障害学)を取得した中野聡子さんは、現在は先端研の特任助教(人間情報工学分野)である。このところ暫く手話を使う機会がなく読み取りに苦労する私を気遣かって、中野さんは手話に声を付けて質問してくれたのも嬉しかった。聴覚障害者の音声受容には、聴覚や視覚だけでなく、伊副部達教授(先端研)の先行研究開発にあるような触振動覚を活用する方法が見直されてもよいのではないかとのコメントをいただいた。私は盲聾の福島智教授が自ら発音保持されているのは触振動や筋運動の感覚フィードバックが働いているからではないか。「福島智におけるspeech intelligibilityの研究」は私にとって大いに興味あるテーマですと答えた。



【2010年2月16日(火):つくば市教育委員会】

つくば市教育委員会の2月定例会に出席した。来年度の教育委員会関連の予算案を3月の市議会に提出する必要がある。教育委員会事務局には教育総務課、文化財課、指導課、学務課、施設管理課、健康教育課、スポーツ振興課、生涯学習課があり、各課長から説明された22年度当初予算案の内容について審議した。つくば市教育委員会の定例会は一般に公開して行われる。

事務局に対して私から質問したことの一つは、特別支援教育を担当する教員の専門性についてであった。障害のある子どもの特別支援教育には通常の教育に比べても殊更に研修の機会が保障されなければならない。文科省特別支援教育課や国立特別支援教育総合研究所などが企画する全国レベルの研修会や研究会などにも出席する必要があろう。このような事業費の予算が盛り込まれていないことの疑問を質したのである。私の質問に対し隣席にいた教育長が耳元でそっと教えてくれた。市町村の教員研修等に係る経費は県費で賄うものなのです。市としては教員に旅費を出したりはしないのです、と。45年以上も聾学校や難聴学級の先生たちと身近に交流していながら、市町村の教育行政の仕組みについて知らないでいた私の無知を恥じた次第である。それにしても、小学校・中学校の特別支援教育担当者に対して、県は十分な予算を手当てしているものなのか他の市町村の状況も把握してみたいと思う。



【2010年2月15日(月):認定補聴器専門店】

医療機器として扱われるべき補聴器がユーザーに適切に供給されるよう、テクノエイド協会には「認定補聴器専門店審査部会」(部会長:小寺一興 帝京大学耳鼻咽喉科主任教授・日本聴覚医学会理事長)と補聴器委員会が設置されている。委員の一人として私も会議に出席する。認定補聴器技能者が常駐しているか、聴力測定用検査室と測定器具、補聴器の調整・特性測定・補聴効果測定などを行うための設備等が整備されているか、日本耳鼻咽喉科が認定した補聴器相談医と連携しているか、補聴器フィッティング記録が管理されているかなどの要件を満たしているか審査される。平成7年の第1回認定店は204店舗であったが、昨年まで15回の審査を経て現在は全国で約550店舗が補聴器委員会により認定されている。年を追うごとに補聴器の安全・安心に係る専門性が高くなっていることは教育オーディオロジーの実践にとっても喜ばしい。



【2010年2月9日(火):爆問学問】

NHKの「爆笑問題のニッポンの教養」に、先端研の御厨貴教授が出演されていた。私が初めて先端研の客員教授に就いて、「先端研って何?」「先端・科学・技術って何?」と改めて問い直した時に贈られて読んだ好書が御厨貴先生の編著「東大先端研物語」(東京大学先端科学技術研究センター20年の歩み)だ。宮澤喜一元首相など戦後政治のキーパーソン50人以上に「オーラルヒストリー」を行い、歴史的証言を次々に引き出している御厨貴先生である。今週の御厨教授の出演(「政治家が口を開くとき」)に次いで来週(2月16日)も、先端研の福島智教授の「わたしは ここに いる」がNHK爆問学問でアンコール放映される。

今ではあちこちの大学や研究機関に付けられている「先端○○」は東大先端研が元祖である。また「客員教授」「特任教授」は今では珍しくないが、東大の先端研で初めて創られた制度である(因みに先端研の客員教授はただのお客さんではなく教授会メンバーとして扱われ給料も支払われる)。15年前の1995年には立花隆氏が客員教授に着任し日本中のメディアに先端研の存在を知らしめた。堺屋太一氏も2002年に客員教授として先端研に来られた。このように私の先輩、同僚にはいわゆる文系の先生もいる。「聞こえのバリアフリー」という先端研としては新しいテーマがどのように位置付くか新しい職場で志向している。



【2010年2月5日(金):全国聾学校長会理事・評議員会】

全国聾学校長会理事・評議員会が都立葛飾ろう学校で開催された。全国聾学校長会の鈴木茂樹会長(東京都立中央ろう学校長)から「聴覚障害教育の国際動向」のタイトルで講話をするよう依頼され、 アメリカ、ロシア、中国、韓国、タイ国、フィリピン、ヴェトナムの各国における最近の動向について話した。

聴覚障害者のための世界の大学が連携協力するために設立された「PEN-International」(聴覚障害者のための国際大学連合:本部事務局はアメリカのロチェスターエ科大学内のNTIDに設置)は、日本財団からの助成金を得て2001年から10年間継続されてきた。今年2010年にこの事業は終結する。これまでPEN-Internationalの加盟大学は頻繁に国際会議や研修会を開催し、聴覚障害者のための大学教育の課題について協議してきたが、最近の話題は大学から義務教育段階に向かっている。せっかく各国が聴覚障害学生のための大学を創ったのはいいが、入学してくる学生の基礎学力やコミュニケーション能力が高等教育のレベルに達していないという問題が表面化してきた。早期教育から初等・中等教育に至る聾教育の在り方、大学よりも初等中等教育の充実が大事だという認識に至ったわけである。2011年以降は大学の国際化から初等中等教育の国際連携事業へと視点を移した内容が検討されている。従って「アジアから期待される日本の聴覚障害教育」の主役は、大学から聾学校や難聴学級にバトンタッチされようとしている。

フィリピンのデラサール大学・セントベニルデ聾カレッジは、附属の中高聾学校を設置し、聾の教員を養成するプログラムを検討し始めているという。ヴェトナムでは、初めて聴覚障害者が中学高校へと進めるようになり、その卒業生10数名に小学校教員免許を取得させるコースを大学に準備しようとしている。今月には彼らが日本の聾教育の実情を視察するために来日する計画がある。

第21回聴覚障害教育国際会議(ICED)は今年7月にバンクーバーで開催される。第11回アジア太平洋地域聴覚障害問題会議(APCD)は2012年にシンガポールで開催される。全日本聾教育研究大会や全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会で発表された優秀な論文や教育実践がこれらの国際会議でも発表されることが期待されている。その意味で、聾学校校長会にある国際部の活動が注目されてこよう。



【2010年2月4日(木):つくば市教育論文発表会】

つくば市の公立幼稚園・小学校・中学校の教員は約1400名いる。その半数以上の先生方が市民ホールに集まった。つくば市教育研究会が主催する今年度の教育論文発表会では61件の応募の中から市長賞に選ばれた3件の発表があった。そのうちの一つは茎崎第一小学校の鈴木恵子先生が実践している特別支援教育の論文である。私は新米の教育委員であるから、柿沼教育長や大槻教育委員長とともに来賓として出席し、大勢のつくば市の先生方の前で初めて紹介された。もちろん私の専門が聴覚特別支援教育であることは、指導主事の先生方も含め会場の誰もが知らないようだ。



【2010年2月2日(火):文科省・脳科学研究戦略推進プログラム】

久しぶりに文部科学省を訪れた。学長時代にお世話になった文科省の次官、審議官、課長さんたちに退任の挨拶をしに伺って以来である。旧庁舎6階にある第2講堂で開催された「脳と環境」「脳と心の健康」などのテーマの講演とパネルディスカッションに参加し勉強してみようと考えたからである。高齢者の脳の老化と生涯健康脳に「聴覚補償」が相当の役割を果たしているに違いないと感じていたので、その領域についてどのように科学研究が進んでいるのかを知りたかったのである。アルツハイマー病の分子基盤に関するかなり専門的な研究が多く正直のところ私の関心を満足させてくれるものではなかった。

特に一人一人の発表者の声がとても聞きにくい話し方であるのが気になった。日本の脳研究の最先端をいく研究者の話の内容の難しさと、非常に天井の高い広い講堂の残響環境が、私の受聴明瞭度を低めたことも原因の一つであろうが、早口でしかも語尾を濁す話し方をされる先生が多かったことが聴き分けにくさをもたらした理由ではなかったのかと考えている。





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