20101230日(木):聴覚障害者のための支援機器開発テーマ募集

厚労省が1件当たり数千万円の助成を行う「障害者自立支援機器等開発促進事業」では、特に聴覚障害関係の申請が非常に少ない。今年度は「公共交通機関(バスや電車)の磁気ループ補聴システムの開発」が採択れていて、既にある会社が「聾学校のスクールバスの補聴システム」の実用化に取り組んでいる。残念ながら聾学校の現場がどのようなシステムを望んでいるか、我が校のスクールバスに試験的に搭載してほしいなどの希望が開発者に余り届いていないようである。せっかくの税金投入が無駄にならないように願うばかりである。

現在、来年度の支援機器開発促進のテーマを募集中である。聴覚障害当事者から「こんな機器があったらいい」という大小さまざまな意見が寄せられている。聴覚障害者向け火災報知機が欲しい、一側性難聴のための補聴器があるとよいなどの要望があるが、新たに開発すべき機器というよりも、既に世の中に有るものを聴覚障害者自身が知らないということにも問題がある。来年度向けの募集テーマを決めるにあたって、補聴関連ではどのような支援機器が開発されるとよいかについて、ぜひ教育オーディオロジーの現場から様々なアイディアをいただきたいと思う。



20101222日(水):年末の会議連続で仕事納め

月曜日は「障害者自立支援機器等開発促進事業」の中間評価報告会のため朝9時半から夕方5時まで厚労省にカンヅメ状態の会議となった。火曜日は、午前中はつくば市社会福祉協議会の理事会に、午後はつくば市教育委員会の定例会議に出席した。本日水曜日は、午後3時から特総研の役員会が田町であり、終了後5時に品川駅から新幹線で名古屋に向かった。午後7時から名古屋駅前の貸会議室で開催される「要約筆記者指導者養成プログラムを検討するワーキンググループ」の第1回目の会議に、要約筆記者養成事業委員会の委員長として出席するためである。

綱渡りのような連日の会議が一段落した。私にとっては今日が御用納めである。締め切りが迫っている原稿が一つ残っているので、これから執筆に専念できそうだ。今年の夏に亡くした愛犬(ナツ)の喪中であることを言い訳に、年賀のご挨拶を遅らせようかなどと不精なことを勝手に思ったりする。



20101221日(火):シンポジウム:人工内耳装用者による体験的聴能論

東大先端研・バリアフリープロジェクト主催のシンポジウム「人工内耳装用者による体験的聴能論」の準備を進めている。来年26日(日)午後、先端研を会場に開催される。日本教育オーディオロジー研究会、関東教育オーディオロジー研究協議会、聴覚障害児と共に歩む会トライアングル(現在、先端研バリアフリー分野の共同研究機関となっている)が共催する。本研究会のホームページに参加申し込み案内が載っているので参照されたい。



20101213日(月):秋篠宮妃殿下のお言葉

33回「聴覚障害児を育てたお母さんをたたえる会」(主催:聴覚障害者教育福祉協会)に参加した。憲政記念館で行われた式典では秋篠宮妃殿下紀子様が流暢な手話でのお言葉があった。手話による教育を創始したフランスのド・レぺ神父から、今年7月にカナダのバンクーバーで開催された聴覚障害教育国際会議(ICED)の決議まで、手話の歴史についても触れられた。1880年のミラノ会議では、聾児の教育に手話法よりも口話法の採用を宣言したが、今夏のバンクーバー大会では、「この(口話法)決議を全て退ける」と表明したことについてである。秋篠宮妃殿下は日頃より手話が聴覚障害者の言語として尊重されるようにと啓発されている。有難いことだと思う。しかし畏れながら附言させていただければ、現今の日本において手話が聾者の言語であることを認めない人はもういないのではないだろうか。むしろ聴覚障害者の教育方法として「手話だけ」がよいと主張したり、「口話だけ」がよいと主張したり、「人工内耳あるいは補聴器だけ」がよいと主張されたりすることによって、私たちにもたらされてきた混迷はもう沢山だと悟っているはずである。実は、今回の2010年バンクーバー会議の表明文には「全ての言語とあらゆるコミュニケーション方式を教育プログラムが受け入れ、尊重することを求める」とある。この意味を「手話だけ宣言」と間違って解釈されないよう関係者は心しなければならない。



20101210日(金):認定補聴器技能者の養成

テクノエイド協会が行う「認定補聴器技能者・第Ⅱ期養成課程」の講習会で「青年・成人の聴能訓練」を講義した。国際展示場近くにある有明TOCビルの広い会場にスクリーンを3か所設置してのマンモス講義である。将来の認定補聴器技能者を目指す300人近い受講生が誰一人居眠りもせず真剣に授業を受けていた。



2010129日(木):両耳装用補聴器の供給に関するガイドライン検討会

神田にある日本補聴器工業会の会議室で今年度3回目の「両耳装用補聴器の供給に関するガイドライン検討会」が開かれた。日本補聴器工業会、日本補聴器販売店協会、日本補聴器技能者協会のそれぞれの代表に、外部委員として真鍋敏毅先生(香川県真鍋医院)と私が加わり、我が国の補聴器両耳装用の実態調査や海外の実情調査の進め方について協議した。補聴器を両耳に着けるのが絶対的に良い場合、どちらかと言えば両耳装用の方がよいと考えられる場合、両耳装用は不適応で勧めてはならない場合など、適切な補聴器供給が行われる指針がつくられればよい。



2010128日(水):教授会セミナーで講演

 東大の先端研では、毎月2回の教授会総会があり、そのうちの1回は「教授会セミナー」にあてられる。専門領域がそれぞれ異なる先端研の研究者から最新の情報が聞けるのは大変に刺激的である。今年筑波大学を退任し先端研の特任教授に就任した赤座英之先生(筑波大学病院の副院長や総合がん診療センター部長を務めた)が前立腺癌の予防・治療戦略の研究について講演され、次に私が「Audiology:補聴器と聞こえのバリアフリー」の演題で話した。いつものいわば同業者の集まりでの講演後の質疑と少し違い、意外な視点からユニークな質問が出されるのが面白い。デジタル補聴器の応用に関するヒントをいただいた。



2010125日(日):宮城県難聴児を持つ親の会

昨日は宮城県難聴児を持つ親の会の研修会で講演するはずであった。新青森まで東北新幹線が開業した初日、午前10時過ぎの「はやて」に乗車し仙台に向かった。ところが宇都宮駅で臨時停車したまま動かなくなり、その後郡山駅を通過した時には既に講演開始予定の午後3時を過ぎてしまい大いに焦った。強風の影響で東北地方の列車ダイヤは大混乱しているという。ようやく仙台駅に到着し仙山線に乗換え研修会の会場である作並温泉のホテルに入ったのは夕食時である。親の会の中島康志会長さんが急遽日程を変更してくれて、私の講演は翌日に行うことになった。新青森まで3時間20分で行けることになった開業記念の日に、私の旅程は8時間もかかってしまった次第である。

早朝8時から「聴覚障害児を育てる親に伝えたいこと」の演題で話をした。聾学校・難聴学級の先生は親の会の活動に支えられ育てられることが多い。「聴覚障害教育の専門性を保障するための校内研修プログラムには、親の会の先輩による講話を一コマ入れるのがよい」ということにも言及した。小さなお子さんを持つ親御さんたちと一緒に、宮城県難聴児を持つ親の会の生みの親である岡準造・康子ご夫妻と前会長の木村貢人・信子ご夫妻も参加された。現会長の中島さんのお子様も前会長の木村さんのお子様も、筑波技術大学に進学されたという私との縁がある。






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