【2010年1月31日(日):練馬区難聴児を持つ親の会】

東京都練馬区の難聴児を持つ親の会が主催する講演会に招かれ「難聴青年の育ち方・学び方・生き方から期待できること」の演題で話した。2時間の講演のあと、質疑応答の時間が1時間設けられた。参加した父母の皆さんの難聴のお子さんたちは、乳幼児から幼児、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人まで大変に年齢層が広いので、質問の内容も多岐である。それらには日本の教育が抱えている聴覚障害問題の殆どが凝縮されていて、しかも昔から難聴児を持つ親が何代にもわたって遭遇してきた同じ悩みと課題が繰り返されている。東大・先端研で行う「聴覚障害問題何でも相談」や構想中の「聴覚障害問題総合カンファレンス」を一層進めなければと感じた次第である。

例えば、小学6年生のある母親からの質問は、もうすぐ中学に進むに当たって、通常の学級がよいのか特別支援学校がよいのか決断が付かない迷いであった。最近も同じ相談を福島県の父親から電話で受けたばかりであった。何をもって適切な進路としたら良いか、先を見通す判断基準はないのかといった質問である。当該児に接している複数の教育者がそれぞれのお立場から微妙に異なった助言をしてきたのであろう。親はどちらの専門家の考えも分かりながらもなお困惑しているに違いない。児童の実態を知らない私からは通常学級に行くべきとも聾学校に行くべきとも答えられないが、次のような参考意見を伝えた。

一般的な傾向として、聾学校ではしっかりと学習を積み上げてくれる「ボトムアップ的」安心な教育環境に優れている、また通常の学校では新たな事態や課題に頻繁にさらされるなかで子どもがめげずに伸びていく「トップダウン的」冒険的な教育環境に優れていると私は考えている。このどちらに我が子が今向いているか、一番よく分かっているはずの親が決断してほしい。親が自信を持って決断したことが子どもにも自信を持たせることになる。さらに付け加えれば、入口(入学)を選択し決めたからには出口(卒業)まで一貫してやり通すこと。入った中学を必ず卒業するという覚悟を決める。余程の問題が起きない限り途中で泣き言をいったり諦めたりしない。万一変更した方がよいとなったとしても、次の入口(高校)の機会まで待ち何とかやり遂げる。それほどの心構えが親子にあると分かれば優れた先生と良い友人に自ずと囲まれてくるものである。



【2010年1月23日(土):HCC新年互礼会・講演会・高木二郎先生の受賞お祝い】

聴覚障害に関わる医師、教師、言語聴覚士、補聴器技能者等が一緒に勉強する会として40年の歴史を持つ「HCC」(代表幹事:高木二郎先生)の平成22年新年互礼会が大阪(ホテル・アウィーナ)で開催された。今回で367回目の勉強会であるというから驚きだ。

講演1は西村将人先生(にしむら耳鼻咽喉科クリニック院長)の座長で、日比野浩先生(大阪大学大学院医学系研究科准教授、分子・細胞薬理学)の「聴覚よもやま話」であった。聞こえの仕組みについての最新の専門的な内容をこのように分かりやすく聴いたのは初めてである。さらに様々な動物の聴覚にまつわる思いがけない話を聞くことができた。講演2は私が「聞こえの痛みと喜び」を話した。元全国聾学校校長会会長の坂井美恵子先生(大阪府教育センター)に座長の労をとっていただいた。

第1部の講演会の後、第2部として、高木二郎先生の大阪府「教育功労者」の受賞祝賀会が催された。大阪府・市校長会を代表し長谷川雅幸校長から、HCC研究会の生みの親として教育オーディオロジーの発展に尽力された高木先生の功績が称えられた。リオン株式会社の井上社長や東神実業の出島社長からも祝辞があり、伊藤治夫先生(伊藤耳鼻咽喉科医院)が乾杯の音頭をとられた。聾教育学の先達である石原佳敏先生からも「HCC」研究会運営の思い出話を聞くことができた。



【2010年1月20日(水):お年寄りの難聴】

昨日(1月19日)の日本経済新聞(夕刊)に高齢者の難聴理解を促す記事が載っている。私が取材を受けて話した内容の一部も書かれていた。「増えるお年寄りまず理解」「耳の遠さあきらめない」「本人の自覚難しく」「聴力が衰えた人と話す際のチェックポイント」「耳の遠い人との会話に悩む人は多い」「補聴器調整し活用を」などの見出しが付いている。



【2010年1月19日(火):研究者リスト】

東大・先端研のホームページに「研究者リスト」がある。53名の教授と準教授、5名の客員教授のプロフィールが載っている。事務局の経営戦略企画室・広報担当へ原稿を提出するのが遅くなり、今日初めて私のプロフィールが公開された。
http://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/people/alpha-A.html

「研究分野」に記載された以下のことは、客員教授を拝命している私の「研究公約」のようなものである。公約に反しない大学人となるよう努めなければならない。

『聞こえの痛みを治し和らげることを必要とする二つの世代ピークがあります。一つは加齢による聞こえの不自由さに遭遇しより良い聞こえを求め、音声情報の欠如や周囲とのコミュニケーション関係に痛みを感じている高齢難聴の人々。もう一つは、新生児聴覚スクリーニングの体制が整備されるにともない超早期に難聴が発見されるようになった聴覚障害幼児とその家族です。この領域には医学、工学、教育学、心理学、社会学などのさまざまな学問分野の取り組みが錯綜しており、それがゆえに複雑な問題が生じているという歴史的経緯があります。そうした問題に対して、オーディオロジー(聴覚障害補償学)の観点から総合的にアプローチし次の課題に取り組みます。

1)人工内耳と補聴器と手話の選択や適応などに迷う問題事例、あるいは教育方法や教育機関の選択などに迷う問題事例についての専門家(障害当事者を含む)による総合カンファレンスとリカレント教育モデルつくり
2)聞こえの評価が困難な乳幼児の聴性反応行動の観察法の確立から、聞こえの問題のある高齢者の自己評価・障害認識に関する支援方法の開発まで、聞こえの痛みを治し和らげるための“ゆり籠から終の床まで”の情報保障システムと生涯支援プログラムの構築
3)障害問題の国際比較研究、アジアにおける聴覚障害問題に関する専門家国際カンファレンスの在り方研究、アジアとの障害学に関するバリアフリー実践』



【2010年1月17日(日):鉄瓶の音】

私は寒い冬が嫌いではない。底冷えのする日には親の代からある古い火鉢に炭火を熾して暖を楽しむ。この冬初めて居間に置いた火鉢に火を入れ、妻と「夏」(ナツ、8歳のトイプードル)と私とで囲んだ。火鉢の上で南部鉄瓶が湯気を立てはじめ、コトコトと沸く音が聞こえるようになる。火勢を下げ落ち着いた炭火となると湯のたぎる音は治まり静かになる。ナツもソファーの定位置で居眠りに入る。妻が「鉄瓶の音(ね)が聞こえるね」と言う。小さい頃と同じ光景がよみがえる。「ほら、チーンチーンと鳴ってるよ」と妻が。私は「え?!聞こえるの?」と火鉢に近付いて耳を澄ますが聞き取れない。昔の人はよく知っている鉄瓶の音、それは「しーンしーン」「しンしン」「ちーンちーン」「ちンちン」と細く鳴り続ける懐かしい音だ。あわてて試用中の高性能補聴器を装着してみるがやはり聞こえない。気を殺いでいた私の高音域の耳鳴りの方に聞こえが傾いてかえって大きくなる。そこで「はた」と気付いた。私の耳鳴り音はこの鉄瓶の音と酷似しているのである。各周波数の純音を耳鳴りを持つ被検者に提示して聴力検査を進めていくとき、ある特定の検査音に対する反応の表し方が不安定になることがある。提示された純音と耳鳴り音とが紛らわしくなり弁別が難しくなる場合である。

私の耳鳴りコントロール法には自己流心理療法などいろいろある。基本は耳鳴りのことを気にしないことである。どうしても耳鳴り音から意識が逃れられない場合には、耳鳴り音に向かってこちらから積極的に傾聴することにしている。耳鳴り音をある種の音楽だと思って楽しむというまではいかないが、いつの間にか消えてしまう。鉄瓶の音の件で、新たに発見した耳鳴りコントロール法は、南部鉄瓶が「しーンしーン」と鳴っている場面を想像し、耳鳴り音をそれに見立てる心理療法である。

小説や俳句などにも静かさや寂しさの描写に長火鉢の上でちりちりと鳴り続ける鉄瓶の音が取り入れられる。「昼は部屋の窓を展いて盲人のようにそとの風景を凝視める。夜は屋の外の物音や鉄瓶の音に聾者のような耳を澄ます。」(梶井基次郎『冬の日』)



【2010年1月16日(土):天職】

「千葉聴覚障害教育研究会」(会長:鈴木正彦・千葉聾学校長)が設立7年目を迎えた。第26回研修会(冬の例会)の記念講演に招ばれ、「聴覚障害教育に思う」の演題でお話をした。私のいつもの悪い癖で、休憩時間も質問時間もとらないまま約3時間、参加された先生方をお引き留めしてしまった。「天職」の話も含め、幸い皆さん熱心に最後まで傾聴してくださった。

『ベルーフ(Beruf)」は、ドイツ語で「職業」「天職」を意味します。英語のvocation に当たります。Berufの原義は「神から呼び出されること=召命、聖職者として使命を与えられること」です。天職を表すもう一つの英語に calling があります。やはり「呼ぶ」に関係しているわけです。自分に与えられた使命を果たすこと、これが天職です。聴覚障害教育を職業とする先生も天職を与えられているのだと思います。天職を得た人は自分らしく生きることができます。「自分らしく生きる」ということでは、聴覚障害に関わる教育機関、団体、会社などの組織が本来果たすべき役割も「天職」の一つであろうと思います。例えば聾学校、あるいは補聴器会社なども自分らしく生きてほしいと願います。自分が所属する組織は誰によって育てられてきたか。これからは誰によって育てられようとしているのか。組織はどのように学んできたか。これからどのように学ぼうとしているのか。組織がいかに自分らしく生きてきたか。これからもいかに自分らしく生きるべきか。天職たる所以について改めて確認してみたい。肝に銘ずべきことは「信頼と尊重」だと考えます。上司、同僚、部下を信頼し尊重できること。聴覚障害当事者や聴覚障害児を必死に育ててきた親を信頼し尊重すること。このことに基づいてベルーフ(Beruf)」に励もうではありませんか。』



【2010年1月15日(金):静けさ・歌会始の儀】

宮中において新年歌会始の儀がとりおこなわれたことをニュースで知った。去年の同じ日に陪聴者として歌会に招かれた。今年のお題は「光」であるが昨年は「生」であった。あれから1年が経ったのかと感慨深い。学長としての判断が求められる複数の懸案事項を常に抱えながら、一つずつ重要案件に決断を下していく日が続いていた。あのような慌ただしく時間に追われる生活の中にあって、皇居での一日はゆったりと静かに時間が流れる至福のときであったことが思い出される。

控えの間で一人ひとりの肩書と名前が呼ばれる。「おーぬま のー なおきー」と。河野洋平・衆議院議長を先頭に、前の人に詰めることなく十分に間をとって歩き出す。左右に美しい庭園を見ながら、長く続く回廊をゆっくりと進み松の間に入っていく。天皇皇后両陛下の御前で、読師(どくじ)の司会により始められる。一般から詠進して選に預かった歌、選者の歌、召人(めしうど)の歌、皇族殿下のお歌,皇后陛下の御歌(みうた)と続き,最後に御製(ぎょせい)が披講(ひこう)された。

講師(こうじ)(全句を節をつけずに読む役)、発声(はっせい)(第1句から節をつけて歌う役)、講頌(こうしょう)(第2句以下を発声に合わせて歌う役)。諸役の奏でる声は松の間全体に美しく響く。ここでは全ての言葉と所作がゆったりと流れる。強く印象に残っているのは「間の静けさ」である。騒音や雑音が途切れたときの静けさではない。意味のある美しい音がしばし止んだ時の静けさである。「静けさ」もまた聞こえの喜びとなることを知った。



【2010年1月12日(火):眼鏡】

  数か月前、軽くて目立たないので気に入り長く装用していた眼鏡を外出先の何処かに置き忘れ紛失してしまった。格安メガネ1万円セットの広告を見つけ地元のデパートで間に合わせに遠近両用メガネを購入した。しかし、使い心地もデザインも今一つ気に入らず、ほとんど使わなくなってしまっている。68歳の誕生日の記念に眼鏡を買ったらと言う妻に連れられて東京の三越に。店頭に沢山並ぶ品々の中から、良くフィットし満足できるにちがいないと思えるフレームとレンズが見つかった。ところがこれをいざ買う段になって、手持ちの格安メガネに比べ約20倍もする値段に逡巡し決断が鈍ってしまった。迷った末に購入を諦めた次第である。遠くを見てする車の運転や外出のときには、10年ほど前テレビ番組出演のときに購入したカルティエの近眼用眼鏡を使えばいい、普段の実用には格安の遠近両用メガネを使えばいいのだ、ということになった。
  一般の人にとっては補聴器も、新聞広告で見るような格安なものから何10万円のものまで、値段の差が大きいのが大変な驚きであろう。高すぎて手が出ず格安な補聴器があるならそれで間に合わせようとする人も多いに違いない。格安1万円補聴器よりも多少値段が高くとも、必要十分な性能を備え、良くフィッティングされ、なおかつ納得できる価格の補聴器が品揃えされなければ、補聴器の真の効果は世の中に伝わらなくなるであろう。



【2010年1月11日(月):インターネット中継】

愛媛大学を会場にして1月9日から日本教育オーディオロジー研究会の上級講座が開かれている。本日が最終日で昼食時間を挟んで年次総会が開催された。よんどころ無い事情があって私は出席できないので、会長挨拶をSkypeでインターネット中継することになった。自宅の書斎から、パソコンのカメラとマイクを通じ愛媛大学に参集した会員の皆さんにご挨拶した。
  本ホームページに載せてある元旦と二日の内容に加え、視覚障害者にとっても本研究会の情報がバリアフリーになることを目指し、特にホームページのユニバーサルデザインを工夫してはどうかと呼びかけた。教育オーディオロジー研究会の会員には盲学校に勤めた経験のある先生や視覚障害者の情報保障支援に詳しい関係者もおられるようだ。見えない・見えにくい障害のある方々にとっても読みやすい情報提供がなされるよう、本研究会の公聴広報事業にご助言いただければ嬉しい。



【2010年1月7日(木):当事者支援】

周囲の人よりも難聴者自身の方が自分の障害の実態を知らないでいるということがある。難聴になるとどんな障害がもたらされるのか、様々に現われるそれらの障害を認識し、軽減したり克服したりするにはどうすればよいのかといったことについて、意外にもご本人が「知らないまま、知らされないまま」のことが多い。そう聞くと難聴者も一般の人も意外に思うかもしれないが、これも難聴という障害がなかなか理解されにくい一面なのである。
  難聴になった人はそのままの状態では「ただ耳が聞こえない・聞こえにくい人」でしかない。聞こえない・聞こえにくいことにより身の回りに生起する「障害」を認識・理解していないとすると、その人はまだ本当の「聴覚障害者」にはなっていないのであろう。その意味で、逆説的に聞こえるかもしれないが、「ただ耳が聞こえない・聞こえにくい人」ではなくできるだけ早く「聴覚障害者」となる必要がある。聴覚障害者とは自分が障害を被っていることを知っている人、その障害を説明し啓発できる人と言い換えてもよい。社団法人全国難聴者・中途失聴者団体連合会の高岡正理事長が、難聴者に必要な大事な支援の一つに「当事者支援」の充実を挙げている。私にはとても賛同できる提案である。



【2010年1月2日(土):倜戃不羈】

日本教育オーディオロジー研究会や各地の教育オーディオロジー研究協議会が、討論題として「私たちはこれから何をすべきか?」などのテーマを取り上げることが多くなってこよう。ある組織がその設立理念や目標とするところを見失わないようにするには、常に議論し点検されなければならないことである。

「静かに流れる教育オーディオロジー」は、日本教育オーディオロジー研究会が設立された2004年(平成16年)の第1回総会において、私が記念講演を行ったときの演題である。聾学校や難聴学級の現場で聴覚を活用する教育やその実践者が、時には逆境に遭ったり自信を失ったりすることを覚悟の上で、ゆったりと流れ続ける河のように聴覚活用の大切さを冷静に実践していく姿勢を説いたものである。しかし、静かにしていれば済むというものではない。この教育にあたる専門家には「倜戃不羈」(てきとうふき)の気概も必要である。倜は(高い)こと、戃は(優れている)こと、不羈は(縛りつけられない)ことの意味がある。己の思うことをひたすらに気概を持って貫く。媚びず(こびず)、阿らず(おもねらず)、謗らず(そしらず)、教育オーディオロジーが聴覚障害児のために為すべきことをしっかりと行っていこう。



【2010年1月1日(元旦):年頭にあたって】

村上春樹の小説には聴覚と音について洞察の深い文章がある。『海辺のカフカ』の15章。カフカ君が森の奥にある山小屋に隠遁し一人で過ごす。『僕はベットの上に横になって、ヘッドホンでプリンスの音楽を聴く。その奇妙に切れ目のない音楽に意識を集中する。ひとつ目の電池が「リトル・レッド・コーヴェット」の途中で切れる。音楽は流砂に呑みこまれるようにそのまま消えてしまう。ヘッドホンを外すと沈黙が聞こえる。沈黙は耳に聞こえるものなんだ。僕はそのことを知る。 』と。

「静寂」「無音」「沈黙」は、聴覚が活きているから認識できること。更に『海辺のカフカ』17章では、日常、音・音声の洪水に紛れ聞き逃してしまう当り前の音の美しさに気が付いたカフカ君が次のように述べている。『鳥のさえずり、様々な虫の声、小川のせせらぎ、樹木の葉が風に揺れる音、なにものかが小屋の屋根を歩いている足音、雨降り。そしてときどき耳に届く、説明のつかない、言葉では表現することもできない音・・・・・。地球がこれほど多くの美しく新鮮な自然の音に満ちていることに、これまで僕は気づかずにいた。そんな大事なことをずっと見逃し、聞き逃して生きてきたわけだ。』と。

年をとるにつれ、これまで当り前に聞いてきた音が若い頃のようには聞こえなくなっていることが自分にも分かる。人は誰でも高齢に向かい次第に音を失っていく。このことの意味が今頃になってようやく理解できるようになった。腕時計に耳を当て60歳までは聞くことのできた「カチコチカチコチ・・・」が今は聞こえない。今聞けるたくさんの音をよく聞いておきたいと、この世のさまざまな音が愛おしくなる。30年以上聴き続けてきた愛機タンノイのスピーカ(20年目には、同型の30 cm同軸型スピーカが製造中止になるというので英国から取寄せてもらい交換した)の音楽が心なしか以前より豊かに耳に届く。

日本教育オーディオロジー研究会のホームページ開設時に載せた「巻頭言」の一節を年頭に当たり改めて引用する。

『空気中に生まれた生物としてのヒトは、人や環境から発せられる音刺激に触れその恩恵に浴するように創られています。全ての子どもには、音を可能な限り受容する権利があることを忘れてはなりません。・・・・・21世紀の聴覚障害者の情報保障環境は、社会の変化と科学技術の進歩に合わせて着実な進展を見せています。補聴器と人工内耳も、人の一生の始まりから終わりまで、生涯の早くから遅くまで長期にわたって装用されるようになるでしょう。聴覚法、口話法、手話法など、どのような言語コミュニケーションの手段が選択されようとも、全ての聴覚障害児には何らかの音情報が保障されなければなりません。聴覚には人としての感性を支える本源的な意義があるということを、教育の場で、教育オーディオロジー研究を通して確認したいものです。』




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