【2009年11月26日(木):防災訓練】

 地震による火災を想定した東大駒場Uキャンパスの防災訓練が行われた。前もって事務局が私の研究室に用意して置いてくれた新品のヘルメットと手袋を身に付け避難所に指定されたグラウンドに駆け付けた。東大駒場Uキャンパスには先端科学技術研究センターと生産技術研究所がある。教員、職員、大学院生など1000人以上の白いヘルメットが集まると壮観である。筑波技術大学での防災訓練では視覚障害者と聴覚障害者に確実な情報が伝わることの工夫や配慮が第一である。しかしここでは、1000人もの集団に携帯メガホン一つで話が伝わるという健聴者の現実があった。一般の人々の行動様式を見て妙に感心してしまう。たまたま今回は参加者に聴覚障害者が含まれていなかったようである。情報保障が得られない場を一度経験してしまうと、次からは防災訓練などの機会があっても出たがらなくなる難聴者の気持ちが分かる。




【2009年11月22日(日):九州教育オーディオロジー冬期研修会】

 昨日から九州教育オーディオロジー研究協議会主催の冬期研修会が開かれている。沖縄ろう学校の新川善昭校長はじめ関係者の丁寧な準備により初めて沖縄で開催されることになった。4つ講義と6つの話題提供は沖縄から参加された先生方の勉強意欲に応える十分な内容であった。講師を務められたのは日本教育オーディオロジー研究会の運営にも尽力されている現場の先生方である。お一人お一人が特別支援教育のなかで聴覚障害児を取り巻く課題に取り組み解決してきた経験が深い講師陣であり、皆さん共通して子どもの観かたと教授法に優れている。常に自分なりのアイディアを生み出し教育オーディオロジーを実践するアクティビティーが高い。午後からは私が「難聴教育のこれまでと展望」について講演した。
 摂氏25度を超える南国の陽気である。この連休は、大浦湾カヌチャベイの海を覗くシュノーケリングとヤンバル慶佐次川のマングローブ林をカヤックで上るツアーに参加してみよう。



【2009年11月20日(金):移動母子教室】

 財団法人聴覚障害者教育福祉協会(会長:山東昭子)は、毎年全国8カ所で移動母子教室を開設している。今年は2つの聾学校での講師を委嘱された。10月4日(日)には福島県立聾学校(校長:緑川孝夫)を訪れ「聴覚障がい児の育ち方・学び方・生き方〜聴覚補償と情報保障」の演題で話した。今日は、茨城県立水戸聾学校で「聴覚活用の将来と課題」について講演した。
 いつも私の話の最後には次の内容が加わる。『世の中全体が手話や文字によるコミュニケーション環境の改善に向かっていることは有難い。手話や文字などの視覚を通した情報保障は、聞こえない音声を「見える言葉」に代えてくれるので功を奏している。しかしその結果「聴覚を通した情報保障はもう必要がないと」思い込んでしまうとしたら、それは間違いである。音声に代わる情報は保障されたが、“音”が抜け落ちてしまったことに気が付かなければならない。視覚だけに頼る情報保障には”抜け落ち”がある。空気中に生まれた生物としてのヒトには「音」を享受する権利がある。そして聞こえないと言われている全ての子どもが音を感じ取ることのできる残存聴覚を保有している。』



【2009年11月18日(水):立入先生の教授就任】

 日本教育オーディオロジー研究会の事務局長である愛媛大学の立入哉(タチイリ・ハジメ)先生が准教授から教授に昇任された。徳島聾学校の教員時代から現場のニーズに応えるレベルの高い実践をされていたので、私は当時から教育オーディオロジストとしての将来を嘱望していた。勤めていた聾学校を退職し筑波大学の大学院生になろうとした時も、前途多難な先行きが予想されたが、私が宮城聾学校を去った若い頃の覚悟とも似た想いを推察して、その決意を応援したものである。愛媛大学に奉職してからも優れた教育研究活動をしている割にはなかなか教授にあがれないことを陰ながら案じていた。国立大学の教授になるには教育、研究、大学運営等への貢献が厳しく評価され審査される。一方で、テレビなどで顔の売れた人が、失礼ながら余り教育研究業績がないまま突然に私立大学の教授に就いたりするのを見るにつけ、日本のプロフェッサーも随分安直になったものだと嘆いたものである。教授となると急に学内外の委員などの役回りが多くなり苦労が倍増するものである。しかし、教授に昇進したとたんに学内業務から逃げようとし、だからと言って新しい研究もしなくなるというタイプも少なくない。「教授たるもの」同僚からも弟子からも信じられる頼もしい存在でなくてはならない。待ちに待った「立入教授」の実現は本当にうれしい。そして日本の教育オーディオロジーの領域にまた新たな活力が生まれることを期待したい。



【2009年11月14日(土):補聴器についての解説例】

 今年10月1日付で東大の客員教授に就任してからひと月半が過ぎた。月2回水曜日に開催される先端研の教授会にも出席する都合で、毎週水曜日を勤務日と決め駒場(駒場Uキャンパス)に通っている。6年以上も教授職を離れていたこともあってか、東大出身ではない私にとって初めて東大内を知ることが多く毎日が新鮮である。
 私は福島智教授などが活躍されている先端研・バリアフリー分野に所属しているが、東大・本郷キャンパスには「東京大学バリアフリー支援室」(室長:池田信雄・総合文化研究科・教養学部教授)の本部がある。そのWebサイトhttp://ds.adm.u-tokyo.ac.jp/ のリニューアルに際して「聴覚障害について知っておいていただきたいこと」と題した支援者向けページの監修を依頼された。特に補聴器についての解説に「補聴器は伝音性難聴に効果があり適応されが・・・」とある従来の記述内容に疑問を感じていたので、下記のような書き出しの文章を書き加えることにした。参考までに教育オーディオロジー会員に供覧したい。
 『補聴器は伝音性難聴に対しては最も音響増幅の効果があります。しかし殆どの伝音性難聴は耳鼻科医療で治すことができますから、実際には補聴器(骨導補聴器以外の)が適応されることは稀です。感音性難聴の人が補聴器を使用する最大の難点は、騒音に囲まれた場所で効果がない、離れた人の声が聞き分けにくくなることなどでした。例えば、静かな部屋の少人数の講義では、受け答えができていたのに、昼食でにぎやかなカフェテリアに行ったら、友達の話す声が聞き取れず、急に無口になる、といったことが生じます。最近の補聴器は、単に音を増幅するだけのものではなく、デジタル信号処理機能や騒音抑制機能などが付いた高性能な機種が多様に揃っています。耳介に掛ける「耳かけ形」や耳穴に入れる「耳あな形」が多く使われます。また、騒音の中や離れた話者との聞き取りを改善するための様々な「FM補聴システム」が選択できるようになりました。補聴器は一人ひとりの難聴の特性に合わせて処方された適切な機種を選択しなければ役に立ちません。初めに選択・調整された補聴器でも、その後の聴力の変化や使用場面などに応じて補聴器の音量や音質などの再調整が必要です。そのような補聴器のフィッティングに携わる専門家として補聴器相談医と認定補聴器技能者が全国に配置されています。』



【2009年11月8日(日):韓国聾教育100周年記念式典】
 
 韓国の聾教育が100周年を迎え、11月2日(月)にソウル市内のホテルで記念式典が開催された。日本を代表して私が祝辞を述べた。それは次のような内容の英語スピーチであった。
 「聴覚障害人(deaf and hard-of-hearing people)には未だ発揮されない潜在能力がある。適切な教育環境があればその能力は発達するものである」(ちなみに、中国や韓国では日本人が「障害者」と書くのを好まない。「障害人」であると指摘されたことがある)
 「それゆえに聴覚障害教育に関わる人の専門性(professionalism)が欠かせない」「韓国と同様に日本でも、先人が築いた聴覚障害教育の知識や方法等が教育現場で継承されにくくなったという共通の問題を抱えている」「これまでの道程に標石(milestone)を置く日が今日である。そしてまた、新たな歩みを踏み出す日が今日である」「韓国聾教育のこれからの100年が、過去の100年の成果と同じように実りあるものとなるに違いないと、私たち日本人は予見し期待しています」
 日本の聾教育の歴史は既に130年を超えた。30年以上前に100周年を祝った時、その後の100年に私たちは何を夢見たのだったろうか。香港から招待されたボウ・スイメイ女史(元ホンコン聾学校長、APCD国際運営委員会名誉会長)のスピーチでは、日本聾話学校元校長の故・大嶋功先生が世界に与えた聴覚障害教育の夢が改めて紹介された。



【2009年11月7日(土):聞こえの痛み】

 難聴には一般の外科的な傷害と違ってそれ自体に”痛み”というものがあるわけではありません。しかし、“聞こえ“に関する問題は、人との関わりやその難聴者を取り巻く社会・環境との関わりにより、痛みを伴うことになります。人との関係改善によりその痛みが軽減し、聞こえの喜びを享受することもできますが、人や社会・環境のありかた次第ではかえって”聞こえの痛み“が増すこともあるのです。難聴当事者の周囲に難聴についてよく理解できる人々がいるほどに聞こえの痛みが少なくて済みます。高齢者や難聴者に対する障害補償・情報保障のあり方をみると、その国や地域の文化的な成熟度を知ることができます。
 聞こえの痛みを治し和らげることを必要とする二つの世代のピークがあります。一つは加齢による聞こえの不自由さに遭遇しより良い聞こえを求め、音声情報の欠如や周囲とのコミュニケーション関係に痛みを感じている高齢難聴の人々です。欧米では、難聴の診断治療を受け持つ耳鼻科医が医学的にこれ以上の回復が見込まれないと判断した感音難聴や老人性難聴などに対して、聞こえの痛みを治す専門家として次に安心して託せる「オーディオロジスト」の制度が確立しています。アメリカでは2007年よりオーディオロジストに与えられるCCC-A(Certificate of Clinical Competence in Audiology )の資格取得に博士号Au.D. (Doctor of Audiology)が条件づけられているほどレベルの高い障害補償の環境ができています。さらに学校生活を送る難聴の子どもをケアする教育オーディオロジスト(Educational Audiologist)なども欧米の聾学校、難聴学級では専門職として位置づいています。適切にフィッティングされた補聴器が難聴者に手渡され有効に使われるようになるまで、我が国では日本耳鼻咽喉科学会の「補聴器相談医」から「認定補聴器技能者」「認定補聴器専門店」に至る流れがある程度充実してきました。しかしまだ欧米のようなオーディオロジストは位置づいていません。「言語聴覚士」のうちの比較的補聴器に詳しい専門家がオーディオロジストの代わりも果たしているという現状にあります。
 もう一つの聞こえの痛みを治し和らげることを必要とする世代が、新生児聴覚スクリーニングの体制が整備されるにともない超早期に難聴が発見されるようになった聴覚障害幼児とその家族です。難聴を宣告された一人の重度難聴児とその親には、これから我が子はどのように育ち、学び、生きていくのか、聞こえの痛みの問題が次々と押し寄せるに違いありません。手話か口話か、補聴器か人工内耳か、聾学校か通常の学校かなどの問題や、学力保障、コミュニケーション能力、社会性や常識、就職などの課題は、依然として解決されないまま繰り返されています。耳鼻科医、言語聴覚士、認定補聴器技能者、聾学校・難聴学級の教師、情報保障支援者(筆記通訳者や手話通訳者)などは、それぞれの専門の立場で個々の聴覚障害者の聞こえの痛みを“治す”のに一定の役割を果たします。なかなか一般に見えにくく理解されにくい難聴の問題を社会に啓発するのも専門家の大事な仕事です。聞こえの痛みを“治す”専門家に加え、聞こえの痛みを“和らげる”人々が難聴当事者の周囲に増えることが大事です。



TOP

Home