Duskin Leadership Training in Japan

最終レポート

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ハニタ・マイポンのファイナルレポート

自立するろう者~ろう協会の発展と強化~

私の名前は、ハニタ・マイポンです。ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の第17期生で、ラオス出身です。日本で学びたいことは4つありました。1)ろう協会の組織強化、2)ろうの差別解消、3)手話通訳者の養成、4)手話の指導方法です。これらを学ぶために、日本で10ヵ月間研修をしました。

1.ラオスのろう者の現状

ラオスのろう者は様々な問題を抱えていますが、特に重要な4つについて説明します。1つ目は、ろう協会の活動に持続性がないことです。この背景には財源の問題があります。ろう協会は助成金を獲得したり、NGOなどからお金をもらったりして活動していますが、それらは1年や2年といった事業実施期間が設けられています。その期間が過ぎると財源がなくなってしまい、活動を休止せざるを得なくなります。2つ目に、手話通訳者が不足していることです。現在、ラオスには3人の手話通訳者しかいません。ラオスには18の県がありますが、たった3人しかいないのです。その理由は、手話通訳者の収入が不安定だからです。NGOからの支援もありますが、その期間は短く、金額も安いので、通訳者は辞めてしまいます。3つ目はろう者の学歴が低いことです。ラオスのろう者は中学までしか進学できません。ラオス全土にろう学校は2つだけありますが、それらの学校には小学部と中学部しか設置されていません。一般の高校への進学は妨げられませんが、そこに手話通訳者は配置されません。手話で授業が受けられないので、結果的にろう者は高校に行くことができないのです。4つ目に手話ができるろう者が少ないことです。手話ができるろう者とは、ろう学校を卒業した人、またはろう協会で活動している人だけです。田舎や山間部に住むろう者は、手話に触れる機会がないまま成人することも珍しくありません。

2.日本で学んだこと

初めにグループ研修の一環としてリーダーシップ研修を受けました。障がい者の中には、知識がない人、リーダーシップのとれる人、様々な人がいますが、知識のある人だけではなく、知識のない人も集めて、リーダーがその人たちに情報を教えることで、団結することができると学びました。仲間がいれば、政府との交渉も円滑になります。ですが、現在のラオスでは、ろう者はバラバラですので、団結して活動していけるように頑張っていきたいと思います。

次に、個別研修で日本ASL協会に行きました。ここでは、ろう者に適したプレゼンテーション技法を学びました。例えば、講演者である私がどこに立てばよいのかを考えながら、プレゼンテーションの練習を行いました。また、ろう者と聴者の両方が参加している講演会でろう者から質問があった場合、その質問者の後ろにいるろう者には手話が見えません。そういった場合、話者である私が質問内容を手話で繰り返し、その人にも分かるようにしなければならないということも学びました。また発表時間の厳守は一つの技術であることも学びました。

次に滋賀県ろうあ協会で研修を行いました。ろうあ協会には、手話指導部や広報部、青年部や高齢部、女性部といった様々な部門があります。それぞれの活動に参加し、研修をさせていただきました。部門ごとに独自の活動をしているだけではなく、各部のリーダーが集まり、理事会も行っていました。そこでは、これまでの活動報告や今後の活動計画について話し合われていました。この会議は1ヵ月に1回定期的に行われています。ラオスの場合は1年に1、2回しか行われていません。やはり、こうして定期的に会議を行うことで、活動が円滑に進むのだと思いました。滋賀県ろうあ協会では、会員から年会費を徴収することで、持続的な運営をしているそうです。ラオスろうあ協会でも会費を集めていますが、ごく僅かですので、会費収入のみで運営していくのは難しいです。そのため、NGOからお金をもらって運営をしていますが、その支援期限が切れれば、ろう協の活動も休止してしまいます。この状況を変えて持続的な活動をしていくためには、ラオスろう協会でも会費の値上げなどの工夫が必要ではないかと考えました。

滋賀では、ラオスでは見たことがない装置も見せてもらいました。ろう者福祉大会に参加したのですが、会場はとても広く、後ろの席ではステージの様子が良く見えません。そこで役に立つのが、ステージ中央に設置された大きなスクリーンです。ステージ上でろう者が手話で発言する時、話者がスクリーンに大きく映し出されます。聞こえる人たちはマイクから聞こえる声で十分かもしれませんが、私たちは手話が見えないと話している内容が分かりませんので、大きなスクリーンがあれば大変助かります。逆に話者が聞こえる人で手話を使わない場合は、スクリーンが2分割されて、1画面に話者が、もう1画面に手話通訳者が映し出されます。このような環境をラオスでも作りたいと思いました。

その次に和歌山県聴覚障害者協会で勉強しました。そこは「紀州の手」を設立し、聴覚に障がいのある人のためのデイサービスを提供しています。高齢ろう者の中には、一般の老人施設に通っている人もいますが、他の利用者や職員と会話ができず、孤立してしまう場合も多いです。そこで、手話でコミュニケーションができる「紀州の手」が設立されました。「紀州の手」では、ゲストを呼んで講演会を開いたり、勉強会を実施したり、手芸をしたりと様々な活動があるので、認知症の予防効果も期待できます。私にとってもすごく楽しい場所でした。ラオスにも家にひきこもっているろう者が沢山いますので、こういった場所があれば良いなと思います。ただ、高齢ろう者だけではなく、若いろう者も集まれる場所にしたいです。ラオスでは仕事に就けないろう者が多く、若くても家に閉じこもっているケースがたくさんあるので、そういった人たちも通える場にしたいです。

また、和歌山県聴覚障害者協会が現在力を入れているのは、高齢ろう者が安心して入居できる小規模老人ホーム設立に向けた寄付活動です。会員のみならず、企業や聞こえる人たちからも寄付を集め、土地を購入しました。しかし建物はまだ建っていませんので、寄付活動を続けています。この活動はろう協が自主的に始めたものではなく、和歌山県内のろう者からの要望に応え、ろう協が代表して活動を続けています。ラオスろう協会でも、寄付活動を行いたいと思いました。というのも、ラオスろう協会は、身体障害者協会の傘下で活動をしています。視覚障がいや知的障がいの協会は独立しましたが、ろう協はそれができていません。私たちも自分たちの事務所を持ちたいので、こういった寄付活動を行うのはいいことだと思いました。

次に、国立障害者リハビリテーションセンター学院手話通訳学科で勉強しました。ここでは、ナチュラルアプローチについて学びました。これは、CL(類別詞)やNMS(非手指動作)といった日本手話特有の文法をどのように教えるかという手法です。また、手話通訳者になるためにはどのように行動すべきかということも授業で教えていました。ラオスではそこまで指導していないので、今後は手話通訳者としての適切な振る舞いについても指導していきたいと思います。

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3.楽しかった思い出

ここで、日本での楽しかった思い出についてもお話ししたいです。お正月に京都と兵庫で着物を着る機会が2度ありました。大変だったのが歩き方です。着物の場合は内またで歩かなければならず、それがなかなか難しかったです。でも着物はきれいで大好きです。

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4.帰国後の目標

帰国後、ラオスろう協会で成し遂げたいことが5つあります。1つ目は、ラオスろう協会の組織力の強化です。2つ目は手話通訳者を養成し、通訳者数を増やすことです。3つ目は、ろう者にラオス語と手話を教えることです。そして、書記ラオス語・ラオス手話ができるろう者を増やしたいです。4つ目は、ろう者コミュニティを作ることです。ろう者が共に学び、共に活動できる場を創出したいです。最後に、政府や海外のNGOと交渉し、支援を得ることです。ろう者が活動を継続していくためには、手話通訳者の存在は欠かせません。手話通訳者に安定した給与を支払うために、政府やNGOからの支援を充てたいと思います。そして、手話通訳者が末長くろう協と共に活動できる環境を作りたいです。

5.お礼の言葉

最後に、ダスキン愛の輪基金の皆さま、研修期間中にご指導いただいた皆さま、また戸山サンライズの皆さま、本当にありがとうございました。

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