Duskin Leadership Training in Japan

最終レポート

プロフィールに戻る

ファズルル・ハックのファイナルレポート

スリランカのろう者が抱えている問題

以下の問題を解決するための知識や経験を得たいと思い、私はこの研修に申し込みました。

1.ろう教育

スリランカには14のろう学校があります。口話訓練がほとんど行われてないのはよいことだと思いますが、手話による教授が保障されていないのが問題です。簡単な手話と身振りを補助的に使って指導が行われているところもありますが、それでは不十分です。手話が堪能な先生がいれば、ろう児も十分な教育が受けられるのに、現在はそれができていません。

2.手話通訳

裁判における手話通訳者派遣費用については、政府が負担することになっています。しかし、それ以外の場面ではろう者が全て自己負担しなければなりません。また、手話通訳者と呼べる人が5人しかいないことも問題です。もちろん、家族や友達などボランティアで通訳をしてくれる人はいますが、手話が上手ではないので誤訳がたくさんあります。しかし、今は医師の診察や、就職面接という大切な局面においてもボランティアに通訳を頼むしかなく、ろう者は心から安心して生活ができているとは言いがたい状況があります。

3.運転免許

ろう者は運転免許の取得が認められていません。スリランカではろう者を受け入れてくれる仕事は限られていますが、車が運転できればその雇用の機会は広がります。ですから、違法だと分かっていても車に乗って仕事をしているろう者がたくさんいます。しかし、違法である以上、警察に見つかれば逮捕されてしまいます。

4.ろう者の啓発

上記以外にも、ろう者は様々な場面で差別を受けたり、不利益をこうむっています。スリランカ中央ろう連盟には12の支部があり、それぞれの代表は熱心にろう運動に取り組み、ろう者に対する差別や偏見と戦っています。しかし、地域に暮らすろう者のほとんどは、ろうであることを悲しみ、聞こえる人をうらやみながら、自分の殻に閉じこもっています。これはろう者に関する情報や知識が彼らに不足しているせいだと思います。そんな人たちが、ろうであること、また手話という言語に誇りが持てるよう啓発活動を行い、彼らをろう運動に取り込んでいくことが大切です。しかし、それは容易なことではなく、どのように啓発活動を行えばよいか悩んでいました。

日本での研修

1.ホームステイと日本の人々

お正月のホームステイは東さんの家で過ごしました。私はお客様としてではなく家族の一員として温かく迎えられました。おせち料理や着物など日本の文化も体験しました。夜は地元のろう者が色々なところに遊びに連れて行ってくれました。

ホームステイ以外でも親切な人にたくさん出会いました。特に青森と岩手でお世話になった人たちには家族のような温かさと強い絆を感じました。

2.ろう教育

日本のろう教育も様々な問題を抱えていることを知りました。例えば、手話による教授が保障されておらず、口話教育がさかんです。また、ろう学校の統廃合が進んでいることにもショックを受けました。これは、ろう児の人数自体が減っているだけでなく、インテグレーションするろう児が増えたことにも起因していると思います。インテグレーションするろう児が多いのは両親の頭が固く、ろう学校を敬遠してしまうせいだろうか?それともろう学校に行っても口話で学ぶのだからいっそインテグレーションしようと思うのだろうか?そんなことを考えました。一方、龍の子学園を見学したときの感動は忘れられません。そこでは、ろう成人がろう児に対して手話でアプローチを行っていました。ろう学校で出会った子供たちは私から声をかけてももじもじしてしまって、会話が続きませんでしたが、龍の子学園の子供達は、私に積極的に話しかけてきました。この反応の違いは自分の気持ちや考えをきちんと伝えられるかどうかの違いだと思います。

3.手話通訳者

日本には手話通訳者がたくさんいます。手話サークルが多いことも素晴らしいと思います。しかし、そこには問題点も見受けられました。まずは、サークル内で教えられているのが日本語対応手話であることです。彼らの手話は眉の上げ下げや目を見開いたり薄く開けたりするような表情がなく、手だけが動いています。さらに驚いたのは、健聴者が主体となって運営を行っているサークルが多くあることです。中には5年、10年と通っているのに、手話がなかなか上達しないという人もいました。健聴者主導で指導が行われていることに何かしら原因があるのではないかと思いました。手話通訳者の養成校として優れたカリキュラムで効果的な指導が行われているのは国立身体障害者リハビリテーションセンター学院と世田谷福祉専門学校です。手話サークルで見た手話は本に載っている手話単語をただ羅列したような感じでしたが、両校の学生の手話はろう者の手話そのものでした。スリランカでは質のよい手話通訳者の養成が急務です。両校のような指導方法を取り入れて養成を開始したいです。最初は小規模でしか指導ができないと思いますが、将来的には多くの通訳者を輩出できるよう、拡充していきたいです。

4.運転免許証

日本では補聴器装着という制限付きですがろう者も運転免許証を取得できます。しかし、それは長年のろう運動が実を結んだ成果であることを研修で学びました。私も帰国後は粘り強く行政交渉を行っていくつもりです。ろう者が免許証を取得できるようになればそれでいいというのではなく、その詳細についてもきちんと話し合いを行います。もし、制限つきならば免許証取得を認めると政府が言ってきても、私は断固反対します。免許証には「補聴器装着が必要」ではなく、「ろう者である」という記載がなされるべきです。ろう者が堂々と車を運転できる日を目指して頑張ります。

帰国後に取り組みたいこと(ろう者のための新聞作り)

日本で日本聴力障害新聞に出会いました。ろう者を取り巻く様々な内容が取り上げられており、とても参考になるものです。スリランカにも同様の新聞があれば、ろう者の啓発に非常に有効だと思います。啓発が必要なのは、ろう者だけではありません。健聴者にろう者のことを知ってもらうためにも新聞は役に立つはずです。また、新聞を読んでろう運動に興味を持ってくれた人たちを、ろう者・健聴者に関わらず運動に取り込んでいくことも可能です。私はスリランカでろう者のための新聞を作りたいと考えるようになりました。

まずは所属団体の仲間に新聞の有用性を訴え、理解を得ることが肝要です。私は研修で学んだことを活かして、アクションプランやプロジェクトプロポーザルを考えました。その作業を通して、新聞発行までのステップやその効果などをより明確にイメージできるようになりましたし、仲間達にわかりやすいプレゼンをする準備ができました。みんなの同意を得られたら、実際にプロジェクトプロポーザルを提出してみるなど、実現化に向けて動き出すつもりです。いつか必ず、スリランカ版聴力障害新聞を発行させてみせます。

最後に

日本は四季がある美しい国です。疲れた体を癒してくれた温泉、初めて見た雪、そしてスキー、日本で生活した10ヶ月を私は決して忘れません。

私の研修を支えて下さったダスキン愛の輪運動基金の皆さん、JSRPDの皆さん、研修先の皆さん、本当にありがとうございました。

top page