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「重力に逆らうこと、逆らわないこと」

札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室 教授 氷見 徹夫

 人間は重力に逆らって飛び上がることもできますがせいぜい2メートル足らずでしょう。逆に、重力のままに落ちてゆくことはいくらでもできます。落ちてゆく感じを実感するのには、重力を感ずる器官が必要です。この器官は耳石器と呼ばれ内耳にあり、蝸牛のとなりにあります。飛び上がることは気持ちの良いことと表現されることが多いようですが、落ちてゆくことは恐怖でしかありません。まさに、天国と地獄です。しかし、最近では落ちることを楽しみとして快感を覚えるパンジージャンプが流行しているようですし、遊園地に行けば、フリーフォールと称する乗り物が人気を集めています。非日常的な重力環境にさらされることがスポーツや遊びとなってしまいました。

 ところが、「落ちる」という感覚の恐怖が引き起こす「めまい」に「高所性めまい」があり、これは一般的に言う「高所恐怖症」のことです。映画の好きな人であればヒッチコックの「めまい」という映画をご存じでしょう。「高所恐怖症」に悩まされる主人公を利用したヒッチコックの名作ですが、他のホラー映画のように現実からかけ離れた恐怖でなく、日常的に誰もが感ずる恐怖心を画像の技術的なものも含めて見事に描いた作品と言えます。

 「高所性めまい」がどのようにして起こるのかははっきりした結論はでていません。人間は日常的には見ることのできない景色にさらされると感覚の混乱を起こし、自律神経系に異常を引き起こします。たとえば、左右逆に見えるプリズム眼鏡をかけると、自律神経系の異常を引き起こし、冷や汗や気分が悪くなったりします。人間が普通に立っている状態では、目から地面までの距離は通常一定していますが、崖の上から谷を覗く時は、通常と全く異なる距離を視覚の異常感覚として感じ、自律神経系の異常をきたし、これが高所恐怖症を引き起こすとの考えがあります。しかし、谷間より崖の上の方向を見ても恐怖心を感ずる人が少ないことから、視覚的な異常感覚だけでは高所恐怖症は説明できません。また、精神心理学的な点からは「落ちる」という恐怖心からのみ説明することが多いようですが、これだけでは不十分のようです。

 「落ちる」という恐怖心は高度に発達した大脳皮質の働きが必要になります。この大脳皮質のまだ完全に発達していない乳児では「落ちる」ことへの恐怖心は完成されていないはずです。しかし、半分はガラスで下が透けて見えるようにしてあり、半分は木の板で下が見えないようにしてあるテーブルの上に乳児を乗せて行動を観察すると、ガラス板を避けるようにします。このことは、人間には高いところを避けようとするもっと原始的な感情がすでに備わっている可能性があると言うことです。これは人間が進化してゆく過程で、常に重力にさらされていたことと関連があると思われます。

 地球上の重力の影響は、人間の精神面形成にも様々な形で表れています。宗教的な意識の中には、その多くに天空を聖なるものとして崇める表現が数々認められます。その中でも、重力に反するような行為に重要な意味を持たせることもあるようです。麻原教祖の空中浮遊が魅力的に見えたのも、反重力的な心情に対する畏敬の念が根本にあったとも考えられます。地球の求心力による重力を自然に感じとる日常的な感覚も、病的な感覚になると不幸になりますが、ジェットコースターに乗って快感を覚え、気分転換をはかれる人にとっては、重力の非日常的な感覚を上手に利用できていると考えても良いでしょう。反重力的行為を含めた非日常的な意識や感覚が日常的なものとうまくバランスをとることにより、人間の健全な精神を高めることができる、と考えることもできるでしょうから。


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