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人工内耳装用後の「髄膜炎」に関して

東京医科大学耳鼻咽喉科助教授 河野 淳

<[ACITA]会報No.60 (2003/02), P17〜18>

 すでに人工内耳装用の皆様はご存じのことかと思いますが、人工内耳により髄膜炎の可能性が高くなるとの報告が、昨年(2002年)欧州と米国でなされ、これらを踏まえて一部器材の使用が不可能となりました。これに関して、本邦でも調査を行い数例の症例があることが判明しました。先日、大阪大学久保先生、宮崎医大小宗先生、虎の門病院熊川先生、そして私4名でこの件に関して話しをする機会がありました。本邦の実体把握と今後の対策・方針の決定などがその目的でありますが、これについては再調査後にちゃんと報告があることと思われます。ここでは米国FDAwebサイト(http://www.fda.gov/cdrh/safety/cochlear.html)での最終報告(2002年10月17日)を中心に解説したいと思います。

 本来髄膜炎とは、細菌、ウイルスなどが脳と脊髄を包む膜である髄膜に炎症を起こし、発熱・頭痛・嘔吐・意識障害・けいれんなどの症状がみられるものです。幼児と老人に多い疾患でありますが、初期に適切な治療を行えばあまり問題となることはありませんが、治療にてこずると最悪死に至ることがあります。原因としては中耳炎や副鼻腔炎からの直接的感染の波及、肺炎や全身性の炎症からの血行性波及、脳外科手術などがありますが、不明な場合も多くあり、風邪と思っていて突然生じる場合もあります。我が国には髄膜炎の報告義務がありませんので明らかな発生率に関する全国的なデータが必ずしもありませんが、だいたい10万人あたり80〜180人いると考えられます。そのうち死亡者は、20年ほど前には10〜20%ありましたが、最近では抗生物質の改良、医療水準の進歩によりほとんどが治り、死亡者は3.5%に過ぎなくなっています。

 当初、欧州の一部の施設で人工内耳手術者に髄膜炎が多いとのことで問題になり、調査を行ったところ確かに多いとの結論を出しました。表に最終報告による髄膜炎の機種別、米国と世界(これには日本の症例も入っていませんので欧州と米国と考えられます)の症例数を示します。米国の52例中33例(62%)は7歳以下の小児、32例(60%)は1年以内(多くは1週間以内)と報告しています。死亡例など個々のケースについて報告していないので詳細が分かりませんが、危険性の要因として内耳奇形、またそれによる髄膜炎の既往、中耳炎、免疫不全状態、手術手技の可能性などを挙げております。FDAでは政府対応としてABC社のポジショナーが影響している可能性があるとして、この使用の中止を勧告しました。

表  FDA Public Health Web Notification: 
Cochlear Implant Recipients may be at Greater Risk for Meningitis

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世界 米国

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症例 死亡 症例 死亡
91 17 52 5
コクレア社製 33   22  
ABC社製(クラリオン) 56   29  
メドーエル社製

1

 

1

 

 本邦でもコクレア社とゲッツブラザーズ社の調査で数例(3〜4人)がすでに報告されておりますが、「明らかに他の原因があり、これが人工内耳と関係ないと証明されたときのみが、人工内耳に関係ないと判断される」のであれば、髄膜炎を発生したほとんどの症例がこの報告の中に含まれることとなります。「明らかに人工内耳が原因、つまり中耳炎など耳の感染がありこれから人工内耳を介して波及して髄膜炎が生じた」と証明できるのは無いようです。米国や欧州での症例でも、同様のことは考えられるわけでありますが、これについて明らかな説明はされておりませんし、また10月以降FDAwebサイトが変更されていないのも何か意味があるのではと疑わざるを得ません。あとは確率論的に言えば、世界的には現在人工内耳症例数約60,000人として、91/60,000で0.15%ですが、日本では3〜4/2,800で0.11〜0.14%とほぼ同様の発生率と思われます。わかりやすくするために人工内耳装用人口10万人当たりと仮定して考えますと、欧米では150人、日本では110〜140人となります。一方、一般の人について考えますと、髄膜炎は報告の義務がないので明らかな発生率に関する全国的なデータが必ずしもありませんが、5歳末満では人口10万人あたり10〜20人の化膿性髄膜炎とその7〜8倍のウイルス性髄膜炎の報告(髄膜炎、春田恒和、日本臨床、2002 Vol 60.suppl 1)などがあり、これから計算すると人口10万人あたり80〜180人となります。ここで人口統計5歳末満の人口は約600万人で総人口(12,870万人)の0.47%と5歳末満の髄膜炎発症率は約80%でありますので、これで補正しますと10万人あたり80〜180人×0.047÷0.8で0.0047〜0.0106%となり、人口10万人当たり4.7〜10.6人の発生率となります。これに対して欧米や日本の人工内耳装用者での10万人当たりの発生率150人や110〜140人は明らかに多い(10〜30倍)と言えるかもしれません。しかし人工内耳装用者には、もともと髄膜炎での失聴者が多いこと(7.5%、コクレア社データ179/2382名)、内耳奇形の症例が多く含まれることなどを考慮しなければならず、米国では多分この当たりを踏まえ、危険因子と記載しているものと推察されます。

 FDA webサイトではワクチンの接種も推奨していますが、実際にはワクチン接種後に感染した症例もあり(ここ数年発症が問題視されているインフルエンザと同様であるが)、またワクチンを行うことによる接種後副作用の問題もありますので、一概に推奨できるかは医師によって意見が分かれるのではないかと思われます。

 以上、現時点での髄膜炎と人工内耳との関係についての私の見解を述べてきましたが、いずれにしても普通の人(危険因子がない、例えば私でも)でも髄膜炎になる可能性があるわけですし、初期治療を適切に行えばちゃんと完治する病気でありますので、情報に振り回されることなく、早期治療を逸することがないように、以下の点を心がけていただきたいと思います。危険因子がある人が確率として高くなる可能性がありますので、特に小さいお子さまが人工内耳を装用されている場合、また年齢がご年輩の方である場合、風邪を引いたり、過労があったりして免疫能が落ちている場合、失聴原因が髄膜炎の方、内耳奇形がある方の場合には、少しでも髄膜炎の症状(発熱・頭痛・嘔吐・意識障害・けいれん・項部硬直といって首が硬くなるなどの症状)があればすぐ、夜中でも主治医(人工内耳手術医師)に連絡してください。主治医はけしてその連絡を嫌うことはないでしょう。躊躇しないで下さい。

 新しい情報がそのうちにまた出ると思われますので、逐次ご報告できるかと思います。

(平成15年2月3日)