障害者の人権及び基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置などを規定した「障害者の権利に関する条約」(以下本章では「障害者権利条約」という。)が、2006年に国連において採択された。我が国においては、2007年に署名して以来締結に向けた国内法の整備を始めとする取組を進め、2014年1月に「障害者権利条約」を締結した。
「障害者権利条約」は、障害に基づくあらゆる形態の差別の禁止について適切な措置を求めており、我が国においては、2011年の「障害者基本法」(昭和45年法律第84号)の改正時に、「障害者権利条約」の趣旨を同法の基本原則として取り込む形で、同法第4条に差別の禁止が規定された。この規定を具体化したものが「障害者差別解消法」である。障害を理由とする差別の解消を推進し、全ての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会(共生社会)の実現に資することを目的として、2013年6月に制定された。
また、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下本章では「2020年東京オリンピック・パラリンピック」という。)や障害者の権利に関する委員会(以下本章では「障害者権利委員会」という。)による我が国政府報告の初の審査を控え、この機を逃さずに共生社会実現のための取組を推進するため、2021年5月には、事業者に対し合理的配慮の提供を義務付けるとともに、行政機関相互間の連携の強化を図るほか、障害を理由とする差別を解消するための支援措置を強化することを内容とする「改正障害者差別解消法」が第204回通常国会において全会一致で成立し、2021年6月に公布された(「改正障害者差別解消法」の概要については図表1-3)。その施行期日は、2024年4月1日とされている(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和5年政令第60号))。
「改正障害者差別解消法」の施行に向けては、障害者政策委員会において、2021年9月以降、障害者団体や事業者団体、地方団体へのヒアリングが実施されるとともに、ヒアリング結果等も踏まえた「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」(平成27年2月24日閣議決定)の改定に係る審議が行われ、障害者政策委員会の意見を踏まえ改定した「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」が2023年3月14日に閣議決定され、「改正障害者差別解消法」と同日に適用されることとなった(「基本方針」の概要は図表1-4)。
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■図表1-1 「障害者差別解消法」に関する経緯
障害者差別解消法に関する経緯 |
2006(平成18年) | 12月 | 第61回国連総会において障害者権利条約を採択 |
2007(平成19年) | 9月 | 日本による障害者権利条約への署名 |
2008(平成20年) | 5月 | 障害者権利条約が発効 |
2011(平成23年) | 7月 | 障害者基本法改正法の成立(一部を除き公布日施行) |
2013(平成25年) | 6月 | 障害者差別解消法の成立 |
2014(平成26年) | 1月 | 障害者権利条約の批准書を寄託 |
2月 | 障害者権利条約が我が国について発効 |
2015(平成27年) | 2月 | 障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針の策定 |
2016(平成28年) | 4月 | 障害者差別解消法の施行 |
6月 | 第1回政府報告提出 |
2019(平成31年) | 2月 | 障害者差別解消法の見直しの検討開始 |
2020(令和2年) | 6月 | 障害者政策委員会において障害者差別解消法に関する意見書取りまとめ |
2021(令和3年) | 5月 | 改正障害者差別解消法の成立 |
2023(令和5年) | 3月 | 障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針の改定 |
2024(令和6年) | 4月 | 改正障害者差別解消法の施行・改定基本方針の適用 |
資料:内閣府
■障害者の状況
我が国の障害者数は、厚生労働省による「生活のしづらさなどに関する調査」、「社会福祉施設等調査」又は「患者調査」等に基づき推計された基本的な統計数値(※1)で確認できる。
身体障害、知的障害、精神障害の3区分について、各区分における障害者数の概数は、身体障害者(身体障害児を含む。以下同じ。)436万人、知的障害者(知的障害児を含む。以下同じ。)109万4千人、精神障害者614万8千人となっている。
これを人口千人当たりの人数でみると、身体障害者は34人、知的障害者は9人、精神障害者は49人となる。複数の障害を併せ持つ者もいるため、単純な合計にはならないものの、国民のおよそ9.2%が何らかの障害を有していることになる。
いずれの区分においても障害者数(※2)は増加の傾向にあることからも、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けた取組の重要性が増してきている。政府では、共生社会の実現を目指し、障害者の活動を制限し、社会への参加を制約している社会的な障壁を除去するための取組を一層推進していくため、障害者差別解消法の改正や新たな障害者基本計画の策定などの障害者に関する施策に総合的かつ計画的に取り組んでいる。
※1 詳細は、参考資料「障害者の状況」に掲載している。
※2 精神障害者については、2020年から推計方法を変更しており、単純比較はできない。
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■図表1-2 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)」の概要
Ⅰ.差別を解消するための措置※雇用分野における対応については、障害者雇用促進法の定めるところによることとされている。 Ⅱ.差別を解消するための支援措置
相談・紛争解決 ●相談・紛争解決の体制整備 ⇒ 既存の相談・紛争解決の制度の活用、充実
地域における連携 ●障害者差別解消支援地域協議会における関係機関等の連携
啓発活動 ●啓発活動の実施
情報収集等 ●国内外における差別及び差別の解消に向けた取組に関わる情報の収集、整理及び提供
*障害者差別解消法の改正について
〔附則第7条の施行3年後の検討規定を踏まえ、令和元年より見直しの検討を実施。事業者に対し合理的配慮の提供を義務付けるとともに、行政機関相互問の連携強化や、障害を理由とする差別を解消するための支援措置を強化する措置(相談体制の充実や事例の収集・提供の確保等)を内容とした障害者差別解消法改正法が令和3年に成立した。(施行期日:公布の日(令和3年6月4日)から起算して3年を超えない範囲内において政令で定める日)〕
資料:内閣府
■図表1-3 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律の一部を改正する法律」の概要
〇政府は、障害者差別解消法の施行(平成28年4月)3年経過後において、事業者による合理的配慮の在り方その他の施行状況について検討し、所要の見直しを行うとの規定(附則第7条)を踏まえ、内閣府の障害者政策委員会における議論や団体ヒアリング等を通じて、検討を実施。
〇障害を理由とする差別の解消の一層の推進を図るため、事業者に対し社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をすることを義務付けるとともに、国・地方公共団体相互の連携の強化を図るほか、障害を理由とする差別を解消するための支援措置を強化する措置を講ずる。
1.事業者による合理的配慮の提供の義務化事業者による社会的障壁の除去の実施に係る必要かつ合理的な配慮の提供について、現行の努力義務から義務へと改める。※障害者差別解消法では、行政機関等と事業者は、事務・事業を行うに当たり、障害者から何らかの配慮を求められた場合には、過重な負担がない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要かつ合理的な配慮(合理的配慮)を行うことを求めている。※「社会的障壁」とは、障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。【合理的配慮の例】段差がある場合に、スロープなどで補助する意思を伝え合うために絵や写真のカードやタブレット端末などを使う 2.事業者による合理的配慮の提供の養務化に伴う対応
(1)国及び地方公共団体の連携協力の責務の追加
国及び地方公共団体は、障害を理由とする差別の解消の推進に関して必要な施策の効率的かつ効果的な実施が促進されるよう、適切な役割分担を行うとともに、相互に連携を図りながら協力しなければならないものとする。
(2)障害を理由とする差別を解消するための支援措置の強化
ア 基本方針に定める事項として、障害を理由とする差別を解消するための支援措置の実施に関する基本的な事項を追加する。
イ 国及び地方公共団体が障害を理由とする差別に関する相談に対応する人材を育成し又はこれを確保する責務を明確化する。
ウ 地方公共団体は、障害を理由とする差別及びその解消のための取組に関する情報(事例等)の収集、整理及び提供に努めるものとする。
※施行期日:令和6年4月1日
資料:内閣府
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■図表1-4 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針(令和5年3月14日閣議決定)」の概要
障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針 概要 ※主な改正箇所は赤字部分
第1 差別解消推進に関する施策の基本的な方向 法制定の背景/基本的な考え方(法の考え方など)
第2 差別解消措置に関する共通的な事項
1 法の対象範囲
●障害者 心身の機能に障害があり、障害及び社会的障壁により継続的に日常・社会生活に相当な制限を受ける状態にある者
●事業者 商業その他の事業を行う者全般
●対象分野 障害者の日常・社会生活全般が対象※
※雇用分野は障害者雇用促進法の定めるところによる
2 不当な差別的取扱い
●障害者に対して、正当な理由※なく、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否する、場所・時間帯などを制限するなどによる、障害者の権利利益の侵害を禁止
※客観的に見て正当な目的の下に行われ、目的に照らしてやむを得ないといえる場合
●社会的障壁を解消するための手段(車椅子、補助犬その他の支援機器等の利用や介助者の付添い等)の利用等を理由として行われる不当な差別的取扱いも障害を理由とする不当な差別的取扱いに該当。
●不当な差別的取扱いに該当する/しないと考えられる事例
3 合理的配慮
●行政機関等や事業者が事務・事業を行うに際し、個々の場面で障害者から社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった時に行われる必要かつ合理的な取組であり、実施に伴う負担が過重でないもの
(例)段差に携帯スロープを渡す/筆談、読み上げ、手話などの意思疎通/休憩時間の調整などの配慮
●建設的対話・相互理解の重要性(社会的障壁を除去するための必要かつ実現可能な対応案を障害者と行政機関・事業者等が共に考えていくためには、建設的対話を通じ、お互いの状況の理解に努めることが重要)
●合理的配慮の提供義務違反に該当する/しないと考えられる事例
●環境の整備(合理的配慮を行うための、主に不特定多数の障害者に向けた事前的改善措置等)
第3 行政機関等が講ずべき差別解消措置に関する基本的な事項
1 基本的な考え方
●行政機関等の職員による取組を図るため、対応要領を策定
(※地方公共団体等は努力義務)
2 対応要領
(記載事項)不当な差別的取扱い・合理的配慮の基本的考え方、具体例、相談体制、研修・啓発
第4 事業者が講ずべき差別解消措置に関する基本的な事項
1 基本的な考え方
●主務大臣は事業者による合理的配慮の義務化を踏まえ、所掌する分野の特性に応じたきめ細かな対応を行う。
2 対応指針
(記載事項)不当な差別的取扱い・合理的配慮の考え方、具体例、事業者における相談体制・研修・啓発・制度整備、主務大臣の所管する事業分野ごとの相談窓口
第5 国及び地方公共団体による支援措置の実施に関する基本的な事項
1 相談等の体制整備
●市区町村、都道府県、国が役割分担・連携協力し、一体となって対応できるよう取り組む。このため、内閣府において、各省庁に対する事業分野ごとの相談窓口の明確化の働きかけや、法令説明や適切な相談窓口に「つなぐ役割」を担う国の相談窓口の検討を進める。また、相談対応を行う人材の専門性向上、相談対応業務の質向上を図る。
2 啓発活動 行政機関等/事業者における研修、地域住民等に対する啓発活動/障害のある女性、障害のあるこども等への留意。
3 情報の収集、整理、提供 事例(性別・年齢等の情報含む)の収集・データベース化・提供
4 地域協議会 差別解消の取組を推進するため、地域の様々な関係機関をネットワーク化、事業者の参画、設置促進に向けた取組等
第6 その他重要事項 必要に応じた基本方針・対応要領・対応指針の見直し等
資料:内閣府