当時とうじさむらい命令めいれいえば容易よういに、そむくわけにはいかなかった。で、芳一ほういち草履ぞうりをはき琵琶びわをもち、らぬひと一緒いっしょったが、そのひと巧者こうしゃ芳一ほういち案内あんないしてったけれども、芳一ほういちはよほどいそあしあるかなければならなかった。また手引てびきをしたそのてつのようであった。武者むしゃあしどりのカタカタいうおとやがて、そのひとがすっかり甲冑かっちゅうけていることしめした――さだめしなに殿居とのい衛士えいしででもあろうか、芳一ほういち最初さいしょおどろきはって、いま自分じぶん幸運こううんかんがはじめた――何故なぜかというに、この家来けらいひとの「たいしたたか身分みぶんひと」とったことおもし、自分じぶん吟誦ぎんしょうきたいと所望しょもうされた殿様とのさまは、だいいちりゅう大名だいみょうほかならぬとかんがえたからである。やがてさむらいどまった。芳一ほういちおおきな門口かどぐちたっしたのだとさとった――
ところで、自分じぶんまちのそのへんには、阿彌陀あみだ大門おおもんほかにしては、べつおおきなもんがあったとはおもわなかったので不思議ふしぎおもった。開門かいもん!」とさむらいばわった――するとかんぬきおとがして、ふた這入はいってった。
ふたひろにわふたたびある入口いりぐちまえとまった。そこでこの武士ぶしおおきなこえ「これれかうちのもの! 芳一ほういちれてた」さけんだ。するといそいであるあしおとふすまのあくおと雨戸あまどひらおとおんなたちはなごえなどがきこえてた。おんなたち言葉ことばからさっして、芳一ほういちはそれが高貴こうきいえ召使めしつかいであることった。しかしどういうところ自分じぶんれられてたのか見当けんとうかなかった。

が、それをとにかくかんがえているもなかった。かれて幾箇いくつかの石段いしだんのぼると、その一番いちばん最後しまいだんうえで、草履ぞうりをぬげとわれ、それからおんなみちびかれて、んだいたしきのはてしのない区域くいきぎ、おぼれないほどたくさんなはしらかどまわり、おどろくべきほどひろたたみいたゆかとおり――おおきな部屋へや真中まんなか案内あんないされた。
そこに大勢おおぜいひとあつまっていたと芳一ほういちおもった。きぬのすれるおともりおとのようであった。それからまたんだかガヤガヤっている大勢おおぜいこえきこえた――ていおんはなしている。そしてその言葉ことば宮中きゅうちゅう言葉ことばであった。