芳一(ほういち)には出世(しゅっせ)の門(かど)出(で)の際(さい)、はなはだ貧(まず)しかったが、しかし助(たす)けてくれる深切(しんせつ)な友(とも)があった。すなわち阿彌陀(あみだ)寺(じ)の住職(じゅうしょく)というのが、詩歌(しいか)や音(おん)楽(がく)が好(す)きであったので、たびたび芳一(ほういち)を寺(てら)へ招(しょう)じて弾(だん)奏(そう)させまた、吟誦(ぎんしょう)さしたのであった。後(あと)になり住職(じゅうしょく)はこの少年(しょうねん)の驚(おどろ)くべき技倆(ぎりょう)にひどく感心(かんしん)して、芳一(ほういち)に寺(てら)をば自分(じぶん)の家(いえ)とするようにと云(い)い出(いだ)したのであるが、芳一(ほういち)は感謝(かんしゃ)してこの申(もう)し出(で)を受納(じゅのう)した。それで芳一(ほういち)は寺院(じいん)の一室(いっしつ)を与(あた)えられ、食事(しょくじ)と宿泊(しゅくはく)とに対(たい)する返礼(へんれい)として、別(べつ)に用(よう)のない晩(ばん)には、琵琶(びわ)を奏(そう)して、住職(じゅうしょく)を悦(よろこ)ばすという事(こと)だけが注文(ちゅうもん)されていた。