2.コミュニケーション

熊本県立熊本聾学校 林田 利郎

 第二分科会「コミュニケーション」では、「生きる力を身につけ心豊かな生活を送るためのコミュニケーションの在り方」をテーマとし、全部で9本の実践事例が発表されました。例年関心度の高い分科会であるだけに、発表レポートも多く、午前中を発表、午後は情報交換を兼ねた研究協議というかたちですすめられました。紙面の都合上、協議内容を十分にお伝えすることができないのが心苦しいのですが、本分科会の協議内容が以前と様変わりし、コミュニケーションの課題が多様化してきているように思えました。
 従来はコミュニケーション手段について協議する場合、問題が明確であり、対立する視点(例:手話か口話か)をもとに議論が進められていたわけですが、近年ではそうした対立する議論から、今自分たちが実践している指導内容が教師と生徒、生徒同士のコミュニケーションのねらいや目標を達成できているのか、実践を通したコミュニケーションの在り方はこれでいいのかというような内容に変容しつつあるように思えました。よって、コミュニケーション手段も知識や技術、結果のみを問うのではなく、どの手段を使うにしろ、「教師の姿勢」とりわけ、「コミュニケーション上の課題は教師の課題」として位置づけた上で活発な協議が展開されました。
 その結果、@子どもが安定して自分の気持ちを普通に話すことが必要だが、それがまだ十分に表れていない。教師側にコミュニケーションの不安定さがあり、それを教師自身が認識しなければ先に進まないということ、A通じていても、その内容を確認してみると必ずしも理解できているわけではない、それは子どもの心の中に描いているものを教師はうまく表現させていないということ、B大切なことは、コミュニケーションの方法を語り合う前に、自分の回りに受け入れるものは自分にとって悪いものではなく、自分を受け入れ安心させてくれるもの、これこそがコミュニケーションの基盤を作る上で大切であるということを、本分科会に参加して確認することができたように思えます。
 最後に、ある聴覚障害の先生からの印象深い言葉をいただきましたので、ここに記したいと思います。「コミュニケーションは手段でない。手話がどんなに堪能な人でも生徒との信頼関係が成立するかというと、必ずしもそうではない。コミュニケーションは手話だけではない。大切なことは、自分の意見が相手に受け入れられる。自分の意見が相手との間で確認がとれたときに初めてコミュニケーション上の課題が解消されたと言える。今の聾学校は様々なコミュニケーションが溢れ、かえってコミュニケーションの在り方、考え方という基盤が揺れ動いているのではないでしょうか。自分を認め、受け入れてくれる環境こそが障害認識と良好なコミュニケーションの始まりなのです。」