兵庫大会 記念講演

 

 聖光会 

 鷹の子病院愛媛人工内耳
   リハビリーションセンター

 でんでんむし教室   高橋信雄


「激動の30年間の聴覚障害教育から学ぶもの」

この30年間の聾学校をめぐる社会状況には、大きく3つの潮流があった。早期発見・早期診断・早期教育の一連の流れに沿った第1の潮流は、聴覚活用の変遷である。2000年前後からの全是快適な新生児聴覚スクリーニングの実施や人工内耳の乳幼児への適用に伴って、急激にその流れを加速させてきた。

30年前、大学に奉職し始めた1980年代には、補聴器の両耳補聴や処方的フィッティングルが始まり、早期教育の重要性が語られた。1986年には、聴覚の活用の基本的な姿勢である「聴能訓練から聴覚学習へ:not Auditory Training, but Auditory Learning 」が提唱され、主体的学習が強調されるようになった。最重度の聴覚障害児にも聴覚の活用を通した口話的教育が強調もされた。その後1990年代には、幼稚部等ではキュードスピーチが口話と手話との間を取り持つ形で普及し、全国の半数近くの聾学校で導入された時期もあったが、やがて手話の普及と共に聴覚活用否定の時代へとなっていった。しかし、1990年から日本でも人工内耳への取り組みが始まり、次第に小児への人工内耳の埋め込みもなされるようになってきた。特に2000年以降は、1998年に日本耳鼻咽喉学会からのガイドラインで人工内耳対象児は2歳以上との提起がなされ、以後急激に幼児の人工内耳の数が増加し、適用年齢も2006年には1歳半以上に、また、2014年には1歳以上とまで適用年齢が低年齢化してきた。幼児期の人工内耳の埋め込みが広まるにつれて、音声を介して会話のできる最重度難聴児が増加し、彼らは何げなく言った言葉に耳を傾け、言葉遊びもでき、発音も明瞭で、初期の言語発達の良好な子ども達が増えてきた。相手のことばをよくききとっていて、電話もできる子も多く、地域の通常の学校で学ぶ子が多くなってきた。しかし一方、会話は上手だが、言語力が不十分な子ども達が依然として多いのも事実である。一時期ではあるが、医療の一部には、手術後は健聴児の中で聞いていれば聞こえの力が育つと誤解した節もある。これらの反省の上に、私たちはきこえの育ちを考える必要性があるし、その際に、聴覚学習の基本に立ち戻る必要があると考える。なぜなら、人工内耳は音情報の取り込みの口の補償機器に過ぎないからであり、要は中枢である脳にいかに信号を送り届けられるかにかかっている。とはいうものの、その入り口の補償が秘めている可能性は極めて大きい。脳に送り届けられない情報は処理のしようもないのである。

今、人工内耳は、種々の障害を併せ持った子ども達にも適用していく時代になり、従来にも増して、これらの子ども達が通っている機関間の連携が大切になる。愛媛県では、@情報の共有をはかり、得意な支援を担い、その機関の役割を果たす、A積極的に相互依存をし、それぞれの専門性を重視するために、不得手とする支援は他機関に任せる、B共通の目標を持ち、協働チームとして、アカンタビリティーを発揮するチームアプローチを行っている。こうした中で、人工内耳の子ども達から学んだことは、人との係わりの大切さ、基礎としてのコミュニケーションの重要さ、視覚情報(手話、指文字)の必要性、体系的な指導とじっくりとした係わり、そして長期的な視点と日々の指導における個々のニーズに対応した個別の支援計画の位置づけ等である。

次いで大きく変わったのは、手話を中心としたコミュニケーションモードへの第2の潮流である。確かに、手指法における言語情報の伝達効率は極めて良いが、本来的には、コミュニケーションはやりとりの繰り返しの中で話の内容が精緻化されることが大切である。その意味で、バイリンガル・バイカルチュラル教育がコミュニケーションの視点を強調した意義は大きい。しかし、その反面、聴覚活用全面否定へと走った感がある。確かに、現代では、「手話こそがろう者の言語」といって良いであろう。これらモードの問題は、人工内耳の選択も含め、子ども達が生きていく上での当面の選択肢の一つに過ぎないのではないだろうか?それぞれの思いの中で種々のモードを使い込めることが望ましいのではないだろうか?いずれにしても、コミュニケーションモードの違いだけでは、日本語の言語力の問題は解決し得ないであろう。

第3の潮流は、インクルージョンへの流れである。地域で育て、地域で生きていくためには、インクルーシブの場としての学校の体制整備や通級学級の設置が急務である。教育も、隔離(特殊教育)から共生(特別支援教育)へ、「場」の教育から「ニーズ」の教育への転換がはかられ、聴覚障害児教育は、特別支援教育の1領域として位置づけられる。インクルーシブのための各種の関連法規、障害者自立支援法、障害者総合支援法、障害者差別解消法(2013)、障害者権利条約(2014)などの整備も急激に進んでいる。

こうしたことを考え合わせると、現代は、選択の時代であり、種々のオプションのどれを選ぶか迷う時代である。しかし、どれとして唯一絶対の方法は存在し得ない。したがって、この子にどういう生き方を望むのか、親の希望(思い)とそこから生じるニーズを把握することが何よりも大切になる。流れに翻弄されないために必要なことは、「歴史に学ぶ」ことであり、先生方個々人の力に応じて、自分に今与えられたところからそれぞれが最良と考えた手法で思いを伝えていくことであろう。

こうして30年を経たこれからの聾教育の今後の課題は、まず、選ばれる聾学校になることである。また、個別への対応すなわち自立活動や学習の到達度への対応、そして集団への対応などである。選ばれる学校となるための4つの視点が考えられる。@組織としての取り組み:聾学校の専門性を活かしつつ、ろう学校でなければできないことは、日常生活や経験をベースにした基礎としてのコミュニケーションの指導と言語の指導(日本語の習得と形成)であり、これらが多モードを活用した学習として行われる環境を整えることである。そのためには、15年間の長期教育の視点にたった積み上げが可能な関わりや、小中ないしは中高一貫の教育等を検討することも必要となろう。A教員一人一人の取り組みと実践:教師の本命は、授業であるから、言うまでもなく授業力の涵養が必要である。例えば、国語の授業などでは、単語の意味とか場面の説明だけではなく、こころの表現(気持ち)に迫る時間を十分にして、心情や行動の意味について考えさせることであろう。特に、就学前の積み残しを丁寧に掘り起こし、そこを埋めると共に、高学年での教科における丁寧な取り組みが求められる。B子どもや親への支援の取り組み:子どもや親の目指すところは、コミュニケーション力であり、日本語力であり、学力や人と関わる自立の力であり、自己の障害と向き合う力である。聴覚障害児自身が自分で進むべき道を選択できる力と環境が必要となる。こうした体験を積み重ねることにより、子ども達は、聞こえる集団や聞こえない集団の中での自分の地位を見極めることができるようになる。C地域との接点:聾学校のセンター的機能と外部専門家STの利用や、取り残された中軽度の難聴の子供たちへの支援などがあげられる。

新しい聾教育のための視点は、・特別支援教育下における新たな教育アプローチ、・入力の保障と言語への橋わたしを見据えた対応:多様な子どもたち(軽度発達障害、重複障害、人工内耳)への各専門領域の教員がチームとして取り組むこと、・コミュニケーションモードの選択からコミュニケーション指導への転換、・日本語力の促進、学力と自立(障害認識をふくむ)への支援、・教員側の単一の価値観からマルチの価値観への転換と、・論拠に基づいた教育実践 (Evidence Based Educational Practice)の実行であろう。

おわりに:子ども達は無限の可能性を秘めています。その力を育て、引き出すのは、一人ではできないけれど、みんなの知恵と力があれば必ずできます!そのためには、教師と保護者が一丸となった取り組みが必要です。「可能性は空の極みまで」このことばは、日本聾話学校を長年にわたって支えてきた故大島功校長先生のことばです。聾学校は、聴覚障害児がコミュニケーションと日本語の教育を体系だって学ぶことのできる場と機会を提供できる唯一の学校です。その学校を活かすためには、専門性の継承は、さらなるその先を見据えた創造を目指すことが求められるでしょう。また、時代の流れは止まることなく、歴史は同じような過程を止揚しながら繰り返し、より発展への道を歩まねばなりません。そのためには、必要と思われる領域の人達と協働して、よりよいと思う方向へ一歩踏み出してみる心意気こそが求められるものと思います。

最後になりましたが、講演の機会をいただきましたことに心から感謝申し上げます。全国の聾教育に係わっている先生方皆様方のご健勝と聾学校およびその教育のさらなる発展を祈念します。


会報のトップへ戻る