
全国頸髄損傷者連絡会の活動
呼びかけ
1981年の国際障害者年には、障害者の社会への「完全参加と平等」がうたわれました。どんなに重い障害を持つ者であろうと、人間としての独立と自由が尊重されなければならない、という考え方が明らかにされ、さらに障害者も高齢者も児童も生き生きと暮らせる社会こそがノーマルな社会であるというノーマライゼーションの考え方が普及してきました。そして今、多くの障害者とそれを取り巻く多くの人々が「完全参加と平等」とノーマライゼーションの実現をめざして日々努力を重ねています。
私たち頸損者は、人生のある時期に頸髄損傷という重い障害を負い、さまざまなハンディキャップを抱えて生きています。しかし、私たちは障害の大きさ、重さに打ちひしがれ、目的を見失って生きるわけにはいきません。あなたが抱える問題、あなたの悩みは多くの頸損者に共通し、あるいは過去に体験したものではないかと思われます。
同じ障害を持つ多くの仲間の知恵や力を合わせ、頸損者が自立して生きていく強さを互いに養い、さらに人間としての独立と自由が保障される社会を共に作り上げていこうではありませんか。ともに歩んでみませんか。あなた自身のために、そして多くの頸損者のために。
発足と経過
全国頸髄損傷者連絡会(以下、頸損連絡会と称す)は、自らの障害や生活に関する必要な情報を得ることがむずかしく、また自らの抱える問題を自分自身の声で社会に訴えることのできなかった頸損者の情報交換の場、ならびに社会に対する問題提起の場として、1973年4月に発足しました。
以来、今日まで頸損者が自立した一人の人間として社会生活を営んでいくために必要な社会的諸条件の確立をめざして運動するとともに、多くの頸損者の交流を背景に、その知識や体験をより多くの頸損者に伝えていく作業を継続してきました。
基本的姿勢
頸損連絡会が基本的に目指すものを一言でいうと、「自立と統合」という言葉で表すことができると考えます。私たちは、頸損者を始めとする重い障害を持つ人が、どんな状況下にあっても自立して生きることのできる社会を望んでいます。しかし、それは黙っていて誰かが作ってくれるというものではありません。私たち自身の声を大きく強くすることによってしか、私たちの望むものは生まれてはこないでしょう。
私たちの求めるものは、障害者に特別な生き方を強いたり、あるいは障害者だけを特別扱いにする条件整備ではありません。社会の一員として普通に、あたりまえに生きていくことをめざすものであり、私たちが独立した社会人として生きていくことが出来る社会に作り変えていこうとしているのです。
課題と活動
頸損連絡会は会員間の親睦、交流を背景に、多くの頸損者の体験や知識を共有化する作業を続けてきましたが、交流が深まるにつれて多くの頸損者に共通する課題のあることがはっきりとしてきました。それは、移動の自由を獲得することであり、稼得能力を失ったものに対する所得保障の確立であり、住居を中心とした生活しやすい環境を整えることであり、必要な介助を安心して受けることのできる体制をつくることであります。こうした最も基本的な課題を掲げ、その解決に向けて会員の力を合わせ、さらに目的を同じくする他の団体と協力しながら、着実に努力していこうとしています。
上記の課題への取り組みを中心に据え、頸損連絡会では会員の意見交換、情報伝達の場としての機関誌の発行、障害者を取りまく諸問題の学習・啓発、制度づくりにむけての社会活動、頸損者に対する相談、助言、さらにたがいの親睦、交流を深めるための合宿やレクリェーション活動を各地域がそれぞれの活動の中に取り入れて実践しています。
組織について
発足当初は30人弱であった会員も1998年1月時点で780人を超えるまでに広がっています。会員が増え、その地域が広がるにつれ、地域に密着した活動の必要性が高まっています。全国的なレベルで整備していく条件と地域的に解決していくべき問題とが頸損者の周りに存在していますが、その2つに的確に対応するためには、地域的なまとまりをもった運動が活発にならなければなりません。
現在、北海道・東京・神奈川・大阪・京都・愛媛・栃木・静岡・岐阜・愛知といった都道府県に支部が結成され、全国頸髄損傷者連絡会のもとに連帯を保ちながら、それぞれに活発な地域活動を展開しています。
なお、上記の地域以外の会員の相談や連絡などに関しては、全国本部が責任を負うことになっています。
頸損連絡会の歩み(概略)
| 1973(昭和48年) |
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東京都身体障害福祉センター・会議室に有志7名が集まり、「頸損を考える会」の設立について話し合いを行う。 |
| 4月10日 |
「頸損を考える会」設立集会 |
| 1974(昭和49年) |
5月11日 |
第一回定例会 |
| 6月 |
機関紙第一号「頸損連絡会ニュース」発行 この時、「頸損を考える会」から「頸損連絡会」に改名。 |
| 1975(昭和50年) |
5月17〜18日 |
第一回総会開催 会員50余名中30名近くが出席。 名称を「頸椎障害者連絡会」とし、会報も「頸椎障害者連絡会ニュース」と改めた。 |
| 1976(昭和51年) |
4月 |
東京都ケア付き住宅検討会に参加 「頸髄損傷者連絡会」(略称・頸損連絡会)に改名。 |
| 6月 |
電動車イス給付に関し、初めて東京都と交渉。 |
| 1977(昭和52年) |
2月 |
神奈川県リハセンターにて集会を開く。 |
| 3月 |
「神奈川支部」結成。 ケア付き住宅建設推進会議結成。 |
| 1978(昭和53年) |
4月 |
東京では電動車イスの支給が開始される。 障害連(障害者の生活保障を要求する連絡会議)に加盟。 |
| 11月 |
電動車イス使用者連盟発足・加盟。 |
| 1979(昭和54年) |
2月 |
電動車イスの補装具化を目指して厚生省と交渉。 東京コロニーのコンピュータープログラマー養成事業に協力。 |
| 1980(昭和55年) |
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国際障害者年東京都連絡協議会に参加。 |
| 11月 |
無年金に関し厚生省年金課と交渉。 |
| 1981(昭和56年) |
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大阪支部の前身、「頸損友の会」と協力開始。 5年越しの要望が実り、電動ホイストの給付開始。 |
| 5月10日〜11日 |
「所得保障確立」を要求する中央行動。 |
| 7月 |
ケア付き住宅第1号「東京都八王子自立ホーム」開所。 |
| 1982(昭和57年) |
4月 |
「京都支部」結成 トーコロ・ソフトウエアハウス開所 |
| 1983(昭和58年) |
4月 |
数年来訴えてきたクーラーの公費支給スタート。 |
| 9月 |
障害連と共同で、厚生省年金課交渉を行う。 |
| 1984(昭和59年) |
9月 |
福祉法改正に関し、厚生省と交渉。 |
| 1985(昭和60年) |
2月・7月 |
東京・神奈川合同役員会開催 |
| 11月 |
介助をめぐるシンポジウム開催 |
| 1986(昭和61年) |
5月 |
「車イス鉄道ガイドマップ(東京)」、五年越しで完成・出版。マスコミにも報道され大反響を呼ぶ。 |
| 1987(昭和62年) |
9月 |
障害連と合同で交通シンポジウム開催 |
| 10月 |
電動車イス・シンポジウム開催 |
| 10月 |
伊東重度センターの頸損と交流 |
| 1988(昭和63年) |
3月 |
「大阪支部」結成 「愛媛支部」結成 |
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