センター通信より

ボランティア紹介

    30周年に思うこと
諫早コスモス音声訳の会  H.M.


 新しい年を迎えた1月30日、30周年を祝う会を開催いたしました。
来賓・OG・現会員合わせて46名の出席がありました。遠くは福岡よりお越し下さいました。
かつて一緒に活動した皆様と久し振りに再会し、花が咲きいっぺんに華やぎました。
永田会長挨拶、来賓のご挨拶、お祝いの言葉をいただきました。会食。午後からは私達現会員の輪読です。
もちろん野呂さんの作品です。一番緊張した時間でした。
初代会長の立川久子さんのご遺影も温かく見守って下さいます。

 発足当時を振り返って「朗読奉仕会誕生」を読み返し、気を引き締め心新たにいたしました。
終わりに井上元会長の挨拶があり「今も会のテープ(CD)を毎月、楽しみに聞いています。」と応援して下さることに感謝いたします。

最後にみんなで歌いましょう。 ああ音訳に涙あり(水戸黄門替え歌)を大合唱で散会となりました。本当に楽しいお祝いの会となりました。

昭和60年、広瀬先生のご指導のもと、発足当時、メンバー7人で月1回勉強会開始。 昭和62年、朗読奉仕員の募集、第1回講座終了後に会が発足し、カセットデッキでの録音で「広報いさはや」を会員にお届けしました。

 その後「コスモス便り」が誕生し、ダビングも市からダビング機を借用し、会で作業し、郵送袋に収めて郵便局へ。 会員の皆様のお手元へ届きます。 マイクの前に初めて向かって第一声。原稿を読んだ時、何度もやり直す、OKが出るまでの「緊張感」「ふるえ」を今も忘れられません。 NHKラジオを聴いたり、勉強にNHK長崎放送局まで出掛けたりと今までにない生活となりました。

 当時、私は大阪・吹田から夫の転勤で諫早に暮らす事となり、子供達はすぐに慣れましたが、母親の私一人取り残されたような気持ちになり、PTAの役もありましたが、何かしたいという気持ちの時、音訳の募集がありました。

このボランティアはまた、どこに住んでも続けられると思い、受講しましたが、容易なものではありませんでした。でも続けていこうと意志を堅く持ち、それなりに努力していますが今もこの程度で申し訳ございませんという気持ちです。 水戸黄門の替え歌のように前へ進んだり、後退したりと、ゆっくりとコツコツと続けていきたいです。

 また、視障協会員との交流も年に数回ですが、とても楽しみです。「声で繋がっている事は間違いない」と大切に思っている私です。