2000年5月8日(第2・4月曜日発行)


News Source of Educational Audiology

聴能情報誌 みみだより 第3巻 第389号 通巻474号


編集・発行人:みみだより会、立入 哉 〒790−0833 愛媛県松山市祝谷5丁目2−25 FAX:089-946-5211
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【目次】第389号

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テレビ番組
 おふくろシリーズ『おふくろの歓喜の歌』

フジテレビのドラマ番組「おふくろシリーズ(16)『おふくろの歓喜の歌』」
放映日時  5月26日(金)21:00〜23:00放映(全編字幕付き)
  出演  浜 木綿子,忍足亜希子ほか
  内容
 今回は女手ひとつで育ててきた音楽家志望の息子が突然聴覚を失うという事態から一家がどう光明を見出して行くかを描く。8年前に夫を亡くした奈津子(浜木綿子)は、保険外交員をしながら家族を支えてきた。しかし長男晃一は家族に反発して家出、居酒屋で働き、音楽大学で指揮者への道を目指す次男の淳と長女の高校生、希、そろそろボケのきている義父新一郎の4人暮らしだ。奈津子の希望の星の淳が、ある日突然聴覚を失った。中途失聴で治らないという。音を奪われて絶望し荒れる淳を、何とか障害者として再起させようと努める奈津子をはじめ、希、新一郎、そして兄の晃一らの愛情のうちに、補聴器や手話などの助力を得ながら淳は聞こえぬ音に挑戦、遂に作曲の道を目指す。

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ニュース
  手話通訳士養成学科誕生

 手話通訳士の養成講座としては,国立リハビリテーションセンターのコースが有名だが,今年,全国の私立専門学校で初の手話通訳士養成学科が誕生した。
 学校法人 大東学園 世田谷福祉専門学校手話通訳学科(定員35名)
 〒156-0055 東京都世田谷区船橋7-19-17 TEL:03-3483-4106 FAX:03-3483-4107
 e-mail:info@setagayafukushi.ac.jp

 入学資格:高等学校卒業または高等学校卒業者と同等資格
 入試は,推薦と一般選考あり
 学費:入学金 120,000円 授業料 560,000円  施設費 100,000円 計 780,000円
 授業料は2回分納が可能。他に実習費100,000円および教科書代・諸会費を要す。
 併願制度:大学・短大等との併願で該当校合格の場合、受験料以外の全額を返却する。
 http://www.setagayafukushi.ac.jp/

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勉強会開催
  第29回補聴器勉強会

 さて、第29回補聴器勉強会を下記の要項にて開催いたします。今回はもう一度原点に帰って基礎講座も含めて開催したいと考えております。何かとお忙しい中とは存じますが、多数ご参加いただきますようご案内申しあげます。

・日 時  6月10日(土) 13:45〜16:00(13:00受付開始)
 14:00〜16:00  講演「語音聴取と補聴器〜評価法から超音波聴覚まで〜」
 講師 細井裕司氏(奈良県立医科大学耳鼻咽喉科教授)

 6月11日(日)  9:30〜16:30
 9:30〜11:30  講演「難聴児の聴覚活用とコミュニケーション」
 講師 佐藤正幸氏(国立特殊教育総合研究所主任研究官)
 13:00〜16:00  シンポジウム「デジタル補聴器てなあに?」
 司会 中本秋夫氏(神戸市教育委員会指導主事)
 16:00〜16:20  まとめ 高木二郎氏(高木耳鼻咽喉科医院)
・会 場  うはらホール(東灘区民センター5F)神戸市東灘区住吉東町5−1−16
 JR、六甲ライナー住吉駅南側徒歩2分 TEL:078−822−8333
 機器展示=会議室1(東灘区民センター8F)
・参加費  5,000円(5月31日までに振り込んでください)
 参加の取り消しには原則として応じません。(代理参加可)
・申込方法
 郵便振替用紙の通信欄に第29回補聴器勉強会参加申し込みと明記し、所属、参加者名を記入してください。郵便振込用紙の到着をもって参加受付とさせていただきます。
情報保障の必要な方は手話通訳、ループ使用の別を併せてご記入ください。
・申込先  郵便振替 口座番号 01180−9−88667
        加入者名 補聴器勉強会事務局
・照会先  〒652-0802 神戸市立心身障害福祉センターひばり学園 田中義之
 (補聴器勉強会事務局)TEL 078-577-6505・FAX 087-577-6211
・その他  会場には有料の駐車場があります。(コープSEER駐車場)
 昼食は各自でお取りください。(近隣に飲食できる場所があります)

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研修講座開催
  福岡県立小倉聾学校
   第12回聴覚活用夏期研修講座

 今年度は、元国立特殊教育総合研究所 聴覚言語障害教育研究部長でありました菅原廣一先生をお迎えし、幼稚部、小学部、中学部の公開授業並びに講演、分科会の形で研修会を実施します。

1 期 日   7月16日(日曜日)
2 会 場   福岡県立小倉聾学校(北九州市小倉北区三郎丸2丁目9−1)
3 内 容
  9:45  開講式 (体育館)
  10:00  公開授業  幼稚部・小学部・中
  11:00  学部公開授業に対する質疑応答・研究協議
  12:00  昼食
  13:00  講演「聴覚障害教育の将来構想とコミュニケーションの在り方」
 講師:元国立特殊教育総合研究所 菅原廣一先生
  15:00  分科会(実践報告、質疑応答、研究協議等)
 ・言語指導(助言者 菅原廣一)
 ・聴覚活用(助言者 八田徳高)
 ・早期教育(助言者 原 弘)
16:30   閉講式
4 照会先   福岡県立小倉聾学校 研修部(八田)
  〒802-0061 北九州市小倉北区三郎丸2丁目9−1
  TEL:093−921−3600  FAX:093−931−9904
  E-mail:fhkokura@coral.ocn.ne.jp

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関連新刊図書紹介

★盲聾養護学校教育の基本用語辞典 大南英明著 明治図書出版 1700円 4-18-099807-6

★障害を越えて:あるライダーの愛(小説)
 星野伸一著 健友館 1000円  4-7737-0452-7
 寛の勤める病院に救急患者として運ばれてきた聴覚障害者の女性、礼子。手話通訳のできる聴者と耳の不自由な美しい女性の愛の交流を清新なタッチで描く。

★「学校」が教えてくれたこと 山田洋次著 PHP研究所 1300円 4-569-60911-2

★障害のある人や高齢者との交流:共に生きる教育の基本と展開
 大川原潔編 教育出版 2400円 4-316-33870-6

★福祉の進学・就職ガイド 就職研究会編 啓明書房 1600円 4-7671-1052-1

★ADHDの恭平くん 上田淑子著 本の時遊社 1600円 4-434-00216-3

★いろんな子がいるからおもしろい:「障害」をもつ子と共に歩んで
 徳田茂編著 青樹社 1300円 4-7913-1203-1

★視覚障害教育に携わる方のために
 香川邦生編著 慶応義塾大学出版会 2800円 4-7664-0792-X

★学習障害(LD)及びその周辺の子どもたち:特性に対する対応を考える
 尾崎洋一郎他著 同成社 900円 4-88621-200-X

★コミュニケーション障害の心理(1995年刊の改訂版)
 大石益男編著 同成社 2000円 4-88621-198-4

★特殊教育の展望:障害児教育から特別支援教育へ
 山口薫他著 日本文化科学社 3200円 4-8210-6909-1

★障害者の理解と支援 篠崎久五編 ナカニシヤ出版 2500円 4-88848-538-0

★福祉用具専門相談員研修用テキスト
 シルバーサービス振興会編集 中央法規出版 3500円 4-8058-4268-7

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研究会開催
  ろう教育科学会第42回大会

テーマ:コミュニケ−ション手段とことば
 近年の聴覚障害児教育においては,早期教育の段階から手話を併用した指導方法が広まってきている。一方従来からの聴覚口話法がある。聴覚障害児のコミュニケ−ションについて,あるいはことばをめぐって現場からの報告をもとに討議を深めていく。

期 日: 8月1日(火)〜2日(水)
会 場: 堺市総合福祉会館(堺市瓦町)
参加費: 5000円
講 演: 「聴覚障害児のことば(仮題)」馬場 顕(筑波大学附属聾学校)
懇親会: 1日の夜に開催します。
  講演の他,シンポジウム,特別報告,ショートレクチャーなどを企画している。

講習会
 期 日: 8月3日(木)
 会 場: 堺市総合福祉会館(堺市瓦町)
 参加費: 5000円
 題 目: 「発音・発語指導」柳生 浩(元 川崎市立聾学校)


研究発表募集要項
 申込資格: 発表者、共同研究者とも本学会の会員に限ります。未入会の方は、事前に手続きをとってください。
 入会申込先: 〒591−8034 大阪府堺市百舌鳥陵南町1 堺聾学校内 ろう教育科学会事務局
TEL:0722−57−5471 FAX:0722−57−3310
 申込手続き: 別紙の研究発表申込用紙を、簡易書留にて第41回大会事務局までお送りください。
研究発表申込用紙は,上記の入会申込先と同じ宛名にご請求下さい。
 申込締切: 5月16日(火)

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研修会開催予告

中四国難聴教育研修会「聴能学基礎セミナー」
  日 時:8月5日(土),6日(日)
  会 場:岡山県立聾学校(岡山市土田)
  内 容:聴覚活用に関係する講義と実習などを行います。

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研修会開催
  第15回聴覚障害研修会

【日 時】6月9日(金)9:45〜16:00

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研修会開催
  保護者教室のご案内

1.日 時: 6月10日(土)10:00〜12:00(受付9:30〜)
2.場 所: 沼隈町役場4F大会議室
3.テーマ: 『聴覚障害児に豊かなことばを育てるために』
講師:南村洋子先生(聴覚障害児と共に歩む会・トライアングル教育部主任)
 トライアングルの前身である「母と子の教室」の頃より、聴覚障害児の早期からの教育に携わり豊富な経験をお持ちです。また,先生ご自身、聴覚障害をもつ子どもさんを育てられており、著書に、母子共著の「たんぽぽの道−共に歩んだ母と子の手記−」があります。
4.バ ス: 福山駅裏発 9:10 沼隈町役場発 12:10(事前申込制)
自家用車でお越しの方は、役場の駐車場をご利用下さい。
5.参加費: 500円(事前に下記に参加申込みを行ってください)
6.照会先: 「ゼノ」こばと園
〒720−0311 広島県沼隈郡沼隈町大字草深1852−1
FAX:0849−87−3457

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学会誌Contents

★音声言語障害 41(2)111-119,2000
 両側小耳症・外耳道閉鎖症児1例の0〜2歳台の言語発達と母子指導の経緯
 黒田生子,今村清志,伊藤泉,瀧本 勲

★聴能言語学研究 17(1)1-7,2000
 聴覚障害幼児の訂正方略の活用に関する縦断的研究:三浦 哲

★Audiology Japan 43(1)44-53,2000
 人工内耳幼児症例の聴覚による言語獲得−術前に獲得された視覚的手段の役割−
 野中信之,川野通夫,森 望,中島 誠,越智啓子,渡邊文美

★Audiology Japan 43(1)54-62,2000
 聴能に関る生活の質指数 自記式質問紙日本版の開発 第一報:加齢にともなう変化
 佐藤昭三,長井今日子,鎌田英男,古屋信彦,竹内一夫,鈴木庄亮

★Audiology Japan 43(1)63-71,2000
 聴能に関る生活の質指数 自記式質問紙日本版の開発 第二報:因子分析による尺度の構成
 佐藤昭三,鈴木庄亮,長井今日子,鎌田英男,古屋信彦

★Audiology Japan 43(1)72-77,2000
 高齢補聴器使用者の聴力レベルの分布:前川直子,小寺一興,猿谷昌司,伊藤達也


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『なぜ聾学校の教師になりたいのか、どんな教師になりたいのか』

−名古屋難聴児を持つ親の会社会適応講座「先輩に学ぶ」−より
 
愛知教育大学特殊教育科 聴覚言語障害児教育養成コース1年
今村 彩子
 
1.経歴
 はじめまして。まだ19歳で学生の身ですが、皆様の意見を聞いて自分の考えを発展させたいと思っています。よろしくお願いします。
 私は聴覚障害の世界、聴者の世界を半々生きてきました。簡単に経歴を説明します。2歳のとき先天性感音性高度難聴と診断される。聴力右92、左93デシベル。
愛知県立千種聾学校幼稚部に入学。普通小学校に入学し、卒業。普通中学校入学。
中2の2学期名古屋聾学校に転校し、卒業。筑波大学附属聾学校高等部に入学(寄宿舎生活)高1の3学期愛知県立聾学校高等部に転校し、卒業(寄宿舎生活)。
 経歴にある通り私は転校を2回経験しています。ある意味では挫折です。中1から高1の間私にとって「青春」という希望に満ちた響きは無縁のものでした。難聴であることの劣等感、被差別意識、コミュニケーション不足からの孤独、いつも聴者に合わせなければならない今の社会への不満、聞こえない人間として自分らしく生きる道はあるのかという不安に悩みました。思春期という精神的に不安定な時期に加え、難聴という障害と真正面から向き合い、苦しみ葛藤しました。反面、難聴としてのアイデンティティが少しずつ姿を現した時期でもあります。もし、身近に聴覚障害のある大人がいれば、相談にのってもらうことができただろう。また、聞こえないために同じように苦しんだ者同士として心強くなれただろう。
 附属に入ったとき初めて聴覚障害のある先生や寮母先生に出会いました。最初は驚き、戸惑いました。聴覚障害者が先生や寮母先生をやっているなんて!と思ってしまいました。しかし、聴者の先生や寮母先生よりもすぐ親しみを感じ、よく話すようになりました。悩みの相談をすると先生は自分の経験をもとに話して、最後にはいつも頑張れと励ましてくださいました。今でも印象に残っている言葉があります。「先生は彩子さんがうらやましい、いっぱい悩んでいるから。若いときにたくさん悩んだほうがいい。もっともっと悩みなさい。」当時は、なんでこんなに苦しんでいるのにもっと悩めと言うの?と思いましたが、先生も若いときはずいぶん悩んだと聞いて妙に納得しました。もし、聞こえる先生が言ったら私はきっとこの言葉を受け入れなかったでしょう。私は先生とは程遠いけれど同じ障害のある子ども達の相談相手として役に立てたらなあと思いました。
 私が大きく変わった豊橋聾学校での生活についてこれからお話したいと思います。
 私は高1の2月に筑波大学附属聾学校から豊橋聾学校に転校しました。部活や寄宿舎での人間関係がうまくいかず、ホームシックにかかったことが転校の理由です。その頃の私は自分が嫌いで、自信は全くなく、コンプレックスの塊でした。普通中学から名古屋聾学校に転校したときも人間関係がうまくいかず、自分を負け犬のように思っていました。また、聴覚障害のある先生に相談にのってもらい、励まされたのにのりこえられなかったという苦い思いが強かったのです。だから、2度目の転校は大変な挫折感を味わい、自分ほど駄目な人間はいないと思っていました。この挫折は私をずっと苦しめるだろう、もう楽しい高校生活も送ることができないだろうとあきらめていました。期待すればするほど、挫折したとき大きな心の痛手を受けるということを2回も味わってきましたから。最初はさめた目で楽しそうに笑う友達を見ていました。しかし、舎監の「転校することによって今村さんが頑張って良い成績を残すことが我々への恩返しになる」という言葉が心に引っかかっていました。このままでは何のために転校したのか分からない、付属でたびたび問題行動を起こして心配をかけた先生や寮母先生に申し訳ないじゃないかと思いました。もう一度頑張ってみようと決心し豊橋聾学校の友達の中に入っていくように努力しました。
 豊橋聾学校は生徒の数が少なく、先生と生徒のつながりが強い、自分のレベルに合った勉強ができる学校です。少人数なので、生徒会長や体育祭実行委員長など、色々な場面でリーダーになりみんなをまとめる役を引き受ける機会に恵まれました。今まで先生や親を困らせ、問題児視されていた私が「説明がうまい」「しっかりしている」と先輩や後輩に頼りにされ、とても嬉しかった。最初は親に反対されたけれど、通学往復3時間はきつく、寄宿舎に入りました。時間がたくさんあるので卒業するまで運動部を続けることができ、受験勉強と部活を両立してきました。普通高校では高3になったら引退し、受験勉強に専念することが普通です。しかし、私は体を動かさないとストレスが溜り勉強に集中できなくなる、だから部活を続けたいと担任の先生や顧問、親に話し、文武両刀をモットーにしました。先生方や親が私のことを信じている…だから、部活で疲れても勉強は計画通りにしっかりやりこなしました。全国聾陸上大会や東海聾バレーボール大会などに出場して好成績をあげることができました。また、英検や日米聴覚障害者芸術文化交流で3週間アメリカヘ行くなど色々なことに挑戦し、そのたぴに良い結果を得ました。先生や寮母先生方に褒められ友達にすごいねと言われました。私は褒められると嬉しくなりヤル気がでてくるタイプなので、どんどん新しいことに挑戦したくなるのです。だんだん自信がついてきて、自分が好きになってきました。
 高3の担任は英語教師で、この恩師がいたからこそ今の私があると言っても過言ではないほどです。先生はアメリカ留学したいという私の中学時代からの夢を誰よりも応援してくださった方です。先生と1年以上続けた英語の交換日記は私の宝物です。良い環境、良い先生に恵まれ、のびのびとやりたいことをやれた私は幸せ者だなあと思っています。豊橋聾学校では本当に毎日が充実して、生きていることはすばらしいということを感じました。その思いを他の聴覚障害児にも味わってもらえたらと思い聾学校の教師になりたいという夢が生まれました。やればできる、聴覚障害を前向きに受けとめ自分に自信をもつということを知ってもらえたらと思っています。また、好きな英語を通して子ども達に日本以外の国にも目を向けてもらいたい。アメリカには聴覚障害のある弁護士や俳優、医者やニュースキャスターなどさまざまな分野で活躍している人が大勢いるということを知ってもらいたい。そして、聴覚障害があっても自分を生かした職業に就くことができる。色々なことに興味をもって勉強をし、自分を磨いていけば職業の選択の幅は広がるということに気づいてほしいなと思っています。



2.私の進路決定
 今の大学に行こうと決心したのは高3の2学期の始めでした。決めたのがかなり遅かったので家族や先生方はひやひやしていたと思います。それまでは、日本の大学に行く気は全くありませんでした。高校を卒業したらアメリカの大学に行くとかたくなに決めていました。アメリカは障害があっても頑張る者には皆に平等にチャンスが訪れる、能力を認めてくれる国だからです。また、小学生の頃から字幕の付いている洋画を見て育ってきたので映画で見るアメリカの自由で明るい零囲気に魅かれ、いつか私も行きたいと思い続けていました。留学しようと思い立ったきっかけは中2の時母にもらった本です。私と同じ高度難聴の女性が書いたその本には、彼女がアメリカの大学に留学し卒業した経験が生き生きと書かれていました。私も彼女のように留学してアメリカの聴覚障害者と触れあいたい、興味のある映画製作や聾文化を学びたいという思いが強くなりました。このことを母に話したら「夢物語よ」の一言でけなされました。私は真剣なのに母に簡単にあしらわれたことが悔しかった。口だけでは駄目だと思い、自分で図書館や国際センターに行って留学に関する情報を集めました。英語も一生懸命勉強し、英検やTOEFLを受けました。母に私は本気だということを話しましたがなかなか分かってもらえず、いつも口論していました。母の言い分はこうです。「私は留学に反対じゃない。むしろ留学して色々なことを見てきてはしい。でも、高校を卒業してから行くのは早すぎる。日本の大学を卒業してからでも遅くはない。彩子は聴者の世界に入ることが嫌なだけなんでしょう」。今だから言えることですが、聴者の世界に飛び込みたくないというのも留学の理由の一つでした。誰にも知られたくなかったのにそれをずばっと母に指摘された私は悔しく、ますます頑として自分の意見を曲げようとしませんでした。母は次第に折れてきて「じゃあ本気で留学したいのなら、アメリカの大学を見学しましょう」と高3の春休みカリフォルニアヘ大学見学に行き、そこのサポートシステムの素晴らしさに感動しました。夏休みにはワシントンD.C.にあるギャローデット大学が主催している3週間のサマープログラムに参加しました。小論文と面接だけで受けることができる愛知教育大学を聞いたのは夏休み前でした。2度の渡米で考えた結果、卒業後留学するより愛教大に入った方が自分のためになると思いました。そこで聴者ともやっていける自信と英語力をつけ、また学びたいと思っている聴覚障害者についても日本である程度の知識を身につけてからでも遅くはないと思い、推薦入学を受けることに決心しました。



3.受験勉強
 受験勉強として小論文を書き始めたのは9月からでしたが、保健運動委員長、体育祭実行委員長の仕事がかなりあり、体育祭が終わったら全国陸上大会への特訓であまりできませんでした。運動部の顧問から「全国大会が終わったら受験勉強に集中しろ」と言われました。しかし、バレーをやるために運動部に入ったのですから、11月の後半に行われる東海聾バレーボール大会にどうしても出たいと言いました。私は寄宿舎で生活しているから自由な時間がいっぱいある。ず−と勉強勉強じゃストレスがたまって集中できなくなる。だからどうしてもバレーがやりたい」私の熱意が通じ「じゃあやってみろ。ただし、受験勉強を優先しなさい」と言われました。バレーをやることでありあまったエネルギーを発散することができ、勉強に集中できました。大会が終わり、推薦入試まで約1週間、朝から晩まで原稿用紙に向かってひたすら書きまくりました。そして、国語の先生だけでなく生物や数学の先生にも見てもらいました。理系的な視点で物事を考えるようになるためです。面接の練習は11月頃から毎晩宿舎の先生を引っ張り込んで面接官になってもらいました。読話の練習のために幼稚部や小学部、中学部の先生にもお願いしました。部活をやっている間も5時半に起き、学校へ行くまでの2時間小論文の過去問題をやりました。寄宿舎に帰ったら夜の12時までやると決めていましたが、部活で疲れて8時に寝てしまうこともありました。しかし、小学生の時から書くことが好きで、よく作文を書いては新聞に投稿していました。今思うとこれが小論文の基礎になっていたんだなと思います。当時は掲載されるともらえる図書券が欲しくて投稿していたのですが、皆さんの中で文章を書くことが好きな人は新聞や雑誌に投稿してみるのもいいと思います。
 私は愛教大とアメリカの大学の2校を受けました。日本の大学では愛教大一筋でほかの大学を受けることは頭になかったため、推薦で落ちたら浪人する覚悟でいました。今までずっとやりたいようにやってきたから落ちたとしても悔いはないと開き直ることもあれば、もしも本当に落ちたら・‥と考えて眠れなかった夜もありました。合格できたのは、いっも励ましてくれた担任や部活の顧問、小論文を見たり面接官になってくださった大勢の先生方、そして夜遅くまで勉強していた私が風邪をひかないように気遣ってくれた寮母先生やルームメイトのおかげです。そして、私が口だけで説き伏せられるだけでは納得しない、たとえその結果が失敗するとしても自分の納得いくまで行動しないと気がすまない私の性格を理解し、見守ってくれた両親のおかげです。アメリカの大学からは今年の6月に合格通知が届きました。



<大学生活>
(1)情報保障
 毎日が充実してとても楽しいです。特殊教育科の学生は障害児教育に興味をもっているので難聴である私のことをよく理解してくれます。全ての講義は一緒に受ける友達のボランティアでノートテイクをしてもらっています。ノートテイクというのは1〜2人が隣に座り先生の話を紙に書いていくことです。一つの講義が90分なので友達はず−とボールペンを動かしています。大変だなと思いつつも先生のジョークや雑談が分からなくて物足りなく思った私は友達に話しました。すると快く了解し、先生のジョークや雑談だけじゃなく他の学生の言ったことまで書いてくれるようになりました。だから、講義の中身だけでなく雰囲気も分かるようになり困ることは少なくなりました。現在取っている講義で手話のできる先生がいらっしゃり、手話を使って進めてくださるので皆と同じように理解できます。私は、英語免許を取得したいので週に英語を5コマ取っています。ライティングやリーダーは、大丈夫ですが、聴力を使う音声学やコミュニケーションは十分に消化できません。一般科目と違って専門的な講義なので高度な英語力のある人じゃないとノートテイクができません。後期から専門分野である英語はアメリカに8年すんでいた特殊教育科の先輩にやってもらいます。彼には空いている時間に来てもらっているので特別に大学側からお金が入ります。今年度は彼のみ支払われています。大学側が来年からノートテイクをアルバイトとして正式にみとめたのでお金が支給されることになりました。また、自分でも先生に「カセットテープを使うときはその内容のプリントをください」とお願いしたり、アメリカ人の先生に「英語の読話はとても難しいのでゆっくり話して板書も増やしてください」と英語で手紙を書きました。積極的に難聴のためにこういうことができない、そのためにこうしてもらえると理解できると先生に話すと配慮してくださいました。



(2)友達関係
 友達関係も良好で毎日他愛ないおしゃべりで盛り上がっています。特殊教育科の半分以上はFAXを持っているので、聴覚障害のある友達より大学の友達とやりとりすることが多くなりました。手話に興味を持ち覚えてくれる友達もいます。しかし、最初からうまくいったわけではありません。聴覚障害は目に見えないので理解してもらうのに時間がかかります。何度も友達に「私は1対1なら読話ができるけど大勢だともうお手上げ。大勢で話すときこそ手話を使ってほしい」「私は補聴器をはめているから話し声は聞こえる。でも、それを理解する耳の神経がやられているから話の内容はわからないんだ」「外国に旅行していると思ってみて。周りは自分の知らない言葉を話している。話し声は聞こえるけど何を話しているのか分からないでしょ? 私はいっもそういう状態なんだ」というふうに話してきました。話すと皆理解してくれ、ますます絆が深まりました。「今まで聴覚障害者に会ったことがなかったからどのように話せばいいのか分からなかったけど、一緒におしゃべりしたり楽しんだりすることができるんだね」と言う友達がほとんどでした。「聞こえる聞こえないなんて関係ない、彩子と私は同じ人間だよ」と言ってくれた友達は今、私の親友です。
 大学に入って一番変わったなと思うのは手話に対する私の気持ちです。高3までは2年前から手話サークルに通い出した母が私に練習として手話を使って話そうとするだけで嫌悪を感じました。手話を使う人はちゃんとした日本語をしゃべれない人が使うものだと思っていたからです。普段は口話でコミュニケ−ションしています。だから、手話で話しかけられると私がそのような人と同じ仲間に見られているようで嫌でした。手話の必要性を強く感じたのは大学に入ってからでした。入学したばかりの時は友達の会議に入れず孤独を感じていました。だんだん私も友達と一緒に笑いたいという気持ちが強くなり友達に手話を教え、広めていこうと思いました。今は指文字や簡単な手話が、できるようになり大勢で話す時は手話を使ってくれるので一緒に楽しんでいます。



(3)知る権利
 私の指導教官は「講義や友達のことで何か困ったことがあったらいっでも私の所に言いに来なさい。あなたにも知る権利があるのだから」と私のことを大変親身になって考えてくださる方です。「知る権利」と言うのは授業だけでなく友達の他愛のない会議など聴者なら無意識に入ってくる情報も知りたいと思ったら「何の話?」「もう一回言って」と聞くことです。話が分からないのに皆に合わせて笑ったりあいづちを打った経験は誰でもあると思います。分からないとき我慢しないで「教えて」と隣の人に聞けばいいのです。これは人に頼るとか甘えるのとは違うと思うのです。「知る権利」を主張することは相手に自分の障害を理解してもらうきっかけになります。



5.後輩へのアドバイス
 私もまだ皆さんと同じ十代でそんなに違わないので、アドバイスなんて偉そうなことは言えません。あえて言うとしたら、健康管理をしっかりすることだと思いよす。体が元気だと心も元気になり自然に前向きな考えかたになります。将来の夢や目標がある人は実現に向けて努力する。すると周りの人はきっと応援してくれます。まだない人は焦らず、いろんなことに挑戦する。人の話を聞いたり、本を読んだりといろんな方法があります。後は人生を思いっきり楽しむことでしょう。
 
〜1998年8月8目名古屋難聴児を持つ親の会主催による社会適応講座の講演要旨より許可を得て転載〜

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