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■最終更新 2013年3月5日

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障害者権利条約法務省関連の項目についての意見書

2009年8月20日 第9回 政府意見交換会

日本障害フォーラム

障害者権利条約法務省関連の項目についての意見書

Ⅰ.「支援を受けた自己決定」と行為能力の制限(成年後見制度)の関係
(第12条他)

 障害者権利条約(以下、条約)第12条2項では、すべての障害者は他の者と平等に法的能力を享有する、と規定している。一方、日本においては、法的能力に関しては権利能力と行為能力に分けて考えられ、権利能力はすべての人がもつとされるが、未成年者や一部の精神障害者や知的障害者については行為能力が制限されると解釈される。よって、成年後見制度による法律行為における代理人による決定や、保護入院や措置入院等の強制医療等が、行為能力の制限を受けている者に対して許容されることとなる。

1.「法的能力」概念の確認
 条約第12条2項の既定に関して、日本政府は2006年12月の条約採択時、
 「第12条2項に関連して、「法的能力」という文言は、国内法制度における違いをふまえた柔軟な解釈が許容されるべきである、と信じるものである」
(regarding paragraph 2 of Article 12, we believe that the term “legal capacity” should allow flexible interpretation, bearing in mind the differences in national legal systems)
という内容を含む声明を出している。この「法的能力」という概念には、国連での審議過程から見ると、権利能力のみならず行為能力も含むというのが条約採択時の合意であると考えるが、特に行為能力の制限を是認する我が国との法体系のもとで、法務省としていかなる見解を有しているか明らかにされたい。

2.「法的能力」の行使について(第12条3項)
 条約第12条3項は、「締約国は,障害のある人がその法的能力の行使に当たり必要とする支援にアクセスすることができるようにするための適切な措置をとる」と規定している。上記1との関連で、仮に、法的能力に行為能力を含まないと解釈する立場に立つとした場合、「法的能力の行使に当たり」とは、「権利能力を行使するに当たり」と読み替えることになる。
 しかし、権利能力とは法的主体たり得る地位を指すものであり、そのような地位自体は出生により認められる(民法第1条)ものであるから、そのような地位の行使というのは、結局のところ、個々の法律行為の実行の問題に帰着すると考えられる。
 とすると、そもそも、法的能力を権利能力と読み替えること自体が困難な解釈だと考えるが、「法的能力の行使に当たり」についての法務省の見解を明らかにされたい。

3.「必要とする支援」(第12条3項)と新たな自己決定支援制度の必要性
 上記2との関連であるが、条約は、「障害のある人がその法的能力の行使に当たり必要とする支援」と規定している。これは、障害のある人自ら「法的能力を行使する」ことを前提にして、その際に必要な支援が提供されるべきことを想定しており、条約の審議過程で主張された「支援を受けた自己決定」という新しい考え方に基づくものである。
 また「必要とする支援」は、法律行為の対象から見ると、日常生活に伴ういわば軽微な法律行為を行う場合から重大な事項を含む場合まで様々であり、支援を受ける側の支援を必要とする度合いも、0%から100%まで存在する。特に、他人が代わって決定を行うのではなく、自ら法律行為を行う立場に立てば、必ずしも日常生活に伴う軽微な法律行為だから支援が不要だという関係にはない。むしろ、日常的な法律行為を自ら行えるような支援こそが自立にとって必要とであると考えられる。自己決定支援の99%は本人決定をいかにサポートするかにかかっているが、現行法下では、日常生活の金銭管理と福祉サービス利用支援等を行う「日常生活自立支援事業」の他には、積極的に自己決定支援を行う制度はない。民法の成年後見制度は、日常生活面での支援は特に無く、重要な財産管理等については代行決定への切り替え、という図式的な二分法によっている。こうしたモデルは、条約が求める本人の能力と支援の連続的な関係にそぐわない。
 日常生活面の自己決定支援制度及び財産管理面及び医療・福祉サービスの利用などに関する自己決定の支援制度について、成年後見制度に優先すべき自己決定支援制度を創設すべきではないのか。

4.「法的能力の行使に関連するすべての措置」について(第12条4項等)
 条約12条4項は「締約国は,国際人権法に従い,法的能力の行使に関連するすべての措置には濫用を防止するための適切かつ効果的な保護が含まれることを確保する」と規定している。
 法的能力の行使に関しては、「支援を受けた自己決定」が原則であるべきである。障害の有無に関わらず人の自己決定には支援が必要であり、判断能力のある者とない者という質的な違いが人間にあるわけではない。条約第12条2項はこのことを明らかにしている。これに対して旧来の後見制度は、被後見人等を判断能力のない者として他の者と質的に異なるものとして本人以外の者による代行決定を行うものであり、条約12条が前提とするパラダイムとは異なる能力観に立っている。条約に従えば第3者に判断を委ねるガーディアン制度は本来否定されるべきものである。
 「法的能力の行使に関連するすべての措置」にかかる後見人(ガーディアン)制度が含まれていると解釈するか、否か、この点についての法務省の見解を明らかにされたい。

5 成年後見制度による自己決定制約の範囲の確認
 貴省の見解として成年後見制度が上記4の措置に含まれると解釈した場合、日本の後見制度で認められる後見人の権限の範囲を、下記の点を含めて明らかにされたい。
 (1) 財産管理権
 (2) 身分権(遺言、婚姻、離婚、縁組、離縁、親権、認知、一身専属権)
 (3) 憲法、条約上認められて人権の行使
 (4) 居所の指定
 (5) 医療に関する権限(診療契約、入院契約、侵襲への同意、服薬への同意、延命治療の同意ないし拒否権、臓器提供の同意ないし拒否権)
 (6) 福祉サービスに関する選択や契約締結権(施設入所、退所、サービスの選択、施錠や拘束の同意権)
 (7) 教育に関する権限
 (8) 就労(雇用契約の締結、解除)

6.成年後見制度と条約第12条の関係
(1)成年後見制度の要件適合性
 現行後見制度が、以下の条約上の要件を満たしているのか、法務省の見解を明らかにされたい。
 1) 「障害のある人の権利,意思及び選好を尊重すること」
    (選挙権、被選挙権の剥奪)、
 2) 「利益相反及び不当な影響を生じさせないこと」
   (行為無能力の推定に基づく差別的扱い)
 3) 「障害のある人の状況に対応し及び適合すること」
   (必要性、補充性、後見類型の肥大化)
 4) 「可能な限り最も短い期間に適用すること」
   (必要性、補充性)
 5) 「権限のある,独立の,かつ,公平な当局又は司法機関による定期的な審査に服すること」
 6) 「当該措置が障害のある人の権利及び利益に及ぼす影響の程度に対応」

(2)成年後見制度と条約の基本的関係
 条約第12条は、精神障害、知的障害、認知症などがあっても法的能力において平等性が確保されることを求め、現実に存在する判断能力の不十分さについてそれを補う自己決定の支援策を求めている。
 条約第12条4項は、自己決定支援においてもその量的関与が拡大すれば濫用の危険性も高まるために 1)障害のある人の権利、意思及び選好を尊重すること、2)利益相反及び不当な影響を生じさせないこと、3)障害のある人の状況に対応し及び適合すること、4)可能な限り最も短い期間に適用すること、5)公平な当局又は司法機関による定期審査を受けるべきことを定めている。
 しかし、現行の成年後見制度はこうした具体的な濫用防止措置が完備していないだけでなく、本人の自己決定を中心にすえて支援をする構造ではなく、後見人等が本人に代わって決定する構造をとっている点で、障害者権利条約の求めるものとはなっていないと考えるが、貴省の見解をお聞きしたい。

(3)現行成年後見制度の問題点

 以下、法務省ならびに関係省庁の見解をお聞きするものである。

 1) 障害者の権利、意思及び選好を尊重すること
 (ア)民法第859条は本人意思の尊重原則を一般的に規定しているが、後見人の行動準則としては概括的すぎる。障害者の権利、意思および選好を尊重するための何らかの法的担保が必要ではないか(例えば障害者差別禁止法を創設し条文で担保するなど)。
 (イ)成年被後見人から選挙権が剥奪されるとする公職選挙法第11条1項は削除されるべきではないか。
 (ウ)公務員法の欠格条項、法人役員選任の欠格条項(例えば、社会福祉法第36条)について、これは実質的に障害に基く排除であるため、条約に違反していると思われるがいかがか。
 (エ)治療同意について後見人の代諾が論じられているが、8ページ(3)にあるように医療は侵襲的で非可逆的本質」を持つと特別報告官が述べている。こうした医療の本質を考えるとき、後見人による代諾は許されてはならない。例えば今議論されている患者の権利法制の中にインフォームド・コンセントを実質的に担保する条文を創設すべきではないか。これには当然情報保障への合理的配慮が必要であり、セカンドオピニオンや権利擁護のための人的支援を無料で使えることが必要ではないか。

 2) 利益相反及び不当な影響を生じさせないこと
 民法は、後見人と本人との利益相反の禁止を定めてはいるが、財産管理面に限定しすぎているのではないか。医療・福祉施設への入退所などをめぐっては家族と本人の利益や意向が相反することも見受けられる。現状では、未だに成年後見人は親族が担っている場合が8割前後である。こうした状況は、実質的な利益相反や客観性、公正さを欠いた後見活動を生じる原因にもなりうる。公的後見制度を準備する必要があるのではないか。

 3) 障害者の状況に対応し及び適合すること(必要性要件:本人の能力や環境などを考慮して、支援や介入は本人の必要の程度に基いて行うべきであるということ)
 現行成年後見制度は、事理弁識能力の程度に応じて3段階の分類しか設けていないため、「状況に対応し及び適合」したものとは到底認められない。欧米の後見制度では、本人の能力と環境的支援の状況、介入の必要性などの程度に応じて成年後見人の役割、権限をさだめることが主流になっており、代行決定を行う後見制度を「最後の手段」(Last Resort)と位置づけている。
 成年後見制度を3分類とせず、本人の必要性の状況に対応させた制度としなければ、条約の要件を満 たすことにならないのではないか。

 4) 可能な限り最も短い期間に適用すること(補充性の原則:他のより緩やかな代替手段の準備)
 (ア)成年後見の運用の実態を見ると、成年後見の取り消し、より緩やかな類型への変更は、最高裁判所事務総局家庭局の統計上見られないが、実態をどのように把握しているか。
 (イ)成年後見の要否は、単に本人の精神医学的状態に依拠すべきものではなく、同様の精神状態でも支援のあり方いかんによっては代行決定によらず、本人の決定を導くことが可能であることを条約は前提にしている。成年後見開始後においても、後見人等は本人の能力回復と支援充実を図るべき義務を定める必要があり、それに向けた努力を義務とする法的担保が必要ではないか。

 5) 公平な当局又は司法機関による定期審査
 家庭裁判所の後見監督センターなどで、財産管理面について横領等の違法行為がなされていないか など、最低限度の形式的な監督はなされているが、本人の能力と支援環境の変化及び成年後見を持続させることの当否を定期的に審査する制度は現行法上準備されていない。
 成年後見制度に条約が求める定期審査制度を定めるべきではないか。

Ⅱ.強制収容・強制医療(第12条、第14条、第15条、第16条、第17条、第19条、第25条関連)

1.強制収容の禁止について
(1)精神科病院への強制収容
 条約第14条は「締約国は、いかなる場合においても自由の剥奪が障害の存在により正当化されないことを確保する。」と規定し、条約第19条は、他のものとの平等な地域生活の権利、並びに、「特定の生活様式」が義務づけられない、としている。このことからすると、

 1)措置入院、医療保護入院などの精神障害の存在を根拠とする強制入院は、条約違反となるのではないか。
 2)「精神障害の改善」を要件とした強制入院を認める心神喪失者等医療観察法(以下、医療観察法)は、条約 違反ではないのか。
 3)任意入院であっても実質上生活の場と化した精神科病院での入院生活は、条約第19条違反ではないのか。

 なお、1)及び2)については、医療やケアの必要性、自傷他害のおそれ等の要素も強制の要件となっており、精神障害の存在のみを理由とした強制ではないことは、条約違反をまぬかれる理由にはならない。人権高等弁務官事務所は下記のごとく明白に否定している。
  「障害者権利条約は、障害の存在に基づく自由の剥奪は国際人権法に反しており、本質的に差別であり、そしてそれゆえに不法であることを明確に宣言する。障害に加えて追加の根拠が自由の剥脱の正当化に使われる場合に対しても、こうした違法性は拡大して認められる。追加の根拠とは例えばケアや治療の必要性あるいはその人や地域社会の安全といったものである。」
(国連人権高等弁務官事務所08年10月「被拘禁者のための尊厳と正義の週間、情報ノートNo.4 障害者」
http://www.ohchr.org/EN/UDHR/Documents/60UDHR/detention_infonote_4.pdf)

 日本は、精神科病床が人口比において世界最大の実態がある。即急の地域移行計画に基づく人権救済措置が求められている。これらの点について、人権行政の所管省庁として貴省の見解をお聞きしたい。

(2)精神障害者関連法規の差別性
 医療観察法においては、不起訴や無罪あるいは執行猶予、未決算入など刑務所に行かない場合、精神障害のある者についてのみ強制入院を行う法制度となっている。また、精神保健福祉法においては、満期出獄後においても矯正施設長の通報により、さらに強制入院にされる場合がある。これらは他の者とは違った手続き法制度により、精神障害者についてのみ自由を剥奪する制度であり、精神障害者差別立法といわざるを得ない。この点について、関係各省の見解を伺いたい。

(3)身体の自由
 刑事訴訟法および医療観察法により、鑑定留置や鑑定入院により精神障害者が身体の自由を奪われている実態についても見解を伺いたい。
 さらに医療観察法はその運用により(厚生労働省省令133号98号)、審判の結果、医療観察法に定められた特別な病院への収容が決定されても、特別病院の病床不足により、定められた施設に収容されず、一般の精神科病院に拘禁されて続けている実態があるが、これについても見解を伺いたい。

2.強制医療の禁止について(第12条、第17条、第25条)
 強制医療の禁止に関し、条約は以下のように規定している。
「締約国は、障害のある人が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。 」(第12条) 
「障害のあるすべての人は、他の者との平等を基礎として、その身体的及び精神的なインテグリティ〔不可侵性、その心身がそのままの状態で〕を尊重される権利を有する。 」(第17条)
「締約国は、保健の専門家に対し、他の者と同一の質の医療〔ケア〕(特に、十分な説明に基づく自由な同意に基づいたもの)を障害のある人に提供するよう要請すること。」(第25条)

 これに対して以下の件について見解をお聞きしたい。

(1)医療観察法第43条等
 医療観察法は、「精神障害を改善」するために強制入院等を認め、対象者は入院による医療等を受けなければならないとする(第43条)。精神障害の強制的な治療や改善を法的に強制することは、上記条約各条から許容されないはずではないか。貴省の見解を伺いたい。

(2)精神保健福祉法の運用
 また精神保健福祉法の運用実態において、「保護者の同意」による実質的な強制医療がなされているが、これに関して見解をうかがいたい。

(3)強制医療とインフォームド・コンセント
 08年7月、国連拷問等禁止条約特別報告官はあえて1章を障害者と拷問等禁止条約に割き、医療の本質を以下規定し、
「医療は侵襲的で非可逆的な本質があるがゆえに、治療的目的に欠けるときあるいは障害を矯正するまたは軽減する目的を持つときで、当事者の自由なインフォームド・コンセントなしに強制され行われるならば、拷問そして虐待を構成することとなろう」
(080728 拷問等禁止条約特別報告官の国連総会への中間レポート障害者に関する部分:抄訳はhttp://nagano.dee.cc/0807toture.htm)


と述べている。障害者への強制医療に警鐘を鳴らすと同時に、結論部分において、自由なインフォームド・コンセントのガイドライン制定を求めているが、これに関して法務省としての見解をうかがいたい。

Ⅲ.司法へのアクセス(第13条等)

1.手続き上の配慮
条約第13条は、すべての法的手続きについて、手続き上の配慮を行うとしている。ところが、関東弁護士会連合会が編集した「障害者の人権」(明石書店)の冒頭では「わが国の刑事訴訟手続きや民事訴訟手続きをはじめとして、裁判の手続きは、原則として障害者が裁判を受けることを想定していない」とされている。
   ※ 関連する事例として「ポチ事件」(文末「関連事例」参照)
 以下、主な問題点を摘示することにするので、事例毎に法務省を始めとする関係省庁の見解を明らかにされたい。

(1)捜査段階(立ち会い権の保障、捜査の可視化)
  1) 令状主義-令状の提示(刑訴第201条)
  視覚障害・盲ろう(警察官であるのかの確認、令状が存在するのかの確認手段の欠如、盲ろう者に対する特別に配慮された認証シンボルなどの欠如)、
  聴覚障害・知的障害(手話通訳者や要約筆記者、理解を助ける支援者の立ち会いの欠如)
  精神障害
  2) 要旨の告知(刑訴第203条Ⅰ、第204条Ⅰ)
  聴覚障害、盲ろう、知的障害(手話通訳者や要約筆記者、理解を助ける支援者の立ち会いの欠如、視覚情報・聴覚情報を補助する支援者の欠如)
  3) 弁護人選任権の告知(刑訴第203条Ⅰ、第204条Ⅰ、第205条Ⅴ、第207条Ⅱ)
  聴覚障害、盲ろう、知的障害(手話通訳者や要約筆記者、理解を助ける支援者の立ち会いの欠如、視覚情報・聴覚情報を補助する支援者の欠如)
  精神障害
  4) 黙秘権の告知(刑訴第198条Ⅱ、第291条Ⅲ、第311条Ⅰ)
  聴覚障害、盲ろう、知的障害(手話通訳者や要約筆記者、理解を助ける支援者の立ち会いの欠如)
  精神障害
  5) 取り調べ(刑訴第198条Ⅰ)
  聴覚障害、盲ろう、知的障害(手話通訳者や要約筆記者、理解を助ける支援者の立ち会いの欠如、視覚情報・聴覚情報を補助する支援者の欠如、誘導防止の欠如)
  知的障害(誘導防止や任意性担保手段の欠如)
  精神障害
  6) 調書の閲覧、読み聞け(刑訴第198条Ⅳ)
  視覚障害、盲ろう(閲覧、内容の確認手段の欠如、通訳、わかりやすいコミュニケーション支援の立会人の欠如)
  聴覚障害、知的障害(手話通訳者や要約筆記者、理解を助ける支援者の立ち会いの欠如、視覚情報・聴覚情報を補助する支援者の欠如)

(2)公判段階
  1) 訴訟能力、公判停止と訴訟の打ち切り
      (長期に亘る不安定な状態の解消) 
※ 関連する事例として「16年拘禁事例」(文末「関連事例」参照)
 2) 自白の任意性 
  (立ち会い権、捜査の可視化、その他の代替手段の欠如の場合)
 3) 尋問(被告、証人)
  聴覚障害、盲ろう、知的障害(擬声音の表現、音声・聴覚情報、過去の仮定、抽象的概念の伝達、物的証拠の触覚的確認)
  視覚障害(図面や証拠物を利用した尋問)
  精神障害

(3)判決
 1) 告知
  聴覚障害、盲ろう、知的障害(手話・筆記(要約筆記)・点字、その他の方法による通訳者や、コミュニケーションの理解を助ける支援者の欠如。視覚情報・聴覚情報を補助する支援者の欠如)
 2) 判決謄本又は判決抄本の交付
  視覚障害、盲ろう(点字、拡大文字等による書面交付の欠如)

2.司法手続きにおける言語とコミュニケーション
 条約第2条は手話その他の形態の非音声言語等が「言語」であることを認め、第21条は、「締約国は、障害のある人が・・・あらゆる形態のコミュニケーションであって自ら選択するものにより、表現及び意見の自由(情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む)についての権利を行使することができることを確保するためのすべての適切な措置をとる。このため、締約国は、特に次のことを行う」として、同条(b)では、「障害のある人が、その公的な活動において、手話、点字、拡大代替〔補助代替〕コミュニケーション並びに自ら選択する他のすべてのアクセシブルなコミュニケーションの手段、形態及び様式を用いることを受け入れ及び容易にすること」としている。
 この規定からすると、司法手続きへの参加は、極めて重大な公的活動であって、障害のある人自ら選択するコミュニケーション手段を用いることを国家が受け入れかつ容易にした上で、障害のある人が司法手続きに伴う情報を取得して、意見を述べる自由権の権利行使を確保しなければならないことになる。
 すると、特に、視覚障害または聴覚障害のある人や盲ろう者が被疑者、被告人となる場合、障害のない者が訴訟の当事者として通常取得する情報や意見の表明に関しては、自己の選択する手段により情報を得、または意見を表明できなければならないと考える。
 そこで、以下、主な問題点を摘示することにするので、事例毎に法務省の見解を明らかにされたい。

(1)裁判所法第74条
 裁判所法第74条「裁判所では、日本語を用いる」 という規定は、裁判所で言語たる手話及びその他の形態の非音声言語使用を禁止する趣旨と解釈するのか。
(2)刑事訴訟法第175条
 刑事訴訟法第175条に「国語に通じない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせなければならない」とある。この規定の「国語」に、手話言語は含まれるのか、含まれないのか。
(3)刑事訴訟法第176条
 刑事訴訟法第176条「耳の聞えない者又は口のきけない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせることができる。」
この規定は、裁判所が通訳をさせない場合があり得ることを認めたものか。
(4)刑事訴訟法第177条
 刑事訴訟法第177条では「国語でない文字又は符号は、これを翻訳させることができる」と規定しているが、国語でない文字または符号に点字や指文字などが含まれるのか、否か。また、裁判所が通訳をさせない場合があり得ることを認めたものか。
(5)上述した条約が求めるものを現行法は満たしていると考えるか否か。

Ⅳ.拘禁施設内での合理的配慮(第13、14条他)
条約第2条並びには合理的配慮を提供しないことは原則として差別に当たるとし、とくに、第14条「身体の自由及び安全」では、
 「障害のある人が、・・・自由を奪われた場合には、・・・この条約の趣旨及び原則に従い取り扱われること(合理的配慮を行うことによるものを含む)を確保する」
としている。これは、身柄の拘束を受けた障害者が、身柄の拘束を受けた障害のない者と実質的に同等の地位を確保するために求められるものである。ところが、以下の事例等にもみられるように、わが国においては、身柄の拘束を受け、拘禁されている障害者への合理的配慮は保障されていない。
 この点についても至急、法制度の確立が必要であるが、担当省庁の見解をお聞きしたい。
・事例1 水野国賠訴訟
 長年服用していた薬を拘置所が一方的に打ちきったために、被告人が自殺した事件について、遺族が国の責任を追及して提起した訴訟。被告人(当時45歳)は、精神疾患の治療のため長年投薬を受けてきたが、2002年6月26日に八王子拘置支所から東京拘置所に移された際、一方的に投薬を打ち切られたために、不眠、不安な状態になり、メモを看守に渡して、同月30日未明、独房内で雑巾を飲み込み窒息死した。2005年1月31日の東京地裁判決は、1)投薬を勝手に中止したこと、2)自殺の危険を認識して半タオル等を撤去しながら雑巾を撤去しなかったこと(自殺防止義務違反)、3)意識がない被告人を発見しながら気道確保等の救命措置をとらなかったことの拘置所の責任を認めた。国が控訴したが、東京高裁の2006年11月29日判決は、地裁と同様に国の責任を認め、過失相殺をも否定する全面勝訴判決。
・事例2(平成7年(行ウ)第3号懲罰処分取り消し等請求事件/京都地裁平成10年5月8日判決、大阪高裁平成12年6月15日判決)
 しょっちゅう手を洗うという覚せい剤精神病あるいは強迫神経症の者に対して、獄中での水の無駄遣いということで懲罰の対象とされた例。一審では原告敗訴だったが、二審では逆転勝訴。
・事例3(2003年5月29日付 受刑者の補装具使用に関する人権侵害事件に対する奈良弁護士会の大阪刑務所に対する勧告書)
 身体障害者1級の手帳保持者で常時車いすを利用する者が大阪刑務所に対して行った、補装具として交付されている座席の上の専用の「パッド」使用の申し入れを刑務所側が拒否した事例。

■以下、関連事例■

ポチ事件 
<2002年2月4日大阪読売新聞夕刊より>
「ポチ」と呼ばれていた男性(59)に会った。様々な人権侵害 が明るみに出た大阪府箕面市の精神病院「箕面ヶ丘病院」に入院していた患者だ。大勢が出入りするデイルームの一角に、ひもでつながれたまま寝起きし、用を足すのもポータブル便器。そんな 違法拘束を10年近く受け、昨年8月に府の抜き打ち調査で問題 が発覚、ようやく転院した。同病院は患者全員の転退院が終わり、1日、保険医療機関の指定取り消し処分を受けたが、奪われた歳月と人間の尊厳には何の償いもない。(科学部 原昌平)

◆半径2メートルの生活
  窓の鉄さくから腰に延びた二メートルほどの白い布ひも。その届く範囲が男性の動ける空間のすべてだった。リノリウムの床に畳一枚と布団が敷かれ、食事は便器のふたの上で食べた。ひもが外されるのは、たまの入浴と行政の立ち入り調査の時ぐらい。それでも温和な男性に、他の患者は「ポチ、元気か」と冗談半分で声をかけた。入院は二十数年前。精神分裂病との診断だった。法的には退院も外出も自由な任意入院なのに、「乾電池や鉛筆など目についた物を口に入れる」という理由でつながれていた。両腕が動かせない拘束衣を着せられた時期もあったという。
拘束には、精神保健指定医の診察とカルテ記載が法律上欠かせないが、何の記録も残っていない。だから違法拘束の期間も正確にはつかめないが、関係者によると、十年前に異物を飲んで開腹手術を受けたあとは続いていたという。

勾留16年事件
「勾留16年、判決まだ 心神喪失の強殺被告、再犯を懸念」
<2009年3月17日15時0分 朝日新聞より>
 強盗殺人罪で92年に逮捕、起訴された千葉県内の男性被告(48)が、刑事裁判中に統合失調症による<心神喪失」と診断されながら、十分な治療を受けることなく現在まで拘置施設に勾留(こうりゅう)されていることが朝日新聞の調べで分かった。被告は、一度も裁かれること無く16年以上も勾留され続けていることになる。
 被告は92年10月、千葉県松戸市のガソリンスタンドで店長を鉄パイプで殺害し、現金約56万円を奪ったとして逮捕された。過去に統合失調症で通院歴があり、起訴前の2回の精神鑑定は、刑事責任能力がない<心神喪失>と責任能力はある「心神耗弱」とで結果が割れた。千葉地検松戸支部は「心神耗弱」の鑑定結果を採用し、逮捕から1年後に起訴に踏み切った。
 ところが、裁判が始まると被告は通常の受け答えもままならず、再び精神鑑定したところ、「心神喪失」と診断された。これを受けて千葉地裁松戸支部が94年12月、公判停止を決定した。
 一般的に、被告が病気などの理由で公判が停止し、逃亡や証拠隠滅のおそれが無い場合は、病状回復を図るため、裁判所が検察側の意見を聞きつつ勾留を停止し入院させるなどの手続きを検討する。
 被告の弁護人は95年6月に<勾留執行の停止>を申し立てたが認められなかった。理由について、弁護人は「被告は攻撃性が強く、(社会に出れば)他害のおそれもある。もし同じような事件を起こしたら、社会の非難は避けられない。裁判所はそう考えたのだろう」と語る。
 また97年5月には、改めて訴訟能力の有無を調べるため、地裁が精神鑑定を実施したが、やはり心神喪失との結果が出たという。その後は特段の動きはなく、被告は刑務所内にある拘置施設に勾留され続けた。
 裁判が再開できず勾留も長引く中で、被告を一時的に入院させたり、裁判そのものを打ち切って措置入院させたりする選択もあり得た。しかし重大犯罪の被告に判決が下されないことなどに、地裁、地検、弁護人のそれぞれがちゅうちょし、今日の長期化につながった模様だ。
 被告は現在、独房で生活し月1回程度の診察と注射による治療のみがなされているが、病状は回復しておらず、妄想や幻覚の症状も強いという。刑務所に勤務経験のある精神科医は「統合失調症患者にとって他者との接触は大切な治療でもある。医者とも接触機会が少ない独房生活では回復が期待できない」と話す。一方、弁護人は「勾留が続くことは決していいとは思わないが、再犯の心配は私にもないわけではない。本人との意思疎通が難しく、家族も連絡が取れない状態では判断が難しい」と語った。
 千葉地検は「被告は心神喪失の状態が続いているとの認識だ。現時点で、公判を再開したり公訴を取り消したりする新たな対応は検討していない」としている。千葉地裁は「個別の裁判についてコメントできない」としている。(冨名腰隆)

〈触法心神喪失者の法的扱い〉
 容疑者が事件当時、心神喪失状態と判断されれば、検察庁が不起訴にしたり裁判で無罪判決が出たりする。その後は、都道府県の責任で措置入院させられてきた。05年施行の「心神喪失者医療観察法」により、重大犯罪行為をした人は裁判官と精神科医の合議で入院などの処遇が決まるようになった。いずれも回復したら社会復帰することになるが、現在はその判断に裁判所が関与する。

〈中島宏・鹿児島大学法科大学院准教授(刑事訴訟法)の話〉 
 これほど長期の勾留を伴う公判停止は珍しく、本来、法律は想定していない。もし予防拘禁的に勾留を使っているなら、制度の趣旨に反すると言わざるを得ない。長期勾留による心身への影響も踏まえて回復可能性を検討すべき段階ではないか。回復の望みが薄ければ、検察による公訴取り消しや裁判所による公判手続きの打ち切りが模索されていいはずだ。

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