手話は言語である
  〜ろう者の言語的権利を守るために権利条約特別委員会への要望〜

世界ろう連盟アジア太平洋ろう者地域事務局長 
                             小椋 武夫

ニューヨークの作業部会でまとまった権利条約に対していくつかの意見を申し上げたいことがあります。世界ろう連盟としては、権利条約に一番重要なのは、ろう者にとって手話が第一言語であるという点です。

昨年10月バンコク草案に、世界ろう連盟高田名誉理事が、情報コミュニケーションへのアクセス権利・教育への権利・言語領域における平等などろう者の権利に関する項目をいくつか新規に入れて提案しましたが、ニューヨーク作業部会草案を作る際に、言語には音声言語と手話があるという定義は入れられたものの、ろう者の情報保障のための必要な細かい提案が省かれていました。本当に残念です。

この2週間にわたって、ニューヨークで開催されていた特別委員会の報告を見ていますと、各国代表の間で、ろう者にとって手話が大切なコミュニケーション手段であるという理解は深まりつつあるようですが、まだまだ自国語の補足であったり、代替的なコミュニケーションと見なされているようです。世界ろう連盟の主張はあくまでも、手話はれっきとした言語であるということです。手話が言語であると認められれば、手話による教育、手話による裁判など、様々な分野におけるろう者の権利が保障されます。

特別委員会での各国政府の発言を聞いて、WFDは次のように発言しています:「様々なコミュニケーション方法を一つの条項に統合することには異議はありませんが、その中に手話を入れるべきではありません。なぜならば、手話は言語であり、代替コミュニケーション方法ではないからです。この条約の目的が我々の権利剥奪からの復権であるならば、ろう者の言語的権利を守ることは、重要な要素となります。」

特別委員会でWFDは教育についても発言しています。私、事務局長としては、ろう児が手話を覚えてしまうと、他言語を習得することができなくなるという誤解から、多くのろうの子供達は手話でコミュニケーションすることを禁じられてきたという歴史的背景があり、その状況は緩和されたといっても現在でも続いています。そのために社会において、手話は特別な見方がされてきました。また自分たちの言語が認知されなかったことから、ろう者に対してあらゆる差別や誤解を生み出す結果となりました。

1995年からスタートしている人権教育の国連の10年宣言では、すべての人は教育を受ける権利があり、すべての人に生きる力を育てる教育を展開しなければならないと書いています。
しかしながら教育を受ける権利についてバンコク草案に書かれていた重要な条文である「聴覚に障害のある子どもは手話による教育を有する法的、行政的、政治措置を講じて、手話に堪能なろう者または健聴の教師の採用を保障し、手話による質の高い教育を提供しなければならない」という部分も残念ながら省かれていました。

また、ろう者への教育を構築していくためには、手話などを含めたろう者のための教材開発やろう者に教育できる人材が必要です。そしてろう者に合った教育を行い、ろう者のとしての主体的な学びを大切にしなければなりません。教育の目的の中に子供たちが一人ひとり豊かな感性を持った人間に成長することが含まれると思います。聞こえないことで人と関わることが出来ないような問題を無くして、あらゆる人と関わる力を育てる必要があります。

手話は言語学者も認めた文法体系などを持つ言語であります。点字とは違うものです。条約の中で、点字と同じように扱うことは困ります。ろう者と盲人たちの多くがろう学校と盲学校に分けるという分離教育の必要性を主張しています。ろう者と盲人のニーズを考慮して学習計画、利用可能な物理的環境など良質な教育への条件を作らなければなりません。

コミュニケーションへのアクセス権利も省かれたようですが、コミュニケーションという英語の意味を調べますと、二つの意味があります。

一つは、ICT情報通信技術のときにつかう通信という意味のコミュニケーションです。障害者がパソコン、携帯、テレビなどの情報通技術を利用して社会とアクセスすることは当然保障しなければなりません。

もう一つは、人間的コミュニケーションの保障です。人間は豊かなコミュニケーションのなかで自己主張をしたり、様々な夢を語り合いながら成長します。当然、ろう者にとっても、この基本的な意味のコミュニケーションも保障されなければなりません。

この権利条約を議論する際に、情報通信のコミュニケーション・アクセスばかり強調されて、本当の人間的コミュニケーションが忘れられています。

ニューヨークの特別委員会では、レバノン政府が手話通訳者の養成を条文に入れる提案をしたり、ウガンダ政府が各国において公式手話の開発を提案しています。オーストラリア政府も手話ができる教師の採用の必要性をのべています。少しづつ理解は広まっています。

再三、申し上げますが、権利条約にろう者の立場で一番重要なのは、ろう者にとって手話が第一言語であることです。また、手話通訳者の養成、派遣、設置も保障されなければなりません。
やはり、人間としての復権のためにバンコク草案の主張を、今の権利条約に含めて戴くことを強く要望します。

以上が、世界ろう連盟アジア太平洋地域事務所の意見です。

トップページに戻る