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ドイツの盲人給付金切り下げ騒動
 
                                   JANNET副会長 田中徹二
 5月11日から13日まで、フランクフルトのシェラトン・エアポート・ホテルで、ドイツの盲人機器展サイトシティが開かれた。ドイツ国内はもちろん、スペイン、イギリス、オランダ、スウェーデンなどヨーロッパ諸国、それにアメリカからの企業や団体が90社そろった。アジアは日本のシナノケンシだけという寂しさ。入場者は主にドイツ国内からで、2800人にのぼった。
 展示場の入り口では、フランクフルトの地元、ヘッセン州盲人協会がブースを出していた。そこに立ち寄って、資料をみていると、職員が盲人給付金のことを口にした。今、ドイツ全土の視覚障害者間では、給付金切り下げ問題がホットな話題だという。
 ドイツには盲人給付金という独特の制度がある。ほかの国々では障害者年金に当たるのだろうが、ドイツの盲人給付金は、無拠出の障害年金と同じようなもの。しかし、盲人にしか出ず、ほかの障害者はかやの外である。
 この給付金を全ての盲人が確保するまで、ドイツの視覚障害者の運動には涙ぐましい歴史があった。バイエルン州の盲人協会史によると、盲人給付金というアイデアそのものは、1880年代にはすでにあったという。その後、二つの大戦を経て、1947年、まず、戦争で失明した軍人に給付金が支給された。
 しかし、バイエルン盲人協会は州に対して猛烈な抗議を展開した。失明軍人だけでなく、一般の視覚障害者にも給付金を出すようにという主張である。これに対し、バイエルン州政府は、1949年になって、ドイツで初めて、所得制限付きながら一般の視覚障害者にも、失明軍人と同じ額の給付金を支給するようになった。その後、バイエルン盲人協会は、所得制限をはずすために努力をし続けたが、それと同時に、盲人給付金獲得運動は全ドイツへと波及していったのである。
 その結果、1953年には、バイエルン州において所得制限がはずされ、続いてベルリン、ヘッセン、ザールラントなどでも給付金が出るようになった。そして、1960年代には、全ドイツの視覚障害者が給付金を受けられるようになったのである。
 ところで、その給付額がどんな様子だったかをみてみよう。額は州政府ごとに異なる。例えば、バイエルン州では、1961年に200マルク(約1万7千円)だった給付額は、1982年には750マルク(約6万4千円)、1994年には1066マルク(約11万円)まで上昇した。ところが、1991年に東西ドイツが統一されると、周知のとおり、ドイツ政府は経済的に揺らぎはじめたのである。財政的にゆとりがある州と貧乏な州との間で、経済的格差が生じ始めた。
 その結果は、盲人給付金にも大きな影響を与えるようになった。1995年以降、多くの州で10%から30%の切り下げが始まっていく。現在、バイエルン州では、497ユーロ(約6万5千円)まで下がってしまったという。
 一方、今年のヘッセン州の資料によると、同州では、月に503ユーロ(約7万円)の盲人給付金が支給されている。ヘッセン州には商業都市のフランクフルトがあるので裕福なのであろう。目下、全ドイツでもトップクラスに入っている。ブレーメンでは、2001年に盲人給付金廃止計画が発表されたが、視覚障害者の猛反対で撤回され、現在は、332ユーロ(約4万円)が支給されている。しかし、ハノーバーがあるニーダーザクセン州では、今年1月からとうとうゼロになってしまったという。ドイツ初めての不支給に、視覚障害者が立ちあがって、抗議運動を展開しているが、無視されているそうだ。また、首都ベルリンに住む全盲のアンゲリーカ・ドゥクヴィツさんは、それまで575ユーロ(約8万円)だった給付金が、昨年からは468ユーロ(約6万3千円)になったという。さらに、来年はもっと減額されることになるだろうと心配している。
 ちなみに、ヘッセン州の盲人給付金の受給者は、0.02以下の重度視覚障害者がもらう給付額503ユーロと、0.05までの視覚障害者がもらう給付額151ユーロの2種に分かれている。この双方を合わせて、受給者は1万2千人にのぼっているという。
 この給付金は伝統的に、目が見えないという理由だけで、その不自由さを補うために支給されているものである。視覚障害者の収入には関係がない。つまり、高額納税者であっても、低所得者であっても、視覚障害者なら公平にもらえるものなのである。ある意味では理想的な給付金と言える。それが州ごとに支給額が違い、しかもゼロの所さえあるというのは、日本人の感覚からいうとなかなか理解し難い。とても不思議だと言わざるを得ない。隣の県では月に7万円もらっているのに、県境を越えると全くもらえないなどということが起こり得るのか、それに対して、全ドイツの盲人協会が連帯して、なぜ激しい反対運動を展開しないのかという素朴な疑問も生じる。このままでは、どんどんカットされていってしまう危険がある。また、視覚障害者が給付金の高い州に移り住むのではないかという疑念もある。ドイツの経済状況がひどいということは聞いていたが、ここまで切迫しているとは想像しなかった。さらに、この秋に予定されている総選挙の行方と、新しい首相が出す政策によっては、盲人給付金が各州でもっと切り下げられる可能性を含んでいる。
 日本では、今正に成立しつつある障害者自立支援法が、受けるサービスの必要額の1割を応益負担しなければならないことで、障害当事者から大反対のキャンペーンが起こっている。それとともに、県の裁量に任せる地域支援事業の施策がふえる。この施策については、都道府県の財政状況が大いに影響する。財政状況によって、同じ内容のサービスの対応がまちまちになることは予想されるからである。願わくば、ドイツの盲人給付金のような無残な地域格差が、将来生じないように、みんなでしっかり監視していかなければならないであろう。
                             (東京ヘレン・ケラー協会発行「点字ジャーナル」7月号より転載)