著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第3回)
意見発表(2007年5月16日)

意見発表者 井上 芳郎(障害者放送協議会著作権委員会委員長/全国LD親の会)
議事録・配付資料(文部科学省サイト) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07051627.htm

意見書

○ はじめに

今回小委員会から提示されている4つの検討事項について意見発表する前に、障害者にとって現行著作権法にはどのような課題があるのかを申し述べておきたい。

  1. 現行著作権法で想定されているのは、基本的には視覚障害と聴覚障害のみである。これ以外の障害について、例えば学習障害(LD)に含まれる障害概念である「ディスレキシア(注1)」や、上肢障害、高齢等が原因で通常の印刷物の読み取りに困難を持つ人たち、あるいは発達障害や知的障害、高次脳機能障害等が原因で、難解な用語を含む文章や放送内容等の理解に困難を持つ人たち等に対する配慮はまったくなされていない。
    欧米や一部のアジア諸国等では、すでにこの10年ほどで著作権法や関係法令の見直しがなされ、このような人たちに対する配慮が、視覚・聴覚障害者に準ずる形でなされてきている。一方わが国においては、このような人たち本人や保護者、親族等からのニーズが視覚・聴覚障害関係施設等に対して寄せられているが、著作権法第三十七条等の適用外であるという理由で対応できない状況である。
    以上述べたような「現行著作権法で想定されていない人たち」の中には、自らが声を上げて要望することが出来にくいケースも多いように思える。声なき声にも是非とも耳を傾けるべきであると、切に思うところである。
    また参考として、その障害の実情や困難の性質等について周囲からの理解がされにくいといわれるディスレキシアに関し、付属資料としてディスレキシア当事者による手記(注2)を添付しておく。
  2. 視覚・聴覚障害者への情報保障についても、現行著作権法上不十分な面が残されている。いまだに著作物の多くが、視覚・聴覚障害者にとって利用しにくい形式でしか提供されていない現実があり、そのため著作物を複製することによって、視覚・聴覚障害者が利用できる形式に変換する必要が必然的に生じている。しかしながら現行著作権法での「私的複製」の範囲や解釈が限定的であり、障害者の実情に合わないため、著作物の円滑な利用が妨げられている。
    また情報コミュニケーション技術(ICT)を背景とした支援技術の進展により、情報保障の可能性が飛躍的に広がりつつあるのにもかかわらず、現行著作権法の不備がもとで残念ながらその道が閉ざされている現実もある。

2−1 視覚障害者に対する現行著作権法上の具体的課題の例

(1)「私的使用のための複製」に係わる課題
視覚障害者個人が所有する著作物を、その所有者自身が利用するために本人が利用できる録音等の形式に第三者に依頼して変換する場合について、著作権法第三十条でいう「私的使用のための複製」とは認められていない。
そもそも視覚障害者本人が「私的使用のための複製」をすることは不可能であるからこそ、第三者に依頼せざるをえないのであって、いわばこのことは、視覚障害者本人にとって「読めない」著作物を「読める」ようにする行為にすぎないと見なせる。現行著作権法でこのような行為が認められていないことは、まことに不合理で不公平なことだと考える。
(2)公共図書館及び大学図書館、学校図書館の利用に係わる課題
視覚障害者が公共図書館を利用する場合、著作権法第三十七条の適用外であるために著作権者への複製許諾を求める必要が生じる。資料作成そのものにも時間がかかる上に、事情により著作権処理に多大な手数と時間がかかることも少なくない。国立国会図書館法第二十一条等を根拠とした視覚障害者のための学術文献録音図書サービスが、同図書館で実施されているが、これもまた著作権法第三十七条の適用外であるため同様の問題が生じている(注3)。このように現行著作権法の不備がもとで、視覚障害者による公共図書館等の円滑な利用が妨げられている現実がある。
教育の場面においても同様なことが生じている。国内の大学図書館のうち、著作権法第三十七条の適用を受けるのは筑波技術大学のみであり、これ以外の大学図書館で視覚障害を持つ学生への資料提供を行う場合には、前述の公共図書館と同様な問題がある。また学校図書館においては、著作権法第三十七条の適用を受けるのは盲学校図書館のみであり、盲学校以外に在籍する弱視等の障害を持つ児童生徒への資料拡大や録音資料の作成については、著作権法第三十五条に該当しない学校図書館利用の場合には同様の問題が生じている。このように現行著作権法の不備がもとで、視覚障害を持つ児童生徒・学生等の学習権が侵害されているおそれがある。
欧米や一部のアジア諸国では、すでに公共図書館や大学・学校図書館を含めて障害者への著作権法上の配慮がなされている。障害者の図書館利用を促進し学習権を保障するためにも、現行著作権法の見直しが必要である。

2−2 聴覚障害者に対する現行著作権法上の具体的課題の例

もし仮にすべてのテレビ放送や映画、ビデオ、DVDなどに、字幕や手話を付与することが義務づけられたならば、聴覚障害者と健聴者とが、はじめて全く同等に情報を入手し文化を享受することが可能になったといえるだろう。しかし残念ながら、現実は理想からはほど遠く、聴覚障害者そのものの存在が無視されているに等しい状況である。このことは社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会から本年2月末に提出された要望書(注4)の、「現在までに日本で制作した映画等の映像ソフトは2006年12月の日本図書館協会調べで、VHSの全タイトルは20,956タイトルで、その内字幕付与は139タイトル(0.66%)、DVDの全タイトルは約14,000タイトルで、その内字幕付与は約1,000タイトル(7.1%)です。DVDで若干増えているものの、こと日本映画映像ソフトの分野では聴覚障害者はその視聴を殆ど無視されているといって過言ではありません。」という指摘から明らかである。

聴覚障害者情報提供施設での字幕・手話付きビデオ等の貸し出しもされてはいるが、現行著作権法上の制約からごく一部の作品に限られている。また、テレビ放送については字幕・手話の付与された番組も増えては来たがまだ不十分であるし、法改正によりいわゆる「リアルタイム字幕」の公衆送信が可能になったとはいえ、実際に利用できる聴覚障害者はまだ一部に限られている。そして特に緊急を要する災害時等の対応については限界がある。 災害時のテレビ放送への字幕・手話の付与に関しては、従来より関係各団体等からの要望書(注5)が提出されているが、いまだにごく一部を除き実現していない。生命の安全にかかわる重大な事項でもあり、一日も早い解決が必要である。

これらのことは、現行著作権法のみにその責を負わすべきものでなく、他の法律や制度改正によって解決すべき点も当然あるであろう。しかし最低限、聴覚障害者情報提供施設での字幕・手話付与実務の円滑化や、最新の情報コミュニケーション技術(ICT)を活用した情報保障増進を促す観点からの、現行著作権法の見直しが必要である。

  1. 本年4月から本格始動した特別支援教育では、従来の特殊教育の対象を拡充させ、さらに個々の教育ニーズに対応したきめ細かな教育を目指している。この特別支援教育の場面における情報保障の課題がある。具体的には、教科書や教科用基本図書等への著作権法上の配慮が必要である。
    法改正によりすでに弱視児童生徒への配慮は一定程度進展したが、それ以外の未解決の課題は山積している。一例をあげるなら、知的障害、発達障害児童生徒等へ向けて、録音図書形式で提供される教科書等によって情報保障を図るという課題がある。
    この課題を解決していく前提条件として、録音図書形式で提供される教科書も、「文部科学省検定済み」として位置づけられる必要があり、弱視児童生徒向けの拡大教科書ともども、公的な責任において提供されるべきである。このこととセットにして、現行著作権法の見直しがされるべきである。
    特別支援教育が本格始動した今、このことは喫緊の課題であると考える。特別支援教育に限らず教育全般について見るならば、教育活動こそまさに、次の世代へと文化を継承し発展させていくための礎となる営為であるといえる。著作権法第一条でいう「文化の発展に寄与する」という目的に照らしてみても、検討すべき重要な課題である。
    ちなみに欧米諸国では、このような情報保障に関しては国家レベルでの取り組みが進んでいる。例えば米国においては、National Instructional Materials Accessibility Standard (NIMAS)(注6)が策定されたことにより、全ての障害を持つ児童生徒に対し、教科書や教科用図書等が統一された電子ファイル形式で提供され、さらに個々の教育ニーズに沿った形式に変換し利用することが可能となった。この背景としては1996年の米国著作権法改正、いわゆる「Chafee改正」があったことはいうまでもないことである。

○ 小委員会から提示されている4つの検討事項について

次に小委員会から提示されている4つの検討事項について申し述べたい。

1.過去の著作物等の利用の円滑化方策について

権利者そのものが不明、または権利者への連絡先が不明、あるいは権利関係が複雑である等の理由から、障害者にとっては著作物それ自体へのアクセスが困難になっている状況が生じている。このような現状を打開すべく、合理的な「裁定制度」が一日も早く確立されるべきである。そして具体的な制度検討の際には、障害を持つ当事者代表をそのメンバーとして加えることを強く要望する。

2.アーカイブへの著作物等の収集・保存と利用の円滑化方策について

アーカイブへの著作物等の収集・保存をする際には、全ての障害者にとってアクセス可能な形式でなされるべきである。また著作物の利用に当たっては、全ての障害者を考慮した利用しやすいシステムとすることも必要である。そして具体的な方策検討の際には、障害を持つ当事者代表をそのメンバーとして加えることを強く要望する。

3.保護期間の在り方について

もとより著作者の権利は最大限尊重されるべきである。ただし、このことは著作権法第一条にいう、「文化の発展に寄与する」という目的に沿うものでなければならない。保護期間の延長が「文化の発展に寄与する」ことに真につながるのかどうか、慎重に検討する必要がある。

これまで述べてきたような障害者への不十分な情報保障の環境が放置され、そのうえ保護期間が延長されることになると、さらに状況を悪化させるのではないかと危惧する。保護期間の在り方について検討する際には、障害者の置かれている実情を精査し、事前に十分な意見聴取が必要である。

4.意思表示システムについて

意思表示システムそのものについての異論はないが、より実効性のあるものとするためには、障害者を含めた各方面からの活発な議論を期待したい。なお、「自由利用マーク」については周知徹底が不十分なためか、ほとんど普及していないのが実態である。今後の検討に当たっては、このような現状を十分ふまえたうえで、より普及しやすく実効性のあるシステムが提案されることを期待している。

○ おわりに

障害者福祉関係の権利制限についてや、公共図書館、点字図書館、聴覚障害者情報提供施設等における障害者向けサービスの在り方については、これまで法制問題小委員会で検討されてきたところである。今回の意見発表の結果が、法制問題小委員会における今後の検討内容にも反映されることを期待している。

また、去る2007年3月30日に署名式が行われた国連・障害者権利条約や、2003年以来開催されている国連世界情報社会サミット(WSIS)での成果等、最新の国際的動向を踏まえた検討がされることについても期待している。現在国連・障害者権利条約については、わが国でも政府内においてその批准に向けた国内法令との調整作業が行われていると聞いている。参考として最後に、同条約における障害者の情報保障に関連する部分を示しておく(注7)

第九条 アクセシビリティ
2.締約国は、また、次のことのための適切な措置をとる。
(f)情報への障害のある人のアクセスを確保するため、障害のある人に対する他の適切な
     形態の援助及び支援を促進すること。

第三十条 文化的な生活、レクリエーション、余暇及びスポーツへの参加
1.締約国は、障害のある人が他の者との平等を基礎として文化的な生活に参加する権利を
    認め、また、次のことを確保するためのすべての適切な措置をとる。
(a)障害のある人が、アクセシブルな形式を通じて、文化的作品へのアクセスを享受すること。
(b)障害のある人が、アクセシブルな形式を通じて、テレビ番組、映画、演劇その他の文化的な
     活動へのアクセスを享受すること。
3.締約国は、国際法に従い、知的財産権を保護する法令が文化的作品への障害のある人の
    アクセスを妨げる不合理な又は差別的な障壁とならないことを確保するためのすべての
	適切な行動をとる。
以上

(注1)“ディスレキシア”とは、石井加代子(2004)によると以下に示すとおりである。 “ディスレキシア”とは、知能障害や感覚・運動障害、注意力や意欲の欠乏、家庭や社会的要因による障壁が存在しないにも関わらず、神経学的基盤の発達障害によって、読み書きの修得のみに困難を示す障害の事である。脳科学や臨床医学・心理学では、developmental dyslexia及びその訳である発達性難読症やディスレキシアが古典的に使われてきた。近年、様々な視点から、発達性読み書き障害やディスレクシアなどが使われている。
文部科学省科学技術政策研究所科学技術動向研究センター 科学技術動向月報 2004年12月号 所収
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt045j/0412_03_feature_articles/200412_fa01/200412_fa01.html

(注2) 神山忠(2003)「私の場合−独自の読字−」 (岐阜市立岐阜養護学校) の全文を、神山忠氏の許諾を得て【付属資料1】として添付する。
独立行政法人国立特殊教育総合研究所 平成15年第1期短期研修 知的障害教育コース 報告書
http://home.wondernet.ne.jp/~aaanet/main/watasinobaai.pdf

(注3)「学術文献録音図書の著作権処理」に関する直近3年間 (平成16年度〜平成18年度) の状況 (国立国会図書館視覚障害者サービス担当提供資料による)を【付属資料2】として添付する。

(注4) 社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 経済産業大臣宛要望書 「日本映画への字幕付与に関する要望について」 2007年2月28日提出
http://www.zennancho.or.jp/special/070228_youhou.pdf

(注5) 財団法人全日本ろうあ連盟 厚生労働大臣、総務大臣、内閣府特命(防災)担当大臣、NHK会長宛要望書 「緊急災害時放送における「手話通訳・字幕」挿入の要望について」 2007年3月31日提出
http://www.jfd.or.jp/yobo/2006/noto-eq20070331.html
特定非営利活動法人CS障害者放送統一機構 内閣府特命(防災)担当大臣 総務大臣 厚生労働大臣宛要望書 「災害時の字幕放送、手話放送に関する緊急の申し入れについて」 2007年3月28日提出
http://www.medekiku.jp/em/em070328.html
など。

(注6) National Instructional Materials Accessibility Standard (NIMAS) については下記を参照。 NIMAS guides the production and electronic distribution of digital versions of textbooks and other instructional materials so they can be more easily converted into accessible formats.
http://nimas.cast.org/

(注7)「障害のある人の権利に関する条約」 ならびに 「障害のある人の権利に関する条約の選択議定書」 川島聡・長瀬修 仮訳 (2007年3月29日付訳)
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/shiryo/convention/index.html
http://www.normanet.ne.jp/~jdf/shiryo/convention/29March2007CRPDtranslation.html


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