は が き 通 信 Number.9
POST CARD CORRESPONDENCE 1991.5.25

《ごあいさつ》

5月の薫風に吹かれて大自然の散歩をしましょう。自分の生命も、他のさまざまな生命とかかわっています。泣いたり、笑ったりする自分の小さな生命とくらペたら大きな生命はなんとたくましく、落ちついていることでしょう。

向坊
向坊氏の通信

自立のあゆみG 全天候型ルーフ

ロで描いていたらわかりにくい図になってしまいましたが、雨や日光に強く、便利です。

<作り方>

(A)8番鉄線(いわゆるハリガネ)被膜つき、3.5bを図のように寄り合わせます。

(B)それを図のように折り曲げて車イスの育もたれに固定します。

(C)テーブルクロス用のビニールを袋縫いにして、(B)のフレームに前からすっぼりかぶせます。

向坊



自己紹介


ハガキ通信の皆さんお元気ですか。姶めまして、私は、横浜に住むMIと申します。マット運動(前宙)の失負で、頸損(C4)12年選手になります。

今までに、再入院もなく元気に過ごしていたのですが、先日、夜中急に下血し、又、バケツ半分ぐらい吐血し、脱力感がひどく、だんだん意識が遠くなり、2回日の救急車に乗りってしまいました。
枚査の結果、病院の内視鏡験査で大きな十二指腸潰瘍ということでした。1週間水も食事もとれず、点滴だけで苦しい日が続きましたが、先生や看護婦さんのおかげで、治りが早く2週間で退院し、今は、体力もつき元気になりております。
腹痛などの自覚症状がなかったのですが、首から肩の凝りがひどく、毎日、低周波治療で凝りをほぐしていました。そういえば、前に主治医に頸損は、首や肩に症状が現れることがあると、聞いたのを思い出しました。
私は、今までに泌尿器料の検査ばかり注意していましたが、内科の検査も大事だなと、強く実感しました。

皆さんも肩凝りのある万、内科系に疾忠があるかもしれません。枚査した方が良いです。平成3年3月30日



MIさんは日本大を卒業後、中学の体育の先生となった2年目の受傷だそうです。毎年夏、1〜2牧口で描いているという水彩画をお部屋いっぱいに広げて見せて下さいました。福岡県直方のご出身で、筑豊本線を使って高校に通学されていたそうです。

編集部


TK


前略、お会いしました翌日は新幹線で静岡へ行き、無事に妹の結婚式に参加することが出来ました。一泊し時間に余裕があったので、登呂遺跡なども回って釆ました。

ところで自己紹介を書いてほしいということですが、名乗りをあげるほどの事はなにもしていないので少々因っています。根本的に僕は遊び人ですから、過去になにもしていないので少々因っています。根本的に僕は遊び人ですから、過去に苦しみの闘病生活も、涙を流すようなリハビリ訓練もしませんでした。現在についても全然に努力をしていないナマケモノです。僕は面白いことをみつけようとつねにキョロキョロしています。行動の基本が面白そうだからやってみる、面白くなければしないと極めて簡単です。

紹介と云えばまず趣味ですが、以前は趣味は?と尋ねられたときアマチュア無線とパソコンだと答えていました。しかし、今は外出して「遊ぶこと」です。いろいろなイベントに参加したり、コンサートや映面を見に行ったりすることです。

アマチュア無線は何かにつけてきっかけを作ってくれました。本を読んだり文字を書いたりなどはこれがきっかけです。アマチュア無線のテストを受けるために集会に参加するために電車にも乗り出しました。アマチュア無線がなければ、今だに一日中テレビを見て、ポケーっとして毎日を送っていたかも知れません。また、無線を通して多くの友達も出来ましたから、僕にとって大きな影響を与えたのが無線でした。

パソコンは日々の生活をさらに充実させ、行動範囲を広げてくれました。現在は手紙や日記に使うのでほとんどワープロみたいな物ですが、プログラムを作ってみたり、通信をしたりそれなりに意義があったと思っています。

いずれの趣味も面白そうだから始めたものです。第1級アマチュア無線技師や第2種情報処理技術者の資格を取るための勉強も気楽な遊び感覚でした。簡単だったと言っているわけではありません。不合格も経験しました。高絞の時よりも良く勉強したかも知れません。しかし、楽しんでいるのでいずれも遊びです。現地ボランティアをリレーしながら、一人旅をしたことや海外旅行なども経験がありますが全部あそぴです。現在は療護施設にいますが過1回以上は何処かに遊びに出かけています。根っからの遊び人です。決して現在に満足しているわけでほありません。むしろ情けないな一といつも思っています。将来に対し夢や希望が持てないことが辛くもあります。しかし、何もせずにはいられないのです。せっかくの人生ですからやりたいことで出来そうなら、手あたり次第にやってみようといったところです。まだまだ遊び足りないので、これからも大いに遊びたいと考えています。

自己紹介といっても何もしていないのでニュースに載せられるようなことが書けません。お許し下さい。5月11,12日にけいそん連絡会の総会に参加するために横浜に行きます。今後とも何かできそうなことがあればお声を掛けて下さい。最大限の協力をさせていただきます。 平成3年4月25日(木)PM9:00

麩沢さんの紹介で、3月末学会参加の途中、姫路駅でTさんとお会いしました。小雨の降る寒い日でした。寒がりのTさんは完全防寒具に身を包んで、最近購入した6キロの高速電動車イスを繰作しながらお一人で現れました。
駅の地下で姫路名物のスーフ附きたこ焼きをいただき、そのあと駅前の喫茶店に移動し、妹さんの結婚式に出席するため、洋服の買い物や散髪など用事を控えながら、気持ちよく(辛抱強く?)数時間もつき合って下さいました。



羅さんの調査報告


ハガキ通信の皆様、明るい日差しがふりそそぐ季節になりました。私は論文と要約を提出し、2月に口述試験が終わり、やっと一息ついたところです。

去年、質問紙調査の際には、大変お世話になりまして、ありがとうございました。おかげで無事緒論文をまとめ、提出することができました。心から感謝しております。

突然の調査で、しかも難しい質問紙にも関わらず、多くの方々が協力しで下さり、励ましのお言葉やお手紙をいただきました。私は大変感動しました。答えていただいた質問紙を前にして、私は皆様とも距離が近くなったような気がしました。そして、異国にいる私は一人ではない、皆様の温かいご支援をいただいているのだと、心強く感じました。答えていただいた質問紙をしっかり論文にまとめ、大事に教わせていただきたいと内い思ます。

ご協力いただいた調査の結果を別紙にまとぬました。読んでいただければ幸いです。ご意見、ご感想があれば、お教え下さい。
ご健康をお祈りしています。

1991年4月21日  羅 世玲



羅さんは、「私は今年、NHKの『心身障害者福祉賞』の作文の募集に応募し、運良く優秀賞に入りました。その論文を同封します。読んでいただければ幸いです」というお手紙と一緒に、「天地悠々−異境にて、心の山に登った、車いす留学生の記」というタイトルの受賞作を送って下さいました。B5用紙10枚とやや長い原稿ですが、読んでみたい万、神経研までご連絡下きれば、コピーをお送りいたします。

なお羅さんは、九州大学大学院の教育心理学博士課程をこの3月修了きれましたが、しばらくは日本で研究生活を継続されるそうです。先日、清家さんのお宅で羅さんに約5年ぷりで再会しました。羅さんのはにかんだような笑顔がとても印象的でした。



調査報告

肢体不自由者の生き方に関する研究
羅 世玲

障害を持ってて生きている障害者は行きたいところへも行けない、やりたいことがやれないなど自分のカではどうにもならない事態にぶつかり、思うようにならないことを多く経験します。それは障害者だけでなく、人間はどの人も一生を終えるまでには自分の力を越え、どうにもならないさまざまな事態に直面し、健康を失い体力が思うようにならない体験をします。程度の違いはありますが、全ての人が制約の中で生きていかなければなりません。どのように制約された環境の中で、束縛されずに生き、人生の意味、生きがいを見つけていくのかということは人間にとって大切な課題です。

そこで、生き方に関する質問紙と「思うようにならない事態」への対処の質問紙を作成し、「思うようにならない事態」への対処の仕方を検討しヽそれと生き方との関係を調べました。

生き方に関する質問紙は人生の意味、生きがい、自己努力、将来への肯定的期待などに関する18項目の質問からなっています。「思うようにならない事態」への対処の質問紙は、自己の力を越えた困難に直面している4つの物語からなっていましたが、今回は「障害者」と「老人」を主人公にした2つの物語の回答を集計しました。

調査は身体障害者146人。

健常者155人計301人に実施しました。

その結果を図1に示しています。全体からみれば、今の生活を「締める」と答えた人が多いのですが、肢体不自由者と健常者を比較すると、肢体不自由者の方が経常者より多く、困難になっている今の生活を続けると答えています。

図1: 行動・対処方法
物語(障害者)での行動
物語(障害者)での対処方法
物語(老人)での行動
物語(老人)での対処方法


また、肢体不自由者の方が健常者よりも介助の人を採す、家を改造し、福祉器具を購入するなど現在の困難な生活状況を解決する手段・方法を探索する人が多かったです。その対処の仕方は主人公が障害者の場合だけでなく、主人公が老人の場合も似た傾向があります。それは肢体不自由者が、現実の日常生活でも、普通の社会で生活するために、種々の手段的村処をとらざるを得ない状況におかれていることを反映しています。また、物語のような一人暮らしが困難になる状況を身近なこととして、真剣に考えたり、体験したりすることが多いため、「続ける」ことを選択し、有効な対処の方法を探索するのでしょう。健常者はこうした状況を考えることが少ないため物語の困難な状態をどうしょうもないので、施設や老人ホームにはいるという行動をとると答えた人が多いのでしょう。


図2: 人生の意味・生きがい 「思うようにならない事態」への対処と生き方との関係については、図2に示しています。

肢体不自由者が健常者より人生の意味、生きがいについて高い得点をつけていますが、将釆への肯定的期待について、得点は低かったです。
グラフ

このことから、肢体不自由者が真しに自己が生きる意味や人生の目的を問い、生きがいを探索しながら、生きていることがうかがえますが、肢体不自由者をとりまく状況には、楽観的な見通しを許さないきぴしいものがあると考えられます。また、肢体不自由者か健常者かと関係なく、「諦める」と答えた人が人生の意味、生きがいを感じにくいという結果が出ました。このことから、困難な状況に出会ったとき、すぐに諦めずに積極的に問題を解決しようとする対処の仕方をしながら、続けることが大切だということが示唆されています。



IAさん(お母さんのお手紙)


1991/4/9

「皆さんに助けていただきやっと手術(注:横隔膜ペースメーカー)の話しも決まり、本人はとてもはりきっております。最近はなるペくベッドアップをする様にしているみたいです。この問は長い箸をくわえて雑誌のページめくりをやりました。一冊めくり終わるころ汗をぴっしょりかいていました。電気アンマ機で首と肩の筋肉を訓練したりいろいろと考えています」



SAさん


1991/4/22

当地宮崎は毎年慣例のフラワーショーも終わり、現在はつつじが咲き乱れています。私は気温の上昇ととともに体調もよくなり、無事に毎日を過ごしています。冬の問はどうしても体調が悪く、外出することはまずありません。
それで向坊さんのような海外での避寒他生活に強くあこがれています。ただ政情不安定で治安のあまり良くないフィリピンということでかなり苦労があることと思います。他にも生活費、言葉、病院、食料・…の問題、それらの問題をすべて克服しての向坊さんの「自立のあゆみ」すばらしいと思います。
フィリピン政府認可「障害者の家」ということですが、他の国にも同じ様な施設があるのでしょうか。また向坊さんのフィリピンでの自立生活はどのようにしているのでしようか。お忙しいと思いますが、ぜひ通信紙上に少しずつでも載せていただけないでしょうか。他の会員にも大いに興味があると思います。

追伸:前回の無年金障害者の件、さっそくSさんに連絡をとり本をとりよせ読んだところ、私なんかよりもずっとひどいケースが数多くありぴっくりしました。
私も、年金制度の穴に落ちた一人として、入会し救済の道をひらくためがんばりたいと思っています。
向坊さんの件、いろいろな壁があり、もしチャンスがあっても現在は行けると思っていませんが夢はもっています。



MMさん


1991/4/24

レターサークルの皆さん、府中の先生万元気でおられる事かと思います。福岡のMです。2月から3月にかけて腹部の調子の悪いときがありましたが、今は元気でおります。本釆ならばもっと早くに書きたかったのですが、2入居るうちの上の子が高校を出て博多の英語専門学絞に行くことになってその事で色々と落ちつかず遅くなってしましました。会の皆さんの便りを見るにつけ内心少し焦ってました。

テレビのニュースでも言ってましたがつくづく大変な事が分かりました。ただすまいが、Sさんの近くに決まりそこを足場に時々会えそうなので楽しみです。

下の子は年子で来年、看護学校を目指してます。私もまだくたばる訳にもいかず・…頑張ります。昨年父方の祖母が亡くなり、この連休に法事があり、向坊さんから遊びにきませんかと連絡がありましたが、合間をぬっていくつもりです、会の皆さんこれからはもうすこし問をあけずに書きたいと思います。私も皆さんの便りを楽しみにしています。其れでは次回までどうぞ頑張って下さい・…。

PS. 5月9日向坊さんのお宅で、Mさんご夫妻とお父様にお会いし、楽しい団らんの時を持つことができました。

福岡県 MM


HTさん


昭和42年12月墜落事故でC5を痛めてから24年目を迎えています。初めのうちは、元気な時の貯金もあって馬力がありましたが、最近ほ歳(55歳)のせいもあってか、尿路から熱は出るわ、腰はだるくなってくるわで、体調の維持に神経を使います。毎日2〜3時間は車椅子に座るようにしていますが、後ベッドです。ずっと怠慢な日を送っているので発表できるような生活の工夫もありませんが、はがき通信でみんな頑張っている様子に触れ、自分も頑張らねばと動かない体に鞭を入れているとこるです。

向坊さんへ公開質問状

  1. 今なぜフィリピンなの?
  2. 自分は新幹線に乗るにも大変なのに(今までに1度だけ来りました)、向坊さんはなぜ、飛行機に楽に乗れるのでしょうか?


KUさん


1991/5/1

ところで、前回、ただきましたお手紙に兵庫のTさんのお名前があり、とても驚くやら懐かしい思いで拝見しました。
と言うのも、Tさんとは、まだ彼が今の施設に入られる前(61年当時)に、パソコン通信と手紙で2,3度お世話になり、写真まで頂いたことがあり、直接お会いしたことはないのに、今回のお手紙を拝見したときすぐに顔が浮かんだ程です。


それにTさんと言うと、凄く明るくて前向きに色々なことに取り組まれる方で、とても友達も沢山おありの方のようで、年こそ彼の方がしたですが、私なんかはとてもカづけられた人の一人です‥‥。

ここのところ少し不義理をしていただけに、お手紙で元気な様子を知り、とても懐かしく嬉しくなりました。



KMさん


1991/5/15

みなさんこんにちわ。G・Wは日南海岸ヘドライブに出かけようと思ったけれどもニュースで渋滞していると聞いて諦め、2000 PIECESのJIGSAW PUZZLEを買ってきてずっとやってました。みなさんはどこかへ出かけられましたか?

5月12日に第29回宮崎県身体障害者スポーツ大会が行われました。過去1回だけ、20歳の時に5kmマラソンに参加したことがあり、あの時の行動力、精神力、走り終わったときの感激は今の自分には縁のないことで、最近だんだんと保守的になっていく自分をどうにかしなければと考えさせられました。



TFさん


1991/5/16

「近況をお知らせします」
5月11日、12日と頸損連絡会全国総会が、横浜あゆみ荘で開かれました。私は、昨年も骨折というアクシデントで、参加できず、今年こそと意気込んでいたのですが、病院側が「入院中は公の場に出る必要はない」と認めてくれず、悔しい思いいをしました。確かに入院中は治療中ということでありますが、私にとって社会参加は大事な治療ではないかなぁと思うのですが・・‥確かに今、治療が必要なのか疑問なところです。

話は変わりGW中外泊し、しばらく見ないうちにだいぶ景色が変わり、最近は道路沿いに、本星や電気屋を始め、色々な店が並び、それも1階で段差もなく、深夜営業、障害者駐車場もあり、久々にゆっくり夜遊び?ができました。皆さんもいかがですか?



本の紹介


デスクトップ型介助ロボットの客観的評価@
J.Hammel,et al.,Journal of rehabilitation Resesrch and Development, 26(3),1989


米国Palo Alto VA医療センターのリハビリテーション研究センターで、24人の高位頸髄損傷者を対象に、音声入力による介助ロボットの効能について研究した結果の和告です。今回は研究のバックグランドとして示された「ロボットが障害をもつ人々に提供できる仕事」の一覧表を紹介します。

配膳・食事
職業
衛生
配膳 ペンで書く 洗顔
冷蔵庫の開閉 本やマニュアルを取り出す 歯磨き
食器の用意 本をセットする ひげそり
タイマーのセット マウスティックを取り出す 髪をとく、ブラッシング
注ぐ コンピューターの電源を入れる
卵を割る キーボードでタイプ レクレーション
まぜる キーボードの調整
調理/スープの用意 スピーカーフォンの操作 花をかざる
キャセロールの加熱や夕食の用意 ページめくり 花を配る
プッディングや果物の用意 フロッピーディスクの挿入 ダンス
ケーキを焼く オーディオテープの挿入 ペイント
ナイフ、フォーク、スプーンの使用 口述機の操作 ボードゲーム
チェス、チェッカーズ
飲ませる 引出の操作
撹拌する プリンターの操作 その他
上記の食べ物を食べさせる 手動式コンピューターの印刷
標準音声コントロールソフトの起動 キャンドルライト
キャビネットのロック ゲスト用タバコライト
監視用PCボード操作
ECU
(TV、ステレオ、ライト、ドア、
コンピューター、
ロボットワークステーション)
の操作



ニュースKM


@通信欄の有馬さんや土屋さんたちの問い合わせや質問を受けて、向坊さんは内容を20ヶ条に整理したフィリピン・レポート『フィリピン雑記帳 パートA 日本人身障者の家の記録』をまとめられました。
次号より数画に分けて掲載する予定ですが、まとめて早く読みたい方はご連絡下されば、お送りします。

Aラグビーによる頸髄損傷でほぼ完全四肢麻痺のAさんが今春、山形大学医学部を卒業され、パソコン使用の初のケースで医師国家試験に合格きれました。将来はリハビリテーションの専門医を目指されるそうです(毎日1991/3/25、朝日991/5/18)。



向坊氏からのお知らせ


1991/5/21

通信7号で紹介した簡易型リフター(4万円+送料実費)を購入希望の方は、ご連絡下さい(但し、巻き取り用回転ドラムなし)。




あとがき



コピーのため、素晴らしい色彩が消えてしまい、申し訳ないと思いつつ、上村さんから贈られたCGをカットに使わせて項きました。

SUさんから8号で紹介したECSに関する原稿と一緒に、「新しい福祉電話『ふれあいS』を設置して」という通信をいただいていますが、スペースの閑係で次号に掲戦させていただきます。また8号の「ある手紙より」に対して、貴重なご意見をお二方からいただきました。その要約も次号で紹介させていただきます。

この通信は、特に頑張っている方やなにか成功された方を中心に情報を収集しているわけではありません。重度の四肢麻痺で、生活に関する情報を必要としている方々の情報交換を目的とした通信(隔月発行)です。次号は7月末の予定です。もっと気楽に、田村さんのように楽しみながら、情報交換ができればと願っています。みなさんの通信をお待ちしています。

松井

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