はがき通信ホームページへもどる No.61 2000.1.25.
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人工呼吸器使用者の事故はなぜ頻発するのか

「週間・医学界新聞2361号」から転載
松井 和子(浜松医科大学医学部臨床看護学)

【相次ぐ器械呼吸使用者の事故死】

筆者が、人工呼吸器で救命され、長期器械呼吸依存者となった人びとの相談を受けるようになってすでに10年近く経過する。多くは入院中の病院から退院を勧告されたが、転院先の病院が見つからない、どうしたら良いかとの相談である。筆者が相談を受ける対象は交通事故やスポーツ事故などで受傷した呼吸筋麻痺レベルの頸髄損傷である。これまで家族や医療関係者から直接相談を受け、継続的な係わりを持った25例中、明らかに器械呼吸の事故死と推測される死亡報告は5例ある。いずれもベンチレータのアラームが鳴っていたのに、迅速な対応が取れずに急性呼吸不全から死亡した例である。同じような事故の反復という印象が強い。

【頻発する器械呼吸のトラブル】

このような死亡事故に至らぬまでも器械呼吸、とくに気管切開による長期器械呼吸依存者の呼吸トラブルは日常茶飯事といってよいほど頻発している。例えば、ベンチレータの回路が気管切開部から外れる事故や吸引中ベンチレータのアラームを解除し、吸引後、アラームをオンにし忘れる事故などである。それは入院中でも在宅でも頻発する事故である。さらに気管カニューレの周囲に痰が付着して窒息状態になったり呼吸回路に孔があいたり、吸引後、回路を気管切開部に接続し忘れる事故も発生している。
昨年夏、自宅退院したAさんも在宅2ヶ月で3回も器械呼吸のトラブルを体験し、呼吸困難の恐怖にすっかりおびえきっていた。入院中の病院が在宅化プロジェクトチームを編成し、器械呼吸の安全性には充分配慮された自宅退院の例である。しかし在宅では呼吸回路の損傷、さらに痰の詰まりや回路の付け忘れなど初歩的な人為ミスから、「とても苦しくて、怖くて、もう本当に死ぬかと思う」ほどの恐怖を体験し、非常に消極的になっていた。

【当事者不在の医療】

Aさんは気管カニューレのカフのエアを抜くことで声を出して話ができる。Aさんによると、 器械呼吸に依存した状況やその恐怖感、さらに人工呼吸器の保守管理など当事者である自分を抜きに決定されてしまうことに対する無力感が非常に大きいという。「本人や家族が同席していても人工呼吸器の販売業者は医師を対象に説明しているにすぎず、本人や家族に質問の機会を与えようとしなかった。患者はあたかも判断能力がないと思っているかのようだ。とくに頸髄損傷のような重度の身体障害者は自己決定能力がなく、決定権もないと言わんばかりだ。人工呼吸器のユーザは使用する患者であるはずなのに、ユーザの意見や要望が全く取り入れられていない。一般の製品では考えられないことだ。
人工呼吸器依存者にとって呼吸器は生命維持装置、しかし呼吸数や換気量の設定や確認は人間の目で確認しなければならない。回路の接続もすぐに外れたり、回路に孔があいたりする。これではいつ事故に遭っても不思議ではない」と語気を強めて事故の不安を訴えた。
筆者が10年近く頸髄損傷の器械呼吸依存者と 係わっていて初めて聴いた当事者の訴えである。 Aさんのように気管切開で明瞭に話せる頸髄損傷者は日本では極めて稀である。多くは訴えたくても声を出せず、Aさんのように長く話せな い状態にある。

【先進国の安全対策】

上記のようなトラブルは先進諸外国ではあまり見られない。筆者が調査したカナダやデンマークでは現在、そのような事故、特に器械呼吸による事故死は皆無と強調された。実際、バンクーバ市内でポータブルのベンチレータを携帯した電動車椅子でポリオの女性と介助者なしで散歩をしたこともあったし、会議で数時間同席したこともあった。その人たちに器械呼吸に対する不安や恐怖について尋ねても全くなしと回答された。彼らにも器械呼吸のトラブルが皆無ではない。しかし万一事故が発生しても、自力で対処できる自信があり、かつ地域に器械呼吸の安全管理がシステム化されているからだという。
その安全管理は日本と比べると、以下の3点で顕著な差異を示す。

  1. 器械呼吸使用者のリハビリテーション:自力呼吸・自力発声・自力移動 日本では「気管内挿管をしているから声は出せない」という発言が関連学会で現在なお通用する。しかし国内でも気管内挿管で明瞭に話せる人は少数だが実在するし、先進国では気管内挿管であっても話せるのが一般的である。
    落馬で頸髄損傷になった俳優、クリストファ・ リーブの復帰主演テレビドラマに興味深いシーンがある。リーブ扮する器械呼吸使用者のマンションに乗り込んできた殺人容疑者がリーブの呼吸回路をナイフで切断するが、リーブは自力で呼吸し始め、インターネットで助けを呼び、危機を脱する。器械呼吸依存者のリーブにその演技を可能にさせたのは、彼が離脱訓練によって数時間自力呼吸が可能になっていたこと、カフのエアを抜いてもらわずともカフなし気管カニューレの使用で声が出せること、電動車椅子を吸引操作で自力移動が可能であり、パソコンを自力で操作できたからである。
    先進国では、器械呼吸の必要性が一時的か、長期的かによって管理方法が異なる。一般に呼吸筋麻痺レベルの頸髄損傷のように長期器械呼吸依存者と診断されると、気管カニューレはカフ付きからカフなしへと変更する。充分な換気量と気管カニューレ周辺のエアリークで発声が充分に可能になる。音声コミュニケーションはそのリハビリテーションの第一段階で実施すべきプログラムと強調した研究論文もある。介助者にカフのエアを抜いてもらわずとも、長期器械呼吸依存者が自力で声を出せ、長く話せるよう訓練することは器械呼吸の安全対策としても重要な要件である。万一、人工呼吸器の送風がストップしても、本人が声を出して事故発生を伝えられるからである。さらに人体側のアラームとしてユーザの音声を利用するには、器械呼吸の停止後、自力で呼吸できることが必要条件となる。
    移動障害のある器械呼吸使用者にとって数分でも自力で呼吸でき、声が出せ、長く話せることに加えて、安全対策に不可欠な訓練は自力で移動できることである。長時間の座位姿勢と電動車椅子の使用は、器械呼吸と電動車椅子の使用は、器械呼吸の安全対策としても重要な訓練である。先進国ではその3点が器械呼吸依存者の急性期リハビリテーションのプログラムに組み込まれ、安全性の効果が実証されている。なお具体的な訓練法については下記の文献 1)を参照されたい。

  2. ユーザとしての長期器械呼吸使用者わが国における器械呼吸の安全対策は、これまで装置に重点がおかれ、ユーザとしての器械呼吸使用者の意見や要望が採用されることは皆無に近い。器械呼吸使用者は医師の治療決定に従い、もっぱら生命を維持される受身の対象として扱われがちである。その扱いは長期器械呼吸使用者であっても変わらない。
    1997年訪日したカナダBC州地域器械呼吸管理の責任者Irene Hanleyは、筆者とともに長期器械呼吸依存者の頸髄損傷者を訪問し、個別に呼吸発声訓練プログラムを作成した。その指導中、とくに若い頸損者に「あなたがボス、訓練のイニシャティブをとるのはあなた」であり、「今日は訓練する気分になれないと感じたら訓練の中止を決定するのもあなた」だと器械呼吸使用者自身の危機予知能力と自己決定の重要性を強調した。
    カナダBC州の器械呼吸長期使用者の大半は装置の1回換気量や呼吸回数を自己決定する。自由に話すには換気量も呼吸数も多めの設定が必要と彼らは経験的に学んでいる。成人男性の1回換気量が1200から1500、呼吸数も17から19という設定値を見たら、BC州でもICUのナースは仰天するそうだが、地域器械呼吸管理の立場からすれば、地域生活者の呼吸設定値は医療管理下にある急性期と違って当然という見解である。「ICUの設定値では生活の活力が 出てこない」とポリオ後遺症で40数年器械呼吸使用の女性は述べていた。
    生命維持装置といえども長期使用者にとって人工呼吸器は生活用具の一つであり、ユーザとしてその使用に主体的に関与するのは自己決定権の一つという考え方である。同様な考え方は、 「デンマークの在宅器械呼吸に関する調査報告」(1995年)でも明記されていた。同報告書で器械呼吸使用者はベンチレータ・ユーザと呼ばれ、器械呼吸使用に関する自己決定権を持つ人として対象化されていた。報告書によれば、過去40年間ヘルスケア・システムにおける最も重要な変化の一つは、ケア受給者と供給者の関係の変化である。かつて治療ケア決定プロセスに受身の立場で従ってきた患者が、現在はケアチームのパートナーであり、参加者であると強調し、その変化が器械呼吸使用者の安全性のみならず生活の質的向上に大きく関与するという見解である。

  3. 在宅器械呼吸の公的安全管理システム
    先進国のもう1つの特徴は、装置とユーザに対する公的全管理のシステム化である。カナダBC州ではその管理をBCリハビリテーション協  会(BCリハと略)が州政府から委託されていた BCリハは州内の長期器械呼吸使用者を全数把握し、その人びとが使用する人工呼吸器を保守管理し、必要ならバックアップ用の装置を提供する。州内の器械呼吸に関する事故はBCリハに報告され、事故原因の追究によって類似の事故を予防し、安全対策に反映させる。BCリハは介助者の器械呼吸ケア研修も定期的に実施する教育機関でもある。
    同様なシステムはデンマークでも導入されていた。デンマーク国内を東西に2分し、それぞれに1ヶ所、器械呼吸管理センターが設置されている。その2つのセンターがそれぞれの地域で生活する器械呼吸使用者の健康管理、情報提供と器械呼吸管理、及び介助者のケア研修を実施する方法である。
なお、フランスや英国でも類似の在宅器械呼吸管理に関する公的な全国組織があることを、1980年代半ば、米国のA.I,Goldbergが報告している 2)

【事故予防のためにどのような対策を講じるべきか】

本稿ではわが国、とくに在宅で頻発する器械呼吸の事故とその要因、および可能な予防対策について先進国の安全対策と比較考察した結果を述べた。多くは、装置がアラームで警告していたのに迅速かつ適切に対応できずに死亡に至ったと、日本の場合、その原因を追究すると、介護者の管理ミス、結果的に家族に責任を転嫁することになりかねない。家族を追いつめることは避けたいと事故原因は追究されず、結局うやむやに片付けられてしまうのだと、器械呼吸使用者を多く組織した難病患者団体の責任者から個人的に聞いたことがある。
筆者が体験した5例の事故死も同様な懸念を示す。しかし、在宅器械呼吸の安全管理に自信を示す先進国と比較すると、事故予防の余地は多くある。その1つは、器械呼吸使用者をユーザとして活用すること、2つはユーザが器械呼吸を安全管理できるように、短時間でも自力で呼吸できる離脱訓練、発声と長く話せる訓練、さらに移動障害のあるユーザの場合は自力移動の訓練とポータブルの人工呼吸器が携帯可能な電動車椅子の使用を可能にするリハビリテーションの実施である。さらにもう1つ、重要な対策は全国レベル、あるいは自治体レベルの公的な安全管理システムの導入である。
地域の器械呼吸使用者がどのように生活しているか、その生活の質をどのように評価しているかは、その国のヘルスケアシステムを評価する重要な指標になるとして、企画実施されたのが「デンマークの在宅器械呼吸に関する調査報告」である。その結果、デンマーク国内の地域器械呼吸使用者120人中110人が調査対象者となり、うち80人は重度の障害を持ち、器械呼吸に依存しながらの生活が良好と評価され、あまり良くないが19人、プアーライフが1人だったという要約である3)。日本で同様な調査を実施したらどのような結果が得られるであろうか。


(文 献)

1) 松井和子・荻野潔子:カナダBC州在宅人工呼吸ケアから学ぶこと−訪日した地域呼吸療法士 Irene Hanley 氏のコメントより、訪問看護と介護、3(4)、275-286、1998 文中へ戻る
2) A.I.Goldberg: Home Care for Life-Supported Persons- Is a National
Approach the Answer?, Chest, 90(5),744-748, 1986
A.I.Goldberg: Home Care for Life-Supported Persons in England
The Responaut Program, Chest, 86(6),910-914,1984 文中へ戻る
3) H.S.Kristensen, T.A.Nielsen and G.Nyholm :
Report on Domicilliary Mechanical Ventilation in Denmark,25, Muskelsvindfonden 1995 文中へ戻る



松井和子先生の論文をよんで


人工呼吸器で生活をされている人たちの大変さを再認識致しました。
先生のバークレーでの本は読みましたが、正直言って人ごとの様に読みました。僕も損傷部によっては人工呼吸器が必要な状態に成っていたはずです。
頸髄損傷者の一人として、人ごとで済ませてはいけないと自分に言い聞かせました。
浜松でお会いした時のお二人の人工呼吸器をつけた状態を見た時も単純に「あの様に外出できるんだ」と、死と背中合わせで行動しているとは知る由もありませんでした。先生がおられたので万全だったと思いますが。
延岡でも看護婦さんから聞いた限りでは、在宅の人工呼吸器生活をサポートしてくれる体制はできていないと聞いてはいます。
頸損で延岡の病院に人工呼吸器をつけた患者さんが入院されていることは耳にしていました。 聞いた時は「在宅は無理なんだ」と聞き流しました。
今回読まさせてもらって、本人が在宅を望めば、その方向に専門のスタッフが取り組むのは当然なんだと強く感じました。
当事者の人間として生きる尊厳を守ることの大切さを考えさせられました。僕が13年前退院するときでさえ、ドクター、理学療法士、ケースワーカーの人たちで十分検討して在宅に移ることができました。その後は行政とホームヘルパー派遣回数で、もめたこともありました。ボランティアで補うことで在宅が始まり現在に至っています。
この事を考えても人工呼吸器使用により、本当の自分の気持ちを伝えられない状況は本人にとってとても辛いことだろうと重く僕にも感じられました。
今後、行政も含めて外国に劣らない体制になってもらいたいと強く願います。

宮崎県 : KF fukuda@miyazaki-nw.or.jp
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