| は が き 通 信 | Number.47 |
| POST CARD CORRESPONDENCE | 1997.9.25 |
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全国のリフト付きタクシーの料金体系は中型車料金プラス配送料(2千〜5千円前後)です。車イスの人はほんのちょっと乗っても高い代金を払わされますが、車体には「福祉タクシー」と書いてあります。行政はタクシーにかぎらず、福祉ビジネスに参入する業者の指名制を廃止して自由化し、競争によって身障者の生活費の価格破壊を実現すべき時にきています。
1997年9月25日 向坊
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最後に、偶然お会いしたIさんに感謝するとともに、先日ビデオテープを送ってくださったHTさん、お母さん、ありがとうございました。塩沢さんの奥様、お電話をどうもすみませんでした。これからも「はがき通信」の皆様、どうぞ親子ともどもよろしくお願いいたします。 千葉市TTの母MT
私の息子、H23才(大学4年休学中)も、お仲間に入れていただきたいと思います。息子は2年前、バイクの事故にあい、現在入院中ですが、10月からの復学に向けてリハビリ中です。1日のリハビリが終わると疲れ果ててしまい自分からお便りを出す元気がない様ですが、「はがき通信」は読みたいと言っています。
これからどうぞよろしくお願いいたします。 宮城県仙台市HK母J
東京都八丈島RH: hamatsu@i.bekkoame.or.jp
下関市の身障センターの職員の方から「デイサービスでカメラを教えるから参加してください」とお話をいただいたのが、カメラを始めたきっかけです。始めたのは良いのですが、どのようにしてシャッターを切っていいか分からず、普通のレリーズで叩くようにして押していました。ピントが合わなかったり、狙った目標からズレたりして、思うように写真が撮れませんでした。そこで私が通院している、脊損センターの医用工学室に相談したところ、呼気によるシャッターを作れば良いではないかということになりました。 今まで使っていたシャッターを押すカメラをあきらめ、奮起して一眼レフを買うことにしました。カメラ本体はキャノンのEOS55で、別売りのリモートスイッチRS60E3(電子レリーズ)と車椅子に固定するためのケンコウ・クランプホルダーを購入しました。 それらすべてを脊損センター医用工学室に持って行き、リモートスイッチの後ろに呼気スイッチをとりつけました。呼気スイッチから口までは点滴用の管を利用し、口にはタバコのパイプを利用します。これは唾液がスイッチに流れこまないようにするためにも役立ちます。これにより、高さの不足や車椅子が行けない場所的制限はあるものの、カメラのぶれもなく、狙った物が写真に撮れるようになりました。 呼気シャッターについての詳しいことは、脊損センター医用工学室(TEL:0948-24-7500)にお問い合わせをお願いします。電子レリーズが付くカメラならだいたい工夫していただけると思います。私が呼気シャッターにより撮った写真をインターネットのホームページに載せていますので、ぜひ見てみてください。
がOJISAN(私)のホームページです。見られた方は感想などお寄せください。待ってます。 P-VAN:XEG27413/アマチュア無線(パケット通信・フォワード・ネット)FWD-NETアドレス:JG4SAX@JG4SAX.33.JNET4.JPN.AS
現在は事故の時に入院した病院にいるのですが、救急病院なので他の患者さんはすぐに退院します。僕も退院しなくてはいけないのですが、自宅療養は両親が仕事を辞めると生活ができないため無理のようです。施設に入所できないかと問い合わせてみたら、呼吸器をつけている人の入院は前例がないと、断られました。もうすぐ病院で4年になります。 事故をして1年くらいは体の状態が落ちつかなくて、記憶もほとんどなく、何も考える余裕がなかったのですが、体の状態が落ちついてくると現在の状況とか、これから先のことを考えるようになりました。しかし何事も初めてのことで分からず、まったく前進しない状況です。 それで「はがき通信」に手紙を出してみようと思いました。手紙はほとんど書いたことがないので、1994年11月25日発行の「はがき通信」の村並弘さんの自己紹介を参考に書きました。このようなわけで、皆様との交流を通じて多くの情報と良きアドバイスをいただきたいと思っています。ぜひ仲間に入れてください。よろしく。 高知県 近森病院3階東病棟 KK
アメリカから帰国したYさんが車いすで出勤する際、線路上で荷物を落として拾う場面は脊損ならではの芸当です。頚損ならもちろん拾うことなどできません。自動車通勤から電車通勤に切り変え、駅では毎日10人ぐらいの人の手助けで通勤する彼女の将来に大いなる期待をしていきたいと思います。最後に私は「頑張れ!Yさん!」と大きな声で叫んでいました。 Yさんはコンピューターのプログラマーをしていただけあって、アメリカの学校ではその勉強をしていたようです。この物語の中には何人かのアメリカ人障害者が出てきます。
その中の一人、ヘイル・ズーカスさんはヘッド・ギアに付いたスティックでワープロなどのキーを叩き、おなじように車いすのジョイスチックをつつきながら、素早い動作で車いすを動かします。その車いすのスピードはと言えば、日本の4、5〜6km/h
と大きく違い、何と20km/hも出せるようになっています。さすが、アメリカです。アメリカでは日本のように自動車の車検制度などなく、その代わりに自分のことは自分で責任を負わなければなりません。それがズーカスさんの車いすの操作方法に表れているようです。 ジーン・シンディと言う名の女性はリクライニングの状態のまま、パソコンのキーを叩いています。立派ですね。点字でコンピューターに入力できる機械は眼の見えない人が欲しがると思います。また、耳の聞こえないシャロルが使っている文字電話は、キーを叩くと文字が音声になり、それで電話が使えるのにはびっくりしました。 自動翻訳器は日本でも売り出されていますが、難しい表現はまだ改良の段階にあると、日本のカタログ雑誌に載っていたのを思い出します。バークレーには車いすのレンタカーがあるようですね。これは採算が取れるのかな、と首を傾げている次第です。最後にカリフォルニア大学の政治学の教授であるエド・ロバーツさん(故人)は常に口から酸素を離せないような大変な状態であるにも関わらず、車いすで外に出る勇気には感動を覚えずにはいられません。鉄の肺と言う名のベッド(機械と言うのがふさわしいかも知れない)に寝ようとしているようすは人間としての苦痛を背負っているかのようでした。 私たち頸損もまだまだがんばらなくっちゃ! 夢運び人
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ただそれだけのことで英語の教師はK君を別室に呼びつけ、「お前は教師をなめるのか」と叫び、いきなり少年に飛びかかりました。後頭部を殴り、次に後ろから羽交い締めにして首を締め付け、宙づりにしたあと、締め付けた腕を急にはなしてK君の身体を応接椅子の上に突き落とすという暴挙に及んだのです。K君は頸部に激しい衝撃を感じたそうです。「先生に殺されるのではないか」という恐怖を感じ、自分の身を守ろうとしたのですが、先生の力と体力の前には抵抗できなかったのです。数時間して、K君は激しい頭痛と吐き気に襲われたので、病院へ行き、レントゲンの検査をしました。 しかし、レントゲン写真では異常な所見は見当たらないとのことで、病院を県立松山中央病院に変えて新たに2週間の検査入院をしました。検査の結果は「頸随不全損傷、両上肢機能障害」と診断されました。その後、通院しましたが症状はまったく改善されないので、平成2年3月に「後遺症の症状固定」という診断のもとに、損害賠償の調停を申し立て、裁判は続いています。 整形外科医は「整形外科的にはレントゲンに映らないので、自覚症状だけでははっきりとしたことは言えない」と言われるそうです。そこで、裁判によって次の3つのことを訴えておられます。事件を公表することによって
この体罰事件からすでに9年の歳月が流れました。現在、K君は身体障害者3級の認定を受けています。私も同じように息子のスポーツ災害を体験して、6年間に及ぶ裁判を闘ってきました。「裁判」という2文字は辛く苦しかった日々を思い出させるのです。これは多くの時間と精神的苦痛を伴います。家族が一丸となって闘わなければ大きな力は出ないのです。 どうか最後の判決の日まで頑張ってほしいと願っています。2度とこのような事件や事故が起こることのないように心から祈る次第です。 埼玉県 HS
10月10日からの浜松の「はがき通信」懇親会の件ですが、息子が大学院の試験のため行けないそうです。私1人でも参加したい気持もありますが、息子を置いて出るわけにもいかず、今回は残念ながら欠席します。昨年以上にたくさんの方々とお話をしようと楽しみにしていたのですが残念です。来年を楽しみに待っています。 息子も大学4年生になり、いろいろ進路を考えていたようですが、やはり司法試験けるそうです。といっても、すぐという訳にはいかないので大学院に行きながら司法試験の勉強もしていくそうです。今は夏休みですが、毎日勉強に追われています。なんとか目標を持って頑張っています。先の長い話ですが、目標が見つかったので毎日が充実しているようです。 ところで、歯科で訪問治療をしている歯科医がおられます。遠くまで来てくださるそうです。予約で息子の所にも今週来る予定です。皆さんは歯の治療の時にどうされていますか? 歯医者に行くことができるのでしょうか? このような訪問治療の歯科医があればたいへん助かります。身体にくれぐれも気をつけて、元気で毎日をお過ごしください。 NG母 別信暑い日が続いていますが、元気ですか? 浜松に行けなくて残念です。来年は会えますように。最近インターネットをはじめました。だから、これはインターネットからのメールってことになります。ぜひ、メールを下さい。そのときはインターネットのほうでよろしくお願いします。
北九州市 NG: BXG07016@niftyserve.or.jp
頸髄損傷者は何も1人でできない身体ですが、全国津々浦々で四肢マヒと闘いながら、「はがき1枚に貴重な出会いが・・・四肢マヒ者の情報交換誌」を待っている人も多いことでしょう。ありがとうございました。
「痛みの克服」と、いかにも自分が痛みを克服したかのように書きましたが、実際今でも痛みとの戦いは続いています。ただ痛みへの考え方が以前とは違ってきたのです。以前は痛み止めの注射をしていたので、いつも時計とにらめっこで、時間が来たら注射をしてもらい、そしてまた次の注射を待つ、という注射依存の生活をしていました。 「痛みは本人にしか分からない」と思いこみ、何を言われても「痛いんだから痛み止めをしてくれ」「痛いんだからそんなことできない」「痛いんだから寝ているんだ」と、どんなことにも「痛み」を言い訳にして生活をしていました。そのころの自分は痛みへ執着していたのです。(^_^)ノ~~。 痛みがあって当たり前とは思えず、「何でこんなに痛むのか」「何で自分だけ痛むのか」という不満だらけで過ごしてきました。しかし6年間も入院していた病院から九大病院に転院してからは、「痛くても注射をしてもらえない」「痛くてもやらなければいけない」という状況がのみ込めて、半ばあきらめの気持ちから徐々に痛みへの執着も減っていったのです。 注射をしていた頃はいつも注射のことを考えていたので、痛みのことも頭から離れませんでした。しかし、注射ができないとなると、時計も気にならず、何かをやっていて痛みを忘れていた、ということもしばしばでした。 忘れていたといっても、痛んでいるはずですが、自分の痛みを自分で受け入れたことで、自分には痛みがあって当たり前だという気持ちになったのです(このように思えるようになるまでには、かなり時間もかかりましたが……)。 人それぞれ痛みの状態も考え方も違うと思いますが、「痛みの克服」とは、どれだけ痛みに邪魔されずに自分の生活ができるかだと思います。私は九大病院の心療内科という特別な病棟に入り、他の患者さんを見て、自分自身の痛みへの考え方も変わったように思えます。その時の痛みの治療のおかげで退院もできました。もし九大病院に行っていなかったら、おそらくまだ入院して注射を続けていると思います。 私の場合、今でも痛みそのものはあまり変わったようには思えません。何もせずに苦しんでいるだけでは、痛みの苦しみは強くなるばかりです。痛みは本当に辛いものですが、痛みで苦しんでいる方、どうか痛みに負けずに頑張ってください。p(^_^)q
追伸:パソコン通信で使う顔の表情を送ります。友人が作りました。ご参考に。
福岡県 TT: tsugio@msb.biglobe.ne.jp
今日は。本格的な暑さの続くかと思えば台風で梅雨のような日々でしたが、いかがな毎日ですか。すっかり御無沙汰しておりますが、私たちも元気に過ごしていますよ。 私たちの無変化の日々が空白のように思え、焦りにも似た気持ちにさせられます。悲しいかな戦後生まれの働き蜂の習性がしっかりと残ります。往生際が悪いのかと自嘲の思いも多少感じながら。 「はがき通信」でさまざまに活動しておられる仲間の記事に触れると、無才ながら今の生き方で良いのかと焦りにも似た思いです。厚生省の施策プラスの自助努力で自立にも可能性がありそうな気がしています。妻とのズレの大きさに自立時の現実の厳しさも予想され説得もままならず。やはり頸損者には安泰のほうが優先なのか?と。正解のない選択肢に迷いつつ49歳です。まさに40の惑いです。 浜松に思いを馳せながら、費用のやり繰りに限界もあり、迷いつつ日程とにらみっこです。 「はがき通信」には活躍されている人のお金の苦労が書かれていないので実感が伴わないとも身近で聞きました。頸髄損傷者の経済的底辺の人の刺激になる機関誌であればと投稿しつつ自省しています。いつまでも指針となり旗振り役の機関誌であることを願いつつ。 みなさんの健やかな御活躍を!!
真面目、大真面目、前記予告の「ネックメイト企画」の心。まず、各自にイメージしてほしい。
早い話が、おのおのの頸損者の身近にBさんのような存在の人……を得ようという企みの提案です。昨今は世知辛い世相もあいまって「よしきた合点、任せとけッ!」と言える人が身近から少なくなっているそうだ。 この1〜3からイメージして経済的に成り立たない状況の頸損者のあきらめと放棄的な生き方、頭脳という限りない可能性を秘めた生命の発掘に役立つネックメイト構想に質問、賛同の諾否ください。目黒の大濱さんに呼応して広島にて構想……を掲げたい。 「この指たーかれッ!」 広島県 YS
東京都 KF: CQN03007@niftyserve.or.jp
2日めは、僕の近所を車椅子で散歩しながら、近くに“重度身体障害者療護施設”があるので、F君のリクエストで遊びに行きます。僕の友達もいますし、1人でよく遊びに行くので、気楽に行ける所です。電動で、30分ぐらいです。 F君は2晩僕の所へ泊まって、その後倉敷へ帰宅予定です。楽しく行動できそうです。夜なんか、朝まで話し込むかもしれません。アルコールが入って……。 ところで先週、パシフィックサプライの電動車椅子・Kafeが来ました。今度は6km/hですから30分以内で着くと思います。昨年、試乗した時のシートの保持力は確かに良かった。 コントロールボックスもジョイスティックの強さが3種類あったので、一番軽いタイプにしました。これで、JRでの指定席の狭い所への移動が楽になります。それに何と言っても従来の電動リクライニング式のように座高が高くなく、普通の電動車椅子の高さと変わらないから魅力です。 3年前に目を付けていてやっと!手に入れた品物です。福祉課から県庁、最終決定する更正相談所に行き、1年近く粘って84万円の“座位補助装置等の見積り”を認めさせた甲斐がありました。では、また。
宮崎県 KF: GHC03227@niftyserve.or.jp
このたびはじめてお便りする KEISON 歴3年半の夢多きおしゃべり娘?です。どうぞ、よ・ろ・し・く。 簡単にまずは自己紹介を。年齢はS34年1月11日生まれ、ちょっと田中好子に似た?38歳の2女の母であり一夫一妻の一応妻である。 性格は勝ち気で負けず嫌い。だけどやさしく涙もろいところもあり、自分ではちょっと可愛いと思っています。 KEISON になったのは軽い衝突、それもまったく外傷のない交通事故で、4、5番のみごとな脱臼骨折に。どじな私にぴったりの運の悪いとしか言いようのない事故。 KEISON レベルはC5で、手の腱や筋移行によりC6に少しばかり昇格。BFOや、口での操作から解放され、簡単な装具やリモコン、スイッチ類の改良品により趣味や身の回りの行動が楽に。趣味はお茶にお花に着付けにお料理を……。 なーんかできたら今頃ひとりでバリバリ出歩いている? ただいまのところ、ブツブツつぶやきおばさんしたり、自己流で絵を書いたり、手紙を書いたり、読書したりかな。 KEISON になる前、走ることが大好きで、駅伝、マラソン、とガンガンやってました。プロのように走りながら「おしっこ」したことも。ハハハ…。 そんなもんで、こんな私にもでっかい夢があります。パラリンピックで今度は車椅子で走ること。この手で車椅子をブイブイならしたいですね。このようなおしゃべりでうるさい私ですが、どうぞ仲間に入れてやってください。暑くて熱がこもりやすくなり辛い時期です(顔に霧吹きをシュッシュッと吹くと気持ちいいですよ)。頑張って元気に乗り切りましょう。 PS.今だからバカなことも言って笑っていられるけど、受傷当時私も人工呼吸の辛い経験あります。喉をふさぐ訓練を受け、奇跡的にはずせたことについては次回にお話しします。 広島県 MK
しかし、この企画にはいろいろと苦労話がありましたが、それは長くなりますので参考用の記述のみにとどめました。
【旅行記録】 出発の朝、おしゃれをするために買っておいた洋服のことから、夫婦の口論となりました。それでも私は世話役、早めに集合場所に行き、何事もなければと思いながらみんなを待っておりました。やがて人数もそろい、バスは空港へ出発しました。 マイクを片手に行程をみんなに説明中のことでした。突然、腹の調子がおかしくなり、妻を呼ぶなり、「ご免なさい」と謝った後に、無事排便となりました。結局、夫婦ゲンカは妻の勝ちとなりました。 10時30分に離陸した飛行機は松江−新潟−佐渡−津軽の上空を通過し、千歳空港に12時30分に着陸。13時30分にバスに乗車し、美人ガイドの観光案内が始まりました。そして、16時30分に宿泊地「ニセコ・いこいの村」に到着。レストランではキタキツネの子が私たち一行を歓迎するように跳び回っていました。 翌日は一転、朝から雨が降っていましたが、予定どおりに出発です。バスは細川たかしの故郷、真狩村を通り、洞爺湖へとまわりました。昭和新山では車椅子を30台も収容できるロープウェイに乗り、雄大な景色を満喫しました。 登別温泉では水族館を見学して、次は巨大な温泉のある滝本館です。食事の後に待望の温泉入浴ですが、その時の涙のボランティア物語については次回をお楽しみに。(つづく) 北九州市 KT:アマ無線:JK6WKF
浮力はつけずにすみますが、シュノーケルは必要です(競技では不可)。けがをする前は山登りをやり、マリンスポーツに興味はなく泳ぐことはずっとしていなかったのですが、水の中の解放感は意外なほど気持ちのいいものでした。痛みも忘れられ、思わずニンマリ。ここに魚でも泳いでいたらナー。スキューバダイビングを一度やってみたくなりました。 近くに小さいのですが、障害者の訓練用の小さな温水プールがあります。もちろん頸損で利用するのは私が初めてのようです。でも、車いすで一般のプールを利用するのは大変ですよね。海に行くのも砂浜まで行けなかったりします。その他、着替えの問題とかいろいろあって、私もなかなか行くことができません。 車いすのような重度障害者が泳ぎたいと思った場合、プール施設、そこまでの交通アクセス、インストラクターの存在等々、問題はたくさんあります。健常者のような気軽なレジャー・スポーツではないのです。横須賀も海の多い所ですが、新しく整備した場所でさえ、砂浜に降りるのに階段しかありません。行きたい場所は誰だって同じなのに、車いすの人間は海や砂浜になど行かないと思っているのでしょうか?(ちなみに高知の桂浜は遊歩道が砂浜の中までついています) アトランタのパラリンピックで金メダルを獲得された成田真由美さんがプールで練習をしている風景を偶然テレビで見ました。彼女の快挙には惜しみない拍手を送りたいし、重りを足につけて一生懸命練習をしている姿は感動的です。 でも、私はそんな表面に見えることより、彼女が水泳を続けて来られた目に見えない“環境”のほうを知りたく思いました。彼女が母校でした講演の新聞記事に、「(前略)あっても使えないものが日本にはたくさんあります。そのために、いっぱいいる障害者は町に出られない。私はその人たちのためにも町に出て、こういうところが不便だと発言していきたいと思っています。(中略)外国では、オリンピックもパラリンピックも同等の扱いです。 日本では、オリンピックは文部省で、パラリンピックは厚生省が管轄。国自体が差別しています。障害者スポーツはリハビリの延長、としてしか見ていない。でも私は、競技者だと思って泳いでいます」とありました。彼女には、ぜひ体にハンディがある人が当たり前の“権利”としてスポーツを楽しめる施設や環境作りを社会に訴えていってほしいなと思います。 ハワイの海で泳いでみたいナーというのが私の夢です。 HS
おまけに初体験!! うれしはずかし初体験!とはいきませんが、不安と緊張の初日から、充実感一杯の最終日まで、本当に感謝と満足の初体験でした。今回はそのお話を少し聞いてくださいませませ! このたびの京都行きは佛教大学の通信教育でスクーリングを受講するためでした。受傷以来、病院以外で1人で過ごしたことのない私にとって、2週間の京都単身赴任は本人も周りも心配事は尽きません。それでも、5月の頸損連絡会、総会でお近づきになれた京都在住の小森さんから、JCIL(日本自立生活センター)をご紹介していただいたおかげで、2週間の1人暮らしを無事終えることができました。 京都行きが決まってから、小森さんやJCILに連絡を入れ、アテンダントの派遣を依頼したり、ハンディキャップ・ルームのあるホテルに予約を取ったり。何をするにも経費はかかります。少しでも安く! と考えて、ホテルを何軒もあたりました。ボランティア協会にも聞いてみたり。ですが、やはり有給アテンダントを選びました。そのほうがはっきりしていて良かったからです。1日やそこらではありませんし、こちらの意志を受け入れてもらうためにも、そのほうがベストだと思いました。 結果は正解でした。JCILで介助の予定表を作っていただき、ホテルも決まり、後は学内です。身障者で介助を必要とする者は申し込むことになっており、私もその申請をしたのですが、人数不足により却下されました。これは困った!! でも、こんな時に相談できる先輩の存在があったことは私にとって大きな力でした。その先輩から大学のお知り合いの先生を紹介していただき、この先生のおかげで、学内で介助してくださる学生の方たちが見つかりました。 ノートが取れないことが1番の心配でした。後はなんとかなると思っていたので。わずか2週間のことですがこの計画を実現するために、私は私なりにできることをしたつもりです。正直言って、かなりエネルギー使った気がします。 ですが、こうして自分で一つずつ問題をクリアーしてゆきながら「生きるってこういうことなのかなぁ」なんて思ったりして! らしくもないことを考えていました。荷造りしながら自分なりに工夫をしたり、留守中のことも考えたり……。今思うと楽しい時間でした。 通信教育を受けたいと思ったのは、3、4年前でした。はじめはスクーリングがあることがネックとなり、あきらめていました。その後、松井先生の『頸髄損傷』を読んで、ずいぶん励まされました。それと同時に手元に届く情報も大きな原動力となり、受講を決意しました。人にせよ、本にせよ、一つの出会いが今の私には大きな力だったと思っています。 そして8月10日。いよいよ出発です。目指すは京都! 主人に送られて着いた京都で11日からは1人の生活が始まります。朝、佛大へ送ってもらい、そこでBYE-BYE。さぁーここからが正念場! 果たして初のスクーリングの行方はいかに!! と決まったところで、お終いにします。1度に書くのは私も疲れますし、読者のみなさんも疲れちゃいますものね! そんな訳で次回をお楽しみに!それではまたお会いできる日まで。みなさんお元気でいてください。再見。(つづく)
島根県 AT: seiran@web-sanin.co.jp
何とか介助者がうまく見つかりました。2人の学生さんに2泊ずつしてもらい、後半では初対面の方から初めてホテルで排便の介助をしてもらうなど、初めての経験の連続でした。交通手段もせこく、電車・バスを利用してみました。 やはり移動は大変でしたが、田舎者の強みで行き交う人ごとに尋ねては、前進、前進の道中でした。バスには受傷後19年ぶりに乗ったことになります。車窓から見る光景が新宿の町並というのも感慨深いものがありました。 さまざまな経験を積み重ねることで、ひ弱な気持ちが立ち上がってくるような気がします。個々のトラブルも、まあ経験の一つと受け止めて。しかし、よくもまあこんなに東京へ人が集まっているもんだと思いつつ、自立の場所に対する自分の気持ちも、やはり東京へと向き始めています。家族とのこともいろいろありますが、やはり最終的には自立生活は自分自身の決断なのだと思います。 皆さんからの大きな影響でしょう。高位頸損の人たちも段々と逞しく、自分の生きる道を見いだしていくようです。僕もその1人でありたいと思っています。また助言を与えてください。
岡山県 F: BXE07245@nifty-serve.or.jp
さて、10月にカナダBC州の地域呼吸管理の第一人者アイリーン・ヘンリーさんを日本に招待します。人工呼吸器使用の頸損者とその家族に対する相談と指導がアイリーンさんの来日の主な目的ですが、10月の「はがき通信」の浜松での懇親会に合わせて来ていただきます。 せっかくの機会ですから、10月11日(土)午後、浜松でアイリーンさんに講演をしていただきます(入場券 \1,000.)。 講演の内容は、「人工呼吸器使用者の自立生活を支えるBC州のケアシステムについて」です。同時通訳とはいきませんが、プロの通訳がつきますし、松井がアイリーンさんの講演の抄訳もいたします。 アイリーンさんは BC Rehab の地域呼吸管理部長であり、BC州で現在155人にのぼる人工呼吸器の使用者たちの呼吸管理責任者です。人工呼吸管理に関する豊富な経験を持っています。また、アイリーンさんと人工呼吸器使用者との関係も見所です。 アイリーンさんは、人工呼吸器使用者が「自分を必要としなくなること」をケア目標とされています。詩画集を出版し、今年6月双子に恵まれた人工呼吸器使用者ボブさん(高位頸損)に、「アイリーンは口が悪いから日本で余計なことを言って強制送還されないように!」と注意されていました。 BC州でもアイリーンほど早口はないといわれるほどの人ですから、日本の劣悪な実態に激怒して、アイリーンさんが何を抗議しても、まずよほどの英語の達人でなければ、理解できないでしょう。皆さんのご参加をお待ちしています。 ひとくちインフォメーション
「はがき通信」懇親会を次のように開催します。ぜひ、ご参加ください。 【会場】浜松市マルコー・インホテル―――JR 浜松駅から徒歩4分。 【宿泊】浜松市マルコー・インホテルの22室は満杯になりましたので、今後懇親会へ参加を申し込む人は近くのサウス・ガーデンホテルに直接予約して下さい。 料金ツイン¥12,000.シングル¥6,700. TEL:053-451-1800 FAX:*1801 【参加者名簿】 情報交換誌「はがき通信」に記載。 【発表会】参加身障者は30分以内で発表を。 10日(金)13:00→18:00 11日(土)10:00→12:00 13:30→16:30 午後はアイリーンさんと松井先生の講演会。講演会だけの参加者も歓迎です。 12日(日) 9:00→12:00→解散。 【申し込み方法】参加者は麩沢宛、向坊宛にご連絡ください。 ● 新刊コーナー 『障害者の文学』中嶋虎彦著、明石書店刊 トドならぬオランウータンのおっさんとしては夏やせして下っ腹の引っ込むのを期待していますがそんな気配はありません。 おかげさまで『障害者の文学』が8月に出版されました。明石書店からで、3800円、初版は1500部です。脊損連合会報にも長期連載され、大変好評でした。皆さん、よかったら、ぜひ読んで下さい。 843-03 佐賀県 中島虎彦(著者)TEL & FAX: 0954-43-9959 ● 日本せきずい基金の郵便預金の口座 記号10090 番号57119721 日本せきずい基金 代表者 大浜真 みなさんの支援の意志を送金に表して下さい。基金は脊損や頸損のために使われます。 日本せきずい基金 基金残高 ¥820、000. お問い合わせ先大浜 真 TEL:03-5420-7125, FAX:03-5420-7126 ● 自家製スロープ 木で玄関用や自動車用スロープを造りましょう。材料はコンクリート・パネルとタル木です。パネルの横にタル木を取り付けることによって、強度が増し、取り扱いやすくなります。 ● 「はがき通信」ホームページを開設予定。リハ協から貸与されたパソコン、スキャナー、プリンターが発行部・向坊宅にセットされました。11月にはホームページを開設して、バック・ナンバーの閲覧や情報の交換ができるようにしたいと思います。 また、ホームページの中で「四肢マヒ者の特技」と題して、車イスの芸術家、自営業者、アマチュア無線家、マルチメディア、その他趣味の記録を募集します。自薦、他薦を問いません。登録希望者は経歴と記録写真10枚くらいを添えて向坊、麩沢、松井宛にお申し込みください。写真などの資料はすべて、のちほどお返しします。また自分や友人のホームページと「はがき通信」ホームページとのリンクをご希望の方はお知らせください。 現在の購読者数は377人。97年前半は101人分の購読料収入があり、収入 \116,000.円、寄付金収入 \127,000.円です。手持ち資金は 263,742.円となっています。ご協力感謝します。
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