は が き 通 信 Number.4
POST CARD CORRESPONDENCE 1990.7.30

《ごあいさつ》

暑中お見舞い申し上げます。第4回目の通信です。暑さにめげず、自立に向かって頑張りましょう。皆様の通信もお待ちしています。

向坊


向坊氏の通信


自立のあゆみ B収尿の工夫

図のように、Aの場合、手元のコンドームが密閉されていれば、収尿袋も密閉し、Bのように手元のシビンないし、筒が開放なら容器水面のほうも開放するのがコツです。

チュ−ブの中の空気と流れ落ちようとする尿のカ関係の制御に失敗すれば、いつも失禁で苦労しました。Aの状態ではチューブにたまった尿の重力が引力となって新しく排泄された尿を流れやすくするので、チューブのなかに空気がたまらないようにすることが必要です。

そのためにはAのチューブの内径は8ミリ以下、Bのチューブは内径が8ミリ以上にするとよいようです。


さて手元と容器の落差は必要ですが、Cのようにシビンと収尿器の落差がかなりあると思っても実際はシビンと「ふとんの山」の落差はあまりない場合が多く、収尿器がいくら低いところにあっても関係ないわけです。

この場合はチューブを堅いものにし、「ふとんの山」の部分に重いものをおいてチューブの位置を下げる必要があります。


向坊

Uさん訪問記A



図1−ECS本体と表示板


今回は、日中の6〜8時間を自宅で一人で過ごす生活の中で、ECS(環境制御装置)がどのような役割を果たしているかについて紹介します。
Uさんは、3日に一度の排便日は身体の休養の意味も含めて終日ベッドに横になっており、他の2日は電動車椅子に乗っています。車椅子の日には、マウス・スティックを使って読書や文筆活動をしています。ですからECSが役立つのは、特にベッド上での生活です。

Uさんの一日は、朝の10時頃始まります。
介助者であるおかあさんは、導尿と朝食の介助を済ませると、出社します。食事は2食で十分なので、家族が帰った後、夜の8時頃夕食をとります。そこで、その間の細かいケアをECSにまかせています。
(お宅を初めて訪問した4月から今日までの間に、Uさんの生活にもいくつかの変化がありました。現在は、おかあさんにかわってヘルパーさんが、朝食の介助をしています)




図2−ECSの表示板
ECSには、本体と図2のような表示板があります。表示板にはケアのメニューが表示してあり、これをみながらメニュ一を選択し実行します。この操作は、ベッドにとりつけてあるストロー(呼吸気圧スイッチ)で行います。
Uさんの使用しているものは15チャンネルですので、ケアを15種類まで選ぶことができます。ちなみに現在は、
1ch一インターホンでの2階の家族の呼び出し、
2ch−インターホンでの玄関応対、
3ch−電話、
4ch−テレビの電源、
5ch−ビデオの電源、
6ch−TV/VTRの切り替え、
7ch−チャンネル順送り、
8ch一ビデオ早送り、
9ch−ビデオ再生、
10・11ch一ベッドの上げ・下げ、
12ch一ドアの開閉、
13ch−室内の照明、
14ch−冷暖房調整、
15ch−ビデオ録画、

ができます。チャンネルの構成では、生命の危険に関係するものを最優先し、次に利用頼度などを考え、納得のいくものになるまでに、使用後何ケ月か、かかったそうです。


次回はもう少し、ECS使用上のメリットやデメリットについてご紹介します。

W
Uさん訪問記@へ Uさん訪問記@ Uさん訪問記B Uさん訪問記Bへ

Mさんの自己紹介


拝啓、会員の皆様へ。私はMMと言います、初めて便りを出します。何しろ初めてワープロをうつものですから、慣れない所もかなり有りますがどうぞ御了承ください。
松井先生や周りのスタッフの方々の協力で何度か手紙を項きました、楽しく読ませて貰っています、私は昭和53の11月17日当時働いていた、東京の中野の運送会社から名古屋へ荷物を配達中の東名高速の厚木インターの付近で事故にあい受傷しました、Cの5、6番でした、2人の子供と1つ年上の家内が居ります、その時6歳と7歳だった 子供も今は高2、高3になりました。2人共女子です、大変なのは皆同じだとおもいますがやはりたいへんでした。会員の皆さん、この次は自分の最近の出来事や是からのきぼう生き方などについてもおりにふれ書いて見たいと思います、どうぞよろしくお願いします。お元気でどうぞ。失礼します。

追伸
今年の3月の後半にワープロを購入したのですが、まず二人の子供におぼえてもらい、其れから私がならう事にしました。その為に随分時間が経ってしまいおそくなってしまいました。
まず私の自己紹介をしたいと思います。昭和23年2月18日福岡県にうまれました。当時のことです。中学を卒業して間もなく東京の中央区の市場で7年ほどはたらいたあと、中野区の運送会社に転職し長距離の運転手としてはたらきました。
神奈川の総合リハビリテーションで1年程訓練したあと、自宅に帰り過ごしてきました。途中一度所沢の国リハに半年程入院したあと、現在に至っています。現在は、福岡に帰り自宅で療養生活をしています。

Mさんは初めてワープロでうった手紙をこの通信に下さいました。貴重な手紙なので、そのまま掲載したかったのですが、紙数の関係で、Mさんのワープロの特徴を損なわないように、パソコンで打ちなおさせていただきました。

福岡県 MM

Fさんの通信:私のADLビデオの説明


ビデオは私のADL(ワープロ、読書、アマチュア無線、音楽鑑賞、作業療法室でのワープロ、エレベータの一人乗り)を撮ったものです。
沢渡温泉病院訓練室の先生(渡辺宏幸氏)に撮って頂きました。

場面@ ワープロ
これは自分のワープロです。先の曲がったマウスティックで打ちます。目、首、お尻の関係で約3時間が限度です。でも3時間くらいはすぐで、最高10時間打ちっぱなしの時もありました。ワープロの性能が良くなりテーブルの上においてもらい、電源を入れて紙をセットしてもらえばあとは手がかかりません。でもこうやって手紙が書けるのですから私達にとっては素晴らしい道具です。

場面A 読書
マウスティックはワープロと共通です。B5以上でしたら楽ですが、文庫本サイズは閉じてしまうため少々きついです。ワープロと違い、何時間でも平気です。

場面B アマチュア無線
アマチュア無線は私の楽しみのひとつです。訓練がない土・日曜などの余暇時間をどうやって過ごすかが、結構大変でアマチュア無線はその意味で身体障害者の趣味のひとつに最適だと思います。交信はマウスティックをくわえる→ボタンを押す→マウスティックを置く→私が話す→マウスティックをくわえる→ボタンを押す→相手が話すの繰り返しです。そのため時間がかかり、あらかじめ障害者と名乗っていましたが、最近は速くなりました。知らない人とでもどんどん話して、同じ人と1時間くらい連続交信もしばしばです。これもセットさえすれば手は掛かりません。

場面C 音楽鑑賞
これも、余暇時間の過ごし方のひとつです。このラジカセはテレビもステレオで入ります。最近、音声多重放送で目の不自由な人のために2時間ドラマなど、副音声でドラマの解説をしているのをご存じですか?これが結構、おもしろいです。イヤホンですので夜中でも聞けて、深夜放送など眠れないときに助かります。ここでも東京のFM局が全部入ります。

場面D 作業療法室でのワープロorパソコン
これは機能回復訓練として月・水・金の午前中にします。長いマウスティックを使うため、首がすぐに疲れ1.5時間が限度です。たまにはパソコン(PC−9801)も使います。

場面E エレベーターの一人乗り
沢渡温泉病院は本館5階、訓練棟4階ですのでエレベーターに乗らないとどこにも行けません。これが可能になりだいぶ行動範囲が広くなりました。介助者からはなれ、自分一人の時間をもつことも大切だと思います。身体障害者用のエレベーターですので、押すのも楽です。沢渡温泉病院は不自由な足で歩行している人も多く、近くを通るときは細心の注意が必要です。


なお、ビデオのなかで使用しているマウスティックは訓練室で作ったものですが、口にくわえる部分はオルソプラストという装具材料を使用しています。
またマウスティックの先につける滑り止めマットは、ダムセンといい、下記の所で扱っています。

〒151 渋谷区代々木5−17−3
ADLエクスプレス TEL:03ー468ー0467

麩沢さんのビデオは8ミリからVHSのコピーを3本作り、麩沢さんと向坊さん、社会学研究室が所有しています。希望の方は、郵送料360円分の切手を同封の上、または電話でご連絡ください。貸し出します。

群馬県 TF

本の紹介


ホワイトネック他編『高位頚損の管理』(1989年)−そのB一


前回は、人工呼吸器をつけた頚損者が、アメリカ社会でとても活動的でいきいきとした生活を送っている様子を、統計データで示しました。この本の中では、また、3人の頚損者が受傷の経過と現在の生活についてを、自ら語っています。今回はその事例を紹介しましょう。かれらは、医療コミュニティの中で、「生活の質」の向上を追求する積極的な「消費者」となっています。

レス・ピールさん(42才):1982年にスキー事故により頚髄1/2番を損傷しました。1日24時間、州の公認看護婦からケアを受けており、顎で操作する車椅子を使っています。彼は顎の筋肉を使って呼吸し、1日6時間、最高で14時間、人工呼吸器をはずすことができます。このことが、移動の自由を大きなものにしています。毎日、貪欲に書物を読んだり、詩や短かい物語を書いたりしています。仕事をしていませんが、いつか仕事についての計画を実現させることを希望しています。

ブライアン・ホーガンさん(28才):16才の誕生日直前に自転車に乗っていて、頚髄1/2番を損傷しました。日中は呼吸のため“pneumobelt”を、夜間はフレニックナーブ・ペーサー(注:人工的に呼吸を促進するために横隔膜神経を刺激する機器)を使用しています。勉強用には、本が読めるように介助者にセットしてもらい、顎の高さで操作できるシステムの棚を使っています。IBMのコンピュータを除けば、マウススティックを使用しでおり、日常行動にはハイテクは採用していません。環境法の専門家になることを夢見て、法律学の勉強をしています。彼の学んでいるUCLAでは、障害学生のためのプログラムがあるため、1日24時間、特別なアシスタントが提供されています。

キャスリーン・デシルバさん(36才):1968年、高校2年生のときに体操で受傷しました。頚髄2番損傷で自力呼吸が不可能となったので、1970年にペースメーカーを埋め込む手術をしました。人工呼吸器は、医療上の問題が起きた場合にだけ、使用しています。彼女は1970年に高校を、1977年に大学を卒業しました。その後大学院に進み、1980年に法律学で博士号を取得しています。現在まで6年間、「リハビリテーションと調査研究所」(TIRR)の顧問弁護士をしています。頚髄7番損傷の男性と結婚しました。(注:この方は、米国留学中にTIRRを訪問した清家さんと会って話もされています。)

東京都神経科学総合研究所社会学研究室 W

英国製入浴用手動リフターの写真通信


暑中お見舞い申し上げます。いつもお世話になっています。連日の猛暑に弱りきっています。
はがき通信でお尋ねのあった風呂のホイストの写真をおそくなりましたがお送りします。
赤いボールのついたレバー(空気ポンプ)を上下に動かしてアームを上に揚げます。風呂場までは車椅子で行きます。
こんな説明でおわかりいただけたでしょうか。よろしくお願いします。

広島県 T

Nさんの通信:発汗について


これからの暑い季節になりますと、頚から上の汗がひどくなり、首すじから玉の雫となってしたたり落ち、夜中に何回も下着を着替えたり、敷布を交換するなど、頚損者にとって、うっとしい日々がつづきます。
後縦靱帯骨化症および頚髄損傷による四肢麻痺のため、多汗症は術後悩んできた症状の一つです。
起きているときの発汗は、その都度拭えば一応事足りますが、就寝中のそれは厄介なことです。

私は椎弓切除術が主流の10年ほど前の手術なので、頚髄に対する除圧は、後方には有効でも左右にはあまり効果は期待できません。それゆえ、左右の側臥位にはなれず、また、伏臥位にも全くなれませんから、仰臥位の体位のみでしか就寝できないので、汗を半側から出すこともできません。
首筋、肩から大粒の汗の雫がしたたり落ち、体が硬直して思うように動かず、ベッドで金縛りのような状況で悪戦苦闘する夏の季節は、頚損者にとって、もっとも憂鬱な毎日です。
クーラーによる冷風は、皮膚感覚を逆なでして、精神衛生をいっぺんに悪化させ、いてもたってもいられないような心身の異常をおこします。
頚髄損傷のため、頚髄レベルの高位中枢からの交感神経の興奮が、あるいは促進され、あるいは遮断されて、顔面から首、肩への発汗過多の病状が現われます。くわえて首の筋力が低下しており、10a以上の高い枕に寝ると、首も痛みますから、その痛みのため、首から上の発汗量が増悪します。

この頚から上の発汗を少なくするためには、枕の高さを6aの低さにすると、背中一面から上に汗が吹き出します。この汗を半側発汗できれば、だいぶ楽になりますが、側臥位に全くなれない症状では、これもできず、褥瘡がひどくなります。
顔面の多汗症の局所的抑制については、発汗学、その他2−3の文献を拾い読みしたこともありますが、適当な調節方法が見あたりません。
かえって、役者が舞台で、顔面からの汗を、胸から下に出るように修行して、一人前の芸人になっていくような精神修養が要求されます。

千葉市にお住まいのNさんは、通信2号のFさんの自己紹介で、ご自身と共通する悩みを読み、ワープロで長いお手紙を下さいました。そのうち「発汗」の部分を紹介させて頂きました。

千葉市 N

Tさんの電話通信


いま入院中、血圧の変動が激しく、入院してCTスキャンを撮ったら、だいぶ変形している、血圧の変動はその影響といわれた。
昨年は全脊連の岩手総会に参加した。今年の佐賀総会にも参加したいと思っている。
自分も社協ヘルパー制度の役員をしているので、退院したら(7月の予定)、千葉県市原市の無料と有料のヘルパーを頼んで生活してみる。
週末、油絵の展覧会があり、自分の作品も出品している。

TさんはC5レベルですが、千葉県市原市のお宅で一人暮らしをしながら、全脊連千葉支部のリーダーの一人として、長いこと活動している方です。
電話の内容は松井が要約したものです。Tさん、記憶違いがあったらごめんなさい。

Kさんの電話通信


9月に10日間、アメリカで自立生活センターの予備調査をしてきます。いまその調査に必要な資料を集めています。


神奈川県綾瀬市にお住まいでC4レベルのKさんは、“障害者が保護される存在ではなく、主体性をもった存在として、地域で自立するために活動する会”である、FLC(Friendly Life Community 友情ある地域生活)の中心メンバーとして活躍しています。


ニュース1


写真は、通信2号で紹介した、向坊さんの依頼でJR鹿児島本線黒崎駅にできた車椅子用のスロープです。
向坊さんの説明
「写真手前の踏切は職員用で使用されていません。この踏切の手前に駐車場があり、車椅子はアクセサブルです。やはり50万円くらいかかっているでしょうか。ホームの近くに踏切があれば、JRに頼みやすいと思います。」


ニュース2


Fさんの依頼による佐藤達広氏の作製「呼気によるナースコール」が、社協主催、第2回全国ボランティア生活用具コンテストで社協会長賞「明るいコミュニティ賞」を授賞しました。


ニュース3


腰のうしろあたりに褥瘡ができて、なかなか治らない場合、座布団の大きさのスポンジを買い、中央に直径10センチくらいの穴を開けて患部にあてます。

これはよくやっている人も多いのですが、問題はスポンジの厚さです。
15センチくらいの厚さにすれば、治りが早いので、スポンジは2枚くらいがいいようです。

カバーの布が患部をおさえるとよくないので、穴の所だけ布をとるか、カバーをせずにスポンジを直接皮膚に当ててもいいです(向坊)。




あとがき



3号で、佐藤氏の自動ページめくり機を「リーディングエイド」と紹介しましたが、「リーディングエイド」はナムコの商品名だそうです(内山さんのご指摘)。お詫びして訂正します。そのほか、ワープロの校正ミスなどもありますので、今回より編集の責任を明記します。

3号で紹介した障害をもつアメリカ人法案(ADA)は、7月13日米議会を通過しました。今回はマスコミでも大きく取り上げられましたので、そのニュースは省略しました。
TFさんの紹介で、7月12日、HWさんと一緒に、西大宮病院に入院中のIAさんにお会いしてきました。頚髄2番損傷のAさんは人工呼吸器をつけて寝たきりの生活ですが、いま最大の問題は、車椅子生活をするために、横隔膜神経を刺激するフレニックペースメーカーをつける手術をうけるかどうか、その決断に必要な情報の収集だそうです。今回からこの通信の仲間入りをされました。次号で阿部さんを紹介したいと思います。
コンピュータ室のマッキントッシュでタイトルを書いてみました。いずれカットなどもマックで入れられるよう、練習してみます。
6月21日、向坊さんのはがき通信より、「私も今はヘルパーが一日おきになくて因っていましたが、昨日から福祉サービス協会から一日おきに4時間へルパーさんにきてもらえるようになりました。一人で過ごせるのは改造したホース付きシビンのおかげです。自分がこんなに因ってみると生命の重さを痛感します。」
7月下句,向坊さんから、早々と5号の原稿が届きました。次号は9月を予定しています。皆様のお便りをお待ちしています。

猛暑の折り、皆様おからだを大切に。

編集部



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