は が き 通 信 Number.39
POST CARD CORRESPONDENCE 1996.5.25
COUNTER
《ごあいさつ》

過ごしやすい気候になりました。排尿、排便、財布の中身などの不如意はあっても、果敢に外に出て世の中を探検しましょう。また、遠慮せずに電話などで、お互いにコミュニケーションをはかりましょう。

1996年5月25日 向坊弘道
はじめまして!


はがき通信に初めてお便りします。広島県福山市在住のTKといいます。年齢は45才です。障害のレベルは、C−4です。

はがき通信は、MHさんからのすすめで、読み、みなさんの力強さに共感しました。

私は、電動車椅子のチンコントロールに乗っています。この5月3日〜5月6日まで、広島市に遊びに行きます。いろいろ介助してもらうのが、大変ですが無理をたのんで連れていってもらいます。介助者は半ボランティアの人です。これからもいろいろな所に行ってみたいと思います。

自己紹介はこれくらいで終わりにしたいと思います。これから先、いろいろとみなさんの力強さを読ませていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。

1996.4.29 広島県 TK




はがき通信のみなさん今日は!!


去勢トドのオッサン(愛すべきキャラクタ−として覚えてネッ)。わし(私)も仲間に入れてくれのゥ−と言う事で紙面に初登場なのだ。広島のガンバルマンの沖本聞いて〜。よっしゃ! わしも! 〜と意気込んで書いています。勝手に仲間面すんなょとの声も無視して自己紹介。
本名から美しい女性と早合点しないでね。れきっとした男なのだ。

みんなからは去勢トドのオッサン!!と蔑視の目差しに耐えて生きています。ケイソンとなり、今年5月で二十周年になります。

ケイソンとしての障害は5、6番で「はがき通信」のみなさまが認識できる典型的な状況で、身体的な説明はいらないと思う。腕が幾分が動き指が2本曲がったままなので、箸のような太めの棒を指にはさみ、横向きにに寝た状態でワ−プロのキ−を叩いています。

吉田町と言えば来年から、NHKの大河ドラマで放映される毛利元就(もとなり)の城下町〜郡山(こうりやま)城です。観光客がドバッと押し寄せてくるかも? 

郡山最中、郡山煎餅、毛利チョコ、三矢の教えにちなむグッズ等々の開発が急がれているとか。わしも便乗して郡山トドとして受け入れる芸でも考えてデビュ−したいなっと。
単純なトドおっさんなのだ。妻に相談すると阿呆かっ!と相手にしてくれません。

「はがき通信」の皆さん、観光の名所はなにもないけれど(城の石垣跡と資料館ぐらい)、わしの住む施設のスイ−トル−ムに立ち寄って下さい。嬶天下の愛妻と歓迎しますよ。この通信がボツにならねば次回は施設の中の夫婦の暮らしでも伝えられたら。御一同様よろ敷く!!TEL(「はがき通信」誌上に掲載しています)午後8時頃迄に直通電話よろしくです。

追伸:

「はがき通信」たいへんおもしろく読ませて戴きました。律儀のガンバルマンの入会以来の冊子に目を通し、入会希望として投稿しました。早速、次回からご送付いただけたらと思います。

広島県 YS(48歳、ケイソン20年、施設入所14年)




はがき通信の皆さんへ


桜の花も散り始めましたが、なかなか暖かさが続きません。
初めてメールを差し上げます。私は時々投稿しております熊本県のKIです。メールのIDはクレジットカードの都合で妻の名前(M)になっていますがあしからず。

4月になって初めてパソコン通信を始め、NIFTYに加盟したばかりです。これが最初の電子メールですのでうまく届くといいのですが。読みにくいところがあればお許し下さい。
はがき通信のIDリストを作るということですので登録したいと思います。

不規則な天候ですのでお体には十分お気をつけご活躍下さい。

熊本県 KI : QZF13621@niftyserve.or.jp




よろしくお願いします


どうもお久しぶりです。大阪のKYです。

大阪は変な天気が続いています。ようやく桜が咲き始めたかと思うと昨日は寒くて雪が降りました。こんな天気ですが幸いまだ風邪をひいていません。そのかわりに少しとこずれができました。もう治りましたが。あれからも呼吸のリハビリを続けていますが調子の波などもあってなかなかうまくいきません。難しいです。

今は大抵本を読んで過ごしています。新潮文庫の100冊というCDーROMを買って読んでいるところです。あとすこししたら車椅子もくるのでそうなると外にも出られるようになります。もし外に出られたならその時のこともお伝えします。それではまた。

大阪府 KY




短歌短信


心配をしてもしきれぬ車イス

                       犬につながれ散歩に出よう
NT 96・4・10




一ヶ月、バークレーへ調査旅行


はがき通信には久し振りに、恐らく3年ぶりぐらいにお便りを書きます。私のような手・足の全く動かない障害者でも自由気ままに生活をし、長期の調査研究の旅行をできることをはがき通信の仲間に知ってもらいたくて、以下の文章を書きました。

2月10日から3月9日までの1か月間、アメリカ西海岸のバークレー市のアパートに在して、障害者の人権と生活の実態を調査してきました。私はC4・5で、15年前の交通事故で障害者になりました。病院や施設を転々とした後、今から3年半前に東京都多摩市でアパートでの一人暮らしの自立生活を始めました。

10年間の施設での寝たきりの生活と現在の自立生活では、人との交流に関して大きく違っていて、様々な多くの人と知り合いになる機会があります。その結果私はLADDという組織の人と知り合いになり、推薦してもらって今回のバークレー行きが実現したのです。LADDという組織から渡航費とアパート代金・通訳料金などを出してもらって、介護者を5人連れていきました。

私のような体重が65kgぐらいあって、その上にカテーテルが膀胱路に挿入されたままのような障害者になると、自由気ままな動きをするためにはどうしても、介護者の質が大きな要因になります。5人ぐらいの介護者がいなければ、私が健常者であったときのような動き方はできません。どんなに重い障害であろうとも、介護の質いかんによっては、何でもできると思います。

介護の質とは、個々の介護者が持っている特性と介護者の人数を意味します。周囲との人間関係・物理的な状況によって決まると思います。
私の毎日の生活は毎朝6時半に起床して、まずは風呂に入ってリフレッシュ。その後は車椅子に乗って朝食。日中は町中に出て様々な活動をしてきました。以下に簡単な活動日誌を記します。はがき通信の仲間にも一人でも多くの人に自立生活に挑戦してもらい、各々の可能性に挑戦してもらいたいと思います。

現在多摩市では私の後に勁損の自立生活者が2人増えました。各々が多くの介護者を集めてアパートでの自立生活をしております。

自立生活をはじめる前の私の状況は、私の著書を読んで頂ければよく分かると思います。また或る意味では、自立生活をはじめる秘けつが描かれていると思います。

『冥々なる人間』・著・川島書店

多摩市 可山優零


《 バークレーでの活動日誌 》


2月10日(土) 
Berkeley LADD-Houseに到着。JPRNの秋山さんの出迎えをうけ、Univercity-streetのレストランで昼食をとりながら説明をうけた。AC TransitBus に乗って、車内のリフト・車椅子固定装置の充実ぶりや運転手・乗客のスムーズな対応に驚いた。夜には電話で通訳をしてくれるボランティア探しを行った。
11日(日) 
Ashby のフリーマーケットを見学した。その後、UC−Berkeley校内の散策。昨日と今日のまだ二日間の町中の散策であったが、多くの車椅子利用の障害者と出会った。それらの人々からインタビューによって、この地域の障害者の実態、とくに人権に関する実態を把握できないかと考えた。アンケート調査の可能性を模索した。
12日(月) 
通訳ボランティアの David(Adress 200 Miramonte Dr.Mrage CA.94556.USA.)と打ち合せ。Berkeley市の様々な状況、特に交通アクセスに関して教えてもらった。Berkeley市立図書館で調べもの。
13日(火) 
Golden-Gate-Bridge から Sausalito に回り、湾内観光船に乗ってSan-Fraci sco市内に戻った。50人乗りくらいの小さな観光船の中にも車椅子を2階に持ち上げてくれるリフトが設置されていた。夜のAdult School に参加。
14日(水) 
CILの Gerald・Baptiste副所長と2時間半のインタビュー調査(通訳:秋山氏)。UC−Berkeley校内にてインタビューの可能性を調査(通訳Kaoru adamus,Tel 510-562-3690)夜はAdalt Schoolに参加。
15日(木) 
San-Fracisco市内のケーブルカー路線沿いに坂道を歩き回った。傾斜が急なために一人の介護者では、5m進むとストップしてしまった。二人の介護者でなければ、身の危険を感じた。高尾山の登山道ぐらいの坂道であった。
16日(金) 
DREDFの Dreen p.Steneberg 氏と2時間のインタビュー調査(通訳:秋山氏)。LADD-Houseでアンケート項目の決定および用紙の作成。
17日(土)午前中は買い物、午後はLADD-Houseにて休養。
18日(日) 
Berkeley駅の改札口付近にて初めてアンケート調査を行った。通り掛かった2名の車椅子利用者から直接調査を得ることができた。3名からは後日、電話によるインタビュー調査の了解を得た。(通訳:David氏)
19日(月) 
アンケート調査の予定であったが一日中雨で外出できず、LADD-Houseにて資料整理。
20日(火)Yosemite国立公園見学。
21日(水) 
買い物に行った帰りに車椅子の左側前輪がはずれ、頭を、コンクリートにぶつけた。車椅子が通る歩道は際だった段差はないが、路面は荒れているところが多かった。通訳のKaoru-Adamsに電話によるアンケート調査を行ってもらうと同時に、車椅子のレンタル店を探してもらった。
22日(木) 
Johnston Orthopedic Medical Supplies,INC.(510-843-2488)(510-841-7573)にてリクライニング式手動車椅子を借り受けた。午後からUC−Berkeley-Sather-Gate にてインタビュー調査(通訳:八重氏 Adress: 813 Riely,Dr.Albany,CA 94706)
UC−Berkeley校図書館内に設置してあるパソコンで、障害者に関する情報を引き出した。介護者リストや人権に関する項目をみることができた。
23日(金)UC−Berkeley-Sather-Gate 前でインタビュー調査(通訳:David氏)。
24日(土) 
San-Francisco市内見学。日本から新しい介護者が車椅子の前輪2個を持参して修理した。
25日(日)通訳のDavid家にて夕食懇談。
26日(月) 
Fremont駅から車で約1時間ほどはなれた老人ホームの見学。(所長:Timothy-Iwahashi)
27日(火) 
UC−Berkeley-Sather-  Gate前でアンケート調査(通訳:Akio"Joe"Shimizu氏 Adress 3750HarrisonSt.#401O Oakland, CA 94611)
28日(水) 
San-Francisco Japan-Town内にあるJapanese American Citizen Leagueにてアンケート調査に協力してくれる人を探した。
29日(木)
OaklandのWIDにてTodとのインタビュー調査(通訳:JPRN)。UC−Berkeley 校内の DSPの Director Lynn-Bailiff氏とのインタビュー調査の日時を取り決めた。DSPの資料をもらってきた。(通訳:八重樫氏)
3月1日(金)UC−Berkeley-Sather-Gate前でアンケート調査(通訳:David氏)。
2日(土)Berkeley駅の改札口付近にてアンケート調査(通訳:Akio"Joe"Shimizu氏)。
3日(日) 
9時から Ashbyのフリーマーケットにてアンケート調査の予定であったが、雨のために中止。Muni-Metroを利用してSan-Francisco市内観光。
4日(月) 
雨の中 Berkeley 駅近くの Becky and Andy(障害者の夫婦)の自宅見学。電動車椅子ごと乗れる改造ワゴン車を見せてもらった。(通訳:八重樫氏)。
5日(火)CIL内の受け付けにてインタビュー調査(通訳:八重樫氏)。
6日(水) 
DSPの Director の Lynn-Bailiff氏とのインタビュー調査(通訳:八重樫氏)。留学生のK君との懇談。(Adress: 1601 Allston Way, Berkeley, CA 94703)
7日(木) 
Golden-Gate-Parkの入り口から海までの5キロを散策した。Powell駅からフィッシャーマンズワーフまでケーブルカーの路線に沿って歩いた。再び車椅子の前輪が大破した。最後の夜に1か月間総括パーティー。
8日(金)San-Francisco出発。
9日(日)帰国。
可山 優零




ドロまみれ、「三ツ峠山」登山


4月に入ってからずっと花冷えの日が続いています。少し暖かくなったカナと思うとまた気温が下がったり・・・。なかなかポカポカ陽気になりませんネー。

4月14日に、以前にもはがき通信に書いたことのある、山のクラブの車いす登山がありました。今年は富士山系「三ツ峠山」1786m、総勢335名程度となりました。うちのクラブは、山岳集団「ベルククラブ」 (ドイツ語で山の意味)と言います。神奈川県の小田原市に本部があります。山に登るからといって車いすの人を、ゼッタイおぶったりはしません。

車いすは”足”と同じと思っていますから、胴体から切り離すということはしないのです。
一人の車いす者に対して4から5人のサポート隊員がつき、独自に開発したサラシを使用してサポートします。

今年の登山会はスゴカッタ!何がスゴカッタかと言うと、この寒さで山に雪が降ったのです。積雪は10センチ程度でしたが、そのため道がドロドログシャグシャ・・・!車いすも服も靴もドロまみれ登山とあいなりました。

私の車いすが悪かったのですが、タイヤのドロが両脇から中へ入ってしまい、感覚がなく気づかぬうちにテンコ盛り状態!家に帰って着替えたら下着にまでしみていました。一応この会のタイトルが、「光をあびよう車いすハイキング」なんですヨ。確かに第一回の12年前はハイキングくらいから始まったのですが、最近はもう”登山”です。だから「ハイキング程度・・・」と思って参加した人が、度肝抜かれちゃうみたいです。サポート隊も最初は何とか泥をさけようとするのだけれど、そのうち段々ともう半ばヤケクソ。次第に泥沼の中に、わざと突っ込むことが快感(?)に変わったようでした。
そのかわりお天気はピーカン!サイコーでした。サポート隊員が泥と雪で悪戦苦闘する中、私は白い雪と青い空を交互に見上げて、「コリャほんとにいい天気だァネー」と気分よく、半分うたた寝状態。ヤァー行きはホントに風もなく、暖かく極楽(帰りは地獄?!)でした。

あの一見ケツッペタが痛くなりそうな、胃が引っくり返りそうな(想像できます? ほとんどキャスター上げか、ひどいと宙に浮いているんです)”振れ”も、最近はゆりかご(?)の如く心地よさを覚えるようになりました。完全にハマッているかも・・・。

三ツ峠の山頂で見た富士山はホントーに真っ白できれいでした。そしてホントーにデカカッタ! 最後に稜線に出てブワーッと現れたその姿を再び見た時は感動に涙が・・・。ウッウッ・・・。やっぱり富士山は日本いちだゼィ! 改めてそう思いました。周りの南アルプスの山々等も美しく、何だか久々にホントーに「山に登った!」という実感と充実感がこみ上げてきて、気分はスッキリ爽快!去年北海道で登れなかった憂さが晴れました。

お弁当をゆっくり食べる時間がなくてちょっぴり残念でしたが、ドロンコになったこともよい思い出で、私にはやたら!!マークをつけたいくらい、楽しい登山回となったのでした。(筋肉痛とドロがおみやげデース!) 

横須賀市 HS




リフト・カーを購入!


こんにちは、さあー待ちわびた春〜といった、今日この頃です。
今年からは気合いを入れて、家に居ることを少なくして、外に向けて頻繁に出かけよう〜と思い、トヨタ/タウンエース・チェアキャブを購入!
倉敷市は昨年から車両にリフター取り付け等の改造費・3分の2を負担する助成制度が始まり、僕の車が2台目の申請だそうです。

さあーこれで自分専用の車も持った、気兼ねなく動き回るぞーと行く訳にいかないのが、自分で運転など出来ない電動車椅子に乗る重度障害者のお涙誘う悲しみであります。
親や兄弟の休日に予定を開けて貰って出掛けることが殆どだったので、この機会にどうにかそれを打破しようと、由とばかり平日でも出掛けれるよう知り合いの専業主婦のヤンママに週2、3回のバイトとして運転手になって貰いました。

天気がよければスケッチへ、人の空いている曜日に合わせてじっくりと美術展へと出掛ける計画でいます。勿論、お遊びの方も!
そして、もっと僕自身の行動範囲を広げようと、これから親しくなった人にでも、出来るだけ数多く運転を頼んでみようと思います。(だから何かの時のことを考えて、しっかりした保険にも入りました。)

こうして周りの協力を得て外へ出掛けることの、その楽しみや大きな喜びを少しずつ実感しています。
また色んな出来事や面白いハプニングに出くわしたら、皆さんへ報告したいと思っています。僕自身が一番ワクワク期待しているのが本当です!

倉敷市 HF




施設暮らしも楽じゃない


カーサ・ミナノに入居して丸4年がたちました。入居した当時は、規則もそれほど厳しくなく、個室という空間に満足していました。が、しかし・・・

カーサ・ミナノでは突然部屋替えをすることになり、その部屋割りもめちゃくちゃで施設長の考えだけで決められ、体温調節やトランスファー、居室での排泄が必要な、私も含め、何人かの頚損も2階の2人部屋に行くことになりました。狭い2人部屋ではパソコンや電話・FAXなど何とか置けたものの、今までのようには活用出来なくなりますが、意地でも今までの障害者活動や友人とのコミュニケーションは続けるつもりです。(現在の療護施設の現状から見れば、パソコン通信が出来れば贅沢。という批判もありますが・・

このような話(部屋替え)は、無かったわけではありませんが、「入居者50人みんな平等」という考えで、日常生活に介助のいらない人が個室で、頚損が2階の2人部屋です。

フィリピンに行ったときに、向坊さんより「カーサ・ミナノで生活していれば、自立生活はあせらなくても」と言われ、私も「制限は色々あっても、何とか今の生活が守れれば・・・」と思っていたのに非常に残念です。フィリピンでの楽しい思い出が、日本に帰ってからこの話で力が抜けてしまいました。夜はカーテンを閉め液晶テレビを見ています。今回の部屋替えでプライバシー、自分の時間の大切さ、そして療護施設の難しさを改めて実感しました。

と、言うようなわけで・・・ 広報部・私への電話・FAXは、なるべく夜9時までに、
お願いします。(毎日、電動車イスに乗ってます)これからもよろしくお願い致します。

追伸:

向坊様・・・小倉駅でKSさん、KHさん、TKさん、KSさん達と会われたそうですね。何だか羨ましいですね。

先日、東京のMOさんと会った時「はがき通信の仲間が、松井先生のいる浜松で集まりたいね。」と、話していました。是非とも実現しましょう。

TF




60の手習い


世の中あげてパソコンブーム、パソコンがなくても別にどうってこともない生活をしていたのに、ミーハーだからWINDOWS95発売のニュースなどをみていたら、自分もブームにのせられた。

安い出ものが、新聞の広告にあったのでパソコンのパの字もわからにのに、飛びついてしまった。
1月22日、パソコンが送られてきて、まず、置き場所に困った。そして扱い方がまったくわからない。

えらいものを買ったな、と後悔したが、あとの祭り、山と積まれたマニュアル本のどれからみていったらよいものやら、本を読んでも、ちんぷんかんぷん、錆ついた脳みそをきりきりいわせながら、同じところを行ったりきたり。

そんな時、助ける神様がいるもので、はがき通信のおかげで知り合った、熊本の石川さんがパソコンの大家と知り、電話でS,O,S、を出したら気持ちよく、懇切丁寧に御教授してくださった。おかげ様でどうにかメールが送れるまでになった。

還暦すぎてのパソコンは、まず、頭にくる。パソコン用語がなかなか頭にはいらない。自分の馬鹿さ加減を、あらためて認識した。そして次に目にくる。
それなのに今も、うごかない指にペン軸をはさんで、チャカ、チャカとキーボードの頭をたたいている。段々とパソコンがなくては生きられない日々になりそうだ。

広島県 HT




夢運び人さんへ


桜の花の惜しまれる今日この頃です。先日4月14日突然にお電話を頂きびっくりすると共に大変嬉しく思いました。「夢運び人」さんと素敵なお名前でした。お名前通り、病める時、悩み心の落ち込んでいる時、優しく励ましの言葉を掛けて下さいます。

昨年は亡きKの為にKの大好きだったサッカー選手三浦カズ選手の写真を3枚も送って下さいました。それからカズ選手のサッカーに対する情熱やカズ選手のくわしいニュースも丁寧に書いて下さいました。天国のKもきっと喜んでいる事と思います。元気な頃にお話が出来れば良かったと云って下さいました。

今回のお電話は『あの子の笑顔は永遠に』の本にカズ選手からの言葉を頂ける様にサッカー関係者へお手紙を出しお願いして下さったそうです。カズ選手はプロでも有り大変忙しい中ですからあまり期待しないで待っていて下さいと云うお話でした。もしカズ選手から何かの言葉を頂けたら、天国のKは大喜びするでしょう。今から喜びの笑顔が目に浮かびます。そして我が家の「お宝」になるかも知れません。希望と喜びを与えて下さる「夢運び人」さん有り難うございます。家族共々嬉しい気持ちで一杯です。

どうか又、お元気な声を聞かせて下さい。これから青葉の美しい季節となり過ごしやすくなって参ります。どうぞお身体を大切にお過ごし下さいます様に、有り難うございました。

埼玉県 HS




教えて下さい


はがき通信に原稿を送るのは二度目です。前回は残念ながら紹介されませんでした。今回はどうでしょうか?

さて、頚損者に取って一番過ごしやすい季節を迎え、お花見、ピクニック、旅行などいろいろ計画されていることでしょう。その際、様々な問題を抱えていますが着替えについて、はがき通信の皆さんはどのような工夫をされていますか。特に自分で着替えの出来ない方で介助者の負担を軽くするための工夫をぜひお聞かせ下さい。現在、外出の際の着替えを簡単に出来る洋服(ズボンをなんとかしたい)をグループで研究しています。
はがき通信の皆さん、御協力よろしくお願い申し上げます。

愛媛県 S




### 飛行機の予約 ###


皆さん、こんにちわ。また出て参りました。
坂上さん、私の「日本物理学会の対応」(No.37、p.6)についてのコメントありがとうございました(No.38、p.8)。坂上さんが参加されたときの会場では、不便なことが少なくて幸運だったと思います。私も、基本的には坂上さんと同じように、「学会だから人はたくさんいる」からなんとかなるという立場です。ただ、東北大学であった春の学会で、雪の降る中をさまよってしまったのがきっかけで、車いす情報の掲載をお願いしました。

現状ではなかなか難しいとは思いますが、学会など多くの人が集まる所には、何もお願いしなくても車いす利用者のための情報などが提供されるようになっていってほしいものです。

では本題です。
最近、飛行機を利用された方の報告がいくつか掲載されています。私もこれまで何度か飛行機を利用して、国内外の旅行をしてきました[1]。残念ながら、まだ電動車いすでは飛行機を使っての旅行をしたことはありません。

私の持っている情報が少しはお役に立つかもしれませんので、飛行機の予約について以下にまとめます。
私は、旅行代理店では航空券のみ購入します。私が車いす利用者であることは、特に言いません。そして、具体的な要望は、航空会社に直接電話をしてお願いするようにしています。最近では、車いす利用者の対応に慣れた業者もあるようですので、そういったところにお願いするのもよいのかもしれません。

私がこれまで海外旅行に利用した航空会社は、ユナイテッド航空、カンタス航空、日本航空で、国内旅行に使ったのは、日本航空と全日空です。上記の海外の航空会社二社では、通常の国際線の予約係で私の要望を受け付けてくれました。両者とも非常にきちんとした対応をして下さり、とても好感を持っています。

日本航空(JAL)には、“プライオリティー・ゲスト予約センター(電話:03-5259-3783、午前9時〜午後5時、毎日)”という窓口ができました。ご存じの方も多いと思います。

身体に障害がある人や食事などに配慮が必要な人を専門に、相手をしてくれる窓口です。このような対応に別の窓口が必要という発想は、日本的な印象を受けます。本来は通常の窓口で様々な要望に対応できるべきと思いますが、何もないよりは、はるかに助かります。実際、この窓口ができる前と比べて、対応は格段によくなりました。一方、残念ですが、全日空(ANA)にはこの種の窓口がありません。さて、毎回私が航空会社にお願いする具体的な要望は、以下の通りです。



■ 車いすについて ■
  1. 自分の手動車いすに乗って行くこと。
  2. 機内用車いすの手配してほしいこと。
  3. 搭乗直前まで自分の車いすに乗り、搭乗口で機内用車いすに乗り換えたいこと。また、下りるときも、搭乗口を出たところで再び自分の車いすに乗り換えたいということ。

たいていのことは向こうが質問してくれるので、それに答えれば大丈夫だと思います。
ただ、3)を言わないと、チェックイン時に車いすを預けることになってしまうことがあるようです。機内用車いすは私には乗り心地の良くないものが多く、不要な疲労を増さないために、乗っている時間をできるだけ短くするようにしています。また、介助者として妻が同行することも告げておきます。



■ 座席について ■
  1. 中央の列のスクリーンの前の席で、通路側に座りたいこと。
  2. 通路が左側にくる座席が便利なこと。

原則的に安売り航空券の席の指定はできないそうです。しかし、車いすから座席への乗り移りに便利なことを説明すると、その座席が空いてさえいればとってくれます。
2)は、機内では私に食事介助が必要なためです。

妻が右ききのため、狭いエコノミークラスの座席では右側から食べさせてもらわないと大変窮屈な思いをします。日本の航空会社の飛行機に乗るとき、こうした座席の要望をすると、とたんにもめます。自分で移動のできない人には自動的に窓際の席が割り当てられるからです。これは、もし動けない人が通路側にいると、奥に座った人が非常時に逃げられなくなるからだそうです。こういうことを平然と言ってのけてしまう日本の航空会社の“野蛮さ”には、いつも驚かされています。

ただ、JALのプライオリティー・ゲスト予約センターができてからは、お願いをすれば聞いてもらえるようになりました。

こうして、これまでに何度も交渉を重ねてきた結果、そのやり方について私も少しは学んできました。まず、あたりまえのようですが、どのような要望を出すにしても、こちら側の主張をはっきりさせることが必要だということです。そして、もしできないと言われたときには、きちんと理由を聞くのがいいように思います。

納得できない理由には、おかしいのではないかときちんと反論していくことも大事です。ここで説明した私のやり方は、考えうる失敗や不快さを避けるための方法です。冒険好きの方や、面倒なことは大嫌いという方にはお勧めできません。

【参考文献】

[1] ボストン旅行記・その一、その二、最終回、小濱洋央、SSKA頚損、全国頚髄損傷者連絡会、No.57(1994) p.29-31、1994年 2月26日発行、No.58 (1994) p.48-51、1994年 4月26日発行、No.59(1994) p.26-29、1994年8月26日発行、[1996年 4月・記] 文京区 AK





ひとくちインフォーメーション



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36ページより:「人工呼吸器をはずす訓練を始める。いいですね、がんばってください」と言われ、承諾した記憶がうっすらと残っている。

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編集後記

次回から松井先生は引退することなく、浜松で皆さんの通信のデータ入力や編集などをやっていただくことになっています。
向坊はそれを受けて編集・印刷・発送を担当します。

松井先生から各方面の寄付金¥38000.と切手類も引き継ぎました。以後、よろしくお願いします。

また、「はがき通信」38号(3月号)に漏れた通信が受け継ぎ事務のゴタゴタで散逸しました。まことにすみませんが、心当たりのある方はもう一度通信をいただけませんでしょうか。

「はがき通信」は皆さんの総意で運営されますので、通信をどんどんお願いします。

◆原稿の宛先・・・手書きの手紙やハガキは浜松市の松井宛、その他、フロッピーやパソコン通信は向坊宛か麩沢宛へお願いします。(7月2日を締め切り日と致します)

◆年間購読料・・・「はがき通信」の有料化を検討してきましたが、印刷は国内でやることにして、郵送料などを加算すると、
1部購読料・・・年間に1000円。
追加分は1部増すごとに500円増です。

◆支払方法・・・普通の封筒に郵便切手か現金を同封して向坊宛に送る、又は
郵便振り替え番号:01730-4-3497.
加入者名:向坊弘道、で郵便局から振り込んで下さい。 
発行委員 向坊弘道

◆ はがき通信では、皆さんの日常生活での困っている事や改善したい事、たとえば「パソコンの入力もっと楽になりませんか?」とか、「旅行先での排泄はどうしてますか?」などの<教えてください>も大歓迎です。全国の経験豊富な仲間が相談にのりますので、皆様の通信をお待ちしています。連絡先もお忘れなく。

◆ はがき通信では、会員のパソコン通信のID:を調査して、親睦を深めるためにリストを配布したいと考えています。表記の向坊か麩沢のNIFTY-SERVE ID:と通信したことない方はID:を御一報下さい。広報委員 麩沢 孝

◆ 浜松から初通信。
浜松医大に移って半月が経ちました。引っ越し、初めての教授会、入学式、新入生オリエンテーション、講義、学内のさまざまな会議と毎日が慌ただしく過ぎて行きます。
まだ大学と官舎の往復ですが、新入生オリエンテーションで浜名湖へ行きました。おいしい鰻も食べました。もっと美味しいお店も教わりました。

大学は山を切り開いた緑に囲まれたたいへん静かな環境です。若々しい学生たちと毎日接し、気分的にも華やいでくるようです。

ただ仕事の環境がなかなか整わず、今日やっとパソコンが入り、ほっとしました。神経研では通信の仲間から毎日のように連絡がありました。

浜松に移った途端、皆さんとの連絡網がぱったりと途絶えてしまいました。自分だけ取り残されたような気分で、早く皆さんに新住所をおI知らせしたいと思いました。週末は東京と千葉に戻っていますので、浜松には日曜日の晩から木曜日まで滞在予定です。

講義は今年はまだ2年生だけですので、前期の成人看護総論と後期に家族社会学のみです。1年毎に講義数も増してきます。講義に皆さんの貴重な体験をできるだけ活用させていただく予定でいます。そのうち直接お願いすることもあります。どうぞよろしくお願いします。 

1996/4/15 浜松医科大学看護学科 編集委員 松井



感謝状

松井和子 殿

貴女は五年以上も「はがき通信」を通じて全国の頚髄損傷者の啓蒙に尽くされたことを感謝し、ここに感謝状を謹呈致します。

1996年5月 「はがき通信」会員一同



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